上 下
44 / 69
第二章

「君は王都を救った英雄だ!」

しおりを挟む
 すべてが終わった。

 舞い散る砂塵と見渡す限りに転がる魔獣の死骸だけがここで何が起こったかを示していた。

 「終わったぞ」

 大きく息を吐き、周囲を一瞥してもう動くものがないのを確認してから、アルベルトは後ろを振り向く。

 アルベルトの背後には、少し離れてナイと初心者パーティーがいるはずだった。

 「ん?」

 だがそこにはナイはいたが、初心者パーティーの代わりに数人の騎馬兵がいたのだった。

 「……何を驚いておる?さては我がいるからと背後の警戒を怠っておったな?兵隊さんたちが来たのも気付いていなかったのだろう?」
 「う……」

 図星を突かれ、アルベルトは声を詰まらせた。

 「だいたい、魔力操作が雑すぎる!魔剣に溜めてあった魔力が空ではないか!この程度の敵であれば半分も使えば十分だったはずだぞ?それに取りこぼしも多すぎる。ネリーたちに周囲に散った魔獣を倒しに行ったぞ!」
 「なに!?あいつらに行かせたのか!」

 アルベルトの表情が戦いが終わって気の抜けたものから、一気に険しくなる。
 しかしナイはそれを鼻で笑ってみせた。

 「あやつらからそうしたいと言ってきたのだぞ?お主の戦いに触発され、いてもたってもいられなくなったのだろう。もちろん、我が監視して安全は確保しておるから安心するがいい」

 そこまで言うと、ナイは呆然とその様子を見守っていた騎馬隊に向き直る。

 「それにだ、お強い兵隊さんの半分が加勢に向かってくださったので大丈夫ですわ!ですよね、兵隊さん!」
 「ぶっ!」

 突然の口調の変化に、アルベルトはわずかに吹き出してしまった。
 いつものナイからは考えられない、媚びたような態度だ。何を考えているのかは分からないが、たぶん、騎馬隊に対して普通の娘のフリをしているつもりなのだろう。まったくできていないが。

 「……ああ、もちろんだ。すまない。挨拶が遅れた。私は王都防衛軍の指揮官でヨハネス・アドラーだ」
 「アルベルトだ」

 アルベルトは、不機嫌な態度で短く答えた。
 実際のところは、先ほどのナイの態度に笑い転げそうになって、必死に耐えていたために不機嫌に見える態度になってしまったのだが。

 だが、指揮官のヨハネスはそれを挑戦的な態度と受け取って身構える。

 「それでこれは……いったい何があったのだ?いや、疑ってるわけではないが!」

 信じられない。
 そう言葉を続けようとしたが、我に返って押し黙る。
 目の前の不機嫌そうなアルベルトを怒らせる発言をしたと思いとどまった。
 本当にダンジョンから溢れた魔獣をすべてこの男が倒したのだとすれば、絶対に怒らせていい相手ではない。

 「ここで初心者パーティーの訓練をしているときに迷宮が溢れたという報告を聞いたんでな、迎え撃っただけだ。信じられないと思うが、本当だ」
 「疑うなんて、ひどいですわ、兵隊さん!」

 ナイが横から言葉をはさんで来たため、また笑いそうになってアルベルトは顔を背けた。
 冒険者のアルベルトなど、王立防衛軍からすれば取るに足らない存在だ。目の前で噴出して笑うなど失礼があってはいけないので、歯を食いしばって必死に耐える。

 <ナイのやつ、面白がってわざとやってやがるな!>

 ナイは先ほどアルベルトが吹き出しかけたのに目ざとく気付いたのだろう。アルベルトを笑わせるためにわざとやっている。
 クネクネと媚びる態度は、演技どころか喜劇ギャグだ。

 「すまない!本当に疑っているわけではないのだ!機嫌を直してほしい!君は王都を救った英雄だ!このまま魔獣が王都へと押し寄せれば、少なくない被害が出ていたはずだ。君が王都の住人たちを救ったのだ!このことは私から国王へと報告させていただく!」
 
 アルベルトが歯を食いしばって小さく身体を震わせているのを怒っているのだと勘違いした指揮官のヨハネスは、息継ぎすらしない勢いで言い切った。

 そしてこの言葉通り国王へと報告が上がることになる。
 
 アルベルトを怒らせてしまったと勘違いしたヨハネスは、その負い目から過剰なほどに彼を褒め称え、英雄だと宣伝して回った。

 結果として、アルベルトは冒険者としては異例の国家褒章を受ける羽目になってしまうのだった……。
しおりを挟む

処理中です...