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復讐の狼煙 4
しおりを挟む森は奥に進むにつれ、だんだんと薄暗くなっていく。
奥に進むほどモンスターは強くなっていったが、竜崎たちには余裕で倒せていた。
しかし、途中からモンスターが一切出てこなくなった。
それが逆に恐怖感を駆り立てる。
竜崎はそんなこと考えずに前へ前へと進んでいく。
さすがの葉倉と水上も表情が曇ってきた。竜崎に声をかけるが、どんどんと進んでいく竜崎は一切聞く耳を持たない。
いきなりモンスターが出てこなくなった理由が気になりだした頃、その理由が明らかになった。
前に現れたのはカンガルーのモンスターだ。瞳は褐色で、赤いボクシンググローブをつけている。
その姿に、元ボクサーの血が騒いだのか、竜崎も構える。膝をテンポ良く曲げ、少しずつ近づく。
お互いのパンチがが届く寸前まで近づいた時、竜崎の前に何かが飛んできた。竜崎がそれをしっかりと視認出来たとき、視界のほとんどは赤色に染まっていた。
カンガルー型のモンスターのパンチが竜崎の顔面の手前まで迫ったのだ。もう少し近づいていれば顔面はぐちゃぐちゃになっていただろう。竜崎にも恐怖心が出てきた。しかし、それ以上にプライドが傷つけられたことに腹を立てていた。
竜崎は再びリズムを刻む。そして、距離を詰めると同時に右のストレートを放った。カンガルー型モンスターほどではないが、かなり早い。世界チャンピオンも圧倒できるほどだ。しかし、カンガルー型モンスターはその攻撃をかわしてカウンターを決める。そっさに左腕で受け止めた竜崎は背後にいた優希たちよりも遠くに吹き飛んだ。葉倉と水上は振り返って竜崎の元に駆け寄る。
竜崎の左腕は紫に染まって腫れている。完全に骨が折れていた。
さっきまで余裕だった竜崎がいきなり満身創痍になり、優希は恐怖で固まった。
いつの間にかカンガルー型モンスターに一番近いのは優希になってしまったからだ。
呼吸をするのも忘れるほどの恐怖が優希の体に逃げろと告げるが、体が思うように動かない。脳からの命令が体に、筋肉に、神経に届いてないみたいだ。
無理やり体を動かそうとし、優希は後ろに倒れ、しりもちをつく。かなりの痛みが走るが、そんなこと気にしてはいられなかった。
カンガルー型モンスターが、優希のすぐそばまで近づいた時、優希の体はようやく動いた。
カンガルー型モンスターから離れるように全力で足を前に出す。後ろにいた三人も逃げるように走り出していた。竜崎は唇をかみしめながら、カンガルー型モンスターを睨みつけている。よほど悔しかったのだろう。逃げることが、負けたことが彼のプライドに深い傷をつけた。
逃げていく4人をカンガルー型モンスターは追う。この辺りに他のモンスターが居なかったのは、カンガルー型モンスターがいたからだ。しかし、気付いた時にはもう遅い。両足を踏みしめて飛び跳ねながら追ってくるカンガルー型モンスターはチーターのような速さで近づいてくる。身体能力がある程度強化されている優希たちにも追いついてくるほどだ。
後ろを向く余裕がなくなった4人はひたすら前だけを見て走る。
練度が違う優希は竜崎たちから少しづつ距離が開く。
そのとき、優希の足に何かが絡まりついた。優希は前のめりに倒れ、自分の足元を確認する。そこにはどこから伸びているか分からないツルが足に絡まりついていた。優希はすかさず外そうとするがなかなか外れない。徐々に近づいてくるカンガルー型モンスターが優希をさらに焦らせ、解くというより引きちぎるように、ツルを引っ張る。しかし、綿密に絡まっているツルは優希の足から離れない。
「なんだこれ!?ほ、解けない!? た、助け――」
優希が助けを求めて振り返った時、目に見えた光景が優希を黙らせた。
竜崎たちはこちらを見ている。しかし、その表情は心配や焦りではなく、安堵から来た微笑だった。
竜崎たちの足なら、誰かが食い止めれば逃げ切れる。
優希は悟った。自分は囮にされたのだと――
竜崎からは優希を友達としては見ていると思っていた。
学校でやっていることは腹がったが、冗談が少し行き過ぎているのだと思っていた。おかしいと分かれば止めてくれるようになると希望を持っていた。しかし、それは違った。竜崎にとって優希は友達ではなく、金を手に入れるための財布、ストレス発散のサンドバッグ、つまり、友達ではなく道具としかとしか見ていなかったと、優希はようやく理解した。いや、理解はしていたが認めたくなかったのかもしれない。今までそこまで深い怪我をされたことはなかったから、命にかかわることまではしないだろうと思っていたからだ。その考えが、竜崎が優希に対する行動が冗談の延長だと精神的な逃げ道を作ったいた。
よく考えれば、それほど大きな怪我をさせてはさすがに公になるから竜崎は手加減していたと、すぐに気が付けた。もう、遅いのだが。
この時、優希には時間がゆっくりと流れているように感じた。
安心しきったその笑みをこちらに見せながら走り去る竜崎たちを涙を流し、鼻水を垂らし、絶望に浸った目で見つめながら、優希は死を実感した。
走馬灯のように今までの生活が思い出されていく。しかし、そのほとんどは良いものではなかった。
殴られ、使われ、遊ばれ、笑われた毎日。忘れかけていた怒り、恨み、憎しみ、悔しみが優希の記憶から心にこみあげてきた。それは、仕返しというものを通り越して“殺意”に変わったほどだった。この変化は、普段通りの生活、この世界に来なかったなら抱かなかったかもしれない。しかし、優希は保身のために囮にされた事実が優希の考えを過激なものに変えた。その対象は竜崎たちだけではない。今まで虐めてきた2年3組に向いていた。
ふと、家族の言葉がよぎった。
父は言った。強い子になれと。
優希は強くはなれなかった。
ただひたすら殴られ、怯えて、頭を下げて無抵抗にやられ続けた。
母は言った。優しい子になってと。
優希は優しくはなれなかった。
優希が抵抗しなかったのは、単にやり返されるのが怖かったからだ。心の奥では彼らを許すことができなかった。
祖父は言った。頼られる子になりなさいと。
優希は頼られる人になれなかった。
優希はよく誰かに使われた。しかし、それは頼られていたわけではない。面倒事を押し付けられただけだった。感謝されることもなく、認められることもない。
祖母は言った。社交的な子になってねと。
優希は社交的にはなれなかった。
自分から話しかけることはなく、話しかけてきた竜崎たちとはこの様だ。本当の人付き合いというものを知らない優希はまともに友達を作ることは出来なかった。
家族の言葉は、今まで優希の負の感情に鎖をかけていた。しかし、今その鎖が少し緩んだのだ。今まで溜まっていた感情が一気に解き放たれた。それは性格すらも捻じ曲げるほどに。
優希の心が壊れそうになった時、カンガルー型モンスターは優希のすぐそばまで来ている。
優希はそれに気づいていない。気付く必要がないのだ。逃げることも戦うこともできない。なら、知らないうちに、一撃で殺してくれた方が良いと、優希は無意識に判断した。
カンガルー型モンスターはその拳を後ろに引く。
優希は振り向くことなく、叫ぶことなく、ただひたすらに逃げて遠ざかっていく竜崎を見ていた。
諦めたのだ。どれだけ殴られようと、どれだけ使われようと、家族の分も必死に生きようと、激情を殺して生活してきた優希はここにきて生きることを諦めた。
誰かが助けに来る――一体だれが? 一番近くにいる竜崎たちは立ち止まることなく去っていく。明日にはこんなこと忘れて過ごしているのだろう。
誰かが心配してくれる――一体だれが? クラスメイトは優希がこんなことになっているとは知りもしない。何も知らず、明日からも異世界を楽しんでいるのだろう。
カンガルー型モンスターは優希にミサイルの如きパンチを放つ。
優希の意識が途絶えたのはその時だった。
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