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第一章
「待て!行くな!!」
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ナイは起きると同時に引き返すことに決めた。
水は確保できたが、やはり空腹が気になった。
ダンジョンから出れば豊かな森や草原が近くにあるおかげで狩りが得意なナイならエサの確保は簡単だが、ダンジョン内ではどうにもならない。
空腹に耐えられて、体力も十分にある今の内に引き返すのが得策だろう。
<ハハハ。無謀だったか>
自分の無謀を笑い飛ばす。
好奇心は猫を殺すとはよく言ったものだと、ナイは自嘲した。
気まぐれで好奇心のまま行動するあたりは、たとえ高い知能があっても猫の性質は変えられないのだろう。
<さて、運よく女性パーティーでもいれば楽ができそうだがな>
女性パーティーに出会えれば保護してもらえてエサももらえるかもしれない。
その場合は転移ポイントも使えて楽もできるだろう。少なくとも女性が複数人いるパーティーなら優しくしてもらえるはずだ。
逆に男性だけのパーティーはダメだ。
見捨てられるだけならいいが、悪戯に攻撃される可能性がある。冒険者の男など荒くれ者しかいないと思っておいた方がいい。
あの新人パーティーを引率していた男のように、人の良い男性冒険者の方が稀だろう。
偏見かもしれないが、切羽詰まっていない限り危険を冒す必要もない。
<では、人の居そうな場所を選んで通るか>
ナイは人間の気配のある方向に歩き始めた。
<むむ?>
移動途中に、ナイは興味を引くものを見つけた。
それは注意深く見ないと分からない、地面と同じような色をした魔法陣だった。
猫の低い視界だからこそ、遠目でも気づけたのだろう。
<彷徨える落とし穴だな……。珍しい>
それは『彷徨える落とし穴』と言われるものだった。
落とし穴と言っているが、それは転移魔法陣だ。
踏めば強制的に発動し、下の層……多くの場合は最下層に転移させる魔法陣を使った罠だった。
下の層に転移させられるため、分かりやすく落とし穴と呼ばれていた。
この転移魔法陣はその名の通り彷徨っており、どこに現れるのかは予測すらつかない。
ただ、下層に現れる場合が多く、今、ナイがいる十四層のような上の方に現れるのは大変珍しかった。
<そういえば、長らくここのダンジョンを踏破したという話は無いようだったな>
ナイは珍しく上層にあることに興味を覚え、足を止めて思案する。
このダンジョンは初心者ダンジョンとして扱われている。
その性質から初心者以外が入ることはほとんどなく、しかも三十層以降は急激に強い魔獣が出てくるため、三十層までしか入らない者たちがほとんどだった。
そのため、長い間、最下層まで踏破されていない。
<誰も下層まで入ってこないので、寂しくて上層まで彷徨い出てきたのか?まさかな>
自分の考えをあっさりと否定する。
ただ、『寂しくて』ということはないだろうが、何か条件が整って上層に出現したことは間違いないだろう。
<ふむ>
ぺしぺしぺし……とナイが魔法陣を前足で叩くが、当然ながら何の反応も起こさなかった。
この魔法陣もやはり、人間以外には反応しないようだ。
ナイは魔法陣の内側に入り込むと、耳をピクピクと動かしながらジッと魔法陣を見つめる。
<やはり、基本は転移魔法陣だな。ただ、彷徨うための術式が不明だな。これは術式をダンジョンコアに依存しているのか?それともダンジョン自体か?最下層に転移させらえることが多いということは、ダンジョンコアに依存してそうだな。転移というより召喚に近いのかもしれんな>
魔法陣の術式を読み解きながら、検証していく。
その集中力は凄まじい。まるで舐めるように、ゆっくりと読み解いていく。
<……ふむふむ。大半の術式はダンジョンコア依存だが、一部の術式を書き換えれば彷徨う場所を限定することくらいはできそうだが……。我も初心者がこの罠にかかって命を散らすのは本意ではないし、できれば対処してやりたいが……>
魔法陣の書き換えは強い魔力を持ち、その方法を知っていれば可能だ。
だが、ナイには魔力がない。どれだけ知識があっても不可能だった。
<……主殿がいてくれれば……>
ナイの元飼い主の賢者ブリアックであれば、何も言わずともナイの意思をくみ取って対処してくれていただろう。
それにナイはその気になれば文字を書いて伝えることもできる。
しかし、文字を書く猫など不気味なので、ブリアック以外には秘密にしていた。
そもそも両の前足を使って書くので、ものすごく遅く、ものすごく下手なので、ブリアック以外には恥ずかしくて見せる気はなかったのだが。
それからどれくらい時間が過ぎただろうか。
ナイは完全に時間を忘れ、魔法陣を眺めていた。
そこに突然……。
「猫ちゃん!!」
叫びが上がった。
魔法陣に集中していたナイは突然の声にビクリと身を震わせて跳び上がる。
「ネリー!!待て!行くな!!」
さらに追いかけるように、焦った男の叫びが響いた。
それと同時に魔法陣が淡く輝き始める。
驚きに毛皮を逆立てたナイが声の方を見ると、ナイに向かって冒険者の少女が、駆け寄ってきていた。その足は、すでに魔法陣の範囲に入っている。
その後ろからは、他の冒険者たちが少女を止めるべく駆け寄って来ている。その表情はどれも引きつっていた。
魔法陣の光がさらに強まり、全員を包んでいく。
魔法陣の中にいたナイも例外でなく、その光に包まれた。
……そして、ナイと冒険者パーティーの姿は十四層から掻き消えたのだった。
水は確保できたが、やはり空腹が気になった。
ダンジョンから出れば豊かな森や草原が近くにあるおかげで狩りが得意なナイならエサの確保は簡単だが、ダンジョン内ではどうにもならない。
空腹に耐えられて、体力も十分にある今の内に引き返すのが得策だろう。
<ハハハ。無謀だったか>
自分の無謀を笑い飛ばす。
好奇心は猫を殺すとはよく言ったものだと、ナイは自嘲した。
気まぐれで好奇心のまま行動するあたりは、たとえ高い知能があっても猫の性質は変えられないのだろう。
<さて、運よく女性パーティーでもいれば楽ができそうだがな>
女性パーティーに出会えれば保護してもらえてエサももらえるかもしれない。
その場合は転移ポイントも使えて楽もできるだろう。少なくとも女性が複数人いるパーティーなら優しくしてもらえるはずだ。
逆に男性だけのパーティーはダメだ。
見捨てられるだけならいいが、悪戯に攻撃される可能性がある。冒険者の男など荒くれ者しかいないと思っておいた方がいい。
あの新人パーティーを引率していた男のように、人の良い男性冒険者の方が稀だろう。
偏見かもしれないが、切羽詰まっていない限り危険を冒す必要もない。
<では、人の居そうな場所を選んで通るか>
ナイは人間の気配のある方向に歩き始めた。
<むむ?>
移動途中に、ナイは興味を引くものを見つけた。
それは注意深く見ないと分からない、地面と同じような色をした魔法陣だった。
猫の低い視界だからこそ、遠目でも気づけたのだろう。
<彷徨える落とし穴だな……。珍しい>
それは『彷徨える落とし穴』と言われるものだった。
落とし穴と言っているが、それは転移魔法陣だ。
踏めば強制的に発動し、下の層……多くの場合は最下層に転移させる魔法陣を使った罠だった。
下の層に転移させられるため、分かりやすく落とし穴と呼ばれていた。
この転移魔法陣はその名の通り彷徨っており、どこに現れるのかは予測すらつかない。
ただ、下層に現れる場合が多く、今、ナイがいる十四層のような上の方に現れるのは大変珍しかった。
<そういえば、長らくここのダンジョンを踏破したという話は無いようだったな>
ナイは珍しく上層にあることに興味を覚え、足を止めて思案する。
このダンジョンは初心者ダンジョンとして扱われている。
その性質から初心者以外が入ることはほとんどなく、しかも三十層以降は急激に強い魔獣が出てくるため、三十層までしか入らない者たちがほとんどだった。
そのため、長い間、最下層まで踏破されていない。
<誰も下層まで入ってこないので、寂しくて上層まで彷徨い出てきたのか?まさかな>
自分の考えをあっさりと否定する。
ただ、『寂しくて』ということはないだろうが、何か条件が整って上層に出現したことは間違いないだろう。
<ふむ>
ぺしぺしぺし……とナイが魔法陣を前足で叩くが、当然ながら何の反応も起こさなかった。
この魔法陣もやはり、人間以外には反応しないようだ。
ナイは魔法陣の内側に入り込むと、耳をピクピクと動かしながらジッと魔法陣を見つめる。
<やはり、基本は転移魔法陣だな。ただ、彷徨うための術式が不明だな。これは術式をダンジョンコアに依存しているのか?それともダンジョン自体か?最下層に転移させらえることが多いということは、ダンジョンコアに依存してそうだな。転移というより召喚に近いのかもしれんな>
魔法陣の術式を読み解きながら、検証していく。
その集中力は凄まじい。まるで舐めるように、ゆっくりと読み解いていく。
<……ふむふむ。大半の術式はダンジョンコア依存だが、一部の術式を書き換えれば彷徨う場所を限定することくらいはできそうだが……。我も初心者がこの罠にかかって命を散らすのは本意ではないし、できれば対処してやりたいが……>
魔法陣の書き換えは強い魔力を持ち、その方法を知っていれば可能だ。
だが、ナイには魔力がない。どれだけ知識があっても不可能だった。
<……主殿がいてくれれば……>
ナイの元飼い主の賢者ブリアックであれば、何も言わずともナイの意思をくみ取って対処してくれていただろう。
それにナイはその気になれば文字を書いて伝えることもできる。
しかし、文字を書く猫など不気味なので、ブリアック以外には秘密にしていた。
そもそも両の前足を使って書くので、ものすごく遅く、ものすごく下手なので、ブリアック以外には恥ずかしくて見せる気はなかったのだが。
それからどれくらい時間が過ぎただろうか。
ナイは完全に時間を忘れ、魔法陣を眺めていた。
そこに突然……。
「猫ちゃん!!」
叫びが上がった。
魔法陣に集中していたナイは突然の声にビクリと身を震わせて跳び上がる。
「ネリー!!待て!行くな!!」
さらに追いかけるように、焦った男の叫びが響いた。
それと同時に魔法陣が淡く輝き始める。
驚きに毛皮を逆立てたナイが声の方を見ると、ナイに向かって冒険者の少女が、駆け寄ってきていた。その足は、すでに魔法陣の範囲に入っている。
その後ろからは、他の冒険者たちが少女を止めるべく駆け寄って来ている。その表情はどれも引きつっていた。
魔法陣の光がさらに強まり、全員を包んでいく。
魔法陣の中にいたナイも例外でなく、その光に包まれた。
……そして、ナイと冒険者パーティーの姿は十四層から掻き消えたのだった。
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