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番外&後日談
★side:バーノン 王子様の家庭の事情
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バーノンはその日、いつものレストランにいた。
魔法学校を卒業して早半年。魔法学校で過ごした日々もあっという間だったが、この半年もまた、駆け抜けるように過ぎていった。
バーノンは、ロベリアを待ちながら、彼女のことを思う。
学校を卒業した、バーノンは本格的に公務を始めた。式典の参加に、国賓との晩餐、視察に訪問……毎日が忙しい。学生の時のように、思い立ったらいつでも彼女に会えるという自由はなくなった。
その彼女と前に会えたのは、一ヶ月半前。いつもと同じこのレストランで、いつもと同じようにアップルパイを食べた。
いつもこちらから、一方的に呼びつけるだけ。しかも、こちらの都合上、普通のカップルのようなデートはできない。
……そろそろ、愛想をつかされてしまうかもしれないな。
そんなことを、あれこれ考えているうちに、バーノンは不覚にも眠ってしまった。
そう、この一週間は特に忙しかったのである。
目を覚ますと、向かいの席にロベリアがいた。静かに本を読んでいる。
その姿を見て、バーノンは自分が犯した二つの失態に気がついた。
一つは自分が呼びつけておきながら、居眠りをしてしまったこと。そうして、もう一つ。ロベリアが読んでいたのは、魔法史の教科書で。すっかり忘れていたが、ちょうど今はテスト期間だった。
「悪い」
しかしロベリアは、こちらを責めることなく、バーノンを労ったのである。
「ディランさんから、災害の救助に、騎士団とともに行っていたと聞きました。お疲れ様でした」
「そっちも、テスト期間だろう? いきなり呼びつけたりして悪かった」
「私は、来たいから、来たんです」
そう言って、ロベリアは笑った。会いたいからとは言わなかった。
当然だろう。
こうして呼びつけておきながら、こちらは一度も好意を口にしたことはなかった。手を握ったことすらない。
それは、もしものための保険。
王族の結婚は、簡単なものではない。往々にして政治的な問題がからんでくる。
もしも明日『国のために、隣国の姫君と結婚してくれ』と、国王である父から言われたら。そこに、この国の平和と全国民の命がかかっているとしたら……。
その時はロベリアを捨て、国のための結婚を選ばざるをえない。それが王子に生まれた自分の務め。
この国の王子として生きることと、彼女を愛する一人の男として生きることは、時に二律背反を起こす。
彼女は賢いから、気づいているのかもしれないと、バーノンは思っていた。
好きだと言わないのは、もしもの時に、いつでも彼女を手放せるように。
いっそのこと、今すぐにでも彼女を手放した方がいいのではないか。何度も、そう思った。ただ、そう思う度、『とっくに手放せなくなっているくせに』と、もう一人の自分が笑って。
結局は、茶飲み友達という逃げ道を確保しながら、会い続けている。
「私、ここのアップルパイが、とても好きなんです」
「俺もアップルパイが好きだ」
バーノンは、ロベリアを見つめ、微笑む。
彼女のことがとても好きだ。誰にも奪われたくない。
その思いは、まだ、口に出せないけれど。
今日もまた二人で、アップルパイを食べた。
そうして、季節はめぐり……。
この日、バーノンは朝っぱらから庭園の四阿でお茶を飲んでいた。
魔導院の合格発表当日である。
カップを上げては下ろし、下ろしては上げる。時折、思い出したように、冷めたお茶をほんの少し、口へ入れる。特にのどが渇いているわけではない。とにかく、じっとしてられなかった。
「殿下。少しは、落ち着かれては?」
ディランが諭すように言えば、
「仕方ありません。人生の一大事ですからね」
すかさず、もう一人も言った。
宮廷魔導師のトニーカーク・スドーだ。彼は、魔法学校で特別授業を受け持ち、ロベリアからはかなり慕われている人物であった。
「ロベリアさんの方は、大丈夫でしょう。魔導院に入るために、毎日毎日、頑張ってきましたから」
「そうだな」
バーノンは、うなずいた。
実を言えば内々に、ロベリアが合格しているという情報を得ていた。彼女の実力ならば受かると確信はあったが、それでも確認せずにはいられなかったのだ。
バーノンはカップをソーサーに戻すと、今度は手持ち無沙汰にズボンのポケットに手を入れた。右手がベロアの小箱を掴む。その格好のまま、バーノンはテーブルに倒れ込んだ。
あの、居眠りという失態を犯した逢瀬のあと、バーノンは動き出した。
好きな女性がいることをそれとなく匂わせ、王妃である母の力も借り、父への根回しもしてもらった。
極秘理にカタルシス家や、ロベリアの身辺調査もなされた。数カ月に及ぶ調査の末、ようやく、結婚相手として問題なしと認められたのだった。
そして、今日。魔導院の合格発表に合わせて、バーノンも心を決めたのだが。朝から、落ち着かなかった。
「殿下、せっかくのお召し物が、しわになってしまいますよ」
「あぁ」
バーノンは体を起こし、ポケットから小箱を取り出した。シルバーグレイのベロアに包まれたリングボックスには、細身の銀の指輪が収まっている。
一ヶ月ほど前。ロベリアが魔導院の登用試験を受けた直後のことだ。
いつものレストランで会った。
彼女は魔導院に入って、もっと高等な魔法を勉強したいのだと言った。
『少しでも、殿下の役に立ちたいのです』と。
ぽろりと、彼女はこぼしたのだった。
やっと、彼女の思いに応えられる。
「そろそろ、時間ですかね」
行って参りますと、スドーが四阿を出て行く。
本来ならば、王室から使者を立て、仰々しく行われるのだが。
バーノンは、自分の口から彼女に伝えたかった。
まずは好きだと言って、これからも側にいて欲しいと告げ、それから結婚して下さいと指輪を渡す。
「頼んだ」
スドーがロベリアを伴って戻ってくるのを、バーノンは静かに待った。
─ 完 ─
魔法学校を卒業して早半年。魔法学校で過ごした日々もあっという間だったが、この半年もまた、駆け抜けるように過ぎていった。
バーノンは、ロベリアを待ちながら、彼女のことを思う。
学校を卒業した、バーノンは本格的に公務を始めた。式典の参加に、国賓との晩餐、視察に訪問……毎日が忙しい。学生の時のように、思い立ったらいつでも彼女に会えるという自由はなくなった。
その彼女と前に会えたのは、一ヶ月半前。いつもと同じこのレストランで、いつもと同じようにアップルパイを食べた。
いつもこちらから、一方的に呼びつけるだけ。しかも、こちらの都合上、普通のカップルのようなデートはできない。
……そろそろ、愛想をつかされてしまうかもしれないな。
そんなことを、あれこれ考えているうちに、バーノンは不覚にも眠ってしまった。
そう、この一週間は特に忙しかったのである。
目を覚ますと、向かいの席にロベリアがいた。静かに本を読んでいる。
その姿を見て、バーノンは自分が犯した二つの失態に気がついた。
一つは自分が呼びつけておきながら、居眠りをしてしまったこと。そうして、もう一つ。ロベリアが読んでいたのは、魔法史の教科書で。すっかり忘れていたが、ちょうど今はテスト期間だった。
「悪い」
しかしロベリアは、こちらを責めることなく、バーノンを労ったのである。
「ディランさんから、災害の救助に、騎士団とともに行っていたと聞きました。お疲れ様でした」
「そっちも、テスト期間だろう? いきなり呼びつけたりして悪かった」
「私は、来たいから、来たんです」
そう言って、ロベリアは笑った。会いたいからとは言わなかった。
当然だろう。
こうして呼びつけておきながら、こちらは一度も好意を口にしたことはなかった。手を握ったことすらない。
それは、もしものための保険。
王族の結婚は、簡単なものではない。往々にして政治的な問題がからんでくる。
もしも明日『国のために、隣国の姫君と結婚してくれ』と、国王である父から言われたら。そこに、この国の平和と全国民の命がかかっているとしたら……。
その時はロベリアを捨て、国のための結婚を選ばざるをえない。それが王子に生まれた自分の務め。
この国の王子として生きることと、彼女を愛する一人の男として生きることは、時に二律背反を起こす。
彼女は賢いから、気づいているのかもしれないと、バーノンは思っていた。
好きだと言わないのは、もしもの時に、いつでも彼女を手放せるように。
いっそのこと、今すぐにでも彼女を手放した方がいいのではないか。何度も、そう思った。ただ、そう思う度、『とっくに手放せなくなっているくせに』と、もう一人の自分が笑って。
結局は、茶飲み友達という逃げ道を確保しながら、会い続けている。
「私、ここのアップルパイが、とても好きなんです」
「俺もアップルパイが好きだ」
バーノンは、ロベリアを見つめ、微笑む。
彼女のことがとても好きだ。誰にも奪われたくない。
その思いは、まだ、口に出せないけれど。
今日もまた二人で、アップルパイを食べた。
そうして、季節はめぐり……。
この日、バーノンは朝っぱらから庭園の四阿でお茶を飲んでいた。
魔導院の合格発表当日である。
カップを上げては下ろし、下ろしては上げる。時折、思い出したように、冷めたお茶をほんの少し、口へ入れる。特にのどが渇いているわけではない。とにかく、じっとしてられなかった。
「殿下。少しは、落ち着かれては?」
ディランが諭すように言えば、
「仕方ありません。人生の一大事ですからね」
すかさず、もう一人も言った。
宮廷魔導師のトニーカーク・スドーだ。彼は、魔法学校で特別授業を受け持ち、ロベリアからはかなり慕われている人物であった。
「ロベリアさんの方は、大丈夫でしょう。魔導院に入るために、毎日毎日、頑張ってきましたから」
「そうだな」
バーノンは、うなずいた。
実を言えば内々に、ロベリアが合格しているという情報を得ていた。彼女の実力ならば受かると確信はあったが、それでも確認せずにはいられなかったのだ。
バーノンはカップをソーサーに戻すと、今度は手持ち無沙汰にズボンのポケットに手を入れた。右手がベロアの小箱を掴む。その格好のまま、バーノンはテーブルに倒れ込んだ。
あの、居眠りという失態を犯した逢瀬のあと、バーノンは動き出した。
好きな女性がいることをそれとなく匂わせ、王妃である母の力も借り、父への根回しもしてもらった。
極秘理にカタルシス家や、ロベリアの身辺調査もなされた。数カ月に及ぶ調査の末、ようやく、結婚相手として問題なしと認められたのだった。
そして、今日。魔導院の合格発表に合わせて、バーノンも心を決めたのだが。朝から、落ち着かなかった。
「殿下、せっかくのお召し物が、しわになってしまいますよ」
「あぁ」
バーノンは体を起こし、ポケットから小箱を取り出した。シルバーグレイのベロアに包まれたリングボックスには、細身の銀の指輪が収まっている。
一ヶ月ほど前。ロベリアが魔導院の登用試験を受けた直後のことだ。
いつものレストランで会った。
彼女は魔導院に入って、もっと高等な魔法を勉強したいのだと言った。
『少しでも、殿下の役に立ちたいのです』と。
ぽろりと、彼女はこぼしたのだった。
やっと、彼女の思いに応えられる。
「そろそろ、時間ですかね」
行って参りますと、スドーが四阿を出て行く。
本来ならば、王室から使者を立て、仰々しく行われるのだが。
バーノンは、自分の口から彼女に伝えたかった。
まずは好きだと言って、これからも側にいて欲しいと告げ、それから結婚して下さいと指輪を渡す。
「頼んだ」
スドーがロベリアを伴って戻ってくるのを、バーノンは静かに待った。
─ 完 ─
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