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第一章
5・オーナーの態度がおかしい
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あれから数日が経ち、私は焦りを感じていた。
レガーロ化粧品が、なかなか売れないのだ。フェイシャルで通うお客様全員にお薦めしたというのに。
どうしよう……
タクトが初回のお客様に向けてお試し料金やセット内容を手配してくれたのに。
興味を持たれる方もいたけれど、パッチテストでアレルギー反応が出てしまい、お試しを断念したり。お試しで使ってみたものの、お肌が痒くなったり赤くなったりして、継続的に使用できなくなったり。
いつからかこのような事例が出るようになった。なぜ痒みや赤みが出る方が増えてしまったのだろう。
半月が過ぎた時点で、レガーロ商品は四万円ほどしか売れていなかった。
悩んだところで解決策が見つからない。
タクトの協力を無駄にするわけにはいかないよ。
今日は早番なので、いつもより早くサロンに行こう。開店準備の前にカルテを読み込んで、商品の良いところももう一度確認して……。
やるべきことを頭の中で整理していると、あっという間にサロン前に到着。
いつもはシャッターが閉まっているのだけれど、今日は違った。
開いている。しかも鍵まで?
今日の早番、誰だっけ。阿川店長だったかな。
疑問に思いつつ、中に入ると。
「来たか」
エントランスのソファに足を組みながら座っている、ダークスーツの男。
彼を目にして、息が止まりそうになった。
「か、神楽オーナー。おはようございます」
いつものサングラスを掛け、神楽オーナーは相変わらず怖い顔をしている。
なんでこんな朝早くにいるの? まだ、八時前なのに。
店長もまだ来てないみたいだし、コハルは今日遅番だし、パートさんたちは開店間際にならないと来ないし……。
早く来たことを後悔した。
「で? どうすんの」
主語のない雑な問いかけ。それでも、オーナーの言わんとしていることが容易に理解できてしまう。
「レガーロ化粧品の件ですよね。現時点で目標の半分も達成できておらず申し訳ございません」
「謝罪する前に対策は」
「対策、ですか……」
どうしても、おどおどしてしまう。
ここは慎重に。言葉を選ばなきゃ。
「再度フェイシャルのお客様を中心にカルテを見直そうと」
「ふーん」
サングラスの向こう側で、私を睨みつける神楽オーナー。
そんな怖い顔しないでほしい……。
「あとはレガーロ化粧品の良い部分を再確認し、ボディコースのお客様にもお勧めしてみます」
「で?」
で?って。
以上なんですが。
「終わり?」
「すみません」
「売れないのには理由があると言ったはずだが」
「はい。覚えています」
「原因を追求する気はないのか」
そんなのどうやって。
戸惑う私を見て、神楽オーナーは呆れ声になる。
「……お前さ、レガーロの営業マンと付き合ってるんだろ」
「えっ!?」
唐突な質問に、私の心臓が飛び跳ねた。
どうして神楽オーナーがタクトのことを知ってるの……?
「なんのことでしょう」
「白を切るな。以前、小野タクトから社用のスマホに電話が入った。新しくオーナーになった俺に挨拶をしたかったんだと」
タクト。いつの間に。
「挨拶くらい構わない。だが、いちいちプライベートなことを言われても困るんだよ」
「彼はなんと……?」
オーナーはしばしなにかを考えるように口を閉ざし、数秒してから小さく答えた。
「『そちらで働いている鈴本アスカさんとお付き合いさせていただいてます』だと。だからなんだって話だ」
タクト、なんでわざわざそんな話をしたの?
オーナーは「変わった野郎と付き合ってんだな、お前」なんて鼻で笑う。
「私とレガーロの小野さんがお付き合いさせていただいてるのが事実だとしても、仕事には関係ないはずです」
下手をするとあなたの質問はセクハラになりかねません。
とは思うものの、オーナーに向かってそんなことを言う勇気など私にはない。
「厄介だな」
「なにがです?」
「お前、次の休みはいつだ」
ちょっと? こっちの話も少しは聞いてくれませんか……。
「水曜日ですけど」
「その日、空けておけ」
「なぜでしょう」
「二人でレガーロ社にカチコミする」
うん……カチコミ。カチコミって。
待ってよ。なにを言い出すのこの人はっ!
「お前は無駄にカルテを見直しているだろ。客の事情をよく把握していて使える」
「無駄だなんて。大切なことです」
「アポは俺が取っておく。休日手当も出すから安心しろ」
「待ってください。カチコミだなんて……何をするおつもりで?」
「レガーロに面出して本社の人間と直接話をするだけだ。四の五の言わず俺についてこい」
どんどん話を進める神楽オーナー。私には拒否する権利も与えられない。
いちスタッフである私がわざわざ取引先に訪問だなんて。阿川店長を差し置いて、おかしいでしょう。
それとなく訊いてみると、オーナーは「阿川には別の仕事を頼んである」と淡々と答えた。
せっかくの貴重なお休みなのに。いくら休日手当が出ても納得いきません。オーナーはベル・フルールをブラック企業にしたいの? 私なんかが同行しても役に立てるとも思えないし。
無意識のうちに、鞄に付けていた御守りを握りしめてしまう。
──私のクセだ。不安になると、御守りに触れて、心を落ち着かせようとする。
「なあ、お前」
私が握り締める御守りをチラリと見ると、神楽オーナーはスッと立ち上がった。サングラスの向こうで、鋭い目つきが私を捉えている。
「……ガキの頃、会ったことはないか」
「え?」
突拍子もない問いかけに、私の頭上にたくさんの疑問符が溢れる。
私と神楽オーナーが?
数秒考えて、すぐに答えにたどり着く。
もしも以前お会いしたことがあるなら、忘れたくても忘れられないと思う。失礼ながら、こんなにも強面なんだから。強烈に記憶に残るはず。
私は首を横に振った。
「ないです」
するとオーナーの瞳が小さく揺れた、気がした。
私から目を逸し、背を向ける。
「どうしましたか?」
「いや……ガキの頃に会ったことがある奴と似ていてな。そいつも、アスカって名前だった」
と、言われても。その人はきっと別人だ。
どんなに記憶を辿っても「神楽ジン」という男性と関わった経験はない。
もしかしてその「アスカ」さんは、オーナーの忘れられない人なのかな。
神楽オーナーは再びこちらを振り向き、おもむろに手を差し伸べてきた。
そして、大きなその手のひらで、私の頭を撫でてきたの。
逞しい指先が、私の髪を梳くように……
って。なに。神楽オーナー。なにしてるの!?
「水曜日は大仕事になる。忘れるなよ」
「え……は、はい」
何事もなかったかのようにオーナーは私の横を素通りして、サロンから去っていった。
ていうか。
……なに? なに? 今のは!? なんで、頭を撫でられたの私?
けっきょく休日出勤は強制的だし、私なんかに拒否権はないらしいし。
もう。朝からクラクラしちゃう……。
レガーロ化粧品が、なかなか売れないのだ。フェイシャルで通うお客様全員にお薦めしたというのに。
どうしよう……
タクトが初回のお客様に向けてお試し料金やセット内容を手配してくれたのに。
興味を持たれる方もいたけれど、パッチテストでアレルギー反応が出てしまい、お試しを断念したり。お試しで使ってみたものの、お肌が痒くなったり赤くなったりして、継続的に使用できなくなったり。
いつからかこのような事例が出るようになった。なぜ痒みや赤みが出る方が増えてしまったのだろう。
半月が過ぎた時点で、レガーロ商品は四万円ほどしか売れていなかった。
悩んだところで解決策が見つからない。
タクトの協力を無駄にするわけにはいかないよ。
今日は早番なので、いつもより早くサロンに行こう。開店準備の前にカルテを読み込んで、商品の良いところももう一度確認して……。
やるべきことを頭の中で整理していると、あっという間にサロン前に到着。
いつもはシャッターが閉まっているのだけれど、今日は違った。
開いている。しかも鍵まで?
今日の早番、誰だっけ。阿川店長だったかな。
疑問に思いつつ、中に入ると。
「来たか」
エントランスのソファに足を組みながら座っている、ダークスーツの男。
彼を目にして、息が止まりそうになった。
「か、神楽オーナー。おはようございます」
いつものサングラスを掛け、神楽オーナーは相変わらず怖い顔をしている。
なんでこんな朝早くにいるの? まだ、八時前なのに。
店長もまだ来てないみたいだし、コハルは今日遅番だし、パートさんたちは開店間際にならないと来ないし……。
早く来たことを後悔した。
「で? どうすんの」
主語のない雑な問いかけ。それでも、オーナーの言わんとしていることが容易に理解できてしまう。
「レガーロ化粧品の件ですよね。現時点で目標の半分も達成できておらず申し訳ございません」
「謝罪する前に対策は」
「対策、ですか……」
どうしても、おどおどしてしまう。
ここは慎重に。言葉を選ばなきゃ。
「再度フェイシャルのお客様を中心にカルテを見直そうと」
「ふーん」
サングラスの向こう側で、私を睨みつける神楽オーナー。
そんな怖い顔しないでほしい……。
「あとはレガーロ化粧品の良い部分を再確認し、ボディコースのお客様にもお勧めしてみます」
「で?」
で?って。
以上なんですが。
「終わり?」
「すみません」
「売れないのには理由があると言ったはずだが」
「はい。覚えています」
「原因を追求する気はないのか」
そんなのどうやって。
戸惑う私を見て、神楽オーナーは呆れ声になる。
「……お前さ、レガーロの営業マンと付き合ってるんだろ」
「えっ!?」
唐突な質問に、私の心臓が飛び跳ねた。
どうして神楽オーナーがタクトのことを知ってるの……?
「なんのことでしょう」
「白を切るな。以前、小野タクトから社用のスマホに電話が入った。新しくオーナーになった俺に挨拶をしたかったんだと」
タクト。いつの間に。
「挨拶くらい構わない。だが、いちいちプライベートなことを言われても困るんだよ」
「彼はなんと……?」
オーナーはしばしなにかを考えるように口を閉ざし、数秒してから小さく答えた。
「『そちらで働いている鈴本アスカさんとお付き合いさせていただいてます』だと。だからなんだって話だ」
タクト、なんでわざわざそんな話をしたの?
オーナーは「変わった野郎と付き合ってんだな、お前」なんて鼻で笑う。
「私とレガーロの小野さんがお付き合いさせていただいてるのが事実だとしても、仕事には関係ないはずです」
下手をするとあなたの質問はセクハラになりかねません。
とは思うものの、オーナーに向かってそんなことを言う勇気など私にはない。
「厄介だな」
「なにがです?」
「お前、次の休みはいつだ」
ちょっと? こっちの話も少しは聞いてくれませんか……。
「水曜日ですけど」
「その日、空けておけ」
「なぜでしょう」
「二人でレガーロ社にカチコミする」
うん……カチコミ。カチコミって。
待ってよ。なにを言い出すのこの人はっ!
「お前は無駄にカルテを見直しているだろ。客の事情をよく把握していて使える」
「無駄だなんて。大切なことです」
「アポは俺が取っておく。休日手当も出すから安心しろ」
「待ってください。カチコミだなんて……何をするおつもりで?」
「レガーロに面出して本社の人間と直接話をするだけだ。四の五の言わず俺についてこい」
どんどん話を進める神楽オーナー。私には拒否する権利も与えられない。
いちスタッフである私がわざわざ取引先に訪問だなんて。阿川店長を差し置いて、おかしいでしょう。
それとなく訊いてみると、オーナーは「阿川には別の仕事を頼んである」と淡々と答えた。
せっかくの貴重なお休みなのに。いくら休日手当が出ても納得いきません。オーナーはベル・フルールをブラック企業にしたいの? 私なんかが同行しても役に立てるとも思えないし。
無意識のうちに、鞄に付けていた御守りを握りしめてしまう。
──私のクセだ。不安になると、御守りに触れて、心を落ち着かせようとする。
「なあ、お前」
私が握り締める御守りをチラリと見ると、神楽オーナーはスッと立ち上がった。サングラスの向こうで、鋭い目つきが私を捉えている。
「……ガキの頃、会ったことはないか」
「え?」
突拍子もない問いかけに、私の頭上にたくさんの疑問符が溢れる。
私と神楽オーナーが?
数秒考えて、すぐに答えにたどり着く。
もしも以前お会いしたことがあるなら、忘れたくても忘れられないと思う。失礼ながら、こんなにも強面なんだから。強烈に記憶に残るはず。
私は首を横に振った。
「ないです」
するとオーナーの瞳が小さく揺れた、気がした。
私から目を逸し、背を向ける。
「どうしましたか?」
「いや……ガキの頃に会ったことがある奴と似ていてな。そいつも、アスカって名前だった」
と、言われても。その人はきっと別人だ。
どんなに記憶を辿っても「神楽ジン」という男性と関わった経験はない。
もしかしてその「アスカ」さんは、オーナーの忘れられない人なのかな。
神楽オーナーは再びこちらを振り向き、おもむろに手を差し伸べてきた。
そして、大きなその手のひらで、私の頭を撫でてきたの。
逞しい指先が、私の髪を梳くように……
って。なに。神楽オーナー。なにしてるの!?
「水曜日は大仕事になる。忘れるなよ」
「え……は、はい」
何事もなかったかのようにオーナーは私の横を素通りして、サロンから去っていった。
ていうか。
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