死ぬときまでに証明するね

逢坂常

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1. 甘やかな日常

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■プロローグ

 ひいらぎ朔也さくやは、誰より幸福な人間だった。

 アルファを多く排出する名家に生まれ、有名大学を経てバース研究を志した。実家の理解を得て研究に邁進し、若くして助教授の地位を得た。
 なにより、そういった社会的成功以上に、アルファを幸福たらしめるものを、朔也はずっと手に入れていた。

 最愛の番。

 朔也の幼馴染であり、親友であり、今では誰もがその名を知るほど有名なマルチタレントである一宮いちみやのぞむ。その職業を慮って、番であることは公表していないが、望は間違いなく朔也の番であり、誰より大切な、最も愛すべき存在だった。
 そして朔也は、同じだけの愛が望から与えられていることを、一度として疑ったことがなかった。朔也は幸福なアルファだった──あの日までは。


「──番になんて、ならないほうがいいですよ?」


 あの日。
 望が出演した映画の完成披露試写会に招待され、挨拶のために赴いた楽屋付近で、望が先輩役者でありアルファでもある万木ゆるぎ崇人たかひとと会話をしているのを。

「恨んでるかって? 恨んでますよ、そりゃ。当然でしょ」

 ごく軽い調子で、笑いながら──けれどもひとつも冗談ではないことが朔也にはわかる口調で、そう言っているのを聞くまでは。



■Side 柊朔也


 ──二週間前。


 高セキュリティを謳った芸能人御用達の高層マンションの一室、モデルルームのように整った部屋のなかは、よく知った香りで満たされていた。

 特有の甘さとともに、オメガのフェロモンが朔也の脳に入り込む。わかりやすい欲望に全身が支配され、思考が一瞬で溶けていき──けれども、微かに残った理性が『まずは水分をとらせないと』と命令してくるので、朔也は持参してきたペットボトルの蓋をぱきりと開けた。
 その音で、ベッドの上、タオルケットに包まれた塊がぴくりと動く。

「……朔也……」

 誰が来たのかなんて、部屋に入る前どころか、玄関の扉を開けた時点から察知できていたっておかしくない。それでも望は、確かめるように朔也の名前を呼んだ。タオルケットの中から這い出してきた望の手をそっと握って、安心させるように囁く。

「悪い。遅くなった」

 番のヒートは、本来、何よりも優先されるべき事柄である。
 けれども、朔也と望は番であることを公にしていない──するわけにはいかない関係だった。望のヒート周期は三ヶ月に一度、殆ど狂いなく訪れているが、それでも一日二日のズレは当然にある。予定よりほんの少しだけ早く望にヒートが訪れた今日、朔也は他校での特別講義の予定が入っていて、どうしても日程の調整をつけることができなかったのだ。
 講義の後、必要なものの買い出しを済ませて全速力でここまで来たが、火照る体を抱えて待つことしかできない望は辛かっただろう。朔也の謝罪に、それでも望は「大丈夫」と健気な声を返した。

「大丈夫、だから、……はやく……」

 望の体から、タオルケットがするりと滑り落ちる。そうして眼下に晒された姿に、朔也は思わずごくりと喉を鳴らした。
 望は、裸ではなかった。朔也が望の部屋に泊まる際に借りている大きいサイズのTシャツ一枚だけを身に着けて、服が伸びるのも気にせずに丸まって、シャツの襟元で鼻を覆っている。金に近い茶色に染めたさらさらの髪が汗で額に張り付き、白磁のような肌はヒートの熱で甘い桃色に火照り、大きな瞳が熱っぽく潤んで朔也を見上げる。
 優れた容姿のものが多いと言われるオメガの中でも特別性の見目の持ち主であり、モデルから俳優からバラエティまでをこなすマルチタレントである望が、番の残り香で必死にヒートに耐えている。その姿は、望の痴態を見慣れているはずの朔也の理性さえ、あっさり剥ぎ取っていくのに充分すぎるほどだった。
 そのうえ、タオルケットで遮られていた強烈なフェロモンと汗の匂いが開放されて、朔也の脳を直撃する。

 人が一気に浴びていい情報量を、明らかに越えている。

 殴られたみたいな衝撃が走り、かっと身体が熱くなり、喉が渇く──途方もなく。


 その唇に噛みついて、舌を絡めて、とろとろになっているだろう穴に突っ込んで、見境なく腰を打ち付けたい。


 気持ちよくなりたい。気持ちよくさせたい。即物的な要求が込み上げてくるのをどうにか押さえつけ、ペットボトルの中身を口に含む。そうしてベッドに腰掛けて、望の唇に唇を合わせた。

「……ん、っ……」

 水分補給のための行為だから、絡みそうになる舌も必死で抑える。二度、三度──繰り返してやっと望の息が落ち着くのを確認し、朔也はそっと彼の頭を撫でた。

「もっと飲むか」
「いや、いい。……いいから、……」

 望の白く細い腕がゆらりと伸びてきて、朔也の背中にぱたんと落ちる。力が入らないから、引き寄せることができないのだ。朔也は望の求めに応じて再び身体を屈め、今度は水分補給のためでなく、唇と唇とを重ね合わせた。

「ん、ッ、……ぁ……」

 唇から、唾液から、甘ったるいフェロモンが直に朔也の身体に入り込む。朔也はするりとシャツの中に手を忍び込ませ、つんと尖った乳首を指で押しつぶした。

「……ッ……!」

 びくん、と望の身体が震え、シーツの上で背中が軽く反る。きゅ、きゅ、と指先で扱くように刺激すると、そこはすぐにぷくりと膨れて、望はさらなる刺激を求めるように胸を突き出した。

「っ、……もっと、……ひあ、あ……!」

 要求に応え、シャツを完全に捲り上げて、美味しそうに色づいた尖りに唇を寄せる。きゅうっと思い切り吸い上げて、先端を舌先で舐め擦ると、望の身体がびくびく震えた。軽く達したのかもしれない、と思いながら片手を下肢にすべらせると、予想どおりと言うべきか、半勃ちぐらいの硬さの、べったりと濡れた性器に手が触れる。そちらは宥めるように軽く撫でるだけにして、朔也は指をさらに奥へと忍ばせた。
 尻の間、本来濡れることのない穴が、オメガ特有の分泌液でどろどろに濡れている。指を潜らせ、ほぐす必要がないほど緩み濡れそぼっていることを確認して、朔也は己のスラックスの前を寛げた。
 部屋に入ったときからずっと、痛いぐらいに張り詰めている性器を取り出す。乳首への刺激でひくひくと震え続けている望の身体を軽く押さえ、綻んだ孔へと性器を押し当て、ぬるついたそこに一気に挿入する。

「っあ、あッ、ああ……!!」

 きゅう、と、入れた瞬間に迎え入れるように甘く締め付けられる。同時に、びくびくと震えるナカの感触で、望が甘イキしたのがわかった。必死に朔也の背にすがりつき、少しでも衝撃に耐えようとする望が可愛らしくて、朔也は僅かに芯を持つ程度で揺れている望の性器に手を伸ばし、少し強めに擦り上げた。

「ひ、ッ!? おま、やめ、……やだ、いっしょやだ、あ、あ……!」

 奥に当てて揺さぶりながら前を擦ると、あっという間に勃起した性器がびくびく震え、勢いのない精液がぴゅくっと溢れる。達してからも刺激をし続けると、「またいく、っ、でる、や、……ッ……!」と、悲鳴のような声とともに望の性器が小刻みに震え、だらだらと薄い精液が流れ出る──その声が完全に泣き声に変わったところで、朔也は望の性器から手を離し、その細い腰をぐっと掴んだ。

「あっ、あ、あッ、……あ……!!」

 腰を固定し、強く奥を穿つ。がつがつと激しく腰を動かすと、強く中が締まり、縋り付く腕に力がこもった。

「きもち、……あっ、きもちいい、ッ、いく、もっと、」

 ヒート中のセックスは、互いから、すべての理性を奪い去る。あけすけに求めてくる声に応じるようにぐりぐりと深く奥を刺激すると、搾り取ろうとするみたいに中が蠢く。全身で朔也にすがりつき、望は更に朔也に求めた。

「なか、っ、……中に出して、……ッ……!」

 望は、ホルモンバランスの調整のため、低用量ピルに似た薬を定期接種している。故に、着床率が五割を超えると言われるヒート中の番とのセックスでさえ、妊娠することはない。願いを拒む理由はなく、朔也は望の最奥へと精を放った。

「あ、あ、あ……ッ……!!」
「望、……っ、……」

 そのまま、望の身体を両腕で強く抱き寄せる。腕の中の身体がぞくぞくと波打つように震え、望がナカでの深い絶頂に達したことがわかり、朔也は深く充足の息を吐いた。

 満たされている。

 朔也と望の世界は今、この部屋の中にしか存在しない。足りないものも恐ろしいものも、ふたりを隔てるものも脅かすものも、ひとつとして存在しないのだ。『この世界において、番とのセックスほど幸福なものはない』と言う言葉を残したのは誰だったか──否、番を得たアルファであれば、誰だって同じことを言うだろう。
 興奮と安心とが違和感なく同居し、渇望と充足とが同時に存在する。朔也は理性を手放し、目の前の愛しい番へ溺れていった。

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