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悪夢編
第七話 洋館7
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青春の一ページを垣間見ながらも、お湯を沸かし終えたため、ネモは部屋へ戻ることにした。
アンナも片付けはしておくから次の仕事へ行け、とロベルに言われたため、ネモと一緒に厨房を出た。そして、しばらく歩いたところで、最近聞いた金切り声が聞こえて来た。
「お菓子など持って、サボるつもりね⁉」
「いえ、そんなつもりは――!」
それは、先程のカップケーキを包みを持ったハウエル夫人とサミュエルだった。
「だいたい、これはどこから手に入れて来たの? まさか、厨房からくすねて来たのではないでしょうね⁉」
「ち、ちがいます!」
サミュエルは必死に否定するが、頭に血が上っているハウエル夫人には良からぬことをして誤魔化そうとしているように見えたのだろう。夫人はサミュエルから取り上げたカップケーキを床に投げ捨て、それをぐちゃぐちゃに踏みつぶした。
「あっ……」
「盗人に食べさせる菓子など無いわ!」
そう言い捨て、ハウエル夫人は去って行った。
サミュエルは肩を落とし、ノロノロと潰れたカップケーキを拾う。それに駆け寄るのは、そのカップケーキを彼に渡したアンナだ。
「サミュエル君……」
「あ、アンナさん。すみません、あの、こんなことになって……」
ぐちゃぐちゃに潰れたカップケーキを見下ろし、申し訳なさそうに言うサミュエルに、アンナは慌ててそれを否定する。
「そんな、サミュエル君が謝るようなことじゃないわ! それに、私も悪いの。休憩時間に渡せば良かったのに、つい気が急いて……」
休憩時間中に渡せば、さっさとその場で食べられただろう。それならハウエル夫人にも見つからず、無駄に疑いをかけられて難癖をつけられずに済んだ筈だ。
肩を落としてアンナがそう言えば、サミュエルは慌てて、アンナは悪くないと言い、自分が、と言い出す。そして、アンナはそれを否定し、最終的に謝罪合戦となって収拾がつかなくなる。
ネモはそれに肩を竦め、パンパン、と手を叩き、二人の視線を集めた。
「はい、そこまで。きりが無いわよ。誰が悪いわけでもないわ。強いて言うなら、ハウエル夫人にもう少し寛大な心が欲しかった、っていうところね。二人は仕事があるんじゃない? ほら、時は金なり! 動いた、動いた!」
ネモがそう言うと、二人は顔を見合わせ、苦笑する。
「じゃあ、僕はここを片付けるので、アンナさんは仕事へ向かってください」
「ええ、分かったわ。あ、サミュエル君。実はカップケーキ、まだ残ってるのがあるの。後で一緒に食べましょう?」
「はい、喜んで」
そしてサミュエルは潰れたカップケーキを拾えるだけ拾い、掃除道具を取りに行くと言って去って行った。
「それじゃあ、ネモさん。私も仕事に行ってきますね」
「ええ、頑張ってね」
そう言って去っていくアンナを見送り、ネモは小さく息を吐く。
「ここでは部屋にこもっていた方が良さそうね……」
「きゅ~い……」
ハウエル夫人が招かれざる客であるネモに積極的に絡んで来るとは思えないが、ウロウロして変な言いがかりをつけられないとも限らない。
そう思い、ネモはあてがわれた部屋へと戻った。
***
「さあ、スコーンがありますからね。ジャムを着けてお食べなさい」
「は、はあ……」
午後の三時。
ハウエル夫人とは関わるまい、と思っていたネモは、何故かハウエル夫人とお茶をしていた。ちなみにあっくんはお留守番である。
ちょっと意味が分かりませんねぇ、と視線を泳がすネモは思い出す。
部屋で大人しく新しいアイテムの案を練っていたら、不意に部屋の扉がノックされ、サミュエルが居た。用件は、ハウエル夫人からお茶のお誘いだった。
泊めてもらっていおいてお誘いを蹴るわけにもいかず、ネモはお茶のお誘いを受けた。
しかし、明らかにネモのことを邪険にしていたのに、お茶に誘うとはどういうつもりなのか。
ネモは混乱しつつも、ポツポツととりとめのないことを話す。
こうやってハウエル夫人と真正面から向かい合いあってみると、夫人はなんだか痩せているのではなく、やつれているように見えた。もしかすると、着ている服のせいかもしれない。
夫人が着ている服は、サイズが合ってないのだ。
ぶかぶかとまではいかないが、彼女が着るには肩幅が足りておらず、ともすれば少しだらしなくも見える。
少し型が古いドレスのようだから、お金がないから仕方なく着ているのだろうか、と思いつつ、勧められたスコーンを手に取る。
「うちのコックはお菓子作りが苦手ですからね、これは町で買ったスコーンなの。ジャムはプレット公国のサージス領産のマーマレードよ。私はこれが一番好きなの」
「そうなんですか……」
曖昧に相槌を打ち、スコーンにマーマレードを着け、食べる。マーマレードはほんのり感じるオレンジの苦みと、甘さが絶妙にマッチした大変美味しいものだった。
「サージス領産のものと言えば、ワインなのだけれど、貴女はご存じ?」
「はい。確か、ワインが有名ですよね。それで、ワインのラベルに必ず『わが友アーロンに感謝を込めて』と記載してる美談のワイン。何代か前のサージス侯爵が苦境に立たされた時、侯爵の友人で、彼をずっと支援してくれた子爵の名前を感謝と友情の証としてそのワインのラベルに記載して、それがずっと続いてるとか……」
ハウエル夫人はその答えに満足そうに頷いた。
「ええ、プレット公国の有名な美談です。貴女はなかなか教養がおありのようね」
そして、ハウエル夫人が何か言おうとした時、扉がノックされ、執事のベンが入って来た。
「ご歓談中、失礼いたします。奥様、お時間です」
ハウエル夫人は眉間に皺をよせ、不満をありありと表情に出して言う。
「今日は嵐よ。どなたも来ないわ。お茶の時間は延長します」
「ですが、確認していただきたい書類がございます」
重ねて淡々と言われ、ハウエル夫人は大きな溜息をついて席を立つ。
「残念ですけど、お茶会はここまでね。失礼するわ」
「あ、はい。楽しい時間をありがとうございました」
困惑ばかりの時間だったが、ネモは礼儀としてそう言った。
ハウエル夫人はそれに頷き、ベンに促されるまま部屋の外へ出て行った。
「なんでお茶に誘われたのかしら? わっかんないわー……」
ネモの呟きが、簡素なサロンに小さく響いた。
アンナも片付けはしておくから次の仕事へ行け、とロベルに言われたため、ネモと一緒に厨房を出た。そして、しばらく歩いたところで、最近聞いた金切り声が聞こえて来た。
「お菓子など持って、サボるつもりね⁉」
「いえ、そんなつもりは――!」
それは、先程のカップケーキを包みを持ったハウエル夫人とサミュエルだった。
「だいたい、これはどこから手に入れて来たの? まさか、厨房からくすねて来たのではないでしょうね⁉」
「ち、ちがいます!」
サミュエルは必死に否定するが、頭に血が上っているハウエル夫人には良からぬことをして誤魔化そうとしているように見えたのだろう。夫人はサミュエルから取り上げたカップケーキを床に投げ捨て、それをぐちゃぐちゃに踏みつぶした。
「あっ……」
「盗人に食べさせる菓子など無いわ!」
そう言い捨て、ハウエル夫人は去って行った。
サミュエルは肩を落とし、ノロノロと潰れたカップケーキを拾う。それに駆け寄るのは、そのカップケーキを彼に渡したアンナだ。
「サミュエル君……」
「あ、アンナさん。すみません、あの、こんなことになって……」
ぐちゃぐちゃに潰れたカップケーキを見下ろし、申し訳なさそうに言うサミュエルに、アンナは慌ててそれを否定する。
「そんな、サミュエル君が謝るようなことじゃないわ! それに、私も悪いの。休憩時間に渡せば良かったのに、つい気が急いて……」
休憩時間中に渡せば、さっさとその場で食べられただろう。それならハウエル夫人にも見つからず、無駄に疑いをかけられて難癖をつけられずに済んだ筈だ。
肩を落としてアンナがそう言えば、サミュエルは慌てて、アンナは悪くないと言い、自分が、と言い出す。そして、アンナはそれを否定し、最終的に謝罪合戦となって収拾がつかなくなる。
ネモはそれに肩を竦め、パンパン、と手を叩き、二人の視線を集めた。
「はい、そこまで。きりが無いわよ。誰が悪いわけでもないわ。強いて言うなら、ハウエル夫人にもう少し寛大な心が欲しかった、っていうところね。二人は仕事があるんじゃない? ほら、時は金なり! 動いた、動いた!」
ネモがそう言うと、二人は顔を見合わせ、苦笑する。
「じゃあ、僕はここを片付けるので、アンナさんは仕事へ向かってください」
「ええ、分かったわ。あ、サミュエル君。実はカップケーキ、まだ残ってるのがあるの。後で一緒に食べましょう?」
「はい、喜んで」
そしてサミュエルは潰れたカップケーキを拾えるだけ拾い、掃除道具を取りに行くと言って去って行った。
「それじゃあ、ネモさん。私も仕事に行ってきますね」
「ええ、頑張ってね」
そう言って去っていくアンナを見送り、ネモは小さく息を吐く。
「ここでは部屋にこもっていた方が良さそうね……」
「きゅ~い……」
ハウエル夫人が招かれざる客であるネモに積極的に絡んで来るとは思えないが、ウロウロして変な言いがかりをつけられないとも限らない。
そう思い、ネモはあてがわれた部屋へと戻った。
***
「さあ、スコーンがありますからね。ジャムを着けてお食べなさい」
「は、はあ……」
午後の三時。
ハウエル夫人とは関わるまい、と思っていたネモは、何故かハウエル夫人とお茶をしていた。ちなみにあっくんはお留守番である。
ちょっと意味が分かりませんねぇ、と視線を泳がすネモは思い出す。
部屋で大人しく新しいアイテムの案を練っていたら、不意に部屋の扉がノックされ、サミュエルが居た。用件は、ハウエル夫人からお茶のお誘いだった。
泊めてもらっていおいてお誘いを蹴るわけにもいかず、ネモはお茶のお誘いを受けた。
しかし、明らかにネモのことを邪険にしていたのに、お茶に誘うとはどういうつもりなのか。
ネモは混乱しつつも、ポツポツととりとめのないことを話す。
こうやってハウエル夫人と真正面から向かい合いあってみると、夫人はなんだか痩せているのではなく、やつれているように見えた。もしかすると、着ている服のせいかもしれない。
夫人が着ている服は、サイズが合ってないのだ。
ぶかぶかとまではいかないが、彼女が着るには肩幅が足りておらず、ともすれば少しだらしなくも見える。
少し型が古いドレスのようだから、お金がないから仕方なく着ているのだろうか、と思いつつ、勧められたスコーンを手に取る。
「うちのコックはお菓子作りが苦手ですからね、これは町で買ったスコーンなの。ジャムはプレット公国のサージス領産のマーマレードよ。私はこれが一番好きなの」
「そうなんですか……」
曖昧に相槌を打ち、スコーンにマーマレードを着け、食べる。マーマレードはほんのり感じるオレンジの苦みと、甘さが絶妙にマッチした大変美味しいものだった。
「サージス領産のものと言えば、ワインなのだけれど、貴女はご存じ?」
「はい。確か、ワインが有名ですよね。それで、ワインのラベルに必ず『わが友アーロンに感謝を込めて』と記載してる美談のワイン。何代か前のサージス侯爵が苦境に立たされた時、侯爵の友人で、彼をずっと支援してくれた子爵の名前を感謝と友情の証としてそのワインのラベルに記載して、それがずっと続いてるとか……」
ハウエル夫人はその答えに満足そうに頷いた。
「ええ、プレット公国の有名な美談です。貴女はなかなか教養がおありのようね」
そして、ハウエル夫人が何か言おうとした時、扉がノックされ、執事のベンが入って来た。
「ご歓談中、失礼いたします。奥様、お時間です」
ハウエル夫人は眉間に皺をよせ、不満をありありと表情に出して言う。
「今日は嵐よ。どなたも来ないわ。お茶の時間は延長します」
「ですが、確認していただきたい書類がございます」
重ねて淡々と言われ、ハウエル夫人は大きな溜息をついて席を立つ。
「残念ですけど、お茶会はここまでね。失礼するわ」
「あ、はい。楽しい時間をありがとうございました」
困惑ばかりの時間だったが、ネモは礼儀としてそう言った。
ハウエル夫人はそれに頷き、ベンに促されるまま部屋の外へ出て行った。
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ネモの呟きが、簡素なサロンに小さく響いた。
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