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レフタルド王国編
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~ラシード・レフタルド第一王子視点~
「父上!」
「なんだ騒がしい。学園はどうした」
「そんなものどうでもいいです」
「⋯⋯」
「何故ベルティアーナが退学したことを教えてくれなかったのですか!」
「⋯⋯交流もしない婚約者候補などお前が気にする必要はないだろ?」
「そ、それは今から」
「声も聞きたくない、顔も見たくないのだろう?」
「うっ」
「もう遅いんだよ」
「お、遅いとは?」
「お前は親しく交流のあった婚約者候補の令嬢の中から婚約者を選べ」
何を言っているんだ?
そんな事は今は関係ない。
ベルティアーナのことが知りたいだけだ。
父上がため息をついてから教えてくれたのは⋯⋯
ベルティアーナが私の婚約者候補どころか婚約者になることは二度とないこと。
既にベルティアーナがこの国に居ないこと。
ウォール公爵はずっと補佐についていた従兄に爵位を譲って家族で他国に移住したこと。
「どこの国ですか?」
「お前にはもう関係ない」
「父上!どこの国なんですか?」
「⋯⋯」
何度しつこく聞いても父上がそれ以上口を開くことなく私は最後には執務室から追い出された。
私室に向かうが何故か足が重く感じる。
⋯⋯よかったじゃないか。
たかだかどうでもいい婚約者候補が一人減っただけではないか、こんな些細なことで取り乱すなど私らしくない。
⋯⋯⋯⋯。
もうあの笑顔を見ることは⋯⋯二度と出来ないんだな。
心焦がれるような経験を私は知らない。
結婚相手も王妃が務まるなら誰でもいい。
きっと私は相手が誰だろうと人を愛することができないのだろう。
私は欠陥品だ⋯⋯
~オリビア・テルー男爵令嬢視点~
なんで?なんで?
なんでベルティアーナがいないの?
これからあたしはどうなるの?
物心ついた時からあたしには父親がいなかった。それでも優しい母と二人で助け合って、贅沢をしなければ食べるのには困らない生活を送っていた。
そんなある日、おつかいから帰ってくると小さな我が家の前にお貴族様の立派な馬車が停まっていた。
恐る恐る扉を開けると、お母さんを抱きしめる男の人と目が合った。
私と同じ黒髪で水色の瞳の⋯⋯優しそうな人。それが第一印象だった。
その日の夕食を一緒に食べることになり、この優しそうな人があたしの父親だと知った。
テルー男爵と名乗った男の人の屋敷でメイドとして働いていたお母さんが突然姿を消してから何年も探していたらしい。
やっと見つけた時にはあたしが居て、自分と同じ髪色と瞳の色だと知って実娘だと確信したそうだ。
二年前に奥様が亡くなっていたのもあり、やっと見つけ出したお母さんを後妻にあたしを実娘にと迎えにきたと言う。
政略結婚だった奥様との間にはお子様がいなく、40歳を前にして初めて子を持つことに戸惑いよりも只々嬉しいと感じたと言って、あたしを恐る恐る抱きしめてくれた。
柔らかいお母さんとは違う硬い腕の中は温かく、やっとこの男の人があたしのお父さんだと実感できた。
お父さんの行動は早く、大切な物だけをまとめると次の日にはお父さんの住む屋敷に連れて行かれ、その日のうちに手続きもしてくれてあたしはテルー男爵令嬢になった。
初めて見る貴族のお屋敷は昨日まで暮らしていた小さな家とは比べ物にならないくらい大きくて、あたしの部屋も用意されていた。
薄いピンク色の壁紙に上品なソファ。天幕付きのベッドにクローゼットにはたくさんのドレス。
そしてあたし付きのメイドまでいた。
ゆっくりする間もなく浴室に連れて行かれ服を脱がされると、隅々まで丁寧に洗ってくれた。
他人に裸を見られ少し恥ずかしかったけれど貴族の世界ではそれが当たり前だと言われれば慣れるしかない。
そして!生まれて初めてドレスを着せてもらった。
あたしの瞳と同じ水色のドレス。
薄らとお化粧もしてもらって、鏡の中のあたしはまるでお姫様のようだった。
「まあ!お嬢様とても似合っておいでです。お可愛らしいですわ!」
気分は上がりに上がって自分でも舞い上がっていることは気付いていたけれど、お母さんとお父さんに早く見せたくて走り出した一歩目でドレスの裾を踏んでしまい躓いた。
この時に手をつくより先にドアのノブが目の前に⋯⋯
それから長い夢を見ていた⋯⋯気がする。
オリビア・テルーがヒロインの乙女ゲーム。
それは他のゲームと代わり映えのない王道のゲーム内容で、ヒロインが攻略対象の誰かとくっつきハッピーエンドを迎える。というよくある乙女ゲームだった。
あたしはその乙女ゲームの世界に転生したのか。
確かに見た目も名前も乙女ゲームのヒロインと同じ。
なるほど。
前世のことはほとんど覚えていないけれど、転生したことをあっさりと受け入れられた。
そんなことよりも、喜ぶべきはあたしの一推し!理想の男ラシード様に会えるということ。
しかも!王太子妃は悪役令嬢のベルティアーナがなっちゃうけれど、それは面倒な執務や公務をするだけの白い結婚のお飾り妃。
それに比べあたしはラシード様に愛される美味しいヒロイン。
だから別に頭が良くなくても、マナーがなっていなくても可愛いだけでいいの。あたしは存在するだけでラシード様を愛されるのだもの。
ラシード様は何でもそつなく熟し、貼り付けた微笑みを常に浮かべているベルティアーナを毛嫌いしていたから。
ラシード様はそんなベルティアーナとは正反対の天真爛漫なヒロインに癒されるんだよね。
よかった。
この世界に転生して。
努力しなくてもこのままの飾らないあたしでいいんだもん。
あたしはラシード様だけでいい。
他の攻略対象者なんて興味もない。
よくある馬鹿な転生ヒロインのように逆ハーレムなんて目指さないわ。
まあ心配なのは悪役令嬢のベルティアーナからの虐めよね。
彼女はヒロインを憎みながらもそれを面に出さず微笑みを崩さないの。
彼女は狡猾で最後まで証拠を残さない。
だから王太子妃にはなれるんだけど、ラシード様には見向きもされず、仕事を押し付けられるだけの孤独で寂しい人生を送るのよね。
ベルティアーナは公爵令嬢という地位も権力も財力もある恵まれた環境で育ちながら、信頼できる者は弟のウィルダーしかいなかった。
母親の命を奪って生まれたウィルダー。
姉のベルティアーナも母親の温もりを知らない。
二人は父親に疎まれ使用人からも雑に扱われ、友人もいない。
そんな寂しい環境で育ったベルティアーナは将来家族になる婚約者のラシード様を盲目的に愛するのに、愛されるどころか見向きもされないのよね。
可哀想だとは思うけれど、か弱いヒロインを虐める人だもの同情は出来ないよね。
それよりも早く目覚めないと!
あたしにはこれからバラ色の人生が待っているのだから。
「父上!」
「なんだ騒がしい。学園はどうした」
「そんなものどうでもいいです」
「⋯⋯」
「何故ベルティアーナが退学したことを教えてくれなかったのですか!」
「⋯⋯交流もしない婚約者候補などお前が気にする必要はないだろ?」
「そ、それは今から」
「声も聞きたくない、顔も見たくないのだろう?」
「うっ」
「もう遅いんだよ」
「お、遅いとは?」
「お前は親しく交流のあった婚約者候補の令嬢の中から婚約者を選べ」
何を言っているんだ?
そんな事は今は関係ない。
ベルティアーナのことが知りたいだけだ。
父上がため息をついてから教えてくれたのは⋯⋯
ベルティアーナが私の婚約者候補どころか婚約者になることは二度とないこと。
既にベルティアーナがこの国に居ないこと。
ウォール公爵はずっと補佐についていた従兄に爵位を譲って家族で他国に移住したこと。
「どこの国ですか?」
「お前にはもう関係ない」
「父上!どこの国なんですか?」
「⋯⋯」
何度しつこく聞いても父上がそれ以上口を開くことなく私は最後には執務室から追い出された。
私室に向かうが何故か足が重く感じる。
⋯⋯よかったじゃないか。
たかだかどうでもいい婚約者候補が一人減っただけではないか、こんな些細なことで取り乱すなど私らしくない。
⋯⋯⋯⋯。
もうあの笑顔を見ることは⋯⋯二度と出来ないんだな。
心焦がれるような経験を私は知らない。
結婚相手も王妃が務まるなら誰でもいい。
きっと私は相手が誰だろうと人を愛することができないのだろう。
私は欠陥品だ⋯⋯
~オリビア・テルー男爵令嬢視点~
なんで?なんで?
なんでベルティアーナがいないの?
これからあたしはどうなるの?
物心ついた時からあたしには父親がいなかった。それでも優しい母と二人で助け合って、贅沢をしなければ食べるのには困らない生活を送っていた。
そんなある日、おつかいから帰ってくると小さな我が家の前にお貴族様の立派な馬車が停まっていた。
恐る恐る扉を開けると、お母さんを抱きしめる男の人と目が合った。
私と同じ黒髪で水色の瞳の⋯⋯優しそうな人。それが第一印象だった。
その日の夕食を一緒に食べることになり、この優しそうな人があたしの父親だと知った。
テルー男爵と名乗った男の人の屋敷でメイドとして働いていたお母さんが突然姿を消してから何年も探していたらしい。
やっと見つけた時にはあたしが居て、自分と同じ髪色と瞳の色だと知って実娘だと確信したそうだ。
二年前に奥様が亡くなっていたのもあり、やっと見つけ出したお母さんを後妻にあたしを実娘にと迎えにきたと言う。
政略結婚だった奥様との間にはお子様がいなく、40歳を前にして初めて子を持つことに戸惑いよりも只々嬉しいと感じたと言って、あたしを恐る恐る抱きしめてくれた。
柔らかいお母さんとは違う硬い腕の中は温かく、やっとこの男の人があたしのお父さんだと実感できた。
お父さんの行動は早く、大切な物だけをまとめると次の日にはお父さんの住む屋敷に連れて行かれ、その日のうちに手続きもしてくれてあたしはテルー男爵令嬢になった。
初めて見る貴族のお屋敷は昨日まで暮らしていた小さな家とは比べ物にならないくらい大きくて、あたしの部屋も用意されていた。
薄いピンク色の壁紙に上品なソファ。天幕付きのベッドにクローゼットにはたくさんのドレス。
そしてあたし付きのメイドまでいた。
ゆっくりする間もなく浴室に連れて行かれ服を脱がされると、隅々まで丁寧に洗ってくれた。
他人に裸を見られ少し恥ずかしかったけれど貴族の世界ではそれが当たり前だと言われれば慣れるしかない。
そして!生まれて初めてドレスを着せてもらった。
あたしの瞳と同じ水色のドレス。
薄らとお化粧もしてもらって、鏡の中のあたしはまるでお姫様のようだった。
「まあ!お嬢様とても似合っておいでです。お可愛らしいですわ!」
気分は上がりに上がって自分でも舞い上がっていることは気付いていたけれど、お母さんとお父さんに早く見せたくて走り出した一歩目でドレスの裾を踏んでしまい躓いた。
この時に手をつくより先にドアのノブが目の前に⋯⋯
それから長い夢を見ていた⋯⋯気がする。
オリビア・テルーがヒロインの乙女ゲーム。
それは他のゲームと代わり映えのない王道のゲーム内容で、ヒロインが攻略対象の誰かとくっつきハッピーエンドを迎える。というよくある乙女ゲームだった。
あたしはその乙女ゲームの世界に転生したのか。
確かに見た目も名前も乙女ゲームのヒロインと同じ。
なるほど。
前世のことはほとんど覚えていないけれど、転生したことをあっさりと受け入れられた。
そんなことよりも、喜ぶべきはあたしの一推し!理想の男ラシード様に会えるということ。
しかも!王太子妃は悪役令嬢のベルティアーナがなっちゃうけれど、それは面倒な執務や公務をするだけの白い結婚のお飾り妃。
それに比べあたしはラシード様に愛される美味しいヒロイン。
だから別に頭が良くなくても、マナーがなっていなくても可愛いだけでいいの。あたしは存在するだけでラシード様を愛されるのだもの。
ラシード様は何でもそつなく熟し、貼り付けた微笑みを常に浮かべているベルティアーナを毛嫌いしていたから。
ラシード様はそんなベルティアーナとは正反対の天真爛漫なヒロインに癒されるんだよね。
よかった。
この世界に転生して。
努力しなくてもこのままの飾らないあたしでいいんだもん。
あたしはラシード様だけでいい。
他の攻略対象者なんて興味もない。
よくある馬鹿な転生ヒロインのように逆ハーレムなんて目指さないわ。
まあ心配なのは悪役令嬢のベルティアーナからの虐めよね。
彼女はヒロインを憎みながらもそれを面に出さず微笑みを崩さないの。
彼女は狡猾で最後まで証拠を残さない。
だから王太子妃にはなれるんだけど、ラシード様には見向きもされず、仕事を押し付けられるだけの孤独で寂しい人生を送るのよね。
ベルティアーナは公爵令嬢という地位も権力も財力もある恵まれた環境で育ちながら、信頼できる者は弟のウィルダーしかいなかった。
母親の命を奪って生まれたウィルダー。
姉のベルティアーナも母親の温もりを知らない。
二人は父親に疎まれ使用人からも雑に扱われ、友人もいない。
そんな寂しい環境で育ったベルティアーナは将来家族になる婚約者のラシード様を盲目的に愛するのに、愛されるどころか見向きもされないのよね。
可哀想だとは思うけれど、か弱いヒロインを虐める人だもの同情は出来ないよね。
それよりも早く目覚めないと!
あたしにはこれからバラ色の人生が待っているのだから。
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