上 下
68 / 69
第三章

「……やっぱり猫だ。うん、猫だ」

しおりを挟む
 「邪魔になるものをすべて削ってやるから、首を落としてこい。風の魔法もそこそこ効果があった」
 「ああ」

 アルベルトは小さく頷くと、表情を引き締めた。
 そして剣を握りなおすと軽く構える。

 「行くぞ」

 魔法陣が広がる。
 その魔法陣は一度蒼い光となって散らばると、再びナイの両手にまとわりつき小さな魔法陣を形作る。
 それは手枷か、大きなブレスレットのようだった。

 「ウォーターネイル」

 両腕の魔法陣から溢れ出た水は長い爪を持った巨大な腕となり、ナイの動きと連動してパックの女王の肉体を引き裂いた。

 「……やっぱり猫だ。うん、猫だ」

 水の爪が女王の身体を引き裂いて削ぎ取る度に、アルベルトが感慨深かそうに呟いている。
 それは誰かに聞かせるというよりは、自分に言い聞かせているようだった。

 パックの女王の醜悪な肉体は破片を飛び散らせる。
 それはなぜか、黄色い花弁となって舞った。

 「面白い!なぜ花弁なのだ?血ではないのか?パックという妖精の性質に関係あるのか?パックの魔力に水の魔法が反応した結果か!?」

 黄色い花弁はあたり一面を埋め尽くしていく。
 興奮したナイは執拗なまでに細かく、それは丁寧に女王の肉体を切り刻んでいった。
 ナイの大きく瞳孔の開いた眼は舞い散る花弁を映していた。
 頬が桜色に上気していくにつれてその口も開いていき、荒い息を吐きだし始める。
 乾いてくる唇を、赤い舌が舐め湿らせる。

 女王は身動きが取れずに恨みがましい目で睨んでいるが、ナイはまったく気にしていない。

 「猫って、こういうの好きだもんな」

 呟くアルベルトの声も聞こえていない。

 「くうっ、もう少し楽しみたいが、トドメを譲るといったからな。これ以上やると消滅させてしまう。残念だが、アルベルト行け!!」

 興奮した表情のまま悔しそうに言うナイを一瞥し、アルベルトは女王に向かって駆け出した。

 「……魔力操作」

 魔剣が淡い輝きを放ち始める。

 「剣に纏わせ、威力設定」

 魔剣の周囲に風が舞う。

 「トリシューラの威力を借りる。風の斬撃!」

 女王に振り下ろされたのは、魔剣を軸に展開された巨大な刃だった。
 それはパックの女王の首を、一瞬の抵抗すらなく切り裂く。

 「ふう」

 アルベルトが息を吐くとともに、その首は転がり落ちた。

 黄色い花弁が舞う。
 切り目から吹き出すように、激しく。
 そしてその花弁の奔流はパックの女王の肉体にまで至り、パックの女王のすべてを花弁に変化させた。

 視界を埋め尽くすような黄色。
 黄色い花弁が舞い散っていくのは、不気味なパックの女王から生まれたとは思えないほど幻想的だった。

 「おお!」

 ナイは興奮した様子でそれを目で追っていた。

 「……」

 アルベルトは切り伏せた状態のまま、固まっている。
 巨大な妖精を倒した余韻を感じているのか、動かない。

 興奮しているナイに向かって、ゆっくりとアルベルトは振り向く。
 手がかすかに震えていた。
 ぎこちないその動きは、錆びた鎧を着た兵士のようだ。

 振り向いたその顔は青ざめていた。

 「……威力設定ミスった……」

 情けないその言葉とともに、アルベルトが切り捨てた女王の向こう側の壁が、音を立てて崩れ始めたのだった。



 その日、サントル王国の王城は半壊した。
 きれいに城の半分が、基礎の部分から崩れ落ちたのだ。

 、魔道騎士団の魔法実験の失敗が原因だと発表されたのだった……。
 



しおりを挟む

処理中です...