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 もうすぐ日が暮れる。

 夕日が落ちていくほど、二人の不安の文字は大きくなるばかりだ。

「アン、来ないね……」

 サオリはうつむきながら呟いた。

 隣ではヨウコがため息を吐き、

「……やっぱりわたしたち……酷いことしたから、もうダメなのかな」

 二人の心はこの上ないほどに沈んでいた。

 自分たちの過ちで一人の親友を悲しませる。それは絶対にやってはいけないことだったのに……


 サオリ自身、自分が心の弱い持ち主だということを悔やんでいた。大杉を敵に回すよりも、アンを傷つけることの方がよっぽど辛い。

 それに気付くのは、あまりにも遅かった――。


 暗くなっていく空の下でサオリは静かに瞳から溢れる雫を落とした。体の震えも止まらない。

 そんなサオリを支えるように、ヨウコがそっと肩に手を置いてきた。

 このまま彼女が来なければ、二人の過ちは許されなかったことになってしまう。


 心配と不安が交差して、どうしようもなかった。


――お願いアン。来て。


 ここに来てあなたの笑顔を見せてよ。

 あなたに言いたいこといっぱいあるの。

 お願い

 お願い……



 サオリが強く願っている、そんな時だった。



「……サオ、リ。ヨウ……コ」



 女の子の、しゃがれた声が背後から聞こえてきた。

 二人は驚きながら、すぐさま後ろを振り返った。

 現れた人を目で確認してから、二人は一瞬で泣き叫ぶ――。

そして、ずっと待ち続けていた大切な人の名を呼んだのだ。





 多分その日は、ありえないくらい不細工な顔になっていただろう。


 今までで一番多くの涙を流してしまったから。


 それはもはや、悲しみのために存在するのではなかった。

アンの心には、そんなもの消え去っていたのだ。

 サオリとヨウコはただひたすらアンに謝り続けていた。
 もういいんだと言っても彼女たちは気が済まないようである。

 実際のところ、アンの方が二人に謝りたいことがいくつもあった。

――ごめんね、私、二人のこと信じられなくなっていたよ。

 もう親友じゃないとさえ思ってしまったよ。
 
 何よりも、今の現実から逃げ出して死のうとも考えたんだよ。

――アンはこのことを全て二人に伝えた。

 親友たちは何を言っても、決して怒ったりしなかった。

 どれだけ大きな壁にぶつかったとしても、お互いとお互いは相手を見失ってはならないものなんだと、その日三人は学んだのである。

「――ねえ……今日はもう涙止まんないね」

 ヨウコガ顔を真っ赤に染めて呟くように言った。眼鏡が曇っていて彼女の目が見えない。

「うん……何なのかなコレ。悲しくないのに、泣きっ放しだね!」

 泣き笑いながらアンは言った。しかし顔の傷に涙が染みてヒリヒリした。

 少し痛がっていると、サオリガ優しくアンの顔に触れる。

「アン、手当てしてあげるわ!」
「ありがとう……」

――大好きな親友たちと一緒にいられることがこんなにも幸せだなんて、アンはこの時初めて知った。

 そしてこんなにも優しい時間が、この世に存在するのも知らなかった。

 生きていて、良かったよ……。

 三人は学校1のグッド・フレンズである。


◆  ◆


 こうしてアンは、生きる力を自分の中に取り戻すことができた。
二人の親友との絆も元通り――いや、それ以上に深くなっていた。

 だが荒れた地での戦いは今でも続いている。

大杉のアンへのイジメは更にエスカレートしていき、そしてサオリやヨウコにまで嫌がらせをするようになった。

 辛いか、と聞かれれば揃って首を縦に振るだろう。三人の気持ちは常に同じだ。冷酷な仕打ちをされる分、彼女たちの心はそれに耐えるために強くなっていった。

 特にアンは。

アンはもう自分が何をされても泣かなくなった。それよりも大切な人が苦しんでいる姿を見ることの方がよっぽど苦痛である。

 こんな学校に通いつつも三人は高校へ行くために真面目に勉強に取り組んだ。それぞれ目指す道は違うけれど、協力して様々なことを学んでいった。
勉強と学校でのイジメのストレスで、時には訳が分からないまま叫んだり物に当たって破壊してしまうことも稀にあった。そんな時があれば息抜きにみんなでスポーツを楽しむようにしていた。

 光の欠片も見当たらない暗い生活だったが、三人一緒にいれば強く生きていくことができた。

 そして苦しい日々もいつかは終わりを告げるものだ。受験を済ませた後すぐに卒業式がやってくる。それまで辛抱して頑張ろうと、お互いずっと励まし合った。

 ヨウコは高校で文学を深く学んでいくために。サオリは高校で楽しく過ごしていくために。そしてアンは幼い頃からの夢に少しでも近付くために。


 この先にきっと希望があるのだと信じて三人はとにかく一生懸命、今を生きていた。
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