転生?憑依? 中身おっさんの俺は異世界で無双しない。ただし予想の斜め上は行く!

くすのき

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13歳編〜もっともっーと漬物〜

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「あ~……………………」

 間の抜けた声を出し、寝台の上を転がる。
 胃の腑の辺りが苛々する。
 酒を飲みすぎた後にも似たそれに、ゆっくりと目を閉じる。
 目蓋の裏に浮かぶのは先程の祖母の姿。
 精霊眼をもってしても見通せないアレは一体なんで、何がしたかったのか。
 現状判明しているのは相手によって見る者が異なり、魔法攻撃の無効化という二点。

「あー……でもやっぱあれ、ムカつく」

 大切な思い出を土足で踏み躙られたのもさることながら、故人を侮辱する行為も大変腹立たしい。それが例えあのべディア公爵令息であっても気分のいいものではない。

 父親に愛されている。
 そう断言していた彼の葬儀の日、俺は悲しみに暮れる公爵を視た。
 生まれてこの方、息子を愛した事はない。
 後妻の母親と同じくその一文を目にした時、憐憫を覚えた。

 そしてこれは推測だが、エフレン本人も本当は分かっていたのかもしれない。
 だから悪事の後始末に対して、父親の愛だと誤認、いや思い込んでいた。
 加えて後から判明した事だが、彼の被害者は皆、『誰か』に愛され、大事にされていた人達ばかりだった。
 エフレンの行いは到底赦されざるものだが、とても遣る瀬無い。

「結果論なのは分かってるけどせめて一人くらい理解者が居れば……」

 家族にも知人にも心から悼んで貰えないのは寂しいし、悲しい。

「――ハァ。やめよ」

 ともあれ、との幽霊ないし主犯の糞野郎にはなんとしても一発、いや二発はいれないと気が済みそうにない。

「……それにしてもフラウ様は何処に行ったんだろ」

 左右に寝返りを打ち、呟く。
 因みにフェルディナントは今、浴室で汗を流している最中だ。
 ポチとダチョウは既に夕餉を平らげた後なのか、指定の位置で船を漕いでいる。

「おっ、目ェ覚めたか。具合どーだ?」

 入浴を終えたフェルディナントが小走りに駆け寄る。

「あ、はい。もう大丈夫です。あの、フラウ様はどちらに?」
「アイツと対策を話し合ってる最中」
「アイツ? パエラトン先輩ですか?」

 嫌そうに頷くフェルディナント。

「どーも奴の情報と俺達の情報が食い違うのが気になるってんで、こすり合わせと今後について話すんだと」
「えっと擦り合わせですね」
「似たよーなもんだろ」

 苦笑いを浮かべると、彼の髪が僅かに湿っているのに気付く。

「フェル様、髪が濡れてますよ」
「このくらいは問題ねーよ」
「駄目ですよ。折角綺麗な髪なんですから大事にしないと」
「ん」

 そう言うと彼は俺に背を向ける形で傍に腰掛ける。どうやら拭いてほしいようだ。

「まったく。今日だけですよ」
「そう言って前もやってくれたじゃん」
「そうでした? あ、タオル貸してください」
「そー。でも俺、ラシェに拭いてもらうのが一番好きだわ」

 好きという言葉に、どきりとする。

「そ、そうですか」
「おう。安心して眠たくなる」
「まだ寝たら駄目ですからね」
「んじゃ寝たらキスで起こしてくれ」
「嫌です」
「えー」

 残念そうに唇を尖らせるフェルディナントに、くすりと笑みが溢れる。

「俺よりも綺麗な人からしてもらった方が良い目覚めになりますよ」
「ラシェより綺麗な奴なんかいねー」
「っ、お世辞言っても何も出ないですよ」
「世辞じゃねーし」

 落ち着け、ただのリップサービスだ。
 高鳴る胸を押さえつけ、タオルを動かす手に力をこめる。

「ちょっ、痛ーよ。ラシェ」
「フェル様が変な事言うからです!」
「?」





 同時刻。
 地下へと転移した男の鼻腔に激臭が香る。
 男は軽く当たりを見渡す。
 仰ぎ見た天井、視界に収まりきらない壁の長さ。地下とは思えないそこには、無数の培養槽が鎮座していた。
 その中には緑の液体の他に体育座りの裸の子供が眠っている。全員消炭色の髪のみならず顔の造形まで酷似している。
 床を見れば培養槽と繋がる配管らしき物が幾重にも重なり合い、足の踏み場を奪う。

 どう見ても違法な研究施設だ。
 そんな唾棄すべき場にて後から到着した若い黒衣の男が「うへぇ」と嫌そうな顔を浮かべる。
 
 男は後続の彼に目をやる。
 雨に打たれたのか、黒衣を脱いだ彼もまた消炭色の髪だ。だが体は全体的に痩せ気味でやけに手足が長く、蜘蛛を彷彿とさせるフォルムをしている。
 ただそれは不健康や病気によるものではなく、武人としてかなり無駄な物を排した結果によるものだ。

 先の一言が自らに向けたものではないと知る男は何を言うでもなく、視線を戻して奥へと歩き出す。
 その足取りは巨躯でありながら颯爽としており、非常に足場の悪い道、悪路をすいすいと進んでいく。

 それに慌てた蜘蛛男、被検体No.4860110。通称シハルレイトは後に続く。
 Ⅺの直属の部下として普段飄々としていた態度は、今は鳴りを潜め、先行する男の行動を制限する素振りもなく一定の距離を保ってついていく。

 周囲には人の気配はなく、培養槽に流れる空気の音だろう「ゴポンゴポン」という不気味な音だけが音楽のように流れている。
 やがて沈黙に耐えかねたのか、男は歩みを止めず、正面を見据えたまま口を開く。

「久方ぶりに故郷へ訪れた気持ちはどうだ」
「どう、と言われましても……」

 くちごもって一呼吸置いたシハルレイトは必死に言葉を選んで発する。

「申し訳ございませんが私共にはそのような“機能”は搭載されておりませんので、閣下の仰る質問に適した答えは難しく」
「……そうか。お前はそうしたのだったな。つまらん事を訊いたな。許せ」

 閣下と呼ばれた男が足を止める。
 その視線の先は血管のように床を這う無数の配管ではなく、その下。
 水溜りいや波打ち際の海水のように漂う培養液らしき緑色の液体に向いていた。

 それに気付いたシハルレイトが小さな驚愕の一音を発すると同時に、フードの下に隠れた閣下の口元が盛大に歪む。

 次いで彼を中心に大気が震えた。
 初冬に近い室温が一瞬にして真夏の炎天下へと様変わりしたのを間近で喰らったシハルレイトは生唾を飲み込む。

 だがそれも僅かな時間だ。
 怒りを解いた閣下は何やら呪文のような物を発動すると、シハルレイトと共に中空へ飛翔する。
 その高さから、液体が大分奥から流れているのが分かった。

 シハルレイトはその先の物は何であったか記憶の引き出しを漁るも、該当する答えはなかった。
 未だ軽い困惑を滲ませるシハルレイトに閣下の重々しい声がかけられる。

「………………念の為、戦闘準備をしろ」
「ハッ!」

 シハルレイトは何処からともなく取り出した大鎌をその手に握る。
 そして二人はそのまま<飛行>の魔法で、悪路に苦戦する必要なく、最奥前の扉まで到着する。いや、それは果たして扉と称していいのか。以前は扉の形をしていただろうものがあった。
 まるで開け方を知らない第三者が力任せに開けたようなソレを前に閣下が言う。


「遅かったか」
「これはいったい……」
「――Ⅺに知らせろ。実験体が逃げた。なんとしても捕まえてこい」
「畏まりました!!」
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