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第七章
65,絶望
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ハッとした。そこで、景色が途端に変わる。
嫌な汗がリュウキの全身から滴り落ちた。
目の前には、怯えた目でこちらを見つめる東軍の兵たちの姿。
「リュウキ様、大丈夫ですか……?」
隣で、ヤエが心配そうに声をかけてくる。だが、今のリュウキには答える余裕がない。一歩二歩前に進み、兵士たちを眺める。
「君たちは、何をそんなに怖がっているの?」
酷く低い声。全身の震えが止まらない。
将軍は眉を八の字にして答えた。
「こ、怖がっているわけでは……」
「僕が特殊な人間に見えるか? ただの一般兵だろう?」
「そんな、一般兵だなんて……!」
「違うの? こんな鎧を着ているんだよ?」
「それは、わたくしたちにもどういうことなのか存じ上げませぬが……」
「君たちは東軍、僕は西の鎧を纏っている。敵同士、ここは交戦すべきじゃないかな」
「いや……!? 戦うだなんて、とんでもございません……!」
目を丸くし、後退りする兵士たちの態度に、リュウキは心がざわついた。
──なぜこの者たちは、一般兵相手に戦いを拒否するのか。
幻想の「自分」と話したことが否定できない状況に、リュウキはとんでもないほどの恐怖を感じていた。
まさか自分は本当に国をも脅かす「元凶」なのか、と。
「嘘って言えよ……」
拳を握り締め、今までにないくらいの熱気を放った。周辺の空気さえ、燃え尽きてしまうのではないかと疑いたくなるほどに。
「リュウキ様っ?」
ヤエの震えた声が聞こえてくる。しかし、今のリュウキには反応する気持ちが皆無だ。
何が現実で、何が幻想なのか分からない。混乱の文字が、リュウキの頭を支配してしまっているから。
「嘘と言え。君たちは何を見ている? なぜそんなに怯えた目をしている? 僕が人殺しだなんて、嘘に決まっているだろう!」
「ひっ……!?」
胸の奥が、激動で燃えてしまった。
手のひらから一気に炎が上がり、リュウキの全身に纏わりつく。その炎は瞬く間に巨大化し、百騎の兵士たち目掛けて放出された。
「うわぁあああー!!」
「何なんだ!?」
「熱い! 熱い! 燃やされるっ!!」
巨大な炎に包まれた兵士たちはもがき苦しむ。その場は一気に地獄と化した。
だがリュウキの身体からは次々と真っ赤な炎が放たれて止まらない。兵士たちや馬たちだけではない。周囲の建物や木々にも燃え移っていく──
「……いや!」
景色が全て赤黒く染まった時。背後から、悲痛な声が聞こえてきた。彼女のものだ。困惑していて、とても怯えているようだった。
「リュウキ様っ!」
名を呼ばれても、リュウキは何の返事もしない。いや、出来ないのだ。全身から炎が放たれ、目の前は真っ赤に染まり、もう自分の意思では止められない。
「やめて、お願い、リュウキ様……!!」
ヤエの悲しみの声は、兵士たちの呻き声でかき消されていく。
このまま、目の前にいる兵士たちは焼身して死ぬだろう。いや、その前に窒息死か。
どちらでもいい。今のリュウキにとっては、何もかもがどうでもいい。
心の中の感情が遠退いていく。人々が苦しそうにしていても、何も感じない。ただただ、心身ともに熱いだけ。それ以外、全てが『無』だった。
(ああ、これは。もしかしてこれが、精神崩壊というやつなのかな)
ぼんやりと考えた。その時だ。
「リュウキ様! 正気を失ってはなりません!」
ヤエが大声を上げ、リュウキに思いっきり抱きついてきた。しかし彼女にはぬくもりがなかった。全身が驚くほど冷たくなっているようなのだ。
「お願い、リュウキ様。ご自身を見失わないで……!!」
リュウキを見上げる彼女の瞳は、悲しみの雫で溢れていた。必死に身体を寄せてくるその腕は、どんどん冷たくなっていく。
彼女と出会ったあの日のように。まるで氷みたいだ。
「……ヤエ」
身体中が熱かったはず。彼女の冷たい心がリュウキの激動を抑えているのだろうか。熱で炎上していたものが、次第に冷めていった。
赤黒かった景色はだんだんといつもの色に戻っていき、暴れ回る炎の力が鎮火していく。
兵士や馬たちを燃やしていたリュウキの炎は、まるで何事もなかったかのように消え去った。
「リュウキ様……」
「ヤエ、僕は──」
彼女は涙で頬をたくさん濡らしていた。怖がらせてしまった。悲しませてしまった。
ヤエには笑ってほしいのに。笑顔を忘れた彼女の笑顔を更に奪ってしまった。
自分のせいだ。何てことをしてしまったのだろうか!
「う……う……」
「どう、なっている……?」
「なぜ、身体から……炎が……?」
顔や手に酷い火傷を負った兵士たちは皆倒れ込んで苦しそうにしている。まともに声が出せない者もいた。馬たちは毛が半分以上焼け焦げ、その場から動けなくなっていた。
やってしまった。暴走した心を抑えることもかなわず、人々を傷つけてしまった。
「僕は……僕は……」
小刻みに首を横に振る。
もう、終わりだ。ここにいてはいけない。
リュウキは震える足で後退りをする。
「リュウキ様、お気をたしかに!」
「無理だよ……ヤエ。見てごらん。この者たちを傷つけたのは、僕だ。皆このままでは死んでしまう」
「でしたら、今すぐに助けましょう。正しく処置をすれば、救えるはずです。まだ皆、生きています!」
ヤエが必死に訴えているが、リュウキの心には全く響かない。
自分自身に恐怖を覚えてしまった。幻想で見た、残酷にも不敵に笑う自らの姿。人の命を弄ぶように嘲笑っていた、悪人の顔をしていたリ・リュウキ。あの幻想世界での出来事が現実のものだとしたら──
悶え苦しむ兵士たちから逃れるように、リュウキは全速力で駆け出した。
「待ってください、リュウキ様! どこへ行かれるのです!?」
後ろからヤエが叫んでいる。その声はしゃがれていた。
リュウキは歯を食いしばり、とにかく村から出ていこうと必死に走った。
しかし、ヤエがずっと後を追いかけてくる。
(付いてこないで、ヤエ。僕は悪党なんだ。人を殺して笑っていた……頭のおかしい奴なんだよ!)
嫌な汗がリュウキの全身から滴り落ちた。
目の前には、怯えた目でこちらを見つめる東軍の兵たちの姿。
「リュウキ様、大丈夫ですか……?」
隣で、ヤエが心配そうに声をかけてくる。だが、今のリュウキには答える余裕がない。一歩二歩前に進み、兵士たちを眺める。
「君たちは、何をそんなに怖がっているの?」
酷く低い声。全身の震えが止まらない。
将軍は眉を八の字にして答えた。
「こ、怖がっているわけでは……」
「僕が特殊な人間に見えるか? ただの一般兵だろう?」
「そんな、一般兵だなんて……!」
「違うの? こんな鎧を着ているんだよ?」
「それは、わたくしたちにもどういうことなのか存じ上げませぬが……」
「君たちは東軍、僕は西の鎧を纏っている。敵同士、ここは交戦すべきじゃないかな」
「いや……!? 戦うだなんて、とんでもございません……!」
目を丸くし、後退りする兵士たちの態度に、リュウキは心がざわついた。
──なぜこの者たちは、一般兵相手に戦いを拒否するのか。
幻想の「自分」と話したことが否定できない状況に、リュウキはとんでもないほどの恐怖を感じていた。
まさか自分は本当に国をも脅かす「元凶」なのか、と。
「嘘って言えよ……」
拳を握り締め、今までにないくらいの熱気を放った。周辺の空気さえ、燃え尽きてしまうのではないかと疑いたくなるほどに。
「リュウキ様っ?」
ヤエの震えた声が聞こえてくる。しかし、今のリュウキには反応する気持ちが皆無だ。
何が現実で、何が幻想なのか分からない。混乱の文字が、リュウキの頭を支配してしまっているから。
「嘘と言え。君たちは何を見ている? なぜそんなに怯えた目をしている? 僕が人殺しだなんて、嘘に決まっているだろう!」
「ひっ……!?」
胸の奥が、激動で燃えてしまった。
手のひらから一気に炎が上がり、リュウキの全身に纏わりつく。その炎は瞬く間に巨大化し、百騎の兵士たち目掛けて放出された。
「うわぁあああー!!」
「何なんだ!?」
「熱い! 熱い! 燃やされるっ!!」
巨大な炎に包まれた兵士たちはもがき苦しむ。その場は一気に地獄と化した。
だがリュウキの身体からは次々と真っ赤な炎が放たれて止まらない。兵士たちや馬たちだけではない。周囲の建物や木々にも燃え移っていく──
「……いや!」
景色が全て赤黒く染まった時。背後から、悲痛な声が聞こえてきた。彼女のものだ。困惑していて、とても怯えているようだった。
「リュウキ様っ!」
名を呼ばれても、リュウキは何の返事もしない。いや、出来ないのだ。全身から炎が放たれ、目の前は真っ赤に染まり、もう自分の意思では止められない。
「やめて、お願い、リュウキ様……!!」
ヤエの悲しみの声は、兵士たちの呻き声でかき消されていく。
このまま、目の前にいる兵士たちは焼身して死ぬだろう。いや、その前に窒息死か。
どちらでもいい。今のリュウキにとっては、何もかもがどうでもいい。
心の中の感情が遠退いていく。人々が苦しそうにしていても、何も感じない。ただただ、心身ともに熱いだけ。それ以外、全てが『無』だった。
(ああ、これは。もしかしてこれが、精神崩壊というやつなのかな)
ぼんやりと考えた。その時だ。
「リュウキ様! 正気を失ってはなりません!」
ヤエが大声を上げ、リュウキに思いっきり抱きついてきた。しかし彼女にはぬくもりがなかった。全身が驚くほど冷たくなっているようなのだ。
「お願い、リュウキ様。ご自身を見失わないで……!!」
リュウキを見上げる彼女の瞳は、悲しみの雫で溢れていた。必死に身体を寄せてくるその腕は、どんどん冷たくなっていく。
彼女と出会ったあの日のように。まるで氷みたいだ。
「……ヤエ」
身体中が熱かったはず。彼女の冷たい心がリュウキの激動を抑えているのだろうか。熱で炎上していたものが、次第に冷めていった。
赤黒かった景色はだんだんといつもの色に戻っていき、暴れ回る炎の力が鎮火していく。
兵士や馬たちを燃やしていたリュウキの炎は、まるで何事もなかったかのように消え去った。
「リュウキ様……」
「ヤエ、僕は──」
彼女は涙で頬をたくさん濡らしていた。怖がらせてしまった。悲しませてしまった。
ヤエには笑ってほしいのに。笑顔を忘れた彼女の笑顔を更に奪ってしまった。
自分のせいだ。何てことをしてしまったのだろうか!
「う……う……」
「どう、なっている……?」
「なぜ、身体から……炎が……?」
顔や手に酷い火傷を負った兵士たちは皆倒れ込んで苦しそうにしている。まともに声が出せない者もいた。馬たちは毛が半分以上焼け焦げ、その場から動けなくなっていた。
やってしまった。暴走した心を抑えることもかなわず、人々を傷つけてしまった。
「僕は……僕は……」
小刻みに首を横に振る。
もう、終わりだ。ここにいてはいけない。
リュウキは震える足で後退りをする。
「リュウキ様、お気をたしかに!」
「無理だよ……ヤエ。見てごらん。この者たちを傷つけたのは、僕だ。皆このままでは死んでしまう」
「でしたら、今すぐに助けましょう。正しく処置をすれば、救えるはずです。まだ皆、生きています!」
ヤエが必死に訴えているが、リュウキの心には全く響かない。
自分自身に恐怖を覚えてしまった。幻想で見た、残酷にも不敵に笑う自らの姿。人の命を弄ぶように嘲笑っていた、悪人の顔をしていたリ・リュウキ。あの幻想世界での出来事が現実のものだとしたら──
悶え苦しむ兵士たちから逃れるように、リュウキは全速力で駆け出した。
「待ってください、リュウキ様! どこへ行かれるのです!?」
後ろからヤエが叫んでいる。その声はしゃがれていた。
リュウキは歯を食いしばり、とにかく村から出ていこうと必死に走った。
しかし、ヤエがずっと後を追いかけてくる。
(付いてこないで、ヤエ。僕は悪党なんだ。人を殺して笑っていた……頭のおかしい奴なんだよ!)
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