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第三章
手紙
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「誰から?」
なんとなく相手は分かっているのに、あえて訊いてみた。
母さんはニコニコしながら答えてくれる。
「猫の便せんはリオから。こっちの花柄のお手紙はユナちゃんからよ」
ほらやっぱり。女子って手紙とかやたら好きなイメージがある。わざわざ書いてくれるなんてなぁ。僕は手紙を書くなんて超がつくほど苦手だから、こういうときでさえ用意しないかもしれない。
だけど、二人からの手紙は素直に嬉しかった。
母さんから受け取り、中身を読んでみる。まずはリオからだ。
《にいにへ。
手じゅつ がんばってね 帰ってきたら またいっしょに ゲームやろうね 大好き リオより》
丸っこい文字でそんなことが書かれていた。メッセージの周りには、ハートのシールがいっぱい飾られてる。茶色い猫の絵も大きく描かれていて、これはチャコなんだと僕はすぐに気づいた。
……リオの奴。ゲームなんて今だって毎日のようにオンラインでやってるじゃないか。まあ、隣ではしゃぎながら遊びたい、という意味なんだろうけど。しかも「大好き」だなんて、普段は絶対に言わないだろ?
胸が熱くなる。僕は頰を緩ませ、リオからの手紙を丁寧に折りたたんだ。
「実はリオね、コウキが入院した日の夜、泣いてたのよ」
「は? あいつが?」
「お前がいないと、やはり寂しいみたいでな。今は少し慣れてきたみたいだが、早く帰ってこないかと、毎日カレンダーを眺めているんだぞ」
「そうなんだ」
父さんと母さんの話を聞いて、なんとなく照れてしまう。普段はケンカが多くて、あいつのことがうざったいと思ったこともある。でも……僕だって、リオとこんなに会えないのが続くと変な感じがするし、寂しい、とは思う。
僕は小さく息を吐いた。
「それからね、そっちはユナちゃんからよ。昨日、家までわざわざ届けに来てくれたの」
花柄の封筒から便せんを取り出し、僕はユナからの手紙の内容を心の中で読み上げた。
《コウ君へ
身体の具合はどうですか? 入院してから一週間が経ったね。いよいよ、手術だね。コウ君なら乗りこえられるって信じてます。手術が大成功して、リハビリもがんばって、無事に退院したら、あの『約束』きっと果たそうね。いっしょに外をたくさん歩きに行きたい。楽しみにしています。コウ君の身体が、今よりももっとよくなりますように。 結那》
──とても綺麗な字で、そう綴られていた。
ユナは小さい頃から字を丁寧に書くんだ。見ていて惚れ惚れするほどに。手紙の内容も心がこもっていて、読むとあたたかい気持ちにさせてくれる。便せんには、綺麗なクローバーの絵が描かれていた。ハート型の形をした、ひとつ葉なんだ。
──ユナ。僕も約束を守りたいよ。絶対に、自分の足で自由気ままに町の中を歩くんだ。十年間、一度もそれができなかったから。誰か大人がいないと外出もできなかったから。
だから、絶対に成功してみせる。
足が良くなったら、ユナと一緒に歩く旅に出よう。
手術衣のポケットの中にしまってあった猫とひとつ葉のクローバーのお守りをそっと手に持つ。ユナからもらった勇気は、僕にとって大きな力になる。そんな気がした。
「あとね、コウキ。ユナちゃんからもうひとつお届けものがあるのよ」
「えっ、まだ何かあるの?」
これだけでも充分なのに。ユナは何を用意したんだろう。
「見て。クラスの子たちからの寄せ書きよ!」
「……マジで?」
思いもしなかったものに、目を見開く。
母さんは袋から寄せ書きを取り出すと、そっと僕に手渡した。
色紙には『丘島 康季くんへ 五年一組一同』という文字がカラフルに着飾られている。クラスメイトたちからの応援メッセージが、ビッシリと綴られていたんだ。
担任の先生からは「丘島さんが元気に戻ってきてくれる日を楽しみに待っています。またみんなと仲良く遊んで、勉強もたくさんしましょう!」というメッセージが。
……勉強は、まあ、ほどほどに頑張る。
クラスメイトのメッセージには「応援してるよ」「また会おうね」「手術が成功しますように」「みんなで待ってるよ」などなど、あたたかい言葉がたくさん並べられていた。ひとつひとつ読んでいくうちに、僕の目尻が熱くなる。
クラスメイトたちの顔が次々と思い浮かび、僕はなんだかみんなに会いたくなってしまった。あまり話したことのないクラスメイトからも、思いやりが溢れるメッセージばかりだ。人付き合いが苦手な僕は、あまりみんなと関わろうとしたことがなかった。
でも……実はいい人たちばかりなんじゃないか。
ただ、一人を除いて──
どうせあいつは、関は、メッセージなんて書かないだろ。たとえ先生に言われても、あいつなら平気で無視するに決まってる。
「……んっ?」
あるものが目に留まり、たった今考えていた僕の予想は見事に外れた。
寄せ書きの一番隅の方に、雑な文字で書かれていたんだ。関からのメッセージが。
荒々しい字でたったひとこと。
「がんばれ」
たしかにそう書いてある。
……え? ウソだろ。あの関が、がんばれって書いたのか? いつも僕に意地悪してくるくせに、何ががんばれ、だよ?
いや、そんなに驚くことはない。クラスメイトにも先生にも見られるわけだから、こんな言葉が関自身の本心なわけがないだろ。あまり、気にしないでおこう。思ってもないことを無理やり書いただけだ、きっと……。
僕は寄せ書きと手紙をテーブルにそっと置き、ゆっくりと頷いた。
「全部読んだよ」
「みんな、コウキのことを応援してくれているのね」
「うん。退院したらみんなにお礼を言うよ」
「お前は愛されてるなぁ。父さんは嬉しいぞ!」
これ以上ないほどに、父さんは声を上げて笑った。
関のことは忘れよう。リオやユナ、クラスのみんなからのメッセージは素直に嬉しかった。
退院して学校に戻ったら──もう少し、みんなと仲良くしたいな。
僕がそう思ったきっかけになったんだ。
なんとなく相手は分かっているのに、あえて訊いてみた。
母さんはニコニコしながら答えてくれる。
「猫の便せんはリオから。こっちの花柄のお手紙はユナちゃんからよ」
ほらやっぱり。女子って手紙とかやたら好きなイメージがある。わざわざ書いてくれるなんてなぁ。僕は手紙を書くなんて超がつくほど苦手だから、こういうときでさえ用意しないかもしれない。
だけど、二人からの手紙は素直に嬉しかった。
母さんから受け取り、中身を読んでみる。まずはリオからだ。
《にいにへ。
手じゅつ がんばってね 帰ってきたら またいっしょに ゲームやろうね 大好き リオより》
丸っこい文字でそんなことが書かれていた。メッセージの周りには、ハートのシールがいっぱい飾られてる。茶色い猫の絵も大きく描かれていて、これはチャコなんだと僕はすぐに気づいた。
……リオの奴。ゲームなんて今だって毎日のようにオンラインでやってるじゃないか。まあ、隣ではしゃぎながら遊びたい、という意味なんだろうけど。しかも「大好き」だなんて、普段は絶対に言わないだろ?
胸が熱くなる。僕は頰を緩ませ、リオからの手紙を丁寧に折りたたんだ。
「実はリオね、コウキが入院した日の夜、泣いてたのよ」
「は? あいつが?」
「お前がいないと、やはり寂しいみたいでな。今は少し慣れてきたみたいだが、早く帰ってこないかと、毎日カレンダーを眺めているんだぞ」
「そうなんだ」
父さんと母さんの話を聞いて、なんとなく照れてしまう。普段はケンカが多くて、あいつのことがうざったいと思ったこともある。でも……僕だって、リオとこんなに会えないのが続くと変な感じがするし、寂しい、とは思う。
僕は小さく息を吐いた。
「それからね、そっちはユナちゃんからよ。昨日、家までわざわざ届けに来てくれたの」
花柄の封筒から便せんを取り出し、僕はユナからの手紙の内容を心の中で読み上げた。
《コウ君へ
身体の具合はどうですか? 入院してから一週間が経ったね。いよいよ、手術だね。コウ君なら乗りこえられるって信じてます。手術が大成功して、リハビリもがんばって、無事に退院したら、あの『約束』きっと果たそうね。いっしょに外をたくさん歩きに行きたい。楽しみにしています。コウ君の身体が、今よりももっとよくなりますように。 結那》
──とても綺麗な字で、そう綴られていた。
ユナは小さい頃から字を丁寧に書くんだ。見ていて惚れ惚れするほどに。手紙の内容も心がこもっていて、読むとあたたかい気持ちにさせてくれる。便せんには、綺麗なクローバーの絵が描かれていた。ハート型の形をした、ひとつ葉なんだ。
──ユナ。僕も約束を守りたいよ。絶対に、自分の足で自由気ままに町の中を歩くんだ。十年間、一度もそれができなかったから。誰か大人がいないと外出もできなかったから。
だから、絶対に成功してみせる。
足が良くなったら、ユナと一緒に歩く旅に出よう。
手術衣のポケットの中にしまってあった猫とひとつ葉のクローバーのお守りをそっと手に持つ。ユナからもらった勇気は、僕にとって大きな力になる。そんな気がした。
「あとね、コウキ。ユナちゃんからもうひとつお届けものがあるのよ」
「えっ、まだ何かあるの?」
これだけでも充分なのに。ユナは何を用意したんだろう。
「見て。クラスの子たちからの寄せ書きよ!」
「……マジで?」
思いもしなかったものに、目を見開く。
母さんは袋から寄せ書きを取り出すと、そっと僕に手渡した。
色紙には『丘島 康季くんへ 五年一組一同』という文字がカラフルに着飾られている。クラスメイトたちからの応援メッセージが、ビッシリと綴られていたんだ。
担任の先生からは「丘島さんが元気に戻ってきてくれる日を楽しみに待っています。またみんなと仲良く遊んで、勉強もたくさんしましょう!」というメッセージが。
……勉強は、まあ、ほどほどに頑張る。
クラスメイトのメッセージには「応援してるよ」「また会おうね」「手術が成功しますように」「みんなで待ってるよ」などなど、あたたかい言葉がたくさん並べられていた。ひとつひとつ読んでいくうちに、僕の目尻が熱くなる。
クラスメイトたちの顔が次々と思い浮かび、僕はなんだかみんなに会いたくなってしまった。あまり話したことのないクラスメイトからも、思いやりが溢れるメッセージばかりだ。人付き合いが苦手な僕は、あまりみんなと関わろうとしたことがなかった。
でも……実はいい人たちばかりなんじゃないか。
ただ、一人を除いて──
どうせあいつは、関は、メッセージなんて書かないだろ。たとえ先生に言われても、あいつなら平気で無視するに決まってる。
「……んっ?」
あるものが目に留まり、たった今考えていた僕の予想は見事に外れた。
寄せ書きの一番隅の方に、雑な文字で書かれていたんだ。関からのメッセージが。
荒々しい字でたったひとこと。
「がんばれ」
たしかにそう書いてある。
……え? ウソだろ。あの関が、がんばれって書いたのか? いつも僕に意地悪してくるくせに、何ががんばれ、だよ?
いや、そんなに驚くことはない。クラスメイトにも先生にも見られるわけだから、こんな言葉が関自身の本心なわけがないだろ。あまり、気にしないでおこう。思ってもないことを無理やり書いただけだ、きっと……。
僕は寄せ書きと手紙をテーブルにそっと置き、ゆっくりと頷いた。
「全部読んだよ」
「みんな、コウキのことを応援してくれているのね」
「うん。退院したらみんなにお礼を言うよ」
「お前は愛されてるなぁ。父さんは嬉しいぞ!」
これ以上ないほどに、父さんは声を上げて笑った。
関のことは忘れよう。リオやユナ、クラスのみんなからのメッセージは素直に嬉しかった。
退院して学校に戻ったら──もう少し、みんなと仲良くしたいな。
僕がそう思ったきっかけになったんだ。
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