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第三章 父の異変
65,不安から目を逸らして
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夕方になり、私は早速料理に取りかかる。キッチンで準備をしていると、ちょうど母が帰ってきた。
「お母さん、おかえり」
「レイ、ただいま。夕食、一緒に作るわ」
「うん!」
母と並んで料理をする時間は楽しい。色んな料理を教えてもらえるし、レパートリーが増えて嬉しいの。それに、母との会話も自然と増えるから私にとって大切なひとときでもあった。
「レイ、お野菜切ってくれる?」
「任せて」
スープの野菜をカットしてから、鍋でチキンを煮込んでいく。その間に、玉ねぎをみじん切りにして挽き肉と一緒に混ぜた。味付けをしてから形を作り、熱したフライパンの上に並べて焼けるまで待つ。
母と並んで料理を進めていると、玄関ドアの開く音が聞こえてきた。誰が帰ってきたのか考えなくても分かるから私の心臓が早鐘を打つ。
スープをかき混ぜながらドキドキを抑えられないでいると、すぐに私の大好きな人が──ヒルスがキッチンに来てくれた。
仕事終わりで少し髪が乱れているけれど、そんな疲れた様子にもときめいてしまう。
「ヒルス、おかえり」
「ただいま。いい香りがするな」
嬉しそうにそう言うヒルスに対して、母はふっと微笑むの。
「今日はあなたの好きなハンバーグステーキをレイが作っているのよ」
「本当か?」
ヒルスの顔がパッと明るくなった。
どうしよう、恥ずかしい……。ヒルスの為に作っているのは本当なんだけど、母に言われるとなぜだか後ろめたいような、変な感じがしてしまう。
「いつもありがとうな、レイ」
「う、うん。いいの。もう少しで出来上がるから、待っててね」
一人勝手に照れてしまい、二人の顔を見ることができない。私、真っ赤になっていると思う。
自覚しないといけないのに。私はあくまでヒルスの妹。大好きな兄の為に、好物を作ってあげてる良い妹を演じないとならないんだよ。こんなにドキドキしていたら母に気づかれてしまうかも……。
首を小さく横に振り、料理に集中した。
するとそこに、父もやって来た。空のお酒のボトルを持っていて、頬が赤くなっている。
「セナ、酒がなくなった」
「えっ、もしかしてまだ飲むの?」
「もう少しだけ飲みたいな」
「でも……」
父はお酒に弱い。飲みすぎるとご飯も食べずに寝てしまうことがある。それを気にして、母はあまりお酒を飲んでほしくないみたい。
ほろ酔いの父は、ふとヒルスの姿を目にすると驚いたような顔をするの。
「ヒルスか」
「ああ。父さん、ただいま」
「いや、どうしてお前がいるんだ?」
「えっ、毎週水曜日はスタジオが休みだからいつも来てるだろ」
「うん? 今日は……木曜日じゃなかったか」
父は困惑したようにカレンダーを確認しながら首を傾げた。
「やあね、アイルったら……日付も分からなくなっちゃったの?」
母は食器を用意しながら苦笑している。
……やっぱり、なんだか父の様子がおかしい。
今朝私が買い物に誘ったときも、全然支度をしないでテレビを見ていたし。もうすぐ定年で、お仕事が大変なのかな?
「お父さん、疲れてるんだよ。あんまり無理しないでね? すぐにご飯用意するから」
私はコンロの火を止める。
新しいワインのボトルを持って父をダイニングへ連れていき、椅子に腰かけてもらった。
父はよくヒルスとの晩酌を楽しんでいる。母には悪いけど、少しでもリフレッシュしてほしかった。
「よし、ヒルス。飲むぞ」
「まあ、少しだけな……」
ヒルスもお酒があまり強くないけど、何だかんだでいつも楽しそうに父と乾杯してる。
「もう。あと一杯だけよ」
「分かっているさ」
──その後、父は嬉しそうにヒルスとお酒を楽しんでいた。
家族団欒の大切な時間だから。気になることがあっても、私は可能な限り笑顔で過ごした。父を見ると時折、胸騒ぎがするようになってしまったけれど……。
きっと、大丈夫。何でもないって、自分に言い聞かせた。
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