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第一章

<ふむ。面倒だが一層ずつ降りていくしかないか>

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 守衛所を抜け出したナイは人間の目に触れないように、慎重にダンジョンの入り口に潜り込んだ。
 そして、下層へ転移するための転移ポイントに移動する。

 転移ポイントは見た目は普通の石造りの小部屋だ。十人も人が入ればいっぱいになってしまうだろう。
 その中央には人の背丈ほどの水晶の柱が立っており、その周囲の床には魔法陣が描かれていた。

 過去にはこの水晶の柱を削って盗み出そうとした不心得者もいたらしいが、壊そうとした時点でダンジョンの外に転移させられ、その後はダンジョンへ入れなくなったらしい。
 ダンジョンの不思議な機能として有名な話だ。

 ナイはその魔法陣の上に乗り、水晶に前足で触れた。
 ぺち……と、かわいい音がする。
 しかし何の変化も起こらず、ナイは少しイラついたようにぺちぺちぺち……と、前足で叩き続けた。

 <やはり、何の反応も示さぬか>

 人間であればこの魔法陣の上に載って、水晶に触れれば思い描いた層に転移してくれるはずだ。

 <人間にしか反応しないのであろうな……。ということは、以前に主殿と一緒に転移できたのは、我が主殿の装備品という扱いを受けていたということなのだろうな……>

 ナイは複雑な表情を浮かべる。
 十分予測できたことなのだが、自分が物として扱かわれていたと知るのはやはり悲しい。

 <魔力のない猫では反応しないということか?それとも人間しか認識しないなのか?>

 ナイは床の魔法陣を見つめた。
 見慣れた魔法陣で、賢者ブリアックの研究室にも書き写したものがあった。

 この魔法陣には転移魔法の術式が組まれている。ただそれは、ダンジョン内でしか発動しない特殊な術式だ。
 本来なら膨大な魔力が必要となる転移魔法を、ダンジョン限定でどんな人間でも使用できるようにする不思議な魔法陣なのだ。
 解明されていない部分も多く、そもそも魔法陣として機能させるには欠落も多い。

 ブリアックはその欠落部分を補っているのが、水晶ではないかと予測していた。
 水晶に触れた人間の情報をダンジョンコアに送り、それに合わせた術式をダンジョンコアが送り返してくることで、転移を実現するのではないかと考えていたのである。

 転移の要が欠落部分にあるため、そのシステムは予測するしかない。
 だが、猫のナイに使えないことだけは間違いなかった。

 <ふむ。面倒だが一層ずつ降りていくしかないか>

 軽くため息をつき、ナイは踵を返すとダンジョンの奥へと進んでいった。
 

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