40 / 47
第四章
39・幸せなひととき
しおりを挟む
陽が昇りかけの時間。
体が、妙に火照っている。
私は彼の──ジンさんの腕に抱かれながら眠っていた。
室内に小さく響く彼の寝息。無防備な寝顔。安心するこのぬくもり。
何もかもが、愛おしい。
昨晩はじめて彼に抱かれたとき、これまでに経験したことのない絶頂を感じた。
大好きな人と愛を交わすひとときが、あれほど安らげるものだなんて。これまでの私には知り得なかった。
ジンさんが私にくれた「幸せ」。子どものときにリュウお兄さんがくれた台詞。
『幸せになれよ──アスカ』
あなたは自身の行動と言葉で、私にあの約束を果たさせてくれた。
「ジンさん。大好き」
眠る彼の唇にそっとキスを落とす。
すると、ジンさんの瞳がゆっくりと開かれた。
「……アスカ?」
「すみません、起こしちゃいましたね」
「ああ……いいよ」
寝ぼけた顔すらも愛おしい。
ぼんやりした目で私を見て、彼は優しい笑みを溢す。
「アスカ、おはよう」
「おはようございます、ジンさん。もうすぐ夜明けです」
壁にかかるデジタル時計をチラリと見ると、ジンさんは首を横に振った。
「もう少し、このままでいたい」
甘えたようにそう漏らすジンさんは、ギュッと私を抱きしめてくれる。
私だって同じ気持ち。
できるならば、ジンさんと一日中一緒にいてのんびりしていたい。
「ね、ジンさん」
「ん?」
「今度、デートしませんか?」
「デート?」
「はい。ジンさんとどこか特別なところに行きたいです」
「特別な……」
目をこすり、一拍置いてからジンさんは答えた。
「そう言えば……もうすぐクリスマスだな。イルミネーションでも見に行こうか」
「えっ」
彼の意外な提案に、驚いた。
「アスカは夜景が好きだろ?」
「あ……はい。そうです」
毎晩、マンションからの夜景を眺めるのが私の密かな楽しみ。ジンさんは、わかっていたんだ。嬉しい。
「当日は俺も仕事をオフにする。二人でクリスマスを過ごそう」
「はじめてのデートですね」
「そうだな。楽しみにしてる」
二人の笑い声が室内に響いた。
他の誰にも邪魔されない、私とジンさんだけの空間。これほどに平穏で、幸福で、素敵な時間が他にあるだろうか。
「アスカ」
「はい」
「もう一回……してもいいか」
とろけるような眼差しでそんな風に問われたら、私に拒否権なんてないと言われているようなもの。
「ジンさんとなら、何度だってしたいです」
瞳を閉じ、私は大好きな人と口づけを交わした。
指と指を絡ませ、肌に触れ合う。
朝陽の昇る前の時間。私たちは二回目の濃厚な愛を重ねた。
──どんなに甘い時間を過ごしたあとでも仕事中のジンさんは相変わらずだった。「神楽オーナー」の顔になる彼はまるで別人。未だに私も慣れない厳格さだ。
「近日中にコース契約が終了する顧客リストを。阿川」
「はい」
朝のサロンミーティング。いつもの定位置でドカッと座るジンさん。
すっごい厳格で怖いには怖いんだけど……昨晩から早朝にかけての彼の甘えた姿とのギャップが激しすぎて。失礼ながらも、私は内心笑いを堪えるのに必死だ。
「次回の施術でフェイシャルコース満期の客がいる。沢田様か。おい、アスカ」
「はい……えッ?」
あれ。今、名前で、呼ばれた……? がっつり仕事モードに入っているはずのジンさんに? もしかして口が滑った!?
店長もコハルも他のパートさんたちも唖然としてる。いや、コハルだけはなぜかニヤついてる!
ショックのせいか、一瞬頭がクラッとした。
ジンさんは何食わぬ顔でミーティングを進行させていく。
「アスカが沢田様の施術担当だな。次の来店時、コース継続希望の有無をお伺いしろ」
「は……ハイ」
「見込みはどうだ? アスカの感覚でいいから話してみろ」
「えっと、その……。沢田様は自宅ケアも頑張っていらっしゃいますし、毎回ここに来るのを楽しみにされています。裕福な方なので継続の見込みは充分にあると思います」
「わかった。継続の意思を聞き出したら、アスカが直接沢田様に契約更新の案内をしろ」
「わ、わかりました」
ちょっとちょっと。何回「アスカ」って呼ぶの!? やめてよ、恥ずかしいよ……!
案の定、ミーティングが終わるなりコハルに事務室へ呼び出された。
「ねえ、アスカ! なんなの神楽オーナー、どうしたの!? なんでアスカのこと下の名前で連呼しまくってるの!?」
ねえねえねえー!と、はしゃぐコハルに圧倒されてしまう。
待って。声が大きい!
「私もよくわからない。ていうか、そんなに騒ぐほどのものじゃ……」
そうやって誤魔化すしかないと思った。呼びかた如きで狼狽えてる場合じゃない。
と、言い聞かせた。それなのに。
「恋人だからだよ」
背後から唐突に、ジンさんの低い声が聞こえた。
……て。ええ!?
いつの間に事務室に現れたジンさん。
コハルは一度驚いた顔をするも、すぐさま口角を上げた。もうこの上ないほどの不敵な笑みで。
「やっぱり!? お二人っていつの間にそんな仲になったんですかぁ!」
「付き合っているし、同棲もしている」
「え、え、マジ!? うっそ、アスカ! 聞いてないよ~!」
「だが仕事中は立場をわきまえる。アスカだけを贔屓するつもりもない」
「いやーん。なんでもいいんですけどー!」
末永くお幸せに~! なんて、語尾にハートマークでも付けていそうな勢いでコハルははしゃぎ散らかす。
なんで、ジンさん! どうして包み隠さずオープンに私たちの関係を暴露しちゃったの!
後にそれとなく訊いてみると「事実をスタッフに告げたところでなにも不都合はない、むしろ送迎もしやすくなるし隠し事は面倒だ」とご回答をいただき。
「あとは単純に我慢できなくて言ってしまった」と。そのときのジンさんは顔を赤らめていて……
ちょっとでもそんな彼が「可愛い」と思ってしまう私も私だ。
しかもお喋りなコハルのおかげで、私とジンさんの関係は秒でサロンのみんなに知れ渡った。
阿川店長には意外そうな顔をされたけれど「よかったわね」と静かに祝福される始末。
……もう、どうにでもなれ。
体が、妙に火照っている。
私は彼の──ジンさんの腕に抱かれながら眠っていた。
室内に小さく響く彼の寝息。無防備な寝顔。安心するこのぬくもり。
何もかもが、愛おしい。
昨晩はじめて彼に抱かれたとき、これまでに経験したことのない絶頂を感じた。
大好きな人と愛を交わすひとときが、あれほど安らげるものだなんて。これまでの私には知り得なかった。
ジンさんが私にくれた「幸せ」。子どものときにリュウお兄さんがくれた台詞。
『幸せになれよ──アスカ』
あなたは自身の行動と言葉で、私にあの約束を果たさせてくれた。
「ジンさん。大好き」
眠る彼の唇にそっとキスを落とす。
すると、ジンさんの瞳がゆっくりと開かれた。
「……アスカ?」
「すみません、起こしちゃいましたね」
「ああ……いいよ」
寝ぼけた顔すらも愛おしい。
ぼんやりした目で私を見て、彼は優しい笑みを溢す。
「アスカ、おはよう」
「おはようございます、ジンさん。もうすぐ夜明けです」
壁にかかるデジタル時計をチラリと見ると、ジンさんは首を横に振った。
「もう少し、このままでいたい」
甘えたようにそう漏らすジンさんは、ギュッと私を抱きしめてくれる。
私だって同じ気持ち。
できるならば、ジンさんと一日中一緒にいてのんびりしていたい。
「ね、ジンさん」
「ん?」
「今度、デートしませんか?」
「デート?」
「はい。ジンさんとどこか特別なところに行きたいです」
「特別な……」
目をこすり、一拍置いてからジンさんは答えた。
「そう言えば……もうすぐクリスマスだな。イルミネーションでも見に行こうか」
「えっ」
彼の意外な提案に、驚いた。
「アスカは夜景が好きだろ?」
「あ……はい。そうです」
毎晩、マンションからの夜景を眺めるのが私の密かな楽しみ。ジンさんは、わかっていたんだ。嬉しい。
「当日は俺も仕事をオフにする。二人でクリスマスを過ごそう」
「はじめてのデートですね」
「そうだな。楽しみにしてる」
二人の笑い声が室内に響いた。
他の誰にも邪魔されない、私とジンさんだけの空間。これほどに平穏で、幸福で、素敵な時間が他にあるだろうか。
「アスカ」
「はい」
「もう一回……してもいいか」
とろけるような眼差しでそんな風に問われたら、私に拒否権なんてないと言われているようなもの。
「ジンさんとなら、何度だってしたいです」
瞳を閉じ、私は大好きな人と口づけを交わした。
指と指を絡ませ、肌に触れ合う。
朝陽の昇る前の時間。私たちは二回目の濃厚な愛を重ねた。
──どんなに甘い時間を過ごしたあとでも仕事中のジンさんは相変わらずだった。「神楽オーナー」の顔になる彼はまるで別人。未だに私も慣れない厳格さだ。
「近日中にコース契約が終了する顧客リストを。阿川」
「はい」
朝のサロンミーティング。いつもの定位置でドカッと座るジンさん。
すっごい厳格で怖いには怖いんだけど……昨晩から早朝にかけての彼の甘えた姿とのギャップが激しすぎて。失礼ながらも、私は内心笑いを堪えるのに必死だ。
「次回の施術でフェイシャルコース満期の客がいる。沢田様か。おい、アスカ」
「はい……えッ?」
あれ。今、名前で、呼ばれた……? がっつり仕事モードに入っているはずのジンさんに? もしかして口が滑った!?
店長もコハルも他のパートさんたちも唖然としてる。いや、コハルだけはなぜかニヤついてる!
ショックのせいか、一瞬頭がクラッとした。
ジンさんは何食わぬ顔でミーティングを進行させていく。
「アスカが沢田様の施術担当だな。次の来店時、コース継続希望の有無をお伺いしろ」
「は……ハイ」
「見込みはどうだ? アスカの感覚でいいから話してみろ」
「えっと、その……。沢田様は自宅ケアも頑張っていらっしゃいますし、毎回ここに来るのを楽しみにされています。裕福な方なので継続の見込みは充分にあると思います」
「わかった。継続の意思を聞き出したら、アスカが直接沢田様に契約更新の案内をしろ」
「わ、わかりました」
ちょっとちょっと。何回「アスカ」って呼ぶの!? やめてよ、恥ずかしいよ……!
案の定、ミーティングが終わるなりコハルに事務室へ呼び出された。
「ねえ、アスカ! なんなの神楽オーナー、どうしたの!? なんでアスカのこと下の名前で連呼しまくってるの!?」
ねえねえねえー!と、はしゃぐコハルに圧倒されてしまう。
待って。声が大きい!
「私もよくわからない。ていうか、そんなに騒ぐほどのものじゃ……」
そうやって誤魔化すしかないと思った。呼びかた如きで狼狽えてる場合じゃない。
と、言い聞かせた。それなのに。
「恋人だからだよ」
背後から唐突に、ジンさんの低い声が聞こえた。
……て。ええ!?
いつの間に事務室に現れたジンさん。
コハルは一度驚いた顔をするも、すぐさま口角を上げた。もうこの上ないほどの不敵な笑みで。
「やっぱり!? お二人っていつの間にそんな仲になったんですかぁ!」
「付き合っているし、同棲もしている」
「え、え、マジ!? うっそ、アスカ! 聞いてないよ~!」
「だが仕事中は立場をわきまえる。アスカだけを贔屓するつもりもない」
「いやーん。なんでもいいんですけどー!」
末永くお幸せに~! なんて、語尾にハートマークでも付けていそうな勢いでコハルははしゃぎ散らかす。
なんで、ジンさん! どうして包み隠さずオープンに私たちの関係を暴露しちゃったの!
後にそれとなく訊いてみると「事実をスタッフに告げたところでなにも不都合はない、むしろ送迎もしやすくなるし隠し事は面倒だ」とご回答をいただき。
「あとは単純に我慢できなくて言ってしまった」と。そのときのジンさんは顔を赤らめていて……
ちょっとでもそんな彼が「可愛い」と思ってしまう私も私だ。
しかもお喋りなコハルのおかげで、私とジンさんの関係は秒でサロンのみんなに知れ渡った。
阿川店長には意外そうな顔をされたけれど「よかったわね」と静かに祝福される始末。
……もう、どうにでもなれ。
0
あなたにおすすめの小説
初恋にケリをつけたい
志熊みゅう
恋愛
「初恋にケリをつけたかっただけなんだ」
そう言って、夫・クライブは、初恋だという未亡人と不倫した。そして彼女はクライブの子を身ごもったという。私グレースとクライブの結婚は確かに政略結婚だった。そこに燃えるような恋や愛はなくとも、20年の信頼と情はあると信じていた。だがそれは一瞬で崩れ去った。
「分かりました。私たち離婚しましょう、クライブ」
初恋とケリをつけたい男女の話。
☆小説家になろうの日間異世界(恋愛)ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18)
☆小説家になろうの日間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18)
☆小説家になろうの週間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/22)
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
【完結】サルビアの育てかた
朱村びすりん
恋愛
「血の繋がりなんて関係ないだろ!」
彼女を傷つける奴は誰であろうと許さない。例えそれが、彼女自身であったとしても──
それは、元孤児の少女と彼女の義理の兄であるヒルスの愛情物語。
ハニーストーンの家々が並ぶ、ある田舎町。ダンスの練習に励む少年ヒルスは、グリマルディ家の一人息子として平凡な暮らしをしていた。
そんなヒルスが十歳のとき、七歳年下のレイという女の子が家族としてやってきた。
だが、血の繋がりのない妹に戸惑うヒルスは、彼女のことをただの「同居人」としてしか見ておらず無干渉を貫いてきた。
レイとまともに会話すら交わさない日々を送る中、二人にとってあるきっかけが訪れる。
レイが八歳になった頃だった。ひょんなことからヒルスが通うダンススクールへ、彼女もレッスンを受けることになったのだ。これを機に、二人の関係は徐々に深いものになっていく。
ダンスに対するレイの真面目な姿勢を目の当たりにしたヒルスは、常に彼女を気にかけ「家族として」守りたいと思うようになった。
しかしグリマルディ家の一員になる前、レイには辛く惨い過去があり──心の奥に居座り続けるトラウマによって、彼女は苦しんでいた。
さまざまな事件、悲しい事故、彼女をさいなめようとする人々、そして大切な人たちとの別れ。
周囲の仲間たちに支えられながら苦難の壁を乗り越えていき、二人の絆は固くなる──
義兄妹の純愛、ダンス仲間との友情、家族の愛情をテーマにしたドラマティックヒューマンラブストーリー。
※当作品は現代英国を舞台としておりますが、一部架空の地名や店名、会場、施設等が登場します。ダンススクールやダンススタジオ、ストーリー上の事件・事故は全てフィクションです。
★special thanks★
表紙・ベアしゅう様
第3話挿絵・ベアしゅう様
第40話挿絵・黒木メイ様
第126話挿絵・テン様
第156話挿絵・陰東 愛香音様
最終話挿絵・ベアしゅう様
■本作品はエブリスタ様、ノベルアップ+様にて一部内容が変更されたものを公開しております。
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる