57 / 80
13歳編〜もっともっーと漬物〜
④
しおりを挟む「あ~……………………」
間の抜けた声を出し、寝台の上を転がる。
胃の腑の辺りが苛々する。
酒を飲みすぎた後にも似たそれに、ゆっくりと目を閉じる。
目蓋の裏に浮かぶのは先程の祖母の姿。
精霊眼をもってしても見通せないアレは一体なんで、何がしたかったのか。
現状判明しているのは相手によって見る者が異なり、魔法攻撃の無効化という二点。
「あー……でもやっぱあれ、ムカつく」
大切な思い出を土足で踏み躙られたのもさることながら、故人を侮辱する行為も大変腹立たしい。それが例えあのべディア公爵令息であっても気分のいいものではない。
父親に愛されている。
そう断言していた彼の葬儀の日、俺は悲しみに暮れる公爵を視た。
生まれてこの方、息子を愛した事はない。
後妻の母親と同じくその一文を目にした時、憐憫を覚えた。
そしてこれは推測だが、エフレン本人も本当は分かっていたのかもしれない。
だから悪事の後始末に対して、父親の愛だと誤認、いや思い込んでいた。
加えて後から判明した事だが、彼の被害者は皆、『誰か』に愛され、大事にされていた人達ばかりだった。
エフレンの行いは到底赦されざるものだが、とても遣る瀬無い。
「結果論なのは分かってるけどせめて一人くらい理解者が居れば……」
家族にも知人にも心から悼んで貰えないのは寂しいし、悲しい。
「――ハァ。やめよ」
ともあれ、との幽霊ないし主犯の糞野郎にはなんとしても一発、いや二発はいれないと気が済みそうにない。
「……それにしてもフラウ様は何処に行ったんだろ」
左右に寝返りを打ち、呟く。
因みにフェルディナントは今、浴室で汗を流している最中だ。
ポチとダチョウは既に夕餉を平らげた後なのか、指定の位置で船を漕いでいる。
「おっ、目ェ覚めたか。具合どーだ?」
入浴を終えたフェルディナントが小走りに駆け寄る。
「あ、はい。もう大丈夫です。あの、フラウ様はどちらに?」
「アイツと対策を話し合ってる最中」
「アイツ? パエラトン先輩ですか?」
嫌そうに頷くフェルディナント。
「どーも奴の情報と俺達の情報が食い違うのが気になるってんで、こすり合わせと今後について話すんだと」
「えっと擦り合わせですね」
「似たよーなもんだろ」
苦笑いを浮かべると、彼の髪が僅かに湿っているのに気付く。
「フェル様、髪が濡れてますよ」
「このくらいは問題ねーよ」
「駄目ですよ。折角綺麗な髪なんですから大事にしないと」
「ん」
そう言うと彼は俺に背を向ける形で傍に腰掛ける。どうやら拭いてほしいようだ。
「まったく。今日だけですよ」
「そう言って前もやってくれたじゃん」
「そうでした? あ、タオル貸してください」
「そー。でも俺、ラシェに拭いてもらうのが一番好きだわ」
好きという言葉に、どきりとする。
「そ、そうですか」
「おう。安心して眠たくなる」
「まだ寝たら駄目ですからね」
「んじゃ寝たらキスで起こしてくれ」
「嫌です」
「えー」
残念そうに唇を尖らせるフェルディナントに、くすりと笑みが溢れる。
「俺よりも綺麗な人からしてもらった方が良い目覚めになりますよ」
「ラシェより綺麗な奴なんかいねー」
「っ、お世辞言っても何も出ないですよ」
「世辞じゃねーし」
落ち着け、ただのリップサービスだ。
高鳴る胸を押さえつけ、タオルを動かす手に力をこめる。
「ちょっ、痛ーよ。ラシェ」
「フェル様が変な事言うからです!」
「?」
同時刻。
地下へと転移した男の鼻腔に激臭が香る。
男は軽く当たりを見渡す。
仰ぎ見た天井、視界に収まりきらない壁の長さ。地下とは思えないそこには、無数の培養槽が鎮座していた。
その中には緑の液体の他に体育座りの裸の子供が眠っている。全員消炭色の髪のみならず顔の造形まで酷似している。
床を見れば培養槽と繋がる配管らしき物が幾重にも重なり合い、足の踏み場を奪う。
どう見ても違法な研究施設だ。
そんな唾棄すべき場にて後から到着した若い黒衣の男が「うへぇ」と嫌そうな顔を浮かべる。
男は後続の彼に目をやる。
雨に打たれたのか、黒衣を脱いだ彼もまた消炭色の髪だ。だが体は全体的に痩せ気味でやけに手足が長く、蜘蛛を彷彿とさせるフォルムをしている。
ただそれは不健康や病気によるものではなく、武人としてかなり無駄な物を排した結果によるものだ。
先の一言が自らに向けたものではないと知る男は何を言うでもなく、視線を戻して奥へと歩き出す。
その足取りは巨躯でありながら颯爽としており、非常に足場の悪い道、悪路をすいすいと進んでいく。
それに慌てた蜘蛛男、被検体No.4860110。通称シハルレイトは後に続く。
Ⅺの直属の部下として普段飄々としていた態度は、今は鳴りを潜め、先行する男の行動を制限する素振りもなく一定の距離を保ってついていく。
周囲には人の気配はなく、培養槽に流れる空気の音だろう「ゴポンゴポン」という不気味な音だけが音楽のように流れている。
やがて沈黙に耐えかねたのか、男は歩みを止めず、正面を見据えたまま口を開く。
「久方ぶりに故郷へ訪れた気持ちはどうだ」
「どう、と言われましても……」
くちごもって一呼吸置いたシハルレイトは必死に言葉を選んで発する。
「申し訳ございませんが私共にはそのような“機能”は搭載されておりませんので、閣下の仰る質問に適した答えは難しく」
「……そうか。お前はそうしたのだったな。つまらん事を訊いたな。許せ」
閣下と呼ばれた男が足を止める。
その視線の先は血管のように床を這う無数の配管ではなく、その下。
水溜りいや波打ち際の海水のように漂う培養液らしき緑色の液体に向いていた。
それに気付いたシハルレイトが小さな驚愕の一音を発すると同時に、フードの下に隠れた閣下の口元が盛大に歪む。
次いで彼を中心に大気が震えた。
初冬に近い室温が一瞬にして真夏の炎天下へと様変わりしたのを間近で喰らったシハルレイトは生唾を飲み込む。
だがそれも僅かな時間だ。
怒りを解いた閣下は何やら呪文のような物を発動すると、シハルレイトと共に中空へ飛翔する。
その高さから、液体が大分奥から流れているのが分かった。
シハルレイトはその先の物は何であったか記憶の引き出しを漁るも、該当する答えはなかった。
未だ軽い困惑を滲ませるシハルレイトに閣下の重々しい声がかけられる。
「………………念の為、戦闘準備をしろ」
「ハッ!」
シハルレイトは何処からともなく取り出した大鎌をその手に握る。
そして二人はそのまま<飛行>の魔法で、悪路に苦戦する必要なく、最奥前の扉まで到着する。いや、それは果たして扉と称していいのか。以前は扉の形をしていただろうものがあった。
まるで開け方を知らない第三者が力任せに開けたようなソレを前に閣下が言う。
「遅かったか」
「これはいったい……」
「――Ⅺに知らせろ。実験体が逃げた。なんとしても捕まえてこい」
「畏まりました!!」
10
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
神様は身バレに気づかない!
みわ
BL
異世界ファンタジーBL
「神様、身バレしてますよ?」
――暇を持て余した神様、現在お忍び異世界生活中。
貴族の令息として“普通”に暮らしているつもりのようですが、
その振る舞い、力、言動、すべてが神様クオリティ。
……気づかれていないと思っているのは、本人だけ。
けれど誰も問いただせません。
もし“正体がバレた”と気づかれたら――
神様は天へ帰ってしまうかもしれないから。
だから今日も皆、知らないふりを続けます。
そんな神様に、突然舞い込む婚約話。
お相手は、聡明で誠実……なのにシオンにだけは甘すぎる第一王子!?
「溺愛王子×お忍び(になってない)神様」
正体バレバレの異世界転生コメディ、ここに開幕!
トリップしてきた元賢者は推し活に忙しい〜魔法提供は我が最推しへの貢物也〜
櫛田こころ
BL
身体が弱い理由で残りの余生を『終活』にしようとしていた、最高位の魔法賢者 ユーディアス=ミンファ。
ある日、魔法召喚で精霊を召喚しようとしたが……出てきたのは扉。どこかの倉庫に通じるそこにはたくさんのぬいぐるみが押し込められていた。
一個一個の手作りに、『魂宿(たまやど)』がきちんと施されているのにも驚いたが……またぬいぐるみを入れてきた男性と遭遇。
ぬいぐるみに精霊との結びつきを繋いだことで、ぬいぐるみたちのいくつかがイケメンや美少女に大変身。実は極度のオタクだった制作者の『江野篤嗣』の長年の夢だった、実写版ジオラマの夢が叶い、衣食住を約束する代わりに……と契約を結んだ。
四十手前のパートナーと言うことで同棲が始まったが、どこまでも互いは『オタク』なんだと認識が多い。
打ち込む姿は眩しいと思っていたが、いつしか推し活以上に気にかける相手となるかどうか。むしろ、推しが人間ではなくとも相応の生命体となってCP率上がってく!?
世界の垣根を越え、いざゆるりと推し活へ!!
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
溺愛の加速が尋常じゃない!?~味方作りに全振りしたら兄たちに溺愛されました~
液体猫(299)
BL
毎日AM2:10分に予約投稿。
【《血の繋がりは"絶対"ではない。》この言葉を胸にクリスがひたすら愛され、大好きな兄と暮らす】
アルバディア王国の第五皇子クリスは冤罪によって処刑されてしまう。
次に目を覚ましたとき、九年前へと戻っていた。
巻き戻す前の世界とは異なるけれど同じ場所で、クリスは生き残るために知恵を振り絞る。
かわいい末っ子が過保護な兄たちに可愛がられ、溺愛されていく。
やり直しもほどほどに。罪を着せた者への復讐はついで。そんな気持ちで新たな人生を謳歌する、コミカル&シリアスなハッピーエンド確定物語。
主人公は後に18歳へと成長します(*・ω・)*_ _)ペコリ
⚠️濡れ場のサブタイトルに*のマークがついてます。冒頭のみ重い展開あり。それ以降はコミカルでほのぼの✌
⚠️本格的な塗れ場シーンは三章(18歳になって)からとなります。
【第一部・完結】毒を飲んだマリス~冷徹なふりして溺愛したい皇帝陛下と毒親育ちの転生人質王子が恋をした~
蛮野晩
BL
マリスは前世で毒親育ちなうえに不遇の最期を迎えた。
転生したらヘデルマリア王国の第一王子だったが、祖国は帝国に侵略されてしまう。
戦火のなかで帝国の皇帝陛下ヴェルハルトに出会う。
マリスは人質として帝国に赴いたが、そこで皇帝の弟(エヴァン・八歳)の世話役をすることになった。
皇帝ヴェルハルトは噂どおりの冷徹な男でマリスは人質として不遇な扱いを受けたが、――――じつは皇帝ヴェルハルトは戦火で出会ったマリスにすでにひと目惚れしていた!
しかもマリスが帝国に来てくれて内心大喜びだった!
ほんとうは溺愛したいが、溺愛しすぎはかっこよくない……。苦悩する皇帝ヴェルハルト。
皇帝陛下のラブコメと人質王子のシリアスがぶつかりあう。ラブコメvsシリアスのハッピーエンドです。
転生悪役弟、元恋人の冷然騎士に激重執着されています
柚吉猫
BL
生前の記憶は彼にとって悪夢のようだった。
酷い別れ方を引きずったまま転生した先は悪役令嬢がヒロインの乙女ゲームの世界だった。
性悪聖ヒロインの弟に生まれ変わって、過去の呪縛から逃れようと必死に生きてきた。
そんな彼の前に現れた竜王の化身である騎士団長。
離れたいのに、皆に愛されている騎士様は離してくれない。
姿形が違っても、魂でお互いは繋がっている。
冷然竜王騎士団長×過去の呪縛を背負う悪役弟
今度こそ、本当の恋をしよう。
オークとなった俺はスローライフを送りたい
モト
BL
転生したらオークでした。豚の顔とかマジないわ~とか思ったけど、力も強くてイージーモードじゃん。イージーイージー!ははは。俺、これからスローライフを満喫するよ!
そう思っていたら、住んでいる山が火事になりました。人間の子供を助けたら、一緒に暮らすことになりました。
子供、俺のこと、好きすぎるのやめろ。
前半ファンタジーっぽいですが、攻めの思考がヤバめです。オークが受けでも別に大丈夫という方のみお読みください。
不憫オークですが、前向きすぎるので不憫さは全くありません。
ムーンライトノベルズでも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる