悪役令嬢がヒロインからのハラスメントにビンタをぶちかますまで。

倉桐ぱきぽ

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『本日貸切』二人っきりのカフェ

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『本日貸切』二人っきりのカフェ

 草花で彩られたアプローチを通り、エスコートされるままに中へと足を踏み入れる。ナチュラルテイストの店内は、おしゃれなカフェレストランといったところ。

 ふわりと漂う香ばしい匂いに、食欲がそそられた。
 大きな掃き出し窓の前、イングリッシュガーデン風の庭が見える特等席に、バーノンがぽつんと一人。それがまた、とても様になっている。まるで、おしゃれなファッション雑誌の一ページ。
 束の間、ぽけぇっと見とれてしまった。

「ロベリア様」

 名前を呼ばれ、慌てて、ディランが引いてくれたイスに腰掛ける。

「好きなものを頼め」

 席につくなり、バーノンが、メニューを差し出してきた。

「昨日の礼だ。食事は誰かと一緒の方が楽しいしな」

 遠慮はいらない。その言葉に甘えて、目についたものを片っ端から頼んでいく。
 ここへ来るまで、三十分。おあずけを食らっていたのだから。とにかくお腹が空いている。

 厚切りベーコンとチーズを挟んだサンドイッチに、ミートボールが入った野菜スープ。チキンカツレツ、フライドポテト、一応、サラダも頼んで。

「あとは、」

 と、メニューをめくったところで、くすりと笑う声が聞こえてきた。

「本当に遠慮がないな」
「そう仰ってくださったのは、殿下ですわ」
「今日は、飲み物も忘れずにな」
「もちろんです」

 昨日の失敗を二人で笑ってから、メニューのページに目を戻す。 

「デザートは……」

 チーズケーキにカスタードプリン、いちごのムース……。魅力的な文字列に、次々と目移りしてしまう。なかなか決められずにいると。

「当店自慢のアップルパイは、いかがですか?」
 
 店員さんから、ピカピカの笑顔でおすすめされて、断りきれず、頼んでしまった。



 しばらくして、料理が運ばれて来た。
 
「いただきます」

 体に染みついた動作は、なかなか抜けてくれないもので。いつも通り、手を合わせから、早速、口へ運ぶ。

 サックリと揚がった薄衣のチキン。皮つきのくし切りポテトはホクホクで。トマトの酸味がきいたスープには、くたくたになるまで煮込まれた野菜と、ぎゅぎゅっと詰まったミートボール。

 サンドイッチにかぶりつけば、両面を香ばしく焼いたベーコンから、じゅわぁっとにじみ出す、うま味としょっぱさ。そこへチーズのコクと、マスタードのピリッとした辛味が混じり合う。

 ……あー、幸せ。

 料理はどれもおいしくて、会話も弾んだ。
 そうして、食後。アップルパイが運ばれてきた。甘い匂いとバターの香りが、ふわっと広がる。
 先端の角をフォーク切り取り、一口。
 アップルパイなんて、まったく、眼中にはなかったのに。食べてみて驚いた。

「これは⁉」
「どうした?」
「パイはサクサクと香ばしく、中のリンゴは甘酸っぱくて、トロッ、シャリッの、ダブル食感。最後に清々しく香るシナモン!」

 たかが、アップルパイと侮っていた。
 全部茶色で地味だし、可愛くもないし。どうしたって、ミルフィーユやザッハトルテに見劣りしてしまう。
 でも、これは。
 
「まさに、リンゴの宝石箱ですわー‼」

 あまりの美味しさに、つい、口走っていた。一度は思いっきり叫んでみたかった、あのセリフ。

「それほど、うまいのか」
「今まで食べた中で一番、美味しいアップルパイですわ! よろしければ、殿下も一口、どうぞ!」

 先端の欠けたアップルパイを差し出してから、気がついた。テンションが上がって、何も考えずにやってしまったけど。

「申し訳ありません。殿下に食べかけを差し出すなんて、失礼でしたわね」

 慌てて、デザート皿をこちらへ戻そうとしたら。
 それより先に、バーノンが自分の方へ皿を引き寄せたのだった。

「別に気にしない」
 
 そう言うと、ナイフとフォークで一口分を切り分け、口に運ぶ。
 ドキドキしながら、それを見た。
 自分が美味しくて勧めたものを、他人がどう思うのか。
 
「あぁ。これは、確かにうまい」

 その言葉にうれしくなって、何度もうなずく。
 もう一口、勧めると「食べる」と言うので、残ったアップルパイは、二人で分けて食べた。
 アップルパイは、あっという間になくなってしまったけど、残念だとは思わなかった。

 おいしかったし、楽しかったし、お腹いっぱいだし。こんなに、幸せな気分になったのは、いつぶりだろう。


 こうして休日は終わり、また、あの茶番劇が始まる……のかと、思っていたら。
 週が明けると、一転。ネタ切れなのか、スカーレットが騒ぎを起こす回数は、徐々に減っていった。



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