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第五章
「大人になったら」
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キラキラと水面を輝かせる小川は、ゴミひとつなく綺麗だ。透き通った水の中を覗いてみると、そこまで深くないように見える。
初めて来た場所だけど、僕はここに来たことがある。
あの、夢の中で。
……いや、正しく言うとここは夢で見た場所と似ているんだ。こういう綺麗な川辺に、ユナと一緒に来てみたいという願いが形になっていたのだろうか。
「ここから下りてみようよ!」
僕がぼんやり考え込んでいると、ユナが満面の笑みで手招きをしてきた。石造りの階段の目の前で僕を待っている。
「せっかくだから川辺で休も?」
手を差し伸べながら、ユナは微笑みながらそう言った。
彼女の手は、僕よりも少しだけ大きい。細くて長くて、僕のことをたくさん助けてくれたぬくもり。いつか僕の手が彼女を支えられるようになれるといいのにな。
ユナの優しさをしっかりと受けとめて、指先を絡めた。
「気をつけてね」
「ああ」
チグハグな石段は、足もとがとても悪い。手すりすらなかった。注意深く下りるしかないな。
先に左足を下ろしてから右足も次に進める。一段ずつしか下れないのは今も同じだ。
……そのうちスラスラと階段を下りれるようになれるのかな。
実際に町へ出てみると、あちこちで僕にとっての障害があることに気づかされる。坂道だってそうだし、段差もそうだ。
手術を受けても百%足がよくなることはない。今後の課題がたくさんあることも分かっている。
自分で歩けるようになってもリハビリ訓練は、この先ずっと必要になるのだろう。
頭の片隅では理解していた。でも……結局ユナの手を何度も借りていて、ちょっと不甲斐ない気持ちになる。出かける前は自信満々だったんだけどなぁ。
階段を下りきると、ユナは僕の手を放した。なぜか、喜びをまぶたに浮かべているみたいなんだ。
「すごい、コウ君」
「えっ?」
「前よりも、階段を下りるのが上手になったね! スムーズで驚いちゃった」
そんな言葉を受け取り、僕の胸が熱くなる。
「本当か?」
「あれ、自分で気づかないの? ここの段差、学校のよりもデコボコしててバランスが取りづらくなかった? 手すりもないでしょ。それなのに私の補助だけで下れたんだよ! これってかなりすごいことだよ」
「あ……」
ユナに言われて、僕は目を見開いた。
たしかに、そうだよな……。
手術前の僕だったらそもそもこんな歩きづらいところ、たとえ補助があっても下るのは相当難しかっただろう。
ユナは、僕のことを僕よりも理解してくれているんだよな。
「ユナの言う通りだ。いつもそうやって励ましてくれて、ありがとう」
「ううん。励ましてるんじゃなくて、思ったことを口にしてるだけだよ」
「いや、マジでいつも元気をもらえるんだ。ユナの言葉には」
それから僕はおもむろに、ポケットからお守りを取り出す。水面の光が反射して、猫とクローバーがより一層輝きを増した。
「このお守りの猫みたいに立てるようになった。まだまだ足を鍛えなくちゃいけないけど、ここまでユナと一緒に歩いてこられたのは、僕にとっての大きな一歩になったよ」
「うん……そうだね」
「クローバーの約束、やっと果たせたな」
僕の囁きは、小川のせせらぎと重なった。でも彼女の耳にはちゃんと届いたようで、大きく頷いてくれたんだ。
秋の風が道路の上から紅葉を運ぶ。水面に浮かぶ色とりどりの葉はやっぱり綺麗。
「ねえ、コウ君」
「うん?」
「私ね、ちっちゃい頃からコウ君が頑張ってる姿見てるのが好きだったの。周りに置いていかれることが多かったけど、それでも一生懸命なコウ君に私だって元気をもらってたんだよ。だから、私も何かお手伝いしたいって思ってたの」
「え……そうなのか?」
「そうだよ。これから大きく成長するにつれて、今よりももっと色んなところへ歩いていけるようになるんだよね」
「ああ、そうだといいな」
ユナの声が束の間、切なくなった気がする。うつむき加減になって続けるんだ。
「大人になったら、きっとまた一緒にお出かけしたいね」
「うん? これからもいつだって散歩はできるだろ?」
なんだろう。ユナの言いかたに、違和感がある。妙な胸騒ぎがした。
ユナの横顔はやっぱりどこか寂しそうで、更に僕の不安を煽る。
僕の顔を見つめながら、彼女はしめやかに言葉を述べるんだ。
「あのね、コウ君。私……今度引っ越すことになったの」
初めて来た場所だけど、僕はここに来たことがある。
あの、夢の中で。
……いや、正しく言うとここは夢で見た場所と似ているんだ。こういう綺麗な川辺に、ユナと一緒に来てみたいという願いが形になっていたのだろうか。
「ここから下りてみようよ!」
僕がぼんやり考え込んでいると、ユナが満面の笑みで手招きをしてきた。石造りの階段の目の前で僕を待っている。
「せっかくだから川辺で休も?」
手を差し伸べながら、ユナは微笑みながらそう言った。
彼女の手は、僕よりも少しだけ大きい。細くて長くて、僕のことをたくさん助けてくれたぬくもり。いつか僕の手が彼女を支えられるようになれるといいのにな。
ユナの優しさをしっかりと受けとめて、指先を絡めた。
「気をつけてね」
「ああ」
チグハグな石段は、足もとがとても悪い。手すりすらなかった。注意深く下りるしかないな。
先に左足を下ろしてから右足も次に進める。一段ずつしか下れないのは今も同じだ。
……そのうちスラスラと階段を下りれるようになれるのかな。
実際に町へ出てみると、あちこちで僕にとっての障害があることに気づかされる。坂道だってそうだし、段差もそうだ。
手術を受けても百%足がよくなることはない。今後の課題がたくさんあることも分かっている。
自分で歩けるようになってもリハビリ訓練は、この先ずっと必要になるのだろう。
頭の片隅では理解していた。でも……結局ユナの手を何度も借りていて、ちょっと不甲斐ない気持ちになる。出かける前は自信満々だったんだけどなぁ。
階段を下りきると、ユナは僕の手を放した。なぜか、喜びをまぶたに浮かべているみたいなんだ。
「すごい、コウ君」
「えっ?」
「前よりも、階段を下りるのが上手になったね! スムーズで驚いちゃった」
そんな言葉を受け取り、僕の胸が熱くなる。
「本当か?」
「あれ、自分で気づかないの? ここの段差、学校のよりもデコボコしててバランスが取りづらくなかった? 手すりもないでしょ。それなのに私の補助だけで下れたんだよ! これってかなりすごいことだよ」
「あ……」
ユナに言われて、僕は目を見開いた。
たしかに、そうだよな……。
手術前の僕だったらそもそもこんな歩きづらいところ、たとえ補助があっても下るのは相当難しかっただろう。
ユナは、僕のことを僕よりも理解してくれているんだよな。
「ユナの言う通りだ。いつもそうやって励ましてくれて、ありがとう」
「ううん。励ましてるんじゃなくて、思ったことを口にしてるだけだよ」
「いや、マジでいつも元気をもらえるんだ。ユナの言葉には」
それから僕はおもむろに、ポケットからお守りを取り出す。水面の光が反射して、猫とクローバーがより一層輝きを増した。
「このお守りの猫みたいに立てるようになった。まだまだ足を鍛えなくちゃいけないけど、ここまでユナと一緒に歩いてこられたのは、僕にとっての大きな一歩になったよ」
「うん……そうだね」
「クローバーの約束、やっと果たせたな」
僕の囁きは、小川のせせらぎと重なった。でも彼女の耳にはちゃんと届いたようで、大きく頷いてくれたんだ。
秋の風が道路の上から紅葉を運ぶ。水面に浮かぶ色とりどりの葉はやっぱり綺麗。
「ねえ、コウ君」
「うん?」
「私ね、ちっちゃい頃からコウ君が頑張ってる姿見てるのが好きだったの。周りに置いていかれることが多かったけど、それでも一生懸命なコウ君に私だって元気をもらってたんだよ。だから、私も何かお手伝いしたいって思ってたの」
「え……そうなのか?」
「そうだよ。これから大きく成長するにつれて、今よりももっと色んなところへ歩いていけるようになるんだよね」
「ああ、そうだといいな」
ユナの声が束の間、切なくなった気がする。うつむき加減になって続けるんだ。
「大人になったら、きっとまた一緒にお出かけしたいね」
「うん? これからもいつだって散歩はできるだろ?」
なんだろう。ユナの言いかたに、違和感がある。妙な胸騒ぎがした。
ユナの横顔はやっぱりどこか寂しそうで、更に僕の不安を煽る。
僕の顔を見つめながら、彼女はしめやかに言葉を述べるんだ。
「あのね、コウ君。私……今度引っ越すことになったの」
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