ジャスミン茶は、君のかおり

霧瀬 渓

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Episode.05

澄人と晃

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 カーテンの隙間から射しこむ日差しに、晃は、ようやく目を覚ました。横の澄人はまだ、穏やかな寝息を立てている。
 男2人に、セミダブルは狭いか
 ぼんやりと考えながら、澄人の顔を眺め、サイドチェストのタバコに手を伸ばす。
 煙を燻らせ、時計を見た。11時少し前。
 シャワーを浴びて着替えれば、ゆっくりと昼食を取っても、午後の実習には間に合うだろう。
 でも、ダルいし、心地よい余韻に浸っていたい
 そう逡巡していると、自分を見上げる視線に、気がついた。澄人が目を覚まし、晃を見上げている。
 「センパイも、タバコ吸うんですね」
 「おう、田舎の不良の嗜みだからな」
 「もらって、いいですか?」
 キャスターホワイトの箱の底を弾き、数本飛び出し状態で、さし出す。澄人はその中から1本を選んで咥え、晃のタバコの火に、先端を着けた。
 呼吸を合わせると、澄人のタバコにも火が灯る。
 「シガーキス、上手いな」
 「え、シガーキスって言うんですか?
 知らなかった」
 晃の言葉に、はにかむ様に視線をそらし、澄人が大きく煙を吐いた。
 「そっか、シガーキスって言うのか」
 立ち上る煙を見上げながら、しみじみと、澄人が覚えたての単語をくり返す。
 「誰かと、したことある?」
 「いや、ないです
 昔、好きだった古い刑事ドラマで見て
 やり方検索して、いつか誰かとしてみたいな、と」
 「そのためにタバコ覚えたの?」
 「いえ」
 澄人が手を伸ばし、サイドチェストの灰皿に、灰を落とした。
 「タバコ吸うと、嗅覚がバカになるじゃないですか
 だから、楽になるんです」
 「だよな
 フェロモンにも、鈍くなるもんなぁ」
 2人同時に、天井に向けて煙を吐いた。
 「…… あの、さ
 昨日のこと、覚えてる?」
 「あっ はい」
 緊張してこわばり、全身真っ赤になった澄人を見て、晃も火がついたように赤くなった。
 付き合うようになってから、初めて、晃の部屋に澄人が泊まった。最後までシたのも、昨夜が初めて。
 上位オメガのフェロモンに当てられたとはいえ、アルファの男性同士。本人たちも内心、驚いていた。
 ただ、きっかけはともかく、最後までしたことに対しては、喜びはあっても、後悔はない。
 それを、澄人に勘違いさせたような気がして、晃は慌てて言い換えた。
 「あ、いや、夜のコトじゃなくて
 …ソレはヨかったからいいんだけど
 そうじゃなくて
 あ、アレ、その前の、厩舎前でのコト」
 「あ、あぁ は、はい」
 澄人の手のタバコの灰を、晃が灰皿で受け止める。
 「…… 馬術部、辞める?」
 その言葉に驚いて、澄人が晃を見た。
 「いや、辞めません
 馬術部で皆に、センパイに出会えたのに」
 「でも、アレがまた来てフェロモン撒いたら?」
 晃の言葉に、澄人は返答に詰まった。
 昨日は、皆がいて、いち早く気づいた晃のおかげで、助かった。しかし、他に誰もいない状況で、昌将と遭ってしまったら。
 「…… 逃げられる自信は、ないです」
 「厩務員さんと仲良くなって、連絡をもらうか?
 でも、後から現れたら?」
 返答につまり、澄人は素手でタバコをもみ消した。
 「あっ おい!」
 驚いて、晃が澄人の右腕を掴み、キッチンまで引きひっぱって行った。それから、親指と人差し指を流水で丁寧に洗う。親指の先が少し赤くなっただけで、火傷にはなっていなかった。
 黙って、流水を見つめる澄人を、晃が抱きしめる。
 「ゴメン、言いすぎた
 澄人が悪いわけじゃない」
 晃の胸で、澄人が小さく頷いた。
 「アレは、さ
 前時代の、オメガへの呪いの塊みたいなヤツなんだ
 上位アルファと番になれば、幸せになれるっていう
 古い呪い」
 「それは」
 「そう
 俺たちみたいな低位アルファじゃどうにもならない
 特級呪物ってヤツ」
 「……センパイでも、そんなコトバ使うんだ」
 やっと、澄人が笑った。

 晃に言われて、澄人は昌将の気持ちが少しだけ、わかるような気がした。
 超高位ランクで、見た目もよくて、資産家で、誰もが憧れる、一緒にいるコトがステータスになるアルファが目の前にいる。手を伸ばせば、届くかもしれない所に。
 自信があれば、手に入れたい、故意だろうが事故だろうが、番にさえなれば、と考えるのは当たり前だろう。
 「空絵事なら、手なんて伸ばさないのに」
 澄人がつぶやいた。
 同じオメガの鷹也が、オメガらしくない、可愛げがあるわけでもない、自分より劣るように見える裕二と、結ばれてしまったのだ。
 諦めていた想いに、火がついてしまったのかもしれない、と澄人は思った。
 「そう、何事にも、身の丈ってのはある」
 晃が笑って、澄人を抱き上げる。
 「でも
 手の届く所にあれば、欲しくなるのが人間だろう?」
 そう言って、澄人の頬に口づけをした。
 「2人でいるために
 いろいろと考えなきゃいけないな」
 独り言のように言葉を続ける晃に、澄人が向き直り、自分から唇を重ねた。
 「たぶん」
 長いキスのあと、澄人が言う。
 「……
 アノ人、俺たちのコトなんて、眼中にないでしょう
 意図的に俺たちに近づくコトはないと思うんです」
 「金も権力もない、低ランクアルファなんて、どうでもいい ってか」
「だから、厩務員さんに喫煙許可もらって
 少し離れた所でもいいから、喫煙所作って
 あとは、抑制剤と馬糞臭で乗り切れないかな と」
 澄人の発案に、晃が声をあげて笑いだす。
 「た し か に
 馬糞臭で逃げない相手なんだから、
 前より強く匂っても、いいハズ か」
 晃は、馬術部の歓迎会を思い出した。あの時の何気ない会話を、澄人が覚えていてくれたのも、嬉しかった。
 「もう1人の、アルファっぽいヒトの対策には、なりませんけど」
 「それは、俺たちにはどうにもできない
 高位のヤツらには、自分たちでなんとかしてもらうしかないな」
 「センパイ、意外に無責任ですね」
 「いいんだよ
 俺ら低ランクは、自衛するので精一杯だからな
 巻き込まれない程度に、楽しんだ者勝ちだよ」
 晃は澄人を抱きしめて、笑い続けた。
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