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序章
0・出会い
しおりを挟む物心つく前から、私は児童養護施設で生活していた。
施設の名前は『ヒゴロモソウ』。
色んな歳の子どもたちが暮らしていて、数人の支援員さんがお世話をしてくれた。
ごはんは三食食べられるし、お布団もあたたかい。建物は古かったけれど、不便なく過ごせた。支援員さんは優しい人が多かった。
だけど──ひとつだけ、私にとって辛いことがあった。
度を過ぎた意地悪をしてくる子たちがいたから。私より年上の男の子三人。
最初はチビとか、ブスとか弱虫とか、悪口を言われた。
なにも言い返せないでいると、今度は遊んでいた玩具を取られて揶揄われるようになった。臆病な私は、怒ることも取り返すこともできなかった。
当時四歳。嫌だという気持ちはもちろんあった。だけど、自分よりも体が大きい男の子たちにかなう力なんて到底なくて。
夜になって、布団を被って、一人でシクシク泣いていた。
次第に男の子たちの仕打ちはエスカレートしていった。
面白おかしく頭を叩かれた。背中を押された。パンツを脱がされて、お尻を触られて、それ以上にひどいことをされるようになった。
やめてって、抵抗した。私が嫌がれば嫌がるほど男の子たちは笑ってた。なにがそんなにおかしいのか全然わからなかった。
嫌がらせをしてくるとき。男の子たちはいつも大人の目が届かない場所へ私を無理やり連れていく。建物の物陰だったり、倉庫の中だったり、トイレの個室だったり。
逃げたいのに、逃げられない。家族がいない私は、施設以外で暮らせる場所なんてなかったもの。
それは、他の子たちも同じ。養護施設で暮らす子どもは、みんな家庭になにかしらの事情や問題を抱えている。虐めてくる男の子たちもそうだったのだろう。
でもね。
だからと言って、どうして、こんなに酷いことをされないといけないの……?
苦痛の日々を過ごしていたある日。
私にとっての「ヒーロー」が現れた。
大人になった今でも忘れない、リュウお兄さん。私より八歳も上の、小学六年生のお兄さん。
『そこでなにしてるの?』
いつものように物陰で叩かれ、服を脱がされ、触られたくないところを触られていたら、背後から声が聞こえてきた。
振り返ると、リュウお兄さんが男の子たちを睨みつけていたの。
男の子たちはハッとしたように、私をなぶる手を止めた。
私は脱がされた服を震えた手で着直す。
その間に言い合いがはじまり、ついには男の子の一人がリュウお兄さんに手を上げてしまった。
激怒したリュウお兄さんは、次々と男の子たちを返り討ちにしていく。
リュウお兄さんはヒゴロモソウの子どもたちの中でも圧倒的に体格が良い。
男の子三人がかりで殴りかかろうとしても、まるで歯が立たなかった。負けた男の子たちは、逃げるようにその場を去っていく。
殴り合いのケンカを見るのは初めてだった。とても怖かった。自分が原因ということもあって、なおさら苦しかった。
『リュウおにいさん』
それでも、私を助けてくれた彼にちゃんとお礼を言いたい。
『たすけてくれて、ありがとう』
リュウお兄さんは微笑んで、私にあるものを差し出した。
それは、青い【御守】と記されたものだった。
『この先、つらいことがあってもきっと君を守ってくれる』
『ほんと? もらってもいいの?』
『いいよ』
『ありがとう、リュウおにいさん!』
ヒゴロモソウで出会ったリュウお兄さんは、普段は寡黙だけどとても優しい人だった。強くて背が高くて、四歳の私にとって大人に見えた、憧れの存在。
リュウお兄さんからもらった御守りを、私は大切に身につけた。
けれど──施設で過ごしている限り、別れは必ずやってくるもの。
リュウお兄さんは数ヶ月後、知人の家に引き取られることになった。
彼がヒゴロモソウで過ごす最後の日。私は寂しさのあまり、泣いてしまった。
リュウお兄さんは泣きじゃくる私を前に、戸惑っていた。
支援員の佐久間先生に『ちゃんとバイバイしようね』と促され、私はなんとか涙を呑む。
そして、ひとつのプレゼントを渡した。
私を助けてくれたお礼を込めて。御守りのお返しの意味も込めて。
佐久間先生に手伝ってもらいながら作った、折り紙のドラゴン。リュウお兄さんの名前にちなんで一生懸命折ったんだ。
『リュウおにいさんに、あげる』
彼はドラゴンを受け取ると、私の頭をそっと撫でてくれた。指先から伝わるぬくもりが、私の心までもあたためてくれる。
『幸せになれよ──アスカ』
私の名前を呼ぶとき、リュウお兄さんはいつも優しい声になる。お別れの瞬間まで、それは変わらなかった。
──ねえ、リュウお兄さん。私、あなたに救われたことが今でも忘れられないよ。
あなたは私に『幸せになれ』と言ってくれた。その言葉を胸に、前を向いていこうと思えた。
だけど、大人になった私は、あなたのくれた言葉の通りに生きているのか自信がない。
幸せってなんなんだろう。どうすれば感じられるのだろう。
その答えを、あなたなら教えてくれるのかな。
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