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時は流れ、時は消える。だが新しい時間は必ずやって来たのだった。
浜岡アンナの目の前に、二人の園児が立っていた。子どもたちはボールの取り合いで揉めている。アンは近寄ってなるべく怖い顔をして言った。
「こら。リョウくん、ナオヤくん。ケンカしないで二人で仲良くしなさい」
「だって浜岡先生。リョウくんがボクのボール、取ろうとするんだよ!」
「そうなの、リョウくん?」
静かにアンは、子どもに聞く。
「……だって、ナオヤくんがさっき貸してくれるって言ったのに約束を守ってくれないんだ。だから……」
と子どもたちは自分は悪くない、という様々な言い訳を口にする。怒られないために、「だって」「だから」を多用して主張するのだ。だがここで問題なのはどちらが悪いか、ということではない。どちらも悪いのだし。
「いい、二人共。先生はどっちがいけないかなんて聞いてない。無理にお友だちのボールを取ろうとするリョウくんも悪いし、約束を守らないでボールを独り占めしてるナオヤくんも悪い。でも、二人が仲良くボールを一緒に使えばいいでしょう? できるよね?」
子どもたちはしばらく俯いて黙り込んでいたが、やがてアンの言うことに頷いた。
「リョウくん……一緒に遊ぼう」
「うん。あっちの滑り台の方に行こう」
そして子どもたちは二人でボール遊びを始めた。
ここはアンの夢が叶って初めて来た保育園である。幼い頃より目指してきた夢とは、保育士になることだったのだ。
事務室に戻ると、ベテラン保育士ともいえる先輩がコーヒーを飲んでいた。
「あら浜岡さん。休憩?」
「はい、ちょっとだけ。私もコーヒーでも飲もうかなと思って」
言いながらアンはカップにアイスコーヒーを注いだ。
「それより浜岡さん。あなたまだ23歳でしょう? 保育士の仕事は大変じゃない?」
「でも幼い頃からの夢でしたから。苦労はありますが、子どもの面倒を見ることにやりがいを感じます」
アンは先輩の向かいのソファに腰を下ろす。
「まあ立派なのねえ。最近の若い人は遊びほうけてる人ばかりだと思っていたけれど、あなたみたいにしっかりした人もいるのね」
「いえいえ……」
「にしても、せっかく素敵な男の人と結婚できたんだから他人の子どもをかわいがるのもいいけど、そろそろあなた自身の子どもも作ったらどうなの? 旦那さんとの夜のお付き合いは上手くいってるのかしら?」
「えっ、いや、あの」
先輩が次々に話を進めるものなのでアンは困惑した。
「あ……あの! 私、そろそろ外に戻ります。失礼します」
顔を真っ赤にしながらアンは素早く部屋を出て言った。むせるところだった……危ない危ない。
先輩はアンが出て行く際にも
「照れなくてもいいのにねぇ」
と言いながら大笑いしていた。愉快な人だが、困った人でもあった。
今は幸せかと聞かれれば、アンは間違なくない首を縦に振るだろう。
夢の保育士として毎日を過ごしている。職場の人たちは皆優しくしてくれる。愛する夫とも巡り逢うこともできたし、今のアンは本当に幸福に包まれていた。
しかし時に、アンはふと昔の出来事を思い出して胸が苦しくなる。中学三年生の頃の話。今でもはっきりと覚えている。忘れたくても忘れることができないのだ。過去の映像が頭に流れるだけで吐きそうになる――
実際、吐いたことだってある。
あんな目に遭うことは、二度とないだろう。そうと分かっていながらも忘れられないのだ。今になっても心がそれに対してだけ負けている、というのは否定できなかった。
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