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第一章
8・オーナーの企み
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時間を確認し、急いで荷物をまとめた。お客様のカルテ情報が入った社用タブレットも忘れずに。
神楽オーナーが車でアパートの前まで迎えに来てくれる。手間を煩わせてしまうので一度は断ったものの、時間がもったいないからとこれまた強制的に決められた。
時間になり、玄関ドアを開けて鍵をかけ、階段を駆け降りる。エントランスの向かい側に公園があるのだが、入り口付近を目視した私は、思わず足を止めてしまう。
平日の朝、公園前に止まっている一台の黒いミニバン。アルファードだ。
ただならぬオーラを感じ取り、私は反射的に目を背けた。
まさか、あれ。神楽オーナーの車じゃないよね……。
と思ったのも束の間、短くクラクションが鳴らされた。運転席の窓が開き、そこから顔を覗かせるのは。
他の誰でもない神楽オーナーだった。
「乗れ」
サングラスの中からこちらを睨みつけるオーナーは、いつものダークスーツを身に纏っている。存在感のあるミニバンの運転席に乗り込む姿があまりにも馴染んでいて。そしてやっぱり怖い。
呆気に取られる私に対し、
「何突っ立ってんだ。さっさと乗れ、コラ」
あからさまに不機嫌そうに、オーナーは語気を荒げた。
周囲を歩いていたサラリーマンや子どもの送迎をしているお父さんお母さんたち、登校中の学生たちにチラチラと見られてしまい、とても気まずい。
私は小走りで車のそばへ行き、助手席のドアを開けた。初めてアルファードに乗ったので、座席の広さと座り心地のよさに息を呑む。
「本日は、よろしくお願いします」
念のため用意しておいた缶コーヒーを手渡そうとするが「いらねえ」と拒否られてしまった。代わりにもう一本用意していたシュガーたっぷりのカフェオレの缶をチラ見してオーナーは、
「そっちをよこせ」
手を伸ばす。
「それ、けっこう甘いですよ」
「これから取引先にカチ込むんだ。糖分はとっておきたい」
そっか。
さすがのオーナーでもちょっとは緊張したりするのかな。
オーナーはカフェオレを一気に飲み干した。
無言でエンジンをかけ、ゆっくり発車させる。心地よい揺れに感じるのは意外にも丁寧な運転をする神楽オーナーのおかげか。
東京赤坂に位置するレガーロ本社。近くの駐車場を訪れ、スムーズに車を停めると、神楽オーナーは無言で運転席から降りていった。
胸ポケットからおもむろに煙草を取り出しては、火を点けて吸い出す。
銘柄は、セブンスター。
私は無言で、その姿を眺める。
なんか、オーナーって怖いけど……甘いカフェオレを一気に飲む様とか、運転する横顔とか、煙草を吸う姿とかがスマートでちょっと様になってる。
遠くを眺めながら喫煙している彼の姿に、私は目が離せなくなった。
「おい」
パチッと、オーナーと視線がぶつかる。
「そろそろ行くぞ」
「は、はい」
吸い終わった煙草を片づけると、オーナーは後部座席に置いてあった紙袋を手に取った。
「持て」
手渡された袋の中にはレガーロの化粧水や乳液、美容クリームなどが入れられていた。
「何に使うんです?」
「本部の人間に『事実』を吐き出させるため必要になる」
「事実……?」
あまり多くを語らないオーナーの返答に、私はどぎまぎしてしまう。こういう場合、もっと深く訊いてもいいのかな? それとも余計なことは言わずにただ従っていればいいのかな。
迷う私の顔を睨むように覗き込むと、オーナーはこんなことを言う。
「お前、私情と仕事をごっちゃにするんじゃないぞ」
「はい?」
「もしも今日、お前の望むような結果にならなくても俺に逆らうな」
「なんの話でしょうか」
「エステティシャンとして、客のことを一番に考えろと言っている」
ちょっと待って……なんか、とてつもなく嫌な予感がするのですが。
言いたいことを言ってから、神楽オーナーはスタスタと本社に向かって歩き出す。私は慌ててそのあとを追った。
あぁ。神楽オーナーと二人でレガーロ本社にカチコミ……訪問。
どうか、この嫌な予感が当たりませんように。どんな大きな問題も起きず、今日を乗り越えられますように。
神楽オーナーが車でアパートの前まで迎えに来てくれる。手間を煩わせてしまうので一度は断ったものの、時間がもったいないからとこれまた強制的に決められた。
時間になり、玄関ドアを開けて鍵をかけ、階段を駆け降りる。エントランスの向かい側に公園があるのだが、入り口付近を目視した私は、思わず足を止めてしまう。
平日の朝、公園前に止まっている一台の黒いミニバン。アルファードだ。
ただならぬオーラを感じ取り、私は反射的に目を背けた。
まさか、あれ。神楽オーナーの車じゃないよね……。
と思ったのも束の間、短くクラクションが鳴らされた。運転席の窓が開き、そこから顔を覗かせるのは。
他の誰でもない神楽オーナーだった。
「乗れ」
サングラスの中からこちらを睨みつけるオーナーは、いつものダークスーツを身に纏っている。存在感のあるミニバンの運転席に乗り込む姿があまりにも馴染んでいて。そしてやっぱり怖い。
呆気に取られる私に対し、
「何突っ立ってんだ。さっさと乗れ、コラ」
あからさまに不機嫌そうに、オーナーは語気を荒げた。
周囲を歩いていたサラリーマンや子どもの送迎をしているお父さんお母さんたち、登校中の学生たちにチラチラと見られてしまい、とても気まずい。
私は小走りで車のそばへ行き、助手席のドアを開けた。初めてアルファードに乗ったので、座席の広さと座り心地のよさに息を呑む。
「本日は、よろしくお願いします」
念のため用意しておいた缶コーヒーを手渡そうとするが「いらねえ」と拒否られてしまった。代わりにもう一本用意していたシュガーたっぷりのカフェオレの缶をチラ見してオーナーは、
「そっちをよこせ」
手を伸ばす。
「それ、けっこう甘いですよ」
「これから取引先にカチ込むんだ。糖分はとっておきたい」
そっか。
さすがのオーナーでもちょっとは緊張したりするのかな。
オーナーはカフェオレを一気に飲み干した。
無言でエンジンをかけ、ゆっくり発車させる。心地よい揺れに感じるのは意外にも丁寧な運転をする神楽オーナーのおかげか。
東京赤坂に位置するレガーロ本社。近くの駐車場を訪れ、スムーズに車を停めると、神楽オーナーは無言で運転席から降りていった。
胸ポケットからおもむろに煙草を取り出しては、火を点けて吸い出す。
銘柄は、セブンスター。
私は無言で、その姿を眺める。
なんか、オーナーって怖いけど……甘いカフェオレを一気に飲む様とか、運転する横顔とか、煙草を吸う姿とかがスマートでちょっと様になってる。
遠くを眺めながら喫煙している彼の姿に、私は目が離せなくなった。
「おい」
パチッと、オーナーと視線がぶつかる。
「そろそろ行くぞ」
「は、はい」
吸い終わった煙草を片づけると、オーナーは後部座席に置いてあった紙袋を手に取った。
「持て」
手渡された袋の中にはレガーロの化粧水や乳液、美容クリームなどが入れられていた。
「何に使うんです?」
「本部の人間に『事実』を吐き出させるため必要になる」
「事実……?」
あまり多くを語らないオーナーの返答に、私はどぎまぎしてしまう。こういう場合、もっと深く訊いてもいいのかな? それとも余計なことは言わずにただ従っていればいいのかな。
迷う私の顔を睨むように覗き込むと、オーナーはこんなことを言う。
「お前、私情と仕事をごっちゃにするんじゃないぞ」
「はい?」
「もしも今日、お前の望むような結果にならなくても俺に逆らうな」
「なんの話でしょうか」
「エステティシャンとして、客のことを一番に考えろと言っている」
ちょっと待って……なんか、とてつもなく嫌な予感がするのですが。
言いたいことを言ってから、神楽オーナーはスタスタと本社に向かって歩き出す。私は慌ててそのあとを追った。
あぁ。神楽オーナーと二人でレガーロ本社にカチコミ……訪問。
どうか、この嫌な予感が当たりませんように。どんな大きな問題も起きず、今日を乗り越えられますように。
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