【完結】炎の戦史 ~氷の少女と失われた記憶~

朱村びすりん

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第五章

44,大切なこと

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 ──陽が真上に登った頃になった。
 朱鷺トキの少女から教えてもらった道のりは、余計な障害物もなく歩く道も滑らかで非常に歩きやすい。
 別れ際、最後まで二人を見送ってくれた彼女の顔は優しさで溢れていた。化け物の朱鷺だという事実が、今でも嘘なのではないかと思うほどに。
 
 しかし、ヤエはなぜだか、先程から心の中のモヤモヤが消すことが出来ずにいる。

「リュウキ様」
「うん、何?」

 額に軽く汗を滲ませながらも、彼は爽やかな顔で振り返る。

「あの。先程の、朱鷺の方のことなんですが……」
「ああ。彼女がどうかした?」

 リュウキはヤエの横に並んで顔を覗き込んでくる。

 何となく、彼と目を合わせづらかった。それでも、しつこく居座り続けるこの朧気な気持ちをどうにかしたい。ヤエは思いきって続きの質問を彼に投げ掛けた。

「とても仲が良かったですね」
「えっ?」
「出会ったばかりなのに、あんなに親密な感じで。なんというか、彼女と、気が合うのでしょうか?」

 このヤエの言葉に、リュウキは珍しく戸惑ったような表情を浮かべた。

 一体何を言っているのだ、と自分自身でも思う。だが、二人が親しげに話しているのを目の当たりにしてからというもの、ヤエはどうしようもなく気になってしまう。顔の周辺がカッと熱くなり、この質問を取り消そうとした。
 が、聞かれた当の本人は、いつものように口角を上げて楽しそうに言うのだ。

「ヤエ」
「……はい」
「もしかして、妬いてるの?」

 すぐに後悔した。この男が、自分をからかってくるなど、分かっていたはずだ。
 ヤエは大袈裟に首を横に振る。

「そういうわけではありません!」
「あはは。そんなに慌てて。ヤエは可愛いなあ」
「からかわないでください」
「別にからかっているわけじゃないよ」

 歯茎を見せるリュウキ。この表情を見る限り、調子に乗っているに違いない。

 リュウキはすぐに静かになり、それから真剣な眼差しになるのだ。
 
「まあ真面目な話、彼女は僕を助けてくれたからね。感謝しているんだ。大切なことも教えてもらったしね」
「大切なこと、とは?」

 ヤエは彼の話に耳を傾ける。

「彼女は昔、とある人間に守ってもらったんだって。今でもその恩を忘れていない。だから、僕を助けたいと思ったらしい。僕は彼女を助けた本人ではないのに」

 語り続けるリュウキの瞳は優しい色を浮かべていた。

「百年経っても彼女は感謝の気持ちを忘れずにいる。素敵な話だよね」

 ほんのり、ヤエの胸が熱くなる。
「助け合い」の言葉に、納得する他ない。

「こんな乱世の時代だけど、いや、だからこそ僕は争い事が嫌いだ。この鎧を身に纏っているということは、僕たちは国の兵として携わっていたのかもしれないけどね。それでも僕は平和を望んでいる。記憶を失っていたとしても、この気持ちに嘘はないんだ。ま、武器すら持っていない僕が本当に兵士なのか、断言できないのがもどかしいよね!」

 ははは、と声を上げながらリュウキは両腕を組んだ。

 彼の真の武器は、炎の力だ。幻草成分から産み出された、妖術のような特異能力。
 ヤエも同じような特異体質はあるが、リュウキのように力として使いこなせてはいない。山賊や巨大蜘蛛といった敵になると足がすくんで交戦する勇気さえもない。

「私には、難しいです」
「えっ?」
「『助け合い』という話。素晴らしいと思いますが、力のない私には縁遠いですね」

 思わず声が暗くなる。リュウキは落胆するヤエを見て、小首を傾げた。

「ヤエは、強い子だと思うよ」
「え?」
「何があっても打ち砕けない精神力があるじゃないか」

 リュウキの話に、ヤエは頭の中で疑問符を描く。

「僕たちはあくまで幻草薬の成分を浴びた者らしいからね。いつ精神が壊れて化け物になってしまうか分からない。ヤエなんて、また氷になってしまわないかビクビクしているおまけつきだろう? だけど、今日まで正常に生きてこられた。ここまで大丈夫だったのなら、また明日、明後日この先もずっと普通の人間として、生きていけるはずさ。ヤエが強いからこそ、だよ」

 にこやかに話すリュウキを眺めたまま、ヤエはハッとした。
 ヤオ村での出来事が頭を過る。村の者たちはあっという間に化け物となり、精神が壊れてしまった。「人」と呼ぶには程遠い目つきをして、なんとも不気味な呻き声を上げていた。
 まるで、壊れた心から救い出してほしい、と訴えるように。
 弱い精神力だったならば、たしかに自分もあのように即化け物になっていたのかもしれない。 

 笑みを浮かべるリュウキの瞳をじっと見つめ、ヤエはもう一つの疑問を口にした。

「リュウキ様は、怖くないのですか?」
「何が?」
「明日も大丈夫とは言いきれませんよ。私たちは生きている限り、化け物になる可能性があるのですから」

 リュウキはそこで再び、真剣な表情になった。

「僕は未来の自分も信じているから。このまま人間として、生を全うするよ」

 あまりにも自信に満ち溢れた台詞。

 ──ああ、そうだ。この人は、前向きすぎる性格なのだ。

 ヤエは彼の答えに、小さく頷いた。
 不思議なことに、彼がいる世界は何があっても大丈夫なのだと、根拠のない希望が見出されている気がしたのだ。 

 二人は更に山を登っていく。頂上に近づくほど風が冷たくなり、酸素も薄くなっていく。しかし、今のヤエにとっては大した問題ではなかった。
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