死ぬときまでに証明するね

逢坂常

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2. その隠し事を暴いてはいけない

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 ……オメガのヒート期間は概ね五日ほど続くが、日常に問題が出るほどの発情は最初の三日で収まり、以降の二日は食事や睡眠をとって身体を回復させるようなターンへと変化していく。
 やっと胃が固形物を受け付けるようになった望が、朔也の膝の上で、冷凍のパスタをゆっくりと咀嚼している。それを見ながら、朔也はリモコンを手に取って、壁にかかった大きなテレビの録画リストを呼び出した。

「どれが見たい?」
「んー……ドラマか……あ、クイズのやつかな。どれぐらい使われたのか見てない、そういえば」
「了解」

 この甘く穏やかな時間を、ふたりは望の出演するテレビなどの映像を見ながら過ごすことが多かった。『クイズのやつ』とは、望が『高学歴芸能人』枠で度々呼ばれているクイズ番組のことだろう。朔也が一覧から目当てのものを探し出して再生すると、ヒート中の性行為で疲れた身体を休ませながら、望が真剣に画面の中の己を見つめるのがわかった。

「この衣装、やっぱいまいちだったかな……。オーバーサイズだと細く見えすぎない?」
「どちらかというと、可愛く見えすぎるからやめてほしい、今後は」
「え、こういうだぼっとしたやつ好きだっけ? ……あーこれ、押し負けたとこ抜いてもらってるな、ありがてー」

 望は自分が出た番組すべてをきちんと見返し、今後に繋がるように反省と分析を行っている。クイズ番組に出るようになってからは、「『K大出てるのに』とか『やっぱりオメガだから』とか言われないようにしないと」と、出題されそうな内容を自学するようになり、結果として番組にもよく呼ばれるようになる好循環を確立していた。
 朔也はフォークを手に取って、すっかり画面に釘付けになって手が止まった望の口元にパスタの続きを運ぶ。運んでやれば食べるのが面白いなと思い、画面の中の輝くような美貌の望ばかり見ている皆は、こんな望の姿は想像もしていないだろうなと少しの優越感を得る──実際、望がインタビューなどで話している『私生活』は、彼の『美しく知的で抑制的なオメガ』のイメージを崩さないようなものばかりだ。口元を拭いてやり、次は飲み物を口に運んでやり、とせっせと世話を焼いていた朔也は、けれども次の瞬間テレビから聞こえてきた声に僅かに眉を寄せた。

『いや望ちゃんほんとかっこええわ、結婚せん?』

 ──また、この男と共演していたのか。

「あ、これまた使われたんだ。日置さんが人気なのか、鉄板ネタが強いのか、尺が余ったのか……どれだろ? もうスタジオ完全に飽きてるんだけどな、このノリ」

 画面には、高学歴アルファであることを持ちネタにする芸人である日置が、望相手に口説き文句を言っているところが映っていた。朔也が機嫌を損ねたことを触れ合った肌で感じたのだろう、言い訳のように、早口で望が口を挟む。
 日置はアルファらしく見た目もよく、口も達者で、そんな日置がオメガである望にすげなく振られているところが面白いと視聴者に好評──らしいのだが、当然、朔也はひとつも面白くない。けれども、望の仕事に口出しはしたくない。複雑な気持ちで抱きしめる腕に力を籠めると、「……妬いてんの?」と望は笑った。

「こんなの、演出に決まってるじゃん。馬鹿だな」
「……わかってる……」
「わかってる声じゃないだろそれ。……かわいー」

 ちゅーたくなってきた、していい? と望が尋ねてくるので、機嫌を取られていることがわかりながらも朔也は頷く。嬉しそうに笑った望が身体をひねって朔也のほうを向き、唇が触れ合う──朔也はその唇に、わざと乱暴に嚙みついた。

「……ん、……」

 望が楽しそうに喉奥で笑って、受け入れるように唇を開く。朔也は片手でリモコンを操作し、テレビの画面をオフにした。休憩は終わりだ。口づけが深くなり、ヒートが激しいときの必死さとは少し違う、柔らかく蕩けるような行為のはじまりに、ふたりはいちど顔を見合わせて小さく笑った。

 幸福だった。

 朔也は、その時、己が、世界の誰よりも幸福であることを知っていた。




 ……幸福である、はずだったのに。

『──番になんて、ならないほうがいいですよ?』

 逃げるようにたどり着いた自室で立ち尽くす朔也の頭の中を、先程聞いた会話の続きがぐるぐる巡る。

『それは……君は、後悔してるってことか? その、彼と番になったことを』

 聞こえてきたのは、映画の主演である、万木崇人の声だった。万木は三十代前半の人気俳優で、望にとっては事務所の先輩にあたる存在だ。このシリーズを通して仲良くなったことは聞いていたし、万木はアルファであることを公言してもいる。バースの話題になってもおかしくはない関係ではある。けれども、番のことまで話していたとは聞いていなかった。
 混乱する朔也に、望の『そりゃそうでしょ』のごく軽い肯定が突き刺さる。

『してるから言ってるんです。やめといたほうがいいですよ、番契約なんて』
『それは……君の立場の複雑さからのアドバイスではなく?』
『ではなく。万木さんレベルの実力派俳優なら、そりゃ、番ができたって仕事への影響は……勿論ゼロではないでしょうけど、まあ、全然セーフだと思いますよ。家庭を持ったっておかしくない年齢ですし』
『ありがとう、と言っておこうかな。それでも君は、やめておくべきだと言うわけか』
『はい。いえ、結婚ならいいと思いますけど……いや、お相手、男性オメガでしたっけ? じゃあ特登法か。あれは……まあ、お相手がいいならいいですけど』

 『特殊関係登録法(特登法)』は、かつてオメガがアルファの所有物であるとされていた時代の名残と言える法律だった。
 同性婚は未だ認められておらず、故に番となったアルファとオメガはその登録を行うことにより『結婚した』と見做される──けれども、実際には結婚とは大きく異なり、圧倒的にアルファ優位に定められている法律だ。その非対称性が受け入れられず、ふたりが登録を選んでいなかったことにより、望は結果的に『番がいる』ことを隠して活動できているのだった。

『とにかく、番はおすすめしないです、ほんとに』
『……どうして?』

 どうやら、万木が望に相談を──おそらく、恋人のオメガと番になることについての──持ちかけ、望がそれに答えた、というのが話の流れらしい。どうして? そうだ、それを聞かなければ。盗み聞きの罪悪感は頭の隅に追いやられ、朔也は固唾を飲んで望の答えを待った。
 沈黙は、永遠のように感じられた。朔也があまりに緊張していたから……ではなく、事実としてその沈黙は長かったらしい。万木がおずおずと問いを付け足す。

『……彼のことを、恨んでるのか?』

 その問いは、望が『すべて』を万木に打ち明けていることを明らかにしていた。そこまで万木のことを信頼していたのか、という、じわりとした苦みが胸に広がる。朔也ではないアルファを? けれども、その苦みを噛み締めている時間はなかった。『恨んでる?』と望は笑った。
 そして言った。


『恨んでますよ、そりゃ。当然でしょ』


 頭の中が、真っ白になる。
 そこから先、朔也の記憶は朧だった。おそらく、逃げるようにその場を後にしたのだと思う。
 そうして今、朔也はひとりで立ち尽くしている。頭の中はまだ真っ白だ。
 恨んでいる。
 望は確かに『恨んでいる』と言った。そして朔也にはわかった。望の声音は軽く、笑いを含んでいたけれど──あれは、本気の声だった。


 望は、朔也のことを恨んでいる。


 恨んでいる。なにを、と問うのは愚かだった。恨まれる要因などひとつしかなかった。それなのに現実が受け入れられない。なにかの間違いだと思いたい。混乱する頭が、遠い日の記憶を引きずり出す。
 恨まれる要因など、ひとつしかない。
 そう、朔也には、心当たりがありすぎるほどにあるのだった。

(そうだ。……俺はただ、目を逸らし続けていただけだ。望がそうさせてくれていたから)


 ──一宮望は、元々は、アルファになるべき人間だった。


 そうして、朔也は思い出す。
 すべてのはじまりの日を。朔也と望が、どのようにして番になったのか──すべてが変わってしまった、あの、夏の日のことを。

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