46 / 57
悪夢編
第九話 町1
しおりを挟む
翌朝はようやく嵐が過ぎ去り、空は雲一つない青空が広がっていた。
カーテンを開け、見上げたそれにネモは微笑みを浮かべる。
「洗濯物がよく乾きそうね」
季節は夏間近。
気温の変化は、過ごしやすいと思えば昼から暑くなったりと忙しないが、晴れれば洗濯物が乾きやすい。
「あっくん、今日出発するわよ」
「きゅいっ」
ネモの言葉に、あっくんは、はーい、と良い子のお返事を返した。
***
「大変お世話になりました」
「まあ、ただ泊めただけですけどね。では、町まで気を付けて」
「はい。ありがとうございました」
ハウエル夫人が一番前に立ち、代表してネモを見送る。その後ろでは、使用人四人が会釈したり、小さく手を振ったりしてネモを見送った。
町は屋敷からほどほどに近く、のんびり歩いて三十分くらいで到着した。
この町の規模は、町としては小さいが、住民の顔は明るく、善政が敷かれているのだと分かる。
ネモは道行く人を呼び止め、宿の場所を聞き、そこへ向かう。
辿り着いた宿は大通りから一つ外れた静かな通りに在る、小さな宿だ。老婆とその孫夫婦が経営しているらしく、宿の中はホッとするような柔らかな空気に満ちていた。
「すみません、宿泊をお願いします」
「はい。何泊のご予定ですか?」
「取りあえず、三泊で」
「はい、承りました。一拍につき銀貨一枚で夕食と朝食が付きますが、どうしますか?」
「お願いします」
「はい。それでは三泊と三日分の食事つきになるので、銀貨六枚になります」
基本的に、だいたいの宿屋は先払いだ。そうでもしなければ、相手が冒険者の場合などは依頼の最中に死んでしまい、宿代を貰い損ねる恐れがあるからだ。
若女将が鍵を取り出し、二階の突き当りの部屋へ案内された。
「トイレとお風呂は共用です。それから、夕食は午後六時から八時まで。朝食も午前六時から八時までになります」
それではごゆっくり、と出て行こうとする若女将をネモが呼び止める。
「あの、すみません。洗濯をしたいんですが、井戸はありますか」
「ああ……」
彼女はうーん、と困った顔をして言う。
「一応はあるんですけど、今日は宿にお泊りのお客様が一斉にお使いになっていて、順番待ちをしている状態で……」
「うわぁ……」
頬を引きつらせるネモに、若女将は苦笑する。
「一応、屋上もあるので干場の確保は出来るかと思いますので、もし今日中に洗濯をご希望でしたら、町の共用洗濯場を利用してみたらいかがでしょうか?」
「ああ、その手がありましたね」
ネモは共用洗濯場の位置を聞き、行ってみることにした。ちなみにあっくんは宿でお留守番である。
共用洗濯場は宿から近い場所に在り、そこにはご近所の奥様方が大きなたらいで洗濯をしていた。
「こんにちはー! 私もここで洗濯して大丈夫ですか?」
「あら、大丈夫よ」
「こっちへいらっしゃいな」
ネモはいかにも歴戦のおばちゃん、といった貫録を持つ奥様方に怯むことなく近寄って行き、するりと仲間へと入った。自称永遠の十七歳は、実はこの場の誰よりも年上で、面の皮の厚さともなれば、この場の誰よりも厚い。
シレっとした顔で自然に井戸端会議へ突撃し、混ざる図太さは、年齢を重ねて得たのもだ。
「見かけない顔ね。旅人さんかい?」
「ええ、そうです。今朝この町に着いて」
「今朝? えっ、まさか、嵐の中を歩いて来たのかい⁉」
目を剥くおばちゃんに、ネモはまさか、と手を横に振る。
「町からちょっと離れたところにお屋敷があるじゃないですか。あそこに泊めてもらってたんです」
「ああ、あそこかい」
「あの気難しい奥様が居る、あのお屋敷ね」
「あそこの使用人の男の子、奇麗な顔をしてるわよね」
「ああ、あたしの娘もポーッとしちゃってさぁ」
「あそこのメイドの子も坊ちゃんのことが好きみたいだね」
「あの顔だからねぇ。あの子に話しかけたらメイドさんに睨まれた、ってうちの娘が言ってたよ」
さすがはおばちゃん。するすると情報が出て来る。
「泊めて貰っといてなんですけど、あの家財政難なんですかね? スープ食べさせてもらったんですけど、凄い味がして……。あのクラスのコックだと、お給料はかなり安いはず……」
「あー、そうだね。お金が無いのは確かだろうね」
「この町に引っ越してきた時、宝石だとか、貴族の坊ちゃんの服とか売りに来てたからね」
「へー……って、あれ? あの方、引っ越して来たんですか?」
目を瞬かせるネモに、おばちゃん達はそうだよ、と頷く。
「だいたい、半年くらい前かね? 町はずれの古い屋敷に人が住み始めた、って聞いて驚いちゃったよ」
「町から遠いからね。不便だろうに、どんなもの好きかって噂になったもんさ」
おばちゃん達は洗濯をする手を止めず、慣れたようにお喋りに花を咲かせる。
「きっと体を壊したから、町はずれの静かな場所を選んだんだろうね」
「そうね。あの奥様、前はふっくらした体系だったのに、今では随分痩せちゃって……」
「うちの旦那がパンを届けに行ったときに見たらしいけど、着ているドレスのサイズがあってなかったってさ。新しいのを買わない所を見ると、もしかすると自分の死期を悟ってるのかもしれないね」
気の毒にね、とおばちゃん達は少し暗い顔をする。
「そういえば、あそこの執事さん、ちょっと不気味じゃありません? 夜中に見かけて、ぎょっとしちゃって」
「執事さん? 不気味なのかい?」
「うちの旦那が配達の時ちょっと見かけたらしいけど、細くて顔色が悪いらしいね」
「なんだい、男が細いだなんて。もっと食わせてやらなきゃ」
おばちゃん達の話に、ネモはおや、と首を傾げる。
「もしかして、執事さんって町に来た事が無いんですか?」
「無いね。町で見かけるのは使用人の男の子とメイドさん、それからたま~にコックの人くらいだね」
「へー……」
執事ともなれば、確かに屋敷に詰めているものだろうが、それでも家政を纏める立場であるが故に外での用事や、自分の用事で外出が必要になることがある。それが無いというのは、不自然だった。
あの執事に感じた違和感が濃くなるのを感じつつ、ネモは洗濯物を絞った。
カーテンを開け、見上げたそれにネモは微笑みを浮かべる。
「洗濯物がよく乾きそうね」
季節は夏間近。
気温の変化は、過ごしやすいと思えば昼から暑くなったりと忙しないが、晴れれば洗濯物が乾きやすい。
「あっくん、今日出発するわよ」
「きゅいっ」
ネモの言葉に、あっくんは、はーい、と良い子のお返事を返した。
***
「大変お世話になりました」
「まあ、ただ泊めただけですけどね。では、町まで気を付けて」
「はい。ありがとうございました」
ハウエル夫人が一番前に立ち、代表してネモを見送る。その後ろでは、使用人四人が会釈したり、小さく手を振ったりしてネモを見送った。
町は屋敷からほどほどに近く、のんびり歩いて三十分くらいで到着した。
この町の規模は、町としては小さいが、住民の顔は明るく、善政が敷かれているのだと分かる。
ネモは道行く人を呼び止め、宿の場所を聞き、そこへ向かう。
辿り着いた宿は大通りから一つ外れた静かな通りに在る、小さな宿だ。老婆とその孫夫婦が経営しているらしく、宿の中はホッとするような柔らかな空気に満ちていた。
「すみません、宿泊をお願いします」
「はい。何泊のご予定ですか?」
「取りあえず、三泊で」
「はい、承りました。一拍につき銀貨一枚で夕食と朝食が付きますが、どうしますか?」
「お願いします」
「はい。それでは三泊と三日分の食事つきになるので、銀貨六枚になります」
基本的に、だいたいの宿屋は先払いだ。そうでもしなければ、相手が冒険者の場合などは依頼の最中に死んでしまい、宿代を貰い損ねる恐れがあるからだ。
若女将が鍵を取り出し、二階の突き当りの部屋へ案内された。
「トイレとお風呂は共用です。それから、夕食は午後六時から八時まで。朝食も午前六時から八時までになります」
それではごゆっくり、と出て行こうとする若女将をネモが呼び止める。
「あの、すみません。洗濯をしたいんですが、井戸はありますか」
「ああ……」
彼女はうーん、と困った顔をして言う。
「一応はあるんですけど、今日は宿にお泊りのお客様が一斉にお使いになっていて、順番待ちをしている状態で……」
「うわぁ……」
頬を引きつらせるネモに、若女将は苦笑する。
「一応、屋上もあるので干場の確保は出来るかと思いますので、もし今日中に洗濯をご希望でしたら、町の共用洗濯場を利用してみたらいかがでしょうか?」
「ああ、その手がありましたね」
ネモは共用洗濯場の位置を聞き、行ってみることにした。ちなみにあっくんは宿でお留守番である。
共用洗濯場は宿から近い場所に在り、そこにはご近所の奥様方が大きなたらいで洗濯をしていた。
「こんにちはー! 私もここで洗濯して大丈夫ですか?」
「あら、大丈夫よ」
「こっちへいらっしゃいな」
ネモはいかにも歴戦のおばちゃん、といった貫録を持つ奥様方に怯むことなく近寄って行き、するりと仲間へと入った。自称永遠の十七歳は、実はこの場の誰よりも年上で、面の皮の厚さともなれば、この場の誰よりも厚い。
シレっとした顔で自然に井戸端会議へ突撃し、混ざる図太さは、年齢を重ねて得たのもだ。
「見かけない顔ね。旅人さんかい?」
「ええ、そうです。今朝この町に着いて」
「今朝? えっ、まさか、嵐の中を歩いて来たのかい⁉」
目を剥くおばちゃんに、ネモはまさか、と手を横に振る。
「町からちょっと離れたところにお屋敷があるじゃないですか。あそこに泊めてもらってたんです」
「ああ、あそこかい」
「あの気難しい奥様が居る、あのお屋敷ね」
「あそこの使用人の男の子、奇麗な顔をしてるわよね」
「ああ、あたしの娘もポーッとしちゃってさぁ」
「あそこのメイドの子も坊ちゃんのことが好きみたいだね」
「あの顔だからねぇ。あの子に話しかけたらメイドさんに睨まれた、ってうちの娘が言ってたよ」
さすがはおばちゃん。するすると情報が出て来る。
「泊めて貰っといてなんですけど、あの家財政難なんですかね? スープ食べさせてもらったんですけど、凄い味がして……。あのクラスのコックだと、お給料はかなり安いはず……」
「あー、そうだね。お金が無いのは確かだろうね」
「この町に引っ越してきた時、宝石だとか、貴族の坊ちゃんの服とか売りに来てたからね」
「へー……って、あれ? あの方、引っ越して来たんですか?」
目を瞬かせるネモに、おばちゃん達はそうだよ、と頷く。
「だいたい、半年くらい前かね? 町はずれの古い屋敷に人が住み始めた、って聞いて驚いちゃったよ」
「町から遠いからね。不便だろうに、どんなもの好きかって噂になったもんさ」
おばちゃん達は洗濯をする手を止めず、慣れたようにお喋りに花を咲かせる。
「きっと体を壊したから、町はずれの静かな場所を選んだんだろうね」
「そうね。あの奥様、前はふっくらした体系だったのに、今では随分痩せちゃって……」
「うちの旦那がパンを届けに行ったときに見たらしいけど、着ているドレスのサイズがあってなかったってさ。新しいのを買わない所を見ると、もしかすると自分の死期を悟ってるのかもしれないね」
気の毒にね、とおばちゃん達は少し暗い顔をする。
「そういえば、あそこの執事さん、ちょっと不気味じゃありません? 夜中に見かけて、ぎょっとしちゃって」
「執事さん? 不気味なのかい?」
「うちの旦那が配達の時ちょっと見かけたらしいけど、細くて顔色が悪いらしいね」
「なんだい、男が細いだなんて。もっと食わせてやらなきゃ」
おばちゃん達の話に、ネモはおや、と首を傾げる。
「もしかして、執事さんって町に来た事が無いんですか?」
「無いね。町で見かけるのは使用人の男の子とメイドさん、それからたま~にコックの人くらいだね」
「へー……」
執事ともなれば、確かに屋敷に詰めているものだろうが、それでも家政を纏める立場であるが故に外での用事や、自分の用事で外出が必要になることがある。それが無いというのは、不自然だった。
あの執事に感じた違和感が濃くなるのを感じつつ、ネモは洗濯物を絞った。
11
あなたにおすすめの小説
知識スキルで異世界らいふ
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える
ハーフのクロエ
ファンタジー
夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。
主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。
【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです
yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~
旧タイトルに、もどしました。
日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。
まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。
劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。
日々の衣食住にも困る。
幸せ?生まれてこのかた一度もない。
ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・
目覚めると、真っ白な世界。
目の前には神々しい人。
地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・
短編→長編に変更しました。
R4.6.20 完結しました。
長らくお読みいただき、ありがとうございました。
伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります
竹桜
ファンタジー
武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。
転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる