私の愛した彼は、こわい人

朱村びすりん

文字の大きさ
21 / 47
第二章

20・優しさに触れて

しおりを挟む
 翌日。
 カーテンの隙間から差し込む朝陽に照らされ、私は目を覚ます。ふかふかの布団の上で迎える朝は、なんとも言えないほど爽やかだった。
 自分には大きすぎるガウンを着ていて──部屋を見回すと、広いリビングの中にいた。
 壁に掛けられたデジタル時計は八時を知らせている。
 上体を起こせば、自分の髪からほんのりとセブンスターの香りが漂ってきた。

「私……神楽オーナーの家に泊めてもらったんだよね」

 昨日、ガウンをお借りしてリビングのソファベッドで寝かせてもらったんだ。

 タクトから逃げ出してきたことや、オーナーの家に泊めてもらったこと、それに──昨晩ここで起きたことが頭の中をよぎった。
 どういうわけか、私は彼とハグをした。キスやそれ以上のことは一切していない。
 ただただ、抱きしめ合った。お互いのぬくもりを分かち合うように。
 どんな意味があったのかわからないけれど、私の心が安らいだのはたしか。
 思い出しただけで胸の奥が熱くなってしまう。


 部屋にオーナーの姿はない。すでに出かけたようだ。
 代わりに置き手紙がテーブルの上に残されていた。

『午前はサロンに社用タブレットを返却してからビュート社と契約を交わしにいく。昼頃に弁護士と打ち合わせ、その後は警備会社に寄ってから帰る。家では好きに過ごしていい。飯は適当にデリバリーでも頼んでおけ。』

 達筆な文字で書かれたオーナーからの手紙。
 本当にビュート社と契約を交わしに行くんだね。弁護士の件はおそらく賠償金うんぬんのためだろう。警備会社っていうのはなんだろう。タブレットも申し訳ないことをした。
 手紙の横には、一万円札がぽんと置かれていた。今の私はこのお札に頼るしかない。
 日吉のアパートに私物を全部置いてきてしまったから。財布もスマートフォンも、着替えもなにもかもない。

 このままオーナーにお金を恵んでもらうわけにはいかない。鞄だけでも取りに戻らなきゃ。
 大切な御守りだって、こんな形で手放したくない。

 一人でナーバスな気分になっていると。
 不意に、インターホンが鳴り響いた。

 ギョッとしてモニターを確認する。
 家主は不在なので今は対応できません、とお断りを入れようとしたが──
 カメラに映るのは、見覚えのある顔だった。

「ユウキさん?」

 カメラを睨みつけながらこちらの応答を待つユウキさん。
 私は慌てて通話ボタンを押す。

「ユウキさんですか? ごめんなさい、神楽オーナーは留守で……」
「アスカね?」
「はい」
「あなたに用があって来たの。ジンはあたしが来ること知ってるから。とりあえずロック解除してくれない?」
「あっ、はい。今開けます」

 ユウキさんが私に用事ってなんだろう?
 三度のオートロック解除を経て、ユウキさんが部屋にやって来た。
 少し疲れた顔をしている。

「邪魔するわよー」

 ユウキさんは家に上がるなり、両手に抱えた大きな紙袋を私に手渡してきた。慣れた様子でリビングに入ると、コートを脱いでソファに腰かける。

「とりあえず着替えとか下着とかメイク道具とか、あんた用に持ってきたわよ。ないと不便でしょう?」
「こんなにたくさん……?」
ジンの店キャバクラ店で働いてた子たちが客から貢がれたものよ。みんな使わずに飛んだけどね。アスカの趣味に合うか知らないけど、とりあえずあげる」

 見るとほとんどが有名ブランドのもので、自分ではなかなか手が出せない代物ばかり。ロングコートやワンピース、ワイシャツ、スカートその他もろもろ。化粧品だって銀座に店を構えるような高級ブランドのものがたくさんあって……。
 私は驚き、思わず袋を閉じた。

「さすがに受け取れません」
「遠慮すんじゃないわよ。 一日中どすっぴんで過ごす気? ジンが萎えるわ」
「服やメイク道具なら、アパートに置いてきた物を取りに行こうかと」
「……は?」

 ユウキさんの目が、一気に鋭くなる。

「正気じゃないわ。DV男のところに戻るっての!?」
「そうではなくて。最低限の荷物だけでも」
「あたしたちがあんたに話したこと、もう忘れたの?」

 いえ。覚えています、しっかりと。
 ユウキさんの忠告もそうだし、神楽オーナーが私を守りたいというお気持ちも。ちゃんと私の中に届きました。
 けれど、このままじゃなんの解決にもならない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

初恋にケリをつけたい

志熊みゅう
恋愛
「初恋にケリをつけたかっただけなんだ」  そう言って、夫・クライブは、初恋だという未亡人と不倫した。そして彼女はクライブの子を身ごもったという。私グレースとクライブの結婚は確かに政略結婚だった。そこに燃えるような恋や愛はなくとも、20年の信頼と情はあると信じていた。だがそれは一瞬で崩れ去った。 「分かりました。私たち離婚しましょう、クライブ」  初恋とケリをつけたい男女の話。 ☆小説家になろうの日間異世界(恋愛)ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18) ☆小説家になろうの日間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18) ☆小説家になろうの週間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/22)

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

【完結】サルビアの育てかた

朱村びすりん
恋愛
「血の繋がりなんて関係ないだろ!」  彼女を傷つける奴は誰であろうと許さない。例えそれが、彼女自身であったとしても──  それは、元孤児の少女と彼女の義理の兄であるヒルスの愛情物語。  ハニーストーンの家々が並ぶ、ある田舎町。ダンスの練習に励む少年ヒルスは、グリマルディ家の一人息子として平凡な暮らしをしていた。  そんなヒルスが十歳のとき、七歳年下のレイという女の子が家族としてやってきた。  だが、血の繋がりのない妹に戸惑うヒルスは、彼女のことをただの「同居人」としてしか見ておらず無干渉を貫いてきた。  レイとまともに会話すら交わさない日々を送る中、二人にとってあるきっかけが訪れる。  レイが八歳になった頃だった。ひょんなことからヒルスが通うダンススクールへ、彼女もレッスンを受けることになったのだ。これを機に、二人の関係は徐々に深いものになっていく。  ダンスに対するレイの真面目な姿勢を目の当たりにしたヒルスは、常に彼女を気にかけ「家族として」守りたいと思うようになった。  しかしグリマルディ家の一員になる前、レイには辛く惨い過去があり──心の奥に居座り続けるトラウマによって、彼女は苦しんでいた。  さまざまな事件、悲しい事故、彼女をさいなめようとする人々、そして大切な人たちとの別れ。  周囲の仲間たちに支えられながら苦難の壁を乗り越えていき、二人の絆は固くなる──  義兄妹の純愛、ダンス仲間との友情、家族の愛情をテーマにしたドラマティックヒューマンラブストーリー。 ※当作品は現代英国を舞台としておりますが、一部架空の地名や店名、会場、施設等が登場します。ダンススクールやダンススタジオ、ストーリー上の事件・事故は全てフィクションです。 ★special thanks★ 表紙・ベアしゅう様 第3話挿絵・ベアしゅう様 第40話挿絵・黒木メイ様 第126話挿絵・テン様 第156話挿絵・陰東 愛香音様 最終話挿絵・ベアしゅう様 ■本作品はエブリスタ様、ノベルアップ+様にて一部内容が変更されたものを公開しております。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

処理中です...