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第一章

<むむ。まさか部屋に閉じ込められるとはな>

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 黒猫のナイは少し困っていた。

 <むむ。まさか部屋に閉じ込められるとはな>

 空腹を感じてエサをねだるために初心者パーティーに接触したのが間違いだった。
 いつものようにエサをもらったらすぐに離れるつもりだったのだが、引率の男に捕獲され、ダンジョンの守衛所に預けられてしまったのである。
 守衛所の人間もずっと監視しているわけにもいかず、ナイのことを小部屋に閉じ込めてしまったのだ。

 <我を王都まで連れ帰ろうとしてくれるのはありがたいが、まったく、お節介な……>

 ダンジョンの中を覗きに行く計画が台無しだ。
 可能なら、こっそり初心者パーティーの後をつけ、その戦いの様子を観察するつもりだった。

 <撫で方は上手かったが……。ふむ。あのような大きくずっしりと手で撫でられたのは初めてだったな>

 守衛所に預ける時にナイは引率の男に抱かれていた。
 がっしりとした筋肉質の腕は硬く安定していて抱かれ心地は悪くなかった。それに大きな手で抱いている間ずっと撫で続けていたのも評価できる。

 元飼い主の賢者ブリアックは線の細い男だった。戦う時も魔法しか使わなかったため、手も細く柔らかかった。
 そして、野良猫になってからは無用な危険を避けるために、優しそうな女性だけにエサをねだるようにしていた。
 引率の男のような手で撫でられるのは、ナイにとって初めての体験だったのである。

 <あのような強さを感じる手も、悪くはない>

 ナイは撫でられた手の感触を思い出して目を細めた。

 <……さて、こうしていても埒が明かぬな。抜け出すか。あそこからなら出られそうだが……>

 ナイは遥か上方に空いている小さな窓を見つめる。
 この部屋は問題を起こした人間を入れるための部屋なのか、正面のドア以外は出入口はない。そして、それ以外で外に出られそうなのは窓だけだ。
 窓には鉄格子がはまっているが、猫であるナイなら余裕で通り抜けられる。

 <問題は高さだな。足場は……>

 周囲の状況を見て、即座に窓まで跳ね上がるルートを考える。

 <こういう時に魔法が使えればと思うがな。猫の身ではどうにもならないな>

 人間と違い、猫は魔法を使うことができない。
 賢者の全てを見てきたナイは高度な魔法の知識を持っているが、それを利用することはできなかった。

 <まあ、無い物ねだりは愚か者のすることだな。我は我でできることを模索するしかないか>

 そう考えると、ナイは身体を小さく丸め、バネのごとき瞬発力を発揮して跳び上がる。
 そして家具や壁のわずかな出っ張りを足場にして窓まで駆け上がった。

 <では、楽しいダンジョン探索といくか>

 笑みを浮かべると、その漆黒のシッポを大きく揺らした。

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