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第三章
33・心配事
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カラン。と、グラスの氷が溶ける音が小さく響く。
二杯目にカクテルをいただいた。青色と水色が混じる爽やかな味わいのブルーハワイ。私のお気に入りになりつつある。
ユウキさんたちと世間話を続けていると。不意に、バーのドアが開く音がした。
振り返り、現れた人物を目にして私はハッとする。
「……オーナーっ?」
そこには、顔に傷を負った神楽オーナーが立ち尽くしていたのだ。
その隣には、六十代くらいの見知らぬ男性。オールバックが印象的で、スーツの上でもわかるがっしりとした体つきをしている。
オールバックの男性はオーナーの肩を支えながら、ゆっくり店内へと足を踏み入れた。
男性に促され、オーナーは無言で私の隣に座る。
オーナーはスーツの胸ポケットから荒々しく煙草を取り出した。銘柄はセブンスターではなく、パーラメントに変わっていた。
「ひとまず煙草は我慢しましょうね、若」
……若?
なぜか男性は、神楽オーナーのことを「若」と呼んだ。
チラリとキョウコさんを見ると、オーナーは再び煙草をしまう。
なんだかすごく機嫌が悪そう。彼の口元からは血が滲み出てしまっているし……。
オーナーを隔てた席に座ると、男性は私の方を向いた。なんだろう、と私が戸惑っていると、男性は低く柔らかい声で話しかけてきた。
「あなたが、鈴本アスカさんですね」
「え……? あ、はい」
「お会いできて嬉しいです。若から──神楽ジンオーナーからお話は色々と伺っておりますよ。申し遅れました、わたしは神楽オーナーの下で働く高峰アツシと申します」
サッと名刺を渡された。そこには、キャバレークラブ『ドゥマン』統括マネージャー 高峰アツシと記されていた。
この人は、オーナーを若と呼んでいる。それに、キャバクラ店のマネージャー。雰囲気から見ても、どうも普通の人間には見えない。
失礼のないよう笑顔を向けてみたが、引きつってしまっているかも。
私たちが挨拶を交わす中、オーナーは傷口を抑えながら小さく息を吐いた。
キョウコさんは慌ててバックヤードから救急箱を持ってきた。
切れた箇所を消毒し、ガーゼで止血する彼は無言で無表情。
……何が、あったの? スーツは汚れ、ワイシャツの胸元部分が破れてしまっている。
ユウキさんは呆れたように眉を潜め、オーナーにオレンジジュースを、高峰さんにウイスキーを差し出した。
「ジンったら。まーた派手にやらかしたわけぇ?」
「あ? 俺のせいみたいに言うな」
「どうせ酔っぱらい客が暴れたんでしょ。これだからキャバクラのオーナーなんてやめとけって言ったのに」
オレンジジュースを一口含み、彼は遠目を眺めた。
「今回は、いつもみたいなつまらないトラブルとは違う」
ずいぶんと、神妙な面持ちだった。
彼の隣で、高峰さんはウイスキーを一気に飲み干す。なんて大胆な飲み方だろうか。
感情の読めない笑みを作りながら、高峰さんは呟いた。
「厄介な相手に目を付けられましたねぇ。ある意味、ヤクザよりも面倒だ。【あれ】は、本物の輩よりも煩わしい存在かもしれません」
ヤクザよりも面倒なあれ? 本物の輩よりも煩わしい存在? なんの話……?
高峰さんの意味深な言葉の数々に、私はいてもたってもいられなくなってしまう。
「あの。何があったんですか……?」
勇気を持って、疑問を投げかけてみた。
するとオーナーは首を小さく横に振った。
「アスカは何も気にしなくていい」
少しだけ口調は柔らかくなったけれど、憂いの文字が彼の顔に刻まれていた。
そんなこと言われたって、心配するに決まってる……。
「若がムキになるなんて、珍しいですね」
「……なんだと?」
「わたしに協力できることがあればなんなりと。キャバクラ店と、ここのバーと……それから、エステサロンもお守りすることはできますから」
エステサロン。まさか、ベル・フルールのこと?
「とは言え、あなたが所有する店舗は二十軒以上にも及ぶ。全てをお守りすることは難しいのですが」
「高峰」
オーナーは高峰さんを睨みつけた。
空気が凍りついた。
鋭い目をしたまま、オーナーは言う。
「余計なことはしなくていい。これは俺の問題だ。自分でどうにかする」
「……相変わらず素直じゃありませんね」
高峰さんは苦笑する。二杯目のウイスキーをストレートで、またもや一気に飲み干す。
オーナーはオレンジジュースを飲んだ後、私の肩をさりげなく寄せた。
思いもよらず私の心臓がドキッとしてしまう。
「帰るぞ」
私の緊張など気にも留めない様子で、彼はサッと立ち上がった。
私はユウキさんたちに会釈をし、彼の後を付いていく。
すると、扉の一歩手前でキョウコさんが私たちのところへ歩み寄ってきた。
「ねえ、ジン」
その声は、微かに震えていて。
「無茶はしないで。あなたには、幸せになってほしいのよ」
なぜか、私の顔を見るキョウコさん。
彼は大きく頷いた。
「心配いらない。俺は、強いからな」
二杯目にカクテルをいただいた。青色と水色が混じる爽やかな味わいのブルーハワイ。私のお気に入りになりつつある。
ユウキさんたちと世間話を続けていると。不意に、バーのドアが開く音がした。
振り返り、現れた人物を目にして私はハッとする。
「……オーナーっ?」
そこには、顔に傷を負った神楽オーナーが立ち尽くしていたのだ。
その隣には、六十代くらいの見知らぬ男性。オールバックが印象的で、スーツの上でもわかるがっしりとした体つきをしている。
オールバックの男性はオーナーの肩を支えながら、ゆっくり店内へと足を踏み入れた。
男性に促され、オーナーは無言で私の隣に座る。
オーナーはスーツの胸ポケットから荒々しく煙草を取り出した。銘柄はセブンスターではなく、パーラメントに変わっていた。
「ひとまず煙草は我慢しましょうね、若」
……若?
なぜか男性は、神楽オーナーのことを「若」と呼んだ。
チラリとキョウコさんを見ると、オーナーは再び煙草をしまう。
なんだかすごく機嫌が悪そう。彼の口元からは血が滲み出てしまっているし……。
オーナーを隔てた席に座ると、男性は私の方を向いた。なんだろう、と私が戸惑っていると、男性は低く柔らかい声で話しかけてきた。
「あなたが、鈴本アスカさんですね」
「え……? あ、はい」
「お会いできて嬉しいです。若から──神楽ジンオーナーからお話は色々と伺っておりますよ。申し遅れました、わたしは神楽オーナーの下で働く高峰アツシと申します」
サッと名刺を渡された。そこには、キャバレークラブ『ドゥマン』統括マネージャー 高峰アツシと記されていた。
この人は、オーナーを若と呼んでいる。それに、キャバクラ店のマネージャー。雰囲気から見ても、どうも普通の人間には見えない。
失礼のないよう笑顔を向けてみたが、引きつってしまっているかも。
私たちが挨拶を交わす中、オーナーは傷口を抑えながら小さく息を吐いた。
キョウコさんは慌ててバックヤードから救急箱を持ってきた。
切れた箇所を消毒し、ガーゼで止血する彼は無言で無表情。
……何が、あったの? スーツは汚れ、ワイシャツの胸元部分が破れてしまっている。
ユウキさんは呆れたように眉を潜め、オーナーにオレンジジュースを、高峰さんにウイスキーを差し出した。
「ジンったら。まーた派手にやらかしたわけぇ?」
「あ? 俺のせいみたいに言うな」
「どうせ酔っぱらい客が暴れたんでしょ。これだからキャバクラのオーナーなんてやめとけって言ったのに」
オレンジジュースを一口含み、彼は遠目を眺めた。
「今回は、いつもみたいなつまらないトラブルとは違う」
ずいぶんと、神妙な面持ちだった。
彼の隣で、高峰さんはウイスキーを一気に飲み干す。なんて大胆な飲み方だろうか。
感情の読めない笑みを作りながら、高峰さんは呟いた。
「厄介な相手に目を付けられましたねぇ。ある意味、ヤクザよりも面倒だ。【あれ】は、本物の輩よりも煩わしい存在かもしれません」
ヤクザよりも面倒なあれ? 本物の輩よりも煩わしい存在? なんの話……?
高峰さんの意味深な言葉の数々に、私はいてもたってもいられなくなってしまう。
「あの。何があったんですか……?」
勇気を持って、疑問を投げかけてみた。
するとオーナーは首を小さく横に振った。
「アスカは何も気にしなくていい」
少しだけ口調は柔らかくなったけれど、憂いの文字が彼の顔に刻まれていた。
そんなこと言われたって、心配するに決まってる……。
「若がムキになるなんて、珍しいですね」
「……なんだと?」
「わたしに協力できることがあればなんなりと。キャバクラ店と、ここのバーと……それから、エステサロンもお守りすることはできますから」
エステサロン。まさか、ベル・フルールのこと?
「とは言え、あなたが所有する店舗は二十軒以上にも及ぶ。全てをお守りすることは難しいのですが」
「高峰」
オーナーは高峰さんを睨みつけた。
空気が凍りついた。
鋭い目をしたまま、オーナーは言う。
「余計なことはしなくていい。これは俺の問題だ。自分でどうにかする」
「……相変わらず素直じゃありませんね」
高峰さんは苦笑する。二杯目のウイスキーをストレートで、またもや一気に飲み干す。
オーナーはオレンジジュースを飲んだ後、私の肩をさりげなく寄せた。
思いもよらず私の心臓がドキッとしてしまう。
「帰るぞ」
私の緊張など気にも留めない様子で、彼はサッと立ち上がった。
私はユウキさんたちに会釈をし、彼の後を付いていく。
すると、扉の一歩手前でキョウコさんが私たちのところへ歩み寄ってきた。
「ねえ、ジン」
その声は、微かに震えていて。
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