当方天才魔術師、推しを王にしたら、何故か溺愛監禁孕ませ展開になった件

逢坂常

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1.天才魔術師、『男でも孕める魔術』を作れと命じられる

 その空間は、『死』の香りに満ちていた。
 強烈な腐臭と、天才魔術師のジャフィーをして押し潰されそうな心地になる、圧倒的な魔力。人間のゆうに三倍はありそうな体躯を震わせて、目覚めたばかりのその生物は、生を噛みしめるように咆哮した。
 きっと。
 自分はここで死ぬだろう、と、ジャフィーは思った。怖くはなかった。そのために来たのだ。

 これでいい。

 これでいいんだ、と、ジャフィーは──今まさに己を捕食せんとしている怪物の前で、微笑んだ。



 * * *



 ……その、二年と少し前。
 魔術師ジャフィーは叱られていた。

「お前なあ……なんてことしでかしてくれたんだ」

 ジェレニア帝国の謁見の間は無闇に広い。旧政権以前の王たちが、財の限りを尽くしたからだ。その中心にある豪奢すぎる王座に座る男――ルグレアは、すっかり頭を抱えているようだった。
 長身かつ十分に鍛え上げられた体躯に、わずかに癖のある短い黒髪。まだ齢三十にも至らぬ若い王だが、美形というより精悍という表現が似合う面立ちもあって、十分すぎるほどの風格がある。ましてや厳しい表情などしていると、向かい合うものを震え上がらせるには十分だ。その誰もが怯える睥睨をまるで気にせずに受け流し、ジャフィーは唇を尖らせた。

「だってあんた、『ほしい?』って聞いたら、『うん』って言ったじゃん」
「よその国から奪ってくるとは聞いてねえよ」

 数ヶ月前のことである。ジャフィーは、にこにこ笑ってルグレアに尋ねた。

『ルグレア。今使ってる剣さあ、そろそろ新調したくない?』
『いや別に。困ってねえし』
『えっ。いやいや、もうだいぶ年季入ってるでしょそれ、困ってるはずだよ。ルグレアの使い方だと摩耗も激しいはずだし』

 ルグレアはジャフィー同様高い魔力を持っているが、その魔術的素養は戦闘技能に特化している。剣に高温の炎を纏わせ自在に操るのが彼の基本的な戦闘スタイルで(これが本当に自在で、かなりの広範囲を焼き尽くすことが可能なので、ジャフィーは正直剣を媒介する必要はないんじゃないかと疑っている)、当然、剣への負担はかなりのものだ。
 現在ルグレアが使用している剣は、魔力に強い素材で作られているうえ、ジャフィーが魔術で強化した専用品ではある。それでも、ガタが来ていなければおかしいくらいには使い続けているはずだった。

『もっと性能の良い剣、欲しいでしょ? 魔力負荷に耐えられて、頑丈なやつ』
『……そりゃまあ、あるに越したことはねえが。でも最近はそもそもそんな使わねえし』
『欲しいよね!』
『人の話聞いてるか?』

 聞いている。『あるに越したことはない』は、つまり、欲しいということだろう。
 ルグレアが欲しがるなら、ジャフィーは手段を選ばない。そういうわけで、ジャフィーは、ルグレアのための剣を手に入れるため――意気揚々、『竜殺しの剣が存在しているという北東の隣国・ログーナ王国に、潜り込んだ。

 帝国の魔術師が、身分を偽って他国に潜入する。この時点で、立派なスパイ行為である。

 その上ジャフィーは『竜殺しの剣』の実在を突き止め、こっそりお持ち帰りしようとして失敗した。ジャフィーは仕方なく国へと逃げ帰り――今こうして、『貴国の魔術師が国宝を強奪しようとしてたんですけど?』というログーナ王国からの苦情を受け、はじめてことの成り行きを知ったルグレアによって、しこたま叱られているというわけなのだった。

「いやでも、あの剣すごかったけどなー? 見たら絶対欲しくなると思うよ? やっぱりとってこようよ!」
「だからいらねえっつの。お前が作ってくれたので充分だよ。……で、まあ、今回は『そんな魔術師は知らん』で通したが……」
「うんうん、俺の変装魔術見破れるやつとかいないもんね」
「いや、普通にお前だってバレてたけど」
「えっ」

 ジャフィーは、それなりに派手な容姿の持ち主だ。実年齢はルグレアより少し若い程度だが、知性が煌めきすぎている瞳のせいでどこか幼くも見える。痩身長駆で、燃えるような緋色の髪は魔術師らしい腰までの長さで、肌はこのあたりでは珍しいぐらいに白い。髪と同じ色の目は少し細すぎ、きつく吊り上がりがちではあったが、十分に整っていると言っていい面立ちだ。
 見た目だけでも目立つという自覚はあったし、指折りの魔術師として名を知られてもいたので、潜入の際は、髪色も肌色も、彼の国に紛れやすい色へと魔術で偽装していた。その辺りは抜かり無いと思っていたのだが――どうやら向こうにも、その程度の魔術は見破れる使い手がいたらしい。

「ともかく、今回は向こうが引いてくれた。今、うちとことを構えたくはないってことだろう」
「……あ、そーなんだ」
「いやなんでお前が不満そうなんだよ」

 ジャフィーの表情を目敏く見咎めて、ルグレアは軽く眉を寄せる。「別に~?」とぷいと横を向くと、ルグレアは「あのなあ」と益々顔をしかめた。

「お前な、自分の立場わかってんのか?」
「筆頭宮廷魔術師ですけど~?」
「クビにすんぞ。……ってわけにもいかねえが、なんの罰もナシってわけにもこれまたいかない」
「え? なんで? 罰したほうが不味いんじゃないの。俺じゃないってことになってるんでしょ?」
「外向きにはそうだけどな、国内での話だ。ただでさえ、俺はお前に甘すぎると思われてるからな」
「事実じゃん」

 ジャフィーはきょとんと目を瞬いた。事実でしかない。
 なにせジャフィーは天才魔術師、そのうえ国内でも有数の侯爵家の当主だ(当主としての仕事はほぼしていないが)。そもそもにして、ルグレアを王位につけた立役者でもある。特別扱いする理由しか無い、と言ってもいい。ジャフィーの反応にルグレアはますます頭を抱えて、「……とにかく」と低く呻くように言った。

「お前を暇にしとくと、碌なことがないってよくわかった。そんなに俺の『欲しいもの』が知りたいなら、新しい仕事をくれてやる」
「おっ。いいねいいね。何が欲しいの?」

 ジャフィーは思わずにこにことした。ルグレアの願いを叶えるのが、ジャフィーにとってのライフワークだ。ご機嫌で先を促すジャフィーに、果たしてその爆弾は、まさしく青天の霹靂のように落とされた。

「お前、男でも孕める魔術を作れ」
「――はい??」

 男でも? 孕める?? なんでいきなり??? 頭上に疑問符を飛ばしまくるジャフィーに応えるように、ルグレアはどんどん爆弾を追加する。

「最近『跡継ぎが』『正妃が』って周りがうるさいからな、お前を含めて」

 ルグレアはいまだ愛妾のひとりも抱えてはおらず、前王の時代は大量の美姫で溢れかえっていた後宮も、今は閑古鳥が鳴いている。
 ルグレアが王位について――否、王位を『簒奪して』から五年が経って、人心が安定し始めている今、正統な後継者が一刻も早く必要だった。『新王ルグレアによる治世には欠けがなく、長く変わりなく続いていく』。そういうことを、民に信じさせるために。
 けれどもその『後継者』の話が、どうして、『男でも孕める魔術』に繋がるんだ? 初手の衝撃のせいでうまく頭が回らないジャフィーの前で、ルグレアは唇を曲げてにやりと笑った。
 
「正直、跡継ぎがなんて作る気もなかったんだが」
「いやそこは作ってくれないと困るんだけど」
「だから、前向きに検討してやってるんじゃねえか、今。つまりだ、――お前が産むってんなら、この件、考えてやらんこともない」
「……は???」

 わけがわからない。
 ジャフィーはぽかんとしてルグレアを見上げ、ルグレアは嗜虐的な笑みを浮かべたままジャフィーを見下ろす。そうしてジャフィーが二の句を告げないことを確認すると、甚振るような眼差しのまま、ルグレアは続けた。

「これなら、いくらお前が天才でも、すぐさまできるってわけにはいかないだろ。……できるまでは、私的な外出も禁止。出仕は普通にしてもらうがな」
「えっ!? は!? いや、そんな横暴な」
「『罰』だぞ、『罰』。多少は横暴じゃねえと示しがつかねえだろ。……監視は、そうだな、アリとミトにやらせるか」

 アリは近衛の騎士、ミトは宮廷魔術師だ。かつてルグレアに命を救われた恩があり、ルグレアに忠誠を誓っている男女の双子である。つまり、ジャフィーの言うことは聞かない。ジャフィーは「いや待って」と慌てて声を上げたが、ルグレアはしっしと手を振ってそれをいなした。

「わかったら、さっさと取りかかれ。以上」
「わかってない、いや待って、……くそ、覚えてろよ馬鹿!!」

 指名を受けたアリがジャフィーの腕を掴み、ジャフィーはずるずると謁見の間から引きずり出される。ジャフィーの大声が虚しく木霊し、扉が閉まり――ジャフィーは「……いやいや」と呆然と呟いた。

「……俺が、子どもを?」

 いやいやいや、そんな馬鹿な。
 ジャフィーは必死で頭を横に振り、とりあえずそちらの件は考えないことにして、『男でも孕める薬』の開発に取り掛かることにしたのだった。

 




 

 
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