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第2章 円盤の世界
第10話 街
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日はまだ高く、自己鍛錬を始めるのにはまだ早い。そうなると、街に出よう──。
そう思ったときには、壁から見た魔法陣のような美しい街並みがありありと思い出された。気分が高まり、身体の火照りを感じる。
宿から通りにでると、昨夜には気付けなかった味わい深い香りが鼻に届いた。胸を満たしたその香りは決してキレイとは言えない。だが、その使い古した物から発せられる匂いに、時の流れを感じた。
──では、自分はどれだけの間生きているのだろうか。そんな疑問がわいたが、やはりその答えは見つからなかった。
そんなことは塔を上ればわかるはず──などと都合の良い解釈で自分を納得させる。
いつの間にか視線は下がり通りの石畳を見つめていた。顔を上げると、視線が大通りにぶつかる──ガヤガヤとした喧騒がここまで聞こえて来そうな、そんな錯覚に陥る。
そして気がついた時には、足早に大通りに向かって進みながら鼻歌を歌っていた。何の歌かはわからないが、散策を楽しむ曲でも作り出したのだろう。そうこうしているうちに通りに入った。
人々の声、荷車を引く音──。
──あぁ、なんて心に響くのだろう。自分があの魔法陣のような景観の中を歩いている。その魔法陣の中に立ち並ぶ石造りの建物達の1つ1つに、何か魔術的な意味がありそうな、そんな不思議な感覚に出会った。大通りの宿は高い、そうタルボさんが言っていたがそうなるのもわかる。そんな景色が広がっている。
するとドンっ──と何かにぶつかられた。
「あっ、ごめんなさい……」と、ぶつかってきた少女が頭を下げる。
「こちらこそすまない……盗るものがなかったようで──」
そう言い終わる頃には、走り去る彼女の背中しか見えなくなっていた。逃げ足の早いことだ──治安については昨日のタルボさんの件もあるが、注意しなければならない点がある。
そうして、暫く通りの景観を楽しんでいると──。
『そこの角を左へ』
急にアンさんから声がかかる。初めて遭遇した案内役らしい場面に素直に曲がってしまった。
そこは小さな通り──ではなかった。
「ようこそ、生贄君」
突然、目の前に男が現れる。そして、そこはさっきまでいた通りではなく地下室のようなところだった。
「生贄? 何のことだ?」
『アンさんっ!?』
──時間稼ぎの質問をしながら、アンさんからの応答を待っていたが声は聞けなかった。すると男が答える。
「何でもいいんですよ。あなたが消えてくれればねっ──!」
「っ!」
俺は無意識にしゃがんだ──。
頭の上ギリギリを刃物のようなものが通り過ぎる。茶色の髪の毛が数本が飛んでいた。
そのまま横に転がると、ゴリゴリと聞きたくもない音がして今までいた場所がズタズタになっていた──。
「さぁ、いきますよ」
追撃の手は止まない。石の床が、壁がどんどん傷だらけになる。攻撃を受けようと腰に手を伸ばしたところで、剣を持ってきてないことに気がついた。
「くそっ!」
なぜ俺は買った剣を忘れたのだろう……いや、忘れさせられたのかもしれない──。
俺は必死に避け続けた。ここから逃げようにも、ここがどこかわからない。ただ一つわかったことは部屋に出入口がない、それだけだ……。
「ろくでもないな……」
「えぇ、そうでしょう? ですがそれがあなたの運命なのです。受け入れてください」
こいつを倒す、もうそれしか思いつかない。致命傷は受けていないが、攻撃に転じるのは難しい──だが、不可視な攻撃なはずなのになぜか俺は避けている。
俺は何を見て、感じて避けているんだ?
男は先読みもしながら攻撃を仕掛けてきているが、それでも当たる気はしない。だが、攻撃の正体は不明だ……俺はマントに手を伸ばす。
「──っ! 一体どこに剣なんてしまっていたんですか?」
「さぁ?」
「まぁいいですが」
直後、石と金属がぶつかったような鈍い音がした。
「ほう、これを止めますか。厄介ですね……」
「なるほど、ほぼ透明な石かなにかか。どうやって作り出しているんだ?」
「ははっ。さぁ? なんのことでしょう」
剣にかかっていた攻撃の重さがなくなった。
精神を統一する──。
剣を構えて──ズシンと手に重みが来る。
「これはまずいですねぇ。予想外です」
「こんなところでくたばるわけにはいかないんでね」
男とにらみ合う。そんな男の目は……赤色だった。肌の色は緑。どうみてもよく知った『人間』という風貌ではない。
「結局、あんたは誰なんだ?」
「答える気はありませんね」
俺はマントに手を入れる。
「そうか。じゃあお別れを言わないとなっ!」
「くっ!」
「もらった」
ゴトリと音がして、男の両腕が落ちた。
「おのれ……」
「まさかあんたも、お金を投げてくるとは思わなかっただろ。それにしても棒貨って投げやすいねぇ」
男の首に剣を当てる。
「くそっ! お前程度に殺られるとはっ!」
「さて、質問に答えて──」
そう言ったとき、男の胸から紫色の腕が生えていた。青い血が滴り落ちる。
「ぐぇぇ……」
それが、男の口から出た最期の言葉だった。倒れた男の後ろには紫色の肌をした男が立っている。
「あんたは?」
俺は手が震えていた。訳がわからなすぎる。そして、目の前にいる男はさっきの緑色の男よりも──強くて、厄介。
戦う前から負けが見えている相手。そんなものがいるとは思わなかった。
「失せろ」
「──すまないが、出る方法がわからない」
──パチンと音がしたと思ったら、荷車を引く音が耳に入る。振り返ると、そこはさっきまでいた通りだった。辺りを見渡しても地下室のような雰囲気など無い。
「……訳がわからなすぎる」
『アンさん?』
寂しさだけが響いた。実はアンさんなどおらず、自分の頭の中にいたもう一人の自分なのでは?とも思えてしまう。
「最悪だ……」
壁に背を預け座り込む──視線入った服の色が赤く変色していた。まさかどこか切られたか?そう思ったが痛みなどなく、血のような赤色ではない。どちらかと言うと果物のような赤さ。
──だが、そんなことはどうでもいい。
「どうしたの? おにーさんっ?」
声の主は、一晩の情婦だろうか。人懐っこい笑顔を浮かべていた。
「あぁ……信じてた友達が俺を罠にはめて金を持って逃げたんだ」
勿論そんなことはない。だが、それに近い仕打ちを受けた。そう思えてしまう。
「それは……お気の毒に」
「だからお姉さんとは遊べないんだ。すまない」
「……いや、別にそういうつもりで話しかけたわけじゃないんだけどなぁ。ただ、どうしたかの気になったのよ」
そう言って、俺の隣に座った。
「すまなかった」
「いいのよ。単なる好奇心だし。それにこの辺りはそういう場所だし」
そう言ってなぜか俺の肩に彼女の頭の重みが加わった。彼女の首筋を通して脈動が聞こえる。
「ふっ」
「何よ」
「ショックを受けて間もなく、直ぐ他の女で落ち着くってのも面白いなと思ってね」
「あら、お友達は女の人だったんだ。まぁモテそうだもんねぇ、お兄さん」
「まあそんなとこだ」
「じゃあ私と遊んで行かない?」
「さっきも言っただろう。お金を取られたんだって」
「あら、残念。でも、お金出来たらまた来てね。いつも私はこの付近にいるから」
「あぁ。そのうちな」
それを聞いて彼女は満足そうに立ち上がった。
「じゃあお兄さんまたね」
そう言った彼女に俺は手を上げて答え、彼女の背中を見送った。
日もだいぶ傾いてきた。これ以上何か起こる前に宿に帰ろう。そう思ったところで宿の場所がわからなかった。
『アンさん?』
答えはなかった。
アンさんを当てにしていたせいもあり道など覚えていない。
──困ったことに迷子になってしまった。そんな現実を見ながら通りに出る。
するとまた、何かにぶつかりそうになった。だが、互いに止まった──。
そう思ったときには、壁から見た魔法陣のような美しい街並みがありありと思い出された。気分が高まり、身体の火照りを感じる。
宿から通りにでると、昨夜には気付けなかった味わい深い香りが鼻に届いた。胸を満たしたその香りは決してキレイとは言えない。だが、その使い古した物から発せられる匂いに、時の流れを感じた。
──では、自分はどれだけの間生きているのだろうか。そんな疑問がわいたが、やはりその答えは見つからなかった。
そんなことは塔を上ればわかるはず──などと都合の良い解釈で自分を納得させる。
いつの間にか視線は下がり通りの石畳を見つめていた。顔を上げると、視線が大通りにぶつかる──ガヤガヤとした喧騒がここまで聞こえて来そうな、そんな錯覚に陥る。
そして気がついた時には、足早に大通りに向かって進みながら鼻歌を歌っていた。何の歌かはわからないが、散策を楽しむ曲でも作り出したのだろう。そうこうしているうちに通りに入った。
人々の声、荷車を引く音──。
──あぁ、なんて心に響くのだろう。自分があの魔法陣のような景観の中を歩いている。その魔法陣の中に立ち並ぶ石造りの建物達の1つ1つに、何か魔術的な意味がありそうな、そんな不思議な感覚に出会った。大通りの宿は高い、そうタルボさんが言っていたがそうなるのもわかる。そんな景色が広がっている。
するとドンっ──と何かにぶつかられた。
「あっ、ごめんなさい……」と、ぶつかってきた少女が頭を下げる。
「こちらこそすまない……盗るものがなかったようで──」
そう言い終わる頃には、走り去る彼女の背中しか見えなくなっていた。逃げ足の早いことだ──治安については昨日のタルボさんの件もあるが、注意しなければならない点がある。
そうして、暫く通りの景観を楽しんでいると──。
『そこの角を左へ』
急にアンさんから声がかかる。初めて遭遇した案内役らしい場面に素直に曲がってしまった。
そこは小さな通り──ではなかった。
「ようこそ、生贄君」
突然、目の前に男が現れる。そして、そこはさっきまでいた通りではなく地下室のようなところだった。
「生贄? 何のことだ?」
『アンさんっ!?』
──時間稼ぎの質問をしながら、アンさんからの応答を待っていたが声は聞けなかった。すると男が答える。
「何でもいいんですよ。あなたが消えてくれればねっ──!」
「っ!」
俺は無意識にしゃがんだ──。
頭の上ギリギリを刃物のようなものが通り過ぎる。茶色の髪の毛が数本が飛んでいた。
そのまま横に転がると、ゴリゴリと聞きたくもない音がして今までいた場所がズタズタになっていた──。
「さぁ、いきますよ」
追撃の手は止まない。石の床が、壁がどんどん傷だらけになる。攻撃を受けようと腰に手を伸ばしたところで、剣を持ってきてないことに気がついた。
「くそっ!」
なぜ俺は買った剣を忘れたのだろう……いや、忘れさせられたのかもしれない──。
俺は必死に避け続けた。ここから逃げようにも、ここがどこかわからない。ただ一つわかったことは部屋に出入口がない、それだけだ……。
「ろくでもないな……」
「えぇ、そうでしょう? ですがそれがあなたの運命なのです。受け入れてください」
こいつを倒す、もうそれしか思いつかない。致命傷は受けていないが、攻撃に転じるのは難しい──だが、不可視な攻撃なはずなのになぜか俺は避けている。
俺は何を見て、感じて避けているんだ?
男は先読みもしながら攻撃を仕掛けてきているが、それでも当たる気はしない。だが、攻撃の正体は不明だ……俺はマントに手を伸ばす。
「──っ! 一体どこに剣なんてしまっていたんですか?」
「さぁ?」
「まぁいいですが」
直後、石と金属がぶつかったような鈍い音がした。
「ほう、これを止めますか。厄介ですね……」
「なるほど、ほぼ透明な石かなにかか。どうやって作り出しているんだ?」
「ははっ。さぁ? なんのことでしょう」
剣にかかっていた攻撃の重さがなくなった。
精神を統一する──。
剣を構えて──ズシンと手に重みが来る。
「これはまずいですねぇ。予想外です」
「こんなところでくたばるわけにはいかないんでね」
男とにらみ合う。そんな男の目は……赤色だった。肌の色は緑。どうみてもよく知った『人間』という風貌ではない。
「結局、あんたは誰なんだ?」
「答える気はありませんね」
俺はマントに手を入れる。
「そうか。じゃあお別れを言わないとなっ!」
「くっ!」
「もらった」
ゴトリと音がして、男の両腕が落ちた。
「おのれ……」
「まさかあんたも、お金を投げてくるとは思わなかっただろ。それにしても棒貨って投げやすいねぇ」
男の首に剣を当てる。
「くそっ! お前程度に殺られるとはっ!」
「さて、質問に答えて──」
そう言ったとき、男の胸から紫色の腕が生えていた。青い血が滴り落ちる。
「ぐぇぇ……」
それが、男の口から出た最期の言葉だった。倒れた男の後ろには紫色の肌をした男が立っている。
「あんたは?」
俺は手が震えていた。訳がわからなすぎる。そして、目の前にいる男はさっきの緑色の男よりも──強くて、厄介。
戦う前から負けが見えている相手。そんなものがいるとは思わなかった。
「失せろ」
「──すまないが、出る方法がわからない」
──パチンと音がしたと思ったら、荷車を引く音が耳に入る。振り返ると、そこはさっきまでいた通りだった。辺りを見渡しても地下室のような雰囲気など無い。
「……訳がわからなすぎる」
『アンさん?』
寂しさだけが響いた。実はアンさんなどおらず、自分の頭の中にいたもう一人の自分なのでは?とも思えてしまう。
「最悪だ……」
壁に背を預け座り込む──視線入った服の色が赤く変色していた。まさかどこか切られたか?そう思ったが痛みなどなく、血のような赤色ではない。どちらかと言うと果物のような赤さ。
──だが、そんなことはどうでもいい。
「どうしたの? おにーさんっ?」
声の主は、一晩の情婦だろうか。人懐っこい笑顔を浮かべていた。
「あぁ……信じてた友達が俺を罠にはめて金を持って逃げたんだ」
勿論そんなことはない。だが、それに近い仕打ちを受けた。そう思えてしまう。
「それは……お気の毒に」
「だからお姉さんとは遊べないんだ。すまない」
「……いや、別にそういうつもりで話しかけたわけじゃないんだけどなぁ。ただ、どうしたかの気になったのよ」
そう言って、俺の隣に座った。
「すまなかった」
「いいのよ。単なる好奇心だし。それにこの辺りはそういう場所だし」
そう言ってなぜか俺の肩に彼女の頭の重みが加わった。彼女の首筋を通して脈動が聞こえる。
「ふっ」
「何よ」
「ショックを受けて間もなく、直ぐ他の女で落ち着くってのも面白いなと思ってね」
「あら、お友達は女の人だったんだ。まぁモテそうだもんねぇ、お兄さん」
「まあそんなとこだ」
「じゃあ私と遊んで行かない?」
「さっきも言っただろう。お金を取られたんだって」
「あら、残念。でも、お金出来たらまた来てね。いつも私はこの付近にいるから」
「あぁ。そのうちな」
それを聞いて彼女は満足そうに立ち上がった。
「じゃあお兄さんまたね」
そう言った彼女に俺は手を上げて答え、彼女の背中を見送った。
日もだいぶ傾いてきた。これ以上何か起こる前に宿に帰ろう。そう思ったところで宿の場所がわからなかった。
『アンさん?』
答えはなかった。
アンさんを当てにしていたせいもあり道など覚えていない。
──困ったことに迷子になってしまった。そんな現実を見ながら通りに出る。
するとまた、何かにぶつかりそうになった。だが、互いに止まった──。
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