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第二章
20・優しさに触れて
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翌日。
カーテンの隙間から差し込む朝陽に照らされ、私は目を覚ます。ふかふかの布団の上で迎える朝は、なんとも言えないほど爽やかだった。
自分には大きすぎるガウンを着ていて──部屋を見回すと、広いリビングの中にいた。
壁に掛けられたデジタル時計は八時を知らせている。
上体を起こせば、自分の髪からほんのりとセブンスターの香りが漂ってきた。
「私……神楽オーナーの家に泊めてもらったんだよね」
昨日、ガウンをお借りしてリビングのソファベッドで寝かせてもらったんだ。
タクトから逃げ出してきたことや、オーナーの家に泊めてもらったこと、それに──昨晩ここで起きたことが頭の中をよぎった。
どういうわけか、私は彼とハグをした。キスやそれ以上のことは一切していない。
ただただ、抱きしめ合った。お互いのぬくもりを分かち合うように。
どんな意味があったのかわからないけれど、私の心が安らいだのはたしか。
思い出しただけで胸の奥が熱くなってしまう。
部屋にオーナーの姿はない。すでに出かけたようだ。
代わりに置き手紙がテーブルの上に残されていた。
『午前はサロンに社用タブレットを返却してからビュート社と契約を交わしにいく。昼頃に弁護士と打ち合わせ、その後は警備会社に寄ってから帰る。家では好きに過ごしていい。飯は適当にデリバリーでも頼んでおけ。』
達筆な文字で書かれたオーナーからの手紙。
本当にビュート社と契約を交わしに行くんだね。弁護士の件はおそらく賠償金うんぬんのためだろう。警備会社っていうのはなんだろう。タブレットも申し訳ないことをした。
手紙の横には、一万円札がぽんと置かれていた。今の私はこのお札に頼るしかない。
日吉のアパートに私物を全部置いてきてしまったから。財布もスマートフォンも、着替えもなにもかもない。
このままオーナーにお金を恵んでもらうわけにはいかない。鞄だけでも取りに戻らなきゃ。
大切な御守りだって、こんな形で手放したくない。
一人でナーバスな気分になっていると。
不意に、インターホンが鳴り響いた。
ギョッとしてモニターを確認する。
家主は不在なので今は対応できません、とお断りを入れようとしたが──
カメラに映るのは、見覚えのある顔だった。
「ユウキさん?」
カメラを睨みつけながらこちらの応答を待つユウキさん。
私は慌てて通話ボタンを押す。
「ユウキさんですか? ごめんなさい、神楽オーナーは留守で……」
「アスカね?」
「はい」
「あなたに用があって来たの。ジンはあたしが来ること知ってるから。とりあえずロック解除してくれない?」
「あっ、はい。今開けます」
ユウキさんが私に用事ってなんだろう?
三度のオートロック解除を経て、ユウキさんが部屋にやって来た。
少し疲れた顔をしている。
「邪魔するわよー」
ユウキさんは家に上がるなり、両手に抱えた大きな紙袋を私に手渡してきた。慣れた様子でリビングに入ると、コートを脱いでソファに腰かける。
「とりあえず着替えとか下着とかメイク道具とか、あんた用に持ってきたわよ。ないと不便でしょう?」
「こんなにたくさん……?」
「ジンの店で働いてた子たちが客から貢がれたものよ。みんな使わずに飛んだけどね。アスカの趣味に合うか知らないけど、とりあえずあげる」
見るとほとんどが有名ブランドのもので、自分ではなかなか手が出せない代物ばかり。ロングコートやワンピース、ワイシャツ、スカートその他もろもろ。化粧品だって銀座に店を構えるような高級ブランドのものがたくさんあって……。
私は驚き、思わず袋を閉じた。
「さすがに受け取れません」
「遠慮すんじゃないわよ。 一日中どすっぴんで過ごす気? ジンが萎えるわ」
「服やメイク道具なら、アパートに置いてきた物を取りに行こうかと」
「……は?」
ユウキさんの目が、一気に鋭くなる。
「正気じゃないわ。DV男のところに戻るっての!?」
「そうではなくて。最低限の荷物だけでも」
「あたしたちがあんたに話したこと、もう忘れたの?」
いえ。覚えています、しっかりと。
ユウキさんの忠告もそうだし、神楽オーナーが私を守りたいというお気持ちも。ちゃんと私の中に届きました。
けれど、このままじゃなんの解決にもならない。
カーテンの隙間から差し込む朝陽に照らされ、私は目を覚ます。ふかふかの布団の上で迎える朝は、なんとも言えないほど爽やかだった。
自分には大きすぎるガウンを着ていて──部屋を見回すと、広いリビングの中にいた。
壁に掛けられたデジタル時計は八時を知らせている。
上体を起こせば、自分の髪からほんのりとセブンスターの香りが漂ってきた。
「私……神楽オーナーの家に泊めてもらったんだよね」
昨日、ガウンをお借りしてリビングのソファベッドで寝かせてもらったんだ。
タクトから逃げ出してきたことや、オーナーの家に泊めてもらったこと、それに──昨晩ここで起きたことが頭の中をよぎった。
どういうわけか、私は彼とハグをした。キスやそれ以上のことは一切していない。
ただただ、抱きしめ合った。お互いのぬくもりを分かち合うように。
どんな意味があったのかわからないけれど、私の心が安らいだのはたしか。
思い出しただけで胸の奥が熱くなってしまう。
部屋にオーナーの姿はない。すでに出かけたようだ。
代わりに置き手紙がテーブルの上に残されていた。
『午前はサロンに社用タブレットを返却してからビュート社と契約を交わしにいく。昼頃に弁護士と打ち合わせ、その後は警備会社に寄ってから帰る。家では好きに過ごしていい。飯は適当にデリバリーでも頼んでおけ。』
達筆な文字で書かれたオーナーからの手紙。
本当にビュート社と契約を交わしに行くんだね。弁護士の件はおそらく賠償金うんぬんのためだろう。警備会社っていうのはなんだろう。タブレットも申し訳ないことをした。
手紙の横には、一万円札がぽんと置かれていた。今の私はこのお札に頼るしかない。
日吉のアパートに私物を全部置いてきてしまったから。財布もスマートフォンも、着替えもなにもかもない。
このままオーナーにお金を恵んでもらうわけにはいかない。鞄だけでも取りに戻らなきゃ。
大切な御守りだって、こんな形で手放したくない。
一人でナーバスな気分になっていると。
不意に、インターホンが鳴り響いた。
ギョッとしてモニターを確認する。
家主は不在なので今は対応できません、とお断りを入れようとしたが──
カメラに映るのは、見覚えのある顔だった。
「ユウキさん?」
カメラを睨みつけながらこちらの応答を待つユウキさん。
私は慌てて通話ボタンを押す。
「ユウキさんですか? ごめんなさい、神楽オーナーは留守で……」
「アスカね?」
「はい」
「あなたに用があって来たの。ジンはあたしが来ること知ってるから。とりあえずロック解除してくれない?」
「あっ、はい。今開けます」
ユウキさんが私に用事ってなんだろう?
三度のオートロック解除を経て、ユウキさんが部屋にやって来た。
少し疲れた顔をしている。
「邪魔するわよー」
ユウキさんは家に上がるなり、両手に抱えた大きな紙袋を私に手渡してきた。慣れた様子でリビングに入ると、コートを脱いでソファに腰かける。
「とりあえず着替えとか下着とかメイク道具とか、あんた用に持ってきたわよ。ないと不便でしょう?」
「こんなにたくさん……?」
「ジンの店で働いてた子たちが客から貢がれたものよ。みんな使わずに飛んだけどね。アスカの趣味に合うか知らないけど、とりあえずあげる」
見るとほとんどが有名ブランドのもので、自分ではなかなか手が出せない代物ばかり。ロングコートやワンピース、ワイシャツ、スカートその他もろもろ。化粧品だって銀座に店を構えるような高級ブランドのものがたくさんあって……。
私は驚き、思わず袋を閉じた。
「さすがに受け取れません」
「遠慮すんじゃないわよ。 一日中どすっぴんで過ごす気? ジンが萎えるわ」
「服やメイク道具なら、アパートに置いてきた物を取りに行こうかと」
「……は?」
ユウキさんの目が、一気に鋭くなる。
「正気じゃないわ。DV男のところに戻るっての!?」
「そうではなくて。最低限の荷物だけでも」
「あたしたちがあんたに話したこと、もう忘れたの?」
いえ。覚えています、しっかりと。
ユウキさんの忠告もそうだし、神楽オーナーが私を守りたいというお気持ちも。ちゃんと私の中に届きました。
けれど、このままじゃなんの解決にもならない。
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