当方天才魔術師、推しを王にしたら、何故か溺愛監禁孕ませ展開になった件

逢坂常

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15. 魔術師は悪夢を思い出す

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 アリの仕事は迅速だった。

「あんたの予測通りです。陛下の和平路線に賛成する連中は、かつて陛下に鎮圧された各地の反乱分子の残党と接触を図っている。……独立交渉を餌に、陛下のやり方に恨みを持つ連中を集めて反乱軍を結成、ついでに自分たちの要求も──和平路線の撤回も求めようって腹のようです」
「……自分で言い出しておいてなんだけど、ちょっと頭が悪いよな。内憂があれば、なおさら外との関係は安定させとこうと思うもんじゃない?」
「どうでしょうね。和平交渉を行うなら、軍備に関する話題が必ず出る。軍縮の条件を呑めなくしようという意図もあるのでは?」
「なるほどねえ。……それで?」

 ジャフィーは平坦な声で先を促し、アリが一瞬言葉を詰まらせる。そうして、彼は最も言いたくなかっただろう報告を口にした。

「……その残党の中に、……『デルゲ』の生き残りがいる、と」

 デルゲ。
 予想は確かにしていたのに、その単語を聞いた瞬間、ジャフィーの思考が、一瞬、白く染まった。
 あの日の腐臭。すべてを焼き尽くす炎。そして、ジャフィーの目を覆った、ルグレアの大きな手のひら──すべてが鮮明に脳裏に蘇り、胸元に不快感が込み上げてくる。

(……生き残りが、いたのか。本当に?)

 ルグレアが、すべてを、跡形もなく焼き払ったはずなのに。
 ジャフィーの顔色が変わったのを見て、アリが慌てたように付け加える。

「でもまあ、ほんの僅かな残党で、戦力と呼べるようなものではないって話で」
「……魔術師は?」
「え?」
「その生き残りの中に、魔術師はいるの?」
「……いない、はずです」

 断定を避けた言い分を、ジャフィーは決して見逃さなかった。目を細め、冷たく言い放つ。
 
「それは報告じゃない。願望だ」

 ジャフィーはルグレア第一の側近であり、宮廷筆頭魔術師であり、かつては戦場で『鏖《みなごろし》』の二つ名を以て呼ばれたことさえある存在だ。今でこそ後宮でごろごろしているが、そもそも王宮を焼いたことさえあるのだ。柔らかさを意図して削ぎ落とせば、ジャフィーが醸し出す空気は、一気に戦場のきな臭さを帯びた。
 
「……いるかもしれない。そういうことだね?」

 ジャフィーの問いに、気圧されたようにアリが頷く。それから、「でも」と慌てたように続ける。
 
「でも、『あの術』は完全に失われたはずです。陛下が、そうなるように手を尽くされた。それは、貴方だって知っているはずでしょう」
「わかってるよ。……わかってる、それは」

 でも。ジャフィーはその先は口には出さず、ひとまず「わかった」と頷いた。
 
「状況は把握した。ルグレアは? まさか放置してないよね」
「無論です。そもそも勝てる数など集まっていない。和平交渉前に粛清が行われるでしょう」
「ならいいけど。……デルゲの件だけ、引き続き調べてもらうことはできるかな?」
「……できない、って言ったところで承知しないでしょう。わかりました」

 苦々しい顔でアリが頷き、ジャフィーは「ありがとう」と軽く微笑む。そして思い出す。

 
 ──『デルゲの虐殺』。


 ルグレアとジャフィーが王宮を焼き、クーデターを成功させたあと。ふたりの次の仕事は、クーデターの混乱に乗じて独立を勝ち取ろうとする地方を抑え込むことだった。
 ルグレアは、一切の容赦をしなかった。……その中でも、最も苛烈であったのが、『デルゲ』に対する粛清だった。

 
 ──敵味方の全てを焼き払った。
 
 
 それは、あの日、ジャフィーの目の前で行われた。
 その戦場は、腐臭に満ちていた。昨日までジャフィーに笑いかけていた、ジャフィーのことを面白がってくれていた年かさの魔術師が、生気のない目でジャフィーを見て、ただ捕食のためにジャフィーに近づいてきて──……

『──ジャフィー!!』

 ……気づけば、炎の中に立っていた。
 かつての仲間の姿をした得体のしれないものたちが襲いかかってきたとき、ジャフィーは一瞬、攻撃魔術を発動することをためらった。その一瞬で、ルグレアは状況を把握した。
 そして焼いた。すべてを。

『ルグレア』
『見なくていい』

 目を閉じていろとルグレアは言った。


『なにも見るな。──お前はなにも見なかった。それでいいな?』


 いつ抱きしめられたのか、いつその手で目元を覆われたのか、ひとつもわからないまま頷いた。
 ただ、その、ルグレアの腕の、あらゆるものからジャフィーを守るみたいな強さだけがはっきりわかって──そうして目を閉じてはじめて、ジャフィーは、己が泣いていたことに気がついた。
 傷ついているつもりはなかった。……なかったのに、視界が歪んでいることに気づかないぐらい混乱していた。

 そのときのジャフィーはもう、人を殺すことに慣れていた。死んだ仲間が蘇って襲ってきたぐらいで応戦を躊躇うような脆弱さは、ジャフィーには無縁のものであるはずだった。そもそも、『仲間』への情なんて感じたことがなかった。

 なかったはずだ。
 
 だから本当は、ジャフィーがやらなければならなかった。当たり前に仲間を大切に思う、面倒見のいい、きっと彼らの名前全てを言えるのだろうルグレアではなくて、ジャフィーがやらなければならなかった。
 けれどもジャフィーは、そのとき、なにもできなくて。

 
 ……そうしてルグレアがすべてを焼いて、その焼き方があまりに入念で、死体の一つも残らなかったものだから、人々は様々な憶測を語るようになった。
 そうして、そのうちのひとつが人口に膾炙して、事実のように扱われるに至った。

 
 ──曰く。
 『かの戦場で、魔術師ジャフィーは禁じられた魔術を使った。王ルグレアはそれを隠匿するため、目撃したものを、敵味方の区別なく容赦なく焼いた』。

 
 ……それが、今に残されている、『デルゲの虐殺』の『真実』である。


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