ジャスミン茶は、君のかおり

霧瀬 渓

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Episode.01

火事で焼け出されるなんて

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 馬術部の新歓で打ち解けてから、鷹也、美耶、澄人の3人は講義も実習も、一緒に過ごすことが多くなった。

 ゴールデンウィークが近づいたある日、3人が学生食堂で昼食後の雑談をしていると、鷹也のスマートフォンが鳴った。
 画面には、不動産屋の名前が表示されている。
 心当たりがないまま、2人に促され、鷹也は音声通話に応答した。
 「はい、三ツ橋鷹也です」
 「あ、三ツ橋さま、ご無事でしたか
 私、○○不動産の、担当、ササキと申します
 現在、三ツ橋さまのお部屋があるコーポシティで火災が発生しておりまして、当不動産の契約情報からご入居者さまのご安全を確認しており
 ………」
 驚きで、以降の言葉が入ってこない。
 美耶が鷹也の異変に気づき、尋ねた。
 「三っちゃん? 顔色が」
 「どうしよう、アパートが火事って」
 「え?!」
 美耶と澄人が同時に驚きの声をあげる。
 ちょうど食堂に入ってきた裕二と信彦が、様子のおかしい3人のところへやってきた。
 「どうした?」
 「三っちゃんちが火事って」
 「え?!」
 美耶の言葉と鷹也の様子からは状況がまったくわからないため、急遽、裕二の車で鷹也のアパートへ向かう事になった。
 助手席に鷹也、後部座席に美耶、澄人、信彦が乗り、5人でアパート近くのコンビニを目指した。

 消火活動に伴う通行止めや迂回で、通常なら学生用駐車場から15分とかからない距離に、30分ちょっとかかった。それでもなんとかたどり着いたコンビニの駐車場に車を停め、アパートの様子を確認する。
 出火からは1時間以上経っているが、まだ鎮火しておらず、消防車が大量の消火水を撒き続けている。火はもう見えないが、建物からは灰色がかった白い煙が勢いよく立ち上っている。
 「あ、大家さん」
 周囲を見回していた鷹也が、黄色の立入規制テープの前でオロオロしている初老の女性を見つけた。
 「あ、三ツ橋くん」
 相手の女性も、鷹也に気づき、駆け寄ってくる。
 彼女は、店子の無事を確認したせいなのか、ポロポロと涙を流しながら、鷹也の両手を握りしめる。
 「ごめんなさいねぇ
 でもまさか、火つけで、燃えちゃうなんて」
 「大家さん、落ち着いてください」
 鷹也にすがるような大家の女性に、裕二が後ろから声をかける。それから、簡単に今分かっている状況を聞き出した。
 女性の話では、ケガ人は1人。
 その人、ケガをした1階住人の大学生によると、登校しようと部屋を出たところ、ドアの前に見慣れない男性が立っていた。声をかけるといきなり殴られ、驚いて捕まえようとすると、部屋に火のついた紙の束を投げ込まれた、という。もちろん、警察にも消防にも伝えてあるが、犯人がどうなったかはわからない、とも。
 「放火?」
 「物騒だな」
 裕二の後ろで話を聞いていた信彦が眉をしかめる。彼らは、新入部員歓迎会で鷹也を送った時に見かけた、怪しい人影を思い出していた。

 「放火であれだけ燃えたら、もう住めないよね」
 澄人と2人で規制線の外側を一周し、様子を見てきた美耶が呟いた。
 その言葉を聞いて初めて、鷹也も自分の置かれた状況を理解する。
 入学手続きの書類に同封されていた不動産屋一覧から適当に選び、内見もせずに入居して1月少し。家具は少しずつ揃えるつもりだったので、ベッドはまだ置いていない、薄手のマットレスと毛布だけ。食器とミニテーブルは実家から送ってきたもの。衣類とタオルは今身につけているもの以外は、部屋のプラスチックケース内か、ベランダに干したまま。家電は、小型冷蔵庫と電子レンジとオーブントースターを買ったばかり。ノートパソコンとタブレットは大学で使うため持ち歩いていたので無事だったが、充電器は部屋にある、スマートフォンの充電器も同様。買ったばかりの教科書類は、今日講義がなかった科目が残されている。通帳と印鑑、マイナンバーカードは持ち歩いていたので無事。
 賃貸契約の時、勧められるままよく考えずに保険に加入した記憶はあるが、内容は全く覚えていないし、今すぐ対応してくれるはずはない。
 「……どうしよう、ボク、寝るトコすらない」
 鷹也の様子を後ろから見ていた澄人が、少し考えてから、声をかける。
 「三ツ橋はベータだよね、
 なら、狭いけど、俺のアパートでよければ」
 「だったら、ウチに来い」
 グイッと鷹也の肩を引き寄せ、澄人を遮って裕二が言った。言われた鷹也より、誰より、信彦が驚いている。
 澄人は、一瞬、安堵の表情を見せた。
 少し逡巡したが、それでも、澄人を困らすわけにはいかない、と鷹也は裕二に頭をさげた。
 「へ、部屋が見つかるまで、お願いします」

 5人は裕二の車で大学へ戻り、講義と実習が終わってから、馬術部部室に集まろうと話をつけ、ぞれぞれの講義と実習へ戻っていった。

 獣医学部の講義が始まる前、小さな声で澄人が鷹也に謝った。
 「バースのこと、聞いでごめん
 俺、実はこう見えてアルファなんだ
 だから、オメガと同居になると、その、色々と」
 「いや、それは仕方ないし、
 バースとか関係なくパーソナルスペース広い人とか、親しさ関係なく、家に上げたくない人とかいるから」
 むしろ、突然の事態で迷惑をかけるのは自分だから、と鷹也も謝った。
 「『こう見えて』って」
 美耶が場を和まそうと2人に飴を渡した。
 それを、口に含んで、澄人が話を続ける。
 「アルファって、さ
 あの高遠部長みたいなイメージが強いだろ
 俺にはそんな特徴、カケラもなくて、さ」
 澄人は、自分はアルファなのだが、ランクは最低、C-だという。アルファの因子を持ってはいるものの、外見もスペックも優秀なベータと同等レベル。威嚇も何もできないのに、あらゆるオメガのフェロモンに過剰反応する。そのため、抑制剤を常飲してやっと通常生活ができるのだという。
 「……俺は結構早い時期、中学上がる頃にはもう、抑制剤を飲んでいて
 抑制剤なかったら、オメガに手を出して犯罪者になっていたかもしれない
 本当は医者になりたかったんだけど、医学部ってアルファ率が高くてコンプレックス刺激されるだけだし
オメガの人との接触が多い仕事だから って
 だったら、って獣医に逃げたんだ……」
 アルファは高ランク、オメガは低ランクが幸せなんだろうな、と小さな声で澄人が言った。
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