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17. 魔術師は企む
……そうしてジャフィーは、最後のパーツを手に入れる。
手の中の試験管を振る。魔術の残滓が、淡い光になって可視化される。
朝方、ルグレアが部屋を去っていった後、己の穴に指を突っ込んで掻き出した──ルグレアの精液に、確かに、魔術の痕跡がある。ジャフィーは拡大鏡を取り出して、別に取り分けておいた精液をじっくりと検分した。
否、わざわざ確認しなくたって、『精液に掛ける魔術』なんてものはひとつしかない。簡単で、大した魔力も使わない魔術だ。だからジャフィーも気付かなかった。
思いつくわけがなかったのだ。
『子を孕め』と命じた口で──己の精液に避妊魔術を掛けて、決してジャフィーが孕まぬようにしていただなんて、想像できるわけがなかった。
「……つまり、『跡継ぎ』も『子作り』も、全部が欺瞞だ」
もちろん、『愛』もだ。
疑惑はずっと、心の片隅に存在していた。ルグレアの態度に嘘はない。そう思いながら、『なにかがおかしい』と、ジャフィーの本能とでもいうべきものが、ジャフィーに警告し続けていた。
なにかがおかしい。
蓄積された疑問は、昨夜、眠りに落ちる瞬間に、ジャフィーの中でひとつの確信になった。
ルグレアが――ジャフィーが『王』と認めた男が、ジャフィーの『愛』なんてものを欲しがるような、それひとつで満足するような、その程度の男であるはずがない。
「じゃあ、真実はどこにある? 俺がここに閉じ込められている理由は何だ? ……それを解き明かす、ひとつの証拠がここにある」
ジャフィーは、小さく笑いを零した。
「馬鹿だな、ルグレア。……愛なんて馬鹿げた嘘も、こんな面倒なことも、なにひとつ必要なかったのに」
ここにいろ。
ルグレアが言いたいことは、本当なのは、いつだってその一つだけだった。『愛』はそれを綺麗に包む包装紙で、つまり全く真実ではない。
ジャフィーは笑う。
「こんなことしなくても。……あんたはいつだって、俺に、ひとこと、命じるだけで良かったのに」
けれどもルグレアが、それを、ジャフィーに言えないというのなら──有能な臣下を自負しているジャフィーは、ルグレアの言外の命令を、きちんと汲み取る用意があった。
(『大陸統一』。和平交渉。和平交渉に反対する強硬派。反乱分子の残党。『愛』なんて馬鹿げた檻を使って、俺をこんなところに閉じ込めた理由……)
すべてのピースは、たしかに嵌った。役者は揃った。
ルグレアが最も恐れたことは──ルグレアがジャフィーをここに閉じ込めた理由は、ただひとつしか考えられなかった。
ルグレアはつまり、ジャフィーが和平交渉を受け入れず、強硬派へと合流するのを恐れたのだ。
(ルグレアは、「して欲しいことは無い」って言った。そんなはずないのに)
反乱について尋ねたとき、一瞬、明らかに冷えた声。
それこそが、ルグレアの本心を表していた。
(ルグレアは、俺に彼らの存在を──そういう動きがあることさえ、知られたくなかった。なんでだ? 理由は簡単だ)
馬鹿にしてる、と、ジャフィーは唇を尖らせた。
(俺がそっちに着くかもしれない、って、ルグレアはそう思ったんだ)
そしてそれが、一番恐ろしいことだった。この国にとって。
(だから俺を檻に入れて、そんな奴らがいることさえ知らせなかった。……馬鹿だな、俺があんたを裏切るなんて、そんなこと、あるはずないのに?)
確かに、ジャフィーはルグレアが『大陸統一』する日を確かに待ち望んでいたし、そのためならなんでもやる──隣国との火種を自ら撒き散らすことだって躊躇わなかった。この国随一の過激派だった、と言っても過言ではない。
だから、ルグレアの馬鹿げた懸念は、別に馬鹿げてもいないのだった。『大陸統一』から方針を改めたルグレアが、ジャフィーを持て余すのは当然だった。ルグレアにとってもっとも有能な家臣であったジャフィー、ルグレアの願いを叶え続けてきたジャフィーは、一転して、最も邪魔な存在になったのだ。
誰よりも強く、誰よりも厄介な、ルグレアにとっての最大の敵。
強すぎて、知りすぎていて、ルグレアにとって、あまりにも扱いづらい『切り札』──敵に回せば、帝国を再び火の海にしかねない『切り札』が、ジャフィーという魔術師だった。その実力を鑑みれば殺すことも難しく、その頭に詰め込まれた知識と帝国の過去とを鑑みれば追放することも出来はしない。
だからルグレアは、その『扱いづらい切り札』たるジャフィーを、『閉じ込めておく』ことに決めたのだ。
(まったく、奇策にも程がある)
『愛』という名の首輪。『子ども』という名の枷。 ジャフィーが『愛』にも『性』にも疎いことを知った上で、ルグレアはそこにつけ込んだ。……馬鹿だな、と、ジャフィーはまた笑った。
「言ってくれればよかったのに……ともまあ、言いづらいか。ルグレアを警戒させる原因になったのは、俺自身の言動だもんなあ」
ルグレアはおそらく、ジャフィーが、ルグレアが『大陸統一』をする王だからついていっているのだと、そういうふうに解釈した。そうとられてもおかしくない言動だったし、こうして体を重ねるようになる前までは、ジャフィー自身もそうだと思いこんでいた。ルグレアが規格外の『王』であるから、その破天荒さに惹かれているのだと。
けれども、今のジャフィーは、それが正しくない理解だと知っている。
「ともかく。……気づいてよかった。まだ遅くない」
ジャフィーは、冷たい手で、己の薄く空っぽな肚へと触れた。
愛してる、とルグレアは言った。……よくもまあそんな嘘を思いついたものだ、と、ジャフィーはいっそその思い切りに呆れてしまう。『愛してる』。なるほど上手い良い訳だった。どんな気まぐれも押し通せるし、ジャフィーはなにせ愛されたことがないので、こんなふうにあっさり絆されてしまう。
ルグレアは、ジャフィーとの子どもなんて、多分すこしも欲しくなかった。
『お前が産むなら』なんて台詞は、ジャフィーをこの檻に繋ぎ止めるためだけの口実だったし、『愛してる』なんて言葉も、ジャフィーをここに縛り付けるためのただの呪文に過ぎなかった。
愛してる。──どうやらそれは、すこしも本当じゃなかったみたいだけれど。
「……あんたの『愛』は、偽物でも、ぜんぜん悪くなかったよ。だから全部許してあげる。だから全部許してあげるし」
俺は、あんたの願いを、なんだって全部叶えるんだ。
いつだって。
それが、どんなものだって。
ジャフィーはうっとりと微笑んだ。そして思った。
多分これを。
この、胸を焼くような痛みを。どうしようもない絶望を。
それでもなお、あの男の望みを叶えてやりたいと思う、この狂った献身を。
――こういう気持ちを、人はきっと、愛と呼ぶのだろう。
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