【完結】炎の戦史 ~氷の少女と失われた記憶~

朱村びすりん

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第七章

66,自暴自棄

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 走っても走っても、彼女は諦めてくれない。
 リュウキの呼吸は乱れ、足がふらついてしまう。

 ──だめだ、駆け抜けるには気力が足りない。炎の力を使いすぎてしまった。

 リュウキは一度立ち止まり、徐に後ろを振り返る。数歩もしないところには、必死に自分を追いかけてくるヤエの姿。
 小刻みに呼吸をしながら、彼女はリュウキの前に立ち止まった。その表情は、今までにないほど戸惑いに満ちている。

「リュウキ様……一体、どうしてしまったのです?」
「ごめん、ヤエ。このまま君といると、僕は君をも傷つけてしまうかもしれない」
「なにゆえです?」
「僕は……人殺しなんだよ」

 自ら発した一言に、リュウキは身震いする。
 
「人殺し? リュウキ様がいつ人の生命を奪ったのですか? あの兵士たちのことでしたら、治療すればきっと間に合いますよ」
「違う、そうじゃない! 幻想世界で──見たんだよ」

 リュウキは目線を下に落とし、拳をぎゅっと握り締めた。

「小さな村が襲われていたんだ。今のシシ村のように、兵士たちが罪のない民を殺していた。軍に命を下していたのは、僕だったんだ」
「何を仰っているのです?」
「あの男は、僕と全く同じ面をしていたんだよ! あれは過去の僕に違いない。記憶を失う前の、僕だ……!」
「いえ、待ってください。あなたが人殺しだなんて、私はとても信じられません!」

 ヤエは顔を真っ赤にしながら大きく首を横に振った。

「だけど、あの兵士たちの態度を見たかっ? 僕を見て怯えていたんだぞ!」
「──それは」
「あろうことか僕を皇帝と呼んだ! もし兵士たちの言うことが誠だとしたら。幻想で見た僕は、村を破壊するために兵を動かしていたのかもしれない」
「そ、そんなこと。絶対にあり得ません! 私は信じませんよ」

 だんだんと、リュウキの喉の奥が熱くなっていった。燃え上がるような息苦しさが、リュウキの心を支配するようだ。

「リュウキ様、正気ですか? そんなことでご自身の正体を、決めつけるのはいかがなものでしょうか。確証のない偽りの世界に振り回されてはなりません!」

 ヤエは首を大きく振り、必死にそう訴えてくる。
 しかし今のリュウキには、どうしたって冷静でいられない。

 あの兵士たちの態度、今まで見てきた幻想での出来事。それらを併せると、リュウキは恐ろしくなってしまったのだ

「ごめんね、ヤエ。僕はもう、自分の記憶を取り戻すのが怖くなったんだよ」
「え……?」
「だけど、ヤエを守りたい気持ちは嘘じゃなかった。君の大切な友だちも取り戻してあげたい。君の記憶が戻ってほしい。それだけは諦めたくないし、諦めてほしくない。忘れないでね」

 彼女との約束は必ず果たしたかった。旅を終えるまでは。それでも、これ以上彼女のそばにはいてはならないという矛盾。
 リュウキの考えはまとまってはいなかった。いつまでも答えなど出るはずもない。
 だからこそ、言おうとした。「さよなら」を。

 しかし現実は無慈悲だ。

 その場は地響きがなるほどの騒音が響き始める。数騎の兵がリュウキたちの前に現れたのだ──

「……まだ兵が残っていたのですね!?」

 ヤエは焦ったように剣を構えた。
 相手は見たところ五人。皆弓を持っていた。 

「ヤエはすぐにこの村から立ち去るんだ……」
「えっ?」
「恐らく、あの五人の兵以外にもまだこの村には東軍が残っている。逃げなければ、君は殺されるよ」
「そんな……シシ村を見捨てると言うのですか?」
「仕方がないだろう? 軍を相手に戦えるわけないじゃないか。下手をすれば兵の数は千を越えている」
「リュウキ様、貴方は村の人たちを守りたくはないのですか!」
「そんなこと言っても。この国にいる全ての人を守るなんて不可能だ」

 自棄になっていた。全てを諦め、どうでもよくなり、こんな自分にも嫌気が差す。

 ヤエは悲しそうな顔をしていた。それでも今のリュウキに、放った言葉の数々を撤回する気力すらなかった。

「西軍の者かっ! 覚悟しろっ」

 馬を走らせながら、一人の兵士が弓を構えた。それに続いて他の四人も一斉に武器を構える。
 これを目の当たりにし、リュウキは右手を強く握った。

「ヤエに手を出したら許さないよ」

 拳を兵たちに向けると、瞬く間にリュウキの手のひらから炎が暴れ出てる。炎は渦を巻き、まるで龍を描くように空中を泳ぐと、五人の兵士目掛けて一気に爆破した。
 
「うぅあゎー!!」

 兵士たちはバタバタと落馬し、その場に倒れていった。

「リュウキ様、何を……!?」
「大丈夫、ちょっと胴体を火傷させただけだ。死にはしない。……まあ、一生戦場には立てないかもしれないけどね」

 主人が倒れるのを呆然と眺める馬たちは、逃げることもなく立ち尽くしていた。リュウキは、その中で一番筋肉質の茶色の馬の馬具を引く。

「ヤエ、早く逃げて」

 そう言いながら、リュウキは馬に乗り込む。

「お待ちください、リュウキ様。どちらへ行かれるのですっ?」
「僕は君から離れなくちゃいけないから……。でも約束は忘れないよ」
「リュウキ様!」

 制止しようとするヤエの手が伸びる前に、リュウキは急かすように馬を走らせた。

「待って……待ってください! リュウキ様!」

 どんなに呼び掛けられても、リュウキは決して振り返ることはしなかった。

(僕は記憶を戻したくないんだよ。でも……ヤエ、君の望みはきっと叶えてあげるからね)
 
 空を見上げると、今日も月は静かに夜を照らしている。半月がまるで警告しているかのように。

「時間がない」

 リュウキは、ある決意を胸にとにかく馬を走らせる。決して、彼女に追い付かれなぬように。

 彼女のそばにいる資格などないから──
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