当方天才魔術師、推しを王にしたら、何故か溺愛監禁孕ませ展開になった件

逢坂常

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23. 皇帝陛下の絶えなき献身・1

 ジャフィーは『自分ばかりなんでも覚えている』と思っているらしいが、ルグレアだけが覚えていることもそれなりにある。

 ──例えば、これは、出会ってまもなくの、まだルグレアがジャフィーを警戒していた頃の話だ。

 いつもの、誰がなんの目的で開いているかもわからない、なんの意味もない夜会だった。富を浪費することそのものに意味があるみたいな。
 ジャフィーは、大勢の中から目敏くルグレアの姿を見つけ、『今日の酒は悪くないよ』と言ってグラスをひとつルグレアに押し付け、いつものように好き勝手に自分のことを話し始めた。その話の中に珍しく知っている地名が出てきたから、「派遣されて行ったことがある」とぽろりと零し──それが、運の尽きだった。
 ジャフィーの目が、きらきら輝いた。暗闇で燃える炎みたいに。

「じゃあ、シナナレ食べたことある?」
「しな……なんだって?」
「なんか、そこにしかない特殊な木の実があるんだって。すぐ悪くなるから、他では食べられないんだよね」
「お前、そういう情報どこで仕入れてくるんだ?」
「魔術書」

 しれっとした顔でジャフィーは言った。こんな子どもみたいな言動で、ジャフィーは天才魔術師なのだ。『帝国建国以来の』の二つ名がつくほどの。そんな男がどうしてルグレアなんぞに興味を持ったのだろう、と思いながら、ルグレアはジャフィーの話を聞いていた。

「ちなみに一晩めちゃくちゃ元気になって、すごく気分が良くなるけど、二日ぐらい寝込んでなんもできないんだって」
「毒じゃねえか」
「うん」

 ジャフィーはにこにこと笑って頷く。そこが良いとでもいいたげな顔。

「なんか、新婚の祝いとかに使われるらしいけど、普通に危険じゃない? なんでなんだろうね? あー、もし食べてたら感想聞きたかったんだけどな、やっぱ自分で穫りにいくしかないか……」
「……いや、あそこは……」

 ルグレアが行ったことがある、いうことは、軍隊が派遣されるような地方だということだ。帝国の支配は、もはや、末期の様相を示していた。前線にいれば嫌でもわかる。首都でこうして日夜財が垂れ流される裏で、西では昨年の不作で大量の餓死者が出て、東では洪水で多数の死者が出た。北と南では独立運動が続いていて、王が『飼いならしている』と思っているはずの民の我慢ももはや限界が近い──否、とっくに越えているかもしれない。
 彼の地も、確か、大規模な嵐によっていくつかの集落に壊滅的な被害が出たのがきっかけで治安が悪化し、最初は自治組織だったものが武力を持って外の地域を襲うようになったため、中央から軍隊が派遣された……という顛末だったか。状況を考えれば、その特殊な実も新婚の風習も、既に失われてしまっている可能性のほうが高い……という諸々をすべてオブラートに包んで「しばらく無理じゃねえかな」と言うと、大体のところはわかっているのだろう、ジャフィーは「そうだよねえ」とつまらなそうに言った。

「王宮周りに寄生してれば、なんも困ることはないけどさあ、どこにも行けないからつまんないんだよね。いっそ軍属にでもなろうかなあ? ……なんかさ、北の果ての森では冬に木が凍って綺麗とか、夜空に光の帯? が見えるとかいうけど」

 ジャフィーはちらりと窓の外を見た。星一つない夜空。そうして、子どものように唇を尖らせる。

「それだって、多分一生見れないんだろうな」
「……凍った木に、光の帯ねえ。それも、魔術のなんかなのか?」
「へ? ううん、キレイなだけ」

 へえ、とルグレアは適当に頷いた。
 綺麗なだけの凍てついた森などルグレアには何がいいのかわからなくて、お貴族様は違うなと、そんなことを思った。そもそも遠くの地に行って興味を満たしたい、という発想そのものが持てるものという感じがした。けれども同時に、本当にほんの少しだけ思ったのだ。
 夜空に浮かぶ、光の帯。
 それを、本当に見ることが出来たら、このつまらなそうな顔をした男は、一体、どんな顔をするのだろう?

 ……遠い昔の、何でもない会話だ。
 けれどもルグレアは覚えている。
 無論、ジャフィーの頭脳に叶う量はとても記憶しておけないが──ルグレアだって、大事なことは忘れない。ただ、それだけの話だった。


 * * *


 対外強硬派による使者襲撃計画が失敗に終わり、ログーナとの和平協定が無事結ばれ、その他諸々の後始末も済んで──気づけば、事件からおおよそ二ヶ月が経過した頃。ルグレアは王都の中心部から少し外れた、裁きを待つ罪人を暫定的に入れておくための牢獄を訪れていた。
 貴族を入れるための牢というのは、狭くてもそれなりに綺麗なものだ。ルグレアは少し皮肉に唇を曲げた。──五年より前はいざ知らず、最近は閑古鳥が鳴いていたはずだったのだが。

「……あっという間に満員御礼だな」

 かつん、と、わざと音を立てて立ち止まる。そうして存在をアピールしてから、ひとつの牢の中へ声をかけると、うなだれていた男が顔を上げる──その目が見開かれるのを見て、ルグレアはごく小さく笑った。

「……ルグレア様……!?」

 愕然とした声。──腰に剣を佩いてはいるものの、伴の一人も連れては居ないのだ。驚かれるのは当然だろう。ルグレアは牢番が座るための椅子を引き寄せて座り、「元気そうだな」とやはりごく軽く言った。
 同時に男が口を開いた。

「ミトは」

 必死な声だった。

「何も知らない。あいつの人生は苦労続きだ。俺はどうなっても構わないので、あいつだけは」
「あのなあ」

 流石に、呆れた声が出た。

「身内の処遇を気にするなら、反乱なんて起こすなよ」

 裏切られた、という気持ちは特になかった。
 ミトとアリの双子は、ルグレアにとっては、古参と言っていい配下だった。武官のアリは特にルグレアによく仕えてくれたが、それぞれがそれぞれの望みをもって動くのは当然のことだ。ルグレアに対して、勝手な望みを抱くのも。
 そして、ルグレアの側はあいにくジャフィーのもの以外には特に興味がないので、その望みに応えられないことを特に申し訳ないとも思わない。ルグレアの突き放すような正論にアリは口を噤んで、ルグレアは「まあ」と肩を竦めた。

「ミトのことは、ジャフィーが気に入ってるからな。今のところはどうこうする気はねえよ」

 今回のことを何も知らなかったらしいミトは、身内の不始末と己が知らぬうちに彼らに加担させられていた事実とに真っ青になって、辞職どころか己も牢に入れてくれるようにと懇願した。そもそも、慣例に則れば、彼女自身に懇願されるまでもなく、一族の不始末で彼女も当たり前に投獄対象だ。──けれども、ジャフィーがそれを止めたのだった。彼女がいなくなっては困る、と。
 ルグレアの前では、どんな法も、ジャフィーの請願には敵わない。なりたくてなった独裁者ではなく、不相応な立場をそれなりにこなしているのだ、これぐらいの役得はあってしかるべきだろう。そういうわけで、ミトは変わらず、ジャフィーの世話係として後宮の仕事に従事しているのだった。
 妹の処遇を確認したアリが、ほっとしたように息を吐く。

「……ありがとうございます」
「礼を言う先は俺じゃねえが、会わせる気もねえからな。受け取っておく。……で、だ」

 さて、と、ルグレアは軽く指を組んだ。ここからが本題だ。

「その、ジャフィーなんだが」

 聞きたいことはひとつだけだった。

「お前、どうしてあいつを巻き込んだ? あいつがいなくても可能な計画だっただろ」

 後宮を出たのは自分自身の意志である──とジャフィーは言うだろうが、事実として、彼は、誘い出されたのだった。ジャフィーにそう言ったなら、『そもそも人から情報遮断して判断能力を奪っていたルグレアが悪い』と言われそうだが。
 ともあれ、彼らは、後宮の奥深くから、『わざわざ』ジャフィーを連れ出したのだ。そんなリスクを犯す理由があったというのなら、探っておかねばならない。ルグレアはあえて軽く笑った。馬鹿にするように。

「あいつが俺を裏切るって、お前らは、本当に思ったのか?」
「……貴方こそ」

 今のところミトに累は及ばないとわかって、腹が据わりでもしたのだろうか。アリの声には、ほのかな挑発の気配があった。

「そう思ったから、あの方を、あんなところに閉じ込めたんじゃないんですか」

 この状況でよく喧嘩を売る気になるな、と思ったけれど、もしかしたら、この状況だからかもしれない。逃げ出せるわけもなく、自身の死なんてとうに覚悟していて、アリが残せるのはもう言葉だけだ。だから彼は、ルグレアが最も嫌がる言葉を、選んで発しているのかもしれない。──事実がどうであれ、流せるはずもない話題だった。

「…………なんだ、お前、ヒーロー気取りだったのか? あいつが囚われの姫ポジで? あいつがほんとは逃げたがってると思ったって? 笑わせるな」
「違いますよ。……いえ、仲間内には、そういう理由でジャフィー様を仲間に引き入れようとしていたものもまあいましたが」
「だろうなあ……」

 あの才能であの見た目であの性格で、信奉者ができないほうがおかしいのだ。ジャフィーがその点を全く自覚していないのは、少しでも怪しい動きをするものはルグレアが十年遠ざけ続けてきたからだ。少し遠い目をしたルグレアに、思わずと言ったふうにアリが笑う。──付き合いの長いアリは、当然、ルグレアがジャフィーに向ける執着の強さと、その中身とを知っている。その瞬間に流れた空気は、確かに互いに親しい上官と部下とであったころのものだった。その感傷に引きずられたように、アリの声が少し柔らかくなる。

「……さすがに、俺には、あの方が、貴方の益にならないことは決してしないだろうことぐらいはわかる。あの方をこちらに引き入れたら、貴方が一切の容赦をしなくなるだろうことも」
「だよなあ。じゃあ、なんでババ引くような真似したんだよ?」
「『一切の容赦』を、して欲しくなかったからです」
「ああ?」

 アリが、ひたとルグレアを見る。
 遠くを見るような眼差しだった。過去に思いを馳せるような、未来に夢を見るような。ルグレアを眼の前にしていながら見ていない、わかりやすく言えば、それは、狂信者の目であるのだった。
 ルグレアはなにせ王なんてものになってしまったので、こういう目に会うことは稀によくある。確かにアリは、そういうものになる条件を満たしていた。ルグレアに命を救われ、ルグレアが戦うさまを部下として目の当たりにした。ルグレアは自身を特別な男だとは思っていないが、そう思わせる要素を持ち合わせていることは自覚している。内心で溜息を吐くルグレアの前で、熱に浮かされたようにアリが続ける。

「あの方がいたから、貴方は自ら手を下しに来たのでしょう。本当であれば、貴方は、自らの武がまだ圧倒的であることなど示したくなかったはずだ」

 そんなことは、と思ったが、そうかもしれないな、とも思った。少なくとも、必要以上に派手な倒し方をした自覚はあった。いちばん簡単な方法を選んだだけとはいえ、本来であれば、自身が前線に出ていくことは避けるべきだっただろう。隣国との講和を目指す中、ルグレアがごく純粋な意味での『戦好き』、本質としては戦闘狂であると思われるのは好ましくない。帝国は皇帝の権限が強く、皇帝個人の嗜好によって動いてきた傾向が強い国だから尚更だ。

「でも、貴方は、あそこにジャフィー様が居たからこそ、あれを自ら倒して見せなければならなかった。貴方の力が変わらず存在することを証明しなければならなかった。──『竜殺しの剣』でしたか? 貴方は、そんなものが必要ないことを、ジャフィー様の心を繋ぎ止めるだけの圧倒的な武力がまだ自身に存在することを示さずにはいられなかった!」

 知らぬはジャフィーばかりなり、の例がここにもだ。ひっそりと頭を抱えるルグレアに、アリはついに笑いかけさえした。

「……その機会を与えたことを感謝して欲しい、と言ったら笑いますか?」
「……いや?」

 まったく、笑い事じゃない。

「ご明察だ。きっと、そのとおりなんだろうさ。……講和を選んだ時点で割り切ったつもりだったが、……手放せないもんだな、執着ってもんは」


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