私の愛した彼は、こわい人

朱村びすりん

文字の大きさ
9 / 47
第一章

8・オーナーの企み

しおりを挟む
 時間を確認し、急いで荷物をまとめた。お客様のカルテ情報が入った社用タブレットも忘れずに。
 神楽オーナーが車でアパートの前まで迎えに来てくれる。手間を煩わせてしまうので一度は断ったものの、時間がもったいないからとこれまた強制的に決められた。

 時間になり、玄関ドアを開けて鍵をかけ、階段を駆け降りる。エントランスの向かい側に公園があるのだが、入り口付近を目視した私は、思わず足を止めてしまう。
 平日の朝、公園前に止まっている一台の黒いミニバン。アルファードだ。
 ただならぬオーラを感じ取り、私は反射的に目を背けた。
 まさか、あれ。神楽オーナーの車じゃないよね……。
 と思ったのも束の間、短くクラクションが鳴らされた。運転席の窓が開き、そこから顔を覗かせるのは。
 他の誰でもない神楽オーナーだった。

「乗れ」

 サングラスの中からこちらを睨みつけるオーナーは、いつものダークスーツを身に纏っている。存在感のあるミニバンの運転席に乗り込む姿があまりにも馴染んでいて。そしてやっぱり怖い。
 呆気に取られる私に対し、

「何突っ立ってんだ。さっさと乗れ、コラ」

 あからさまに不機嫌そうに、オーナーは語気を荒げた。
 周囲を歩いていたサラリーマンや子どもの送迎をしているお父さんお母さんたち、登校中の学生たちにチラチラと見られてしまい、とても気まずい。
 私は小走りで車のそばへ行き、助手席のドアを開けた。初めてアルファードに乗ったので、座席の広さと座り心地のよさに息を呑む。

「本日は、よろしくお願いします」

 念のため用意しておいた缶コーヒーを手渡そうとするが「いらねえ」と拒否られてしまった。代わりにもう一本用意していたシュガーたっぷりのカフェオレの缶をチラ見してオーナーは、

「そっちをよこせ」

 手を伸ばす。

「それ、けっこう甘いですよ」
「これから取引先にカチ込むんだ。糖分はとっておきたい」

 そっか。
 さすがのオーナーでもちょっとは緊張したりするのかな。
 オーナーはカフェオレを一気に飲み干した。
 無言でエンジンをかけ、ゆっくり発車させる。心地よい揺れに感じるのは意外にも丁寧な運転をする神楽オーナーのおかげか。



 東京赤坂に位置するレガーロ本社。近くの駐車場を訪れ、スムーズに車を停めると、神楽オーナーは無言で運転席から降りていった。
 胸ポケットからおもむろに煙草を取り出しては、火を点けて吸い出す。
 銘柄は、セブンスター。
 私は無言で、その姿を眺める。

 なんか、オーナーって怖いけど……甘いカフェオレを一気に飲む様とか、運転する横顔とか、煙草を吸う姿とかがスマートでちょっと様になってる。
 遠くを眺めながら喫煙している彼の姿に、私は目が離せなくなった。

「おい」

 パチッと、オーナーと視線がぶつかる。

「そろそろ行くぞ」
「は、はい」

 吸い終わった煙草を片づけると、オーナーは後部座席に置いてあった紙袋を手に取った。

「持て」

 手渡された袋の中にはレガーロの化粧水や乳液、美容クリームなどが入れられていた。

「何に使うんです?」
「本部の人間に『事実』を吐き出させるため必要になる」
「事実……?」

 あまり多くを語らないオーナーの返答に、私はどぎまぎしてしまう。こういう場合、もっと深く訊いてもいいのかな? それとも余計なことは言わずにただ従っていればいいのかな。
 迷う私の顔を睨むように覗き込むと、オーナーはこんなことを言う。

「お前、私情と仕事をごっちゃにするんじゃないぞ」
「はい?」
「もしも今日、お前の望むような結果にならなくても俺に逆らうな」
「なんの話でしょうか」
「エステティシャンとして、客のことを一番に考えろと言っている」

 ちょっと待って……なんか、とてつもなく嫌な予感がするのですが。
 言いたいことを言ってから、神楽オーナーはスタスタと本社に向かって歩き出す。私は慌ててそのあとを追った。
 あぁ。神楽オーナーと二人でレガーロ本社にカチコミ……訪問。
 どうか、この嫌な予感が当たりませんように。どんな大きな問題も起きず、今日を乗り越えられますように。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

初恋にケリをつけたい

志熊みゅう
恋愛
「初恋にケリをつけたかっただけなんだ」  そう言って、夫・クライブは、初恋だという未亡人と不倫した。そして彼女はクライブの子を身ごもったという。私グレースとクライブの結婚は確かに政略結婚だった。そこに燃えるような恋や愛はなくとも、20年の信頼と情はあると信じていた。だがそれは一瞬で崩れ去った。 「分かりました。私たち離婚しましょう、クライブ」  初恋とケリをつけたい男女の話。 ☆小説家になろうの日間異世界(恋愛)ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18) ☆小説家になろうの日間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18) ☆小説家になろうの週間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/22)

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

【完結】サルビアの育てかた

朱村びすりん
恋愛
「血の繋がりなんて関係ないだろ!」  彼女を傷つける奴は誰であろうと許さない。例えそれが、彼女自身であったとしても──  それは、元孤児の少女と彼女の義理の兄であるヒルスの愛情物語。  ハニーストーンの家々が並ぶ、ある田舎町。ダンスの練習に励む少年ヒルスは、グリマルディ家の一人息子として平凡な暮らしをしていた。  そんなヒルスが十歳のとき、七歳年下のレイという女の子が家族としてやってきた。  だが、血の繋がりのない妹に戸惑うヒルスは、彼女のことをただの「同居人」としてしか見ておらず無干渉を貫いてきた。  レイとまともに会話すら交わさない日々を送る中、二人にとってあるきっかけが訪れる。  レイが八歳になった頃だった。ひょんなことからヒルスが通うダンススクールへ、彼女もレッスンを受けることになったのだ。これを機に、二人の関係は徐々に深いものになっていく。  ダンスに対するレイの真面目な姿勢を目の当たりにしたヒルスは、常に彼女を気にかけ「家族として」守りたいと思うようになった。  しかしグリマルディ家の一員になる前、レイには辛く惨い過去があり──心の奥に居座り続けるトラウマによって、彼女は苦しんでいた。  さまざまな事件、悲しい事故、彼女をさいなめようとする人々、そして大切な人たちとの別れ。  周囲の仲間たちに支えられながら苦難の壁を乗り越えていき、二人の絆は固くなる──  義兄妹の純愛、ダンス仲間との友情、家族の愛情をテーマにしたドラマティックヒューマンラブストーリー。 ※当作品は現代英国を舞台としておりますが、一部架空の地名や店名、会場、施設等が登場します。ダンススクールやダンススタジオ、ストーリー上の事件・事故は全てフィクションです。 ★special thanks★ 表紙・ベアしゅう様 第3話挿絵・ベアしゅう様 第40話挿絵・黒木メイ様 第126話挿絵・テン様 第156話挿絵・陰東 愛香音様 最終話挿絵・ベアしゅう様 ■本作品はエブリスタ様、ノベルアップ+様にて一部内容が変更されたものを公開しております。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

処理中です...