当方天才魔術師、推しを王にしたら、何故か溺愛監禁孕ませ展開になった件

逢坂常

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24. 皇帝陛下の絶えなき献身・2


 ──『いつから』と。
 ルグレアの想いになどまるで気づかなかった、と言いたげだったジャフィーの問いに、今正直に答えるならば、『わりと最初から』としか言いようがないとルグレアは思う。

 そもそも、出会いからして鮮烈だった。
 ルグレアが切り落とした腕、血飛沫を上げて転がったそれをなんの躊躇いもなく拾い上げ、当たり前のように元通りくっつける。当然のように容易くはない、どころか、一握りの魔術師しか成し得ないだろう高度な医療魔術を、ジャフィーはまるで片手間のようにやってのけた──どころか、ジャフィーは、そちらを殆ど確認してすらいなかったのだった。
 そのとき、ジャフィーの真紅の瞳が見ていたのは、ただ、ルグレアひとりだけだった。真紅──血のような、というには輝きすぎている、宝石のような、というには血が通いすぎている、何物にも例えようのない色だと思った。その真っ直ぐさに、その純粋さに、子どものようなきらきらとした目の輝きに、見られているルグレアのほうが圧倒されるようだった。ルグレアは、必死でジャフィーから視線を剥がした。見てはいけないものだと思った。
 あれは、人ではない、と、本気で思った。
 丸くて小さな頭。整った顔。真っ白でつるりとした肌。つやつやと光って流れ落ちる髪。すらりと長く、細いというより『華奢』という表現が似合いそうな矮躯。ジャフィーはあまりに造り物めいていて、魔術学院が生んだ絡繰人形、あるいは人工生命体だと言われたら、ルグレアはそれを信じただろう。全身全霊が──戦場で培った直感とでも言うべきものが、あれは危ない、と告げていた。あの瞳に魅入られたら最後だと思った。

 けれどもそれは、結局のところは──人生のすべてを奪われることへの恐怖とは、つまり、ただ一目惚れへの恐怖であったのかもしれない。つまりは、知覚した時点でもう手遅れだったということだ。そして現実として、彼は決して絡繰人形ではなく、強固な意志のある人間だったため、ルグレアの側が目を逸らしたところで意味など無かった。ジャフィーは自ら飛び込んできた。ルグレアの視界のど真ん中に、どうあがいても目を逸らせない形で、何度も繰り返し、辛抱強くだ。
 ジャフィーはどうあがいてもルグレアの好みの顔で、その彼が、きらきらした目で「すごい」と言ってきて、ルグレアにだけ妙に懐いてきて、ルグレアのあらゆる願いを叶えた。怪しいぐらいに都合のいい存在で、勿論ルグレアは彼を疑ったが──ルグレアはすぐに、彼はどうやら本当に人間で、そして本当にただ真実ルグレアを気に入っただけなのだと判断せざるを得なくなった。

 そして、そのときにはもう、距離を取るという選択肢が思いつかなくなるぐらいには、ジャフィーに懐に入られていた。

 俺は悪くない、と、ルグレアは思った。どちらかといわずとも、必死に抵抗したほうだ。明らかに、面倒なことになる。そうわかっていても、好みの猫が自分だけに懐いてきたら、抗えるものはいないだろう。社交界での本来のジャフィーは、気まぐれで高貴な猫そのものだった。
 一応、言い訳がましく付け加えるなら、あまりにジャフィーが惜しげ無くその能力を提供してくるものだから不安になった……というのもあった。ルグレアは大概のことは自分でできるし、ジャフィーに望まぬことを強いるつもりはない。そんな自分だからまだいいが、ジャフィーがもし自分以外に興味を持ったら、いいように使われてしまうのではないか? そういう、育ちの良さからくる危なっかしさみたいなものがジャフィーにはあって、そうして使われてしまったら危険すぎる才能の持ち主でもあったので、はじめは『自分が管理しておこう』ぐらいの考えも、なかったとはいえなかった。

 そうしてはじまったジャフィーとの関係は、思っていた以上に無茶苦茶だった。

 なるほどジャフィーは『都合のいい男』だったが、実現可能性に際限がないので、その可能性を超えて興味を満たし続けるには、ルグレアの側も無茶苦茶にならざるを得なかった。ジャフィーのきらきらした瞳は、いつだって雄弁にルグレアに問いかけていた──ねえ、次はどんな面白いことをして遊んでくれるの? 全く、無茶ぶりにもほどがある。
 けれどもルグレアはどうしてか、その無茶苦茶を、ルグレアの身の丈に対して過大過ぎるジャフィーの要求に答えることを、心の底から愉快に思ってしまったのだった。
 ──そう、それが、すべての間違いのはじまりだった。

「……ならば、なぜ」
「あ?」
「貴方にとって、ジャフィー様がそれほど特別であるなら……なぜ、貴方は、やめてしまったのですか?」

 あの頃。
 ジャフィーが隣にいれば、すべては、笑いながら手に入るようなものに思えた。ジャフィーが笑って、わくわくした顔でルグレアを見る。それだけでふたりはどこにでも行けて、どんなことでもできてしまった。

「あの方は、我々と同じく、貴方が大陸を統一されることを望んでいた。貴方の望みはあの方の望みで、あの方の望みは貴方の望みだ。それがあなた達だったはずでしょう。なのに、どうして……!」

 アリの言うとおりだ、と、ルグレアはかつての自分たちに対する評価の正しさを認めた。
 『管理』なんてできるはずがなかった。ふたりは互いに燃料を掛け合う炎であって、決して、互いを制御し合えるような存在ではありえなかった。
 だからこそ、ふたりは、立ち止まることを知らないままに、果てまで駆けていけるはずだった。ルグレアだってずっとそのつもりだった。帝国内を平定し、北方の二国を手に掛ける。大陸統一──誰も成し得なかった偉業だって、二人の前では小山に過ぎない。二人は、あるいは、誰もがそう信じていた。ルグレアに付き従うことを選んだ誰もが。
 そのはずだった。──あの時までは。

「……どうして、か」

 けれども、ルグレアは立ち止まってしまった。

「それは、まあ、俺が間違ってたからだろうな」

 あの日、燃え落ちる王宮の中で、ルグレアはそれに気づいてしまった。

「間違い?」
「……あいつは、なんにでもなれるはずだった」

 ルグレアがはじめて会ったとき、ジャフィーはただの、天才的な才を持つ魔術師だった。
 その才能は、その興味は、本来であれば多岐に渡っていたはずだ。あらゆる魔術書を読み尽くし、知らない世界に、ここではない何処かに思いを馳せる横顔は、あどけない子どもにしか見えなかった。
 才能ある魔術師として、あるいは帝国貴族の子息として、宮廷に縛り付けられていた彼の心は、それでも、どこまでも自由だったのだ。
 けれども、ジャフィーはルグレアに出会ってしまった。

「此処を……王宮を燃やしたとき、あいつは笑った。ぞっとするほど綺麗で、馬鹿みたいに可愛かったよ。何十人という人間が燃えて死ぬ中で、消し炭になる前王を前にして、あいつの目には、人が死ぬことへの恐怖も嫌悪もなかった」

 ジャフィーは笑った。そして言った。うっとりした声で。
『あんたは、やっぱり、最高だ!』
 そこでルグレアは気がついたのだ。──己が、取り返しのつかないことをしてしまったことに。

「なんにでもなれるはずだったあいつを、そういう化け物にしたのが俺だ。……そして俺は、あいつが、化け物じゃないことをもちろん知ってた。あいつは子どもだ。楽しいことと綺麗なものが好きなだけの」

 子どもは子どものまま殺戮者になった。戦好き、鏖、そういう名で呼ばれるような存在になってしまった──それらはジャフィーの嗜好ではなく、ただの結果に過ぎなかったというのに、だ。そして問題だったのは、ジャフィー自身もまた己のことを『そういうもの』だと見なしてしまっていたことだった。彼はただ、実年齢に比してあまりに純粋で、故に何も理解していなかっただけだったのに。
 だから、その歪みが──ジャフィーは実際は『戦好き』でも『鏖』が好きでもないという事実が──いつか弾けて彼を粉々にするかもしれないことを、ルグレアだけが知っていた。
 そしてその危惧は、デルゲの地で予想通りに現実になったのだ。

「だから、……ああ、そういやお前は、デルゲの戦にはいなかったんだったか」
「はい。あのときは別の作戦に参加していて、……話だけは、聞いていましたが」
「そうか。そうだよな。……じゃなかったら、デルゲの生き残りを、『死者蘇生』を使おうだなんて話に乗るわけがない」

 あれは、多くの戦場を知っているルグレアから見ても、異様としか言いようのない光景だった。

「どうだった? 実際見てみて」
「……」
「お互い、地獄は随分見てきたはずなのにな。……でも、今回程度の地獄なら──腐った肉が、人の形を残したままに粘土細工みたいに捏ねられたぐらいじゃあ、あいつはまだ気づかなかったかもしれねえな。知らない人間の知らない肉だ。あのときは違った」

 死体が復活するグロテスクさだけなら、悲しいかな、ジャフィーの人間性が刺激されることはおそらく無かった。死体は死体だ、と、彼はきっとそう認識できた。
 けれども、デルゲの地で彼が見たものは、そうではなかった。

「デルゲで使われた遺体は、その前日に死んだもの──奴らは、戦場に残された遺体は皆全て、敵も味方も一緒くたにして復活させた。仲にはお前も知っている……ジャフィーがあの頃懐いてた奴らの姿もあった。……今更だと思うか? 知り合いの死を悼む心があるのなら、どうしてそれまで、人を人として扱っていないかように殺せていたんだって? その通りだ、身勝手で幼くて馬鹿げた話だ」

 彼が見たのは、つい先日まで己と笑い合っていた者たちだった。ジャフィーにとっては珍しい、信頼できる仲間だったのだ。埋葬したはずの彼らの死体が操られ、自分を襲ってきている──その事実を認識したとき、ジャフィーははじめて、『殺す』ことを躊躇った。

「……知った顔を殺す羽目になって初めて、『殺す』ことの重さに気づくぐらい子どもだったんだよ、あいつは」

 見たことがないぐらいに白くなった顔、声もなくぱたぱたと涙を零す姿さまを目の当たりにしてしまえば、こんな顔はもうさせたくないと、それ以外のことは考えられなかった。きらきらと輝く真紅の瞳──あの光が二度と見られなくなることを、ルグレアは恐れた。あるいはそこにあったのはジャフィーへの労りではなく、ごく単純な私欲であったのかもしれない。
 ともかく、ルグレアにできることはひとつだけだった。
 国は安定してきていて、方針転換するには悪くないタイミングだった。ジャフィーが手を汚す必要はもうなかったし、ジャフィーにはもう、これ以上過ちを犯させるわけにはいかなかった。

「わかってる。本当はもう、自由にさせてやるべきなんだ。俺の隣にいたら、どうしたって、お綺麗なもんだけ見せるわけにはいかないし……今俺があいつにやってることは、かつてのこの国があいつにやったことと同じだ。それでも俺はもう、あいつのことを離してやれない。……どうして今更、って言うなら、これが俺の罪滅ぼしってやつだからだ」

 いつかジャフィーが己の犯した罪の重さに気づいたとき、すこしでもそれが軽くなるようにすること。それが、ルグレアに今できる精一杯のことだ。ルグレアは笑った。

「……本当に、今更だけどな」

 ルグレアの懺悔にアリは言葉を失い、狼狽えて視線を泳がせる。
 ジャフィーのことをそれなりに知っているアリには、ルグレアの言葉が理解できてしまうのだろう。それでも諦めきれないというように、アリは「……ですが、」と再びルグレアを見た。

「でも、……それでも」

 己の目が見た『真実』をまだ信じている。そういう目だ。

「貴方が掲げた『大陸統一』は、たしかに、『貴方の』願いだったのではないのですか?」

 どいつもこいつも、と、ルグレアは思った。

「……『俺の願い』、ねえ」

 ルグレアはかつて、『大陸統一』を本気で掲げていた。だからこそ、皆がそれをルグレアの『願い』だと誤認するのも無理はなかった。

「え?」
「あのなあ、お前ら。俺がそれを諦めた、って、いつ言ったよ」

 願いはある。──ただ、『大陸統一』は、その『手段』のひとつにすぎなかったというだけだ。
 ジャフィーは『自分ばかりが過去のことを覚えている』と思っているようだったけれど、ルグレアだけが覚えていることもそれなりに──かなり──あるはずだ。つまり自分たちはお互い相手のことにしか興味がないのだ、と、ルグレアは少し可笑しかった。
 ジャフィーは、未知の世界が好きだった。本を読んでは遠い世界の想像もつかないような景色に思いを馳せて、遠征をするようになってからはその旅路さえ興味深そうで、好奇心で輝く目できょろきょろとあたりを見回していた。
 なんのことはない──ルグレアは、ジャフィーに、見せてやりたかったのだ。得体のしれない果実。謎の風習。凍りついた森。夜空にかかる光の帯。自分自身はひとつも価値がわからないそれら、ジャフィーが『見たい』と望んだすべてを、自由に見られる世界を作りたかった。大陸統一は──すべてを手中に収めることは、そのための、最もわかりやすい手段であるように思えたのだ。
 だからルグレアは、別に、なにも諦めたりはしていない。周りからは決してそうは見えないとしても、だ。口に出したら『そんな目的で』と呆れられそうだから言わないだけだ。ルグレアはがりがり頭を掻いた。

「いやまあ、そんなこたあどうでもいいか。……じゃあ、おまえは、ジャフィーを本気で裏切らせようだのと思ったわけじゃなく、ただ……ただ俺が本気を出すのが見たいってだけの理由で、あんな馬鹿げた計画に乗った、と。そう言いたいんだな?」
「は、……はい」

 ルグレアのぼやきを恐らく理解しないまま、ほとんど反射でアリが頷く。

「そのとおりです。だから、俺の計画は、ある意味では完遂している。貴方は戦に臆したのではない──圧倒的な力を有してなお、和解の道を選んだと、そう証明いただければ満足だった。少なくとも俺は」

 命をかけるには──妹の命までかけるには弱すぎる動機だ、と思ったけれど、あるいはそれが、狂っているということなのかもしれない。ともかく満足しているふうな顔のアリに、ルグレアは「そうかい」と胡乱に顔で頷いた。

「まあ、言いたいことはわかった」

 ジャフィーに手を出せばルグレアはなんでもする、と思われていることについては頭が痛かったが、ジャフィーの側にもやっと自覚が出たようだし、これからは少しは自分の立場を考えた行動をしてくれるだろう。……してくれるといいが。なんにせよ、とりあえずここでの話は終わりだと立ち上がってから──ルグレアは、ふと思い出して付け足した。

「ああ、それと、具体的に、いつになるかはわからんが……近いうちに、お前らまとめて牢から出すから」
「……え?」
「殺すって意味じゃねえぞ。今後も働いてもらうからそのつもりでな」

 おそらくはすっかり自分の命に見切りをつけていたのだろうアリが、理解できない、と言いたげに目を見開く。方針転換は国内でも、というだけのことだ。さほど意外な話ではあるまい。
 なにせルグレアは、ジャフィーにはもう、なるべく、血腥いものを見せたくないのだ。


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