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第一章
理不尽は許さない
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俺はオーバーに首を横に振った。
「疲れがたまってるのかもな。連休中はバイト三昧だったから」
「あれ? いつの間にアルバイトはじめたんだね。どこで?」
「マニーカフェだよ」
「へぇ、意外~! いらっしゃいませ、とか言ってフラッペ作ってるの?」
「そ、そうだけど。なんか文句あるか?」
「全然! むしろ接客してるところ見てみたいなぁ。今度遊びに行くね」
あたしが来たらマニーフラッペ奢ってね、なんて冗談っぽく言うアカネはなんだか楽しそうだ。
「いいなあ、アルバイトしてるなんて!」
肩をすくめ、アカネはポツリと呟いた。
その言葉に俺は首を傾げる。
「アカネもどこかで働いてみたらいいんじゃないのか?」
「そうしたいんだけどねー。でもあたし、チア部に入ったから。結構ガチな部活なの。バイトする時間なんてないかも。連休中もずーっと練習があったからさ」
不満げに話すアカネだったが、最終的には「楽しいから頑張るけどね!」と前向きな発言をして笑顔を見せた。
アカネは中学の頃は体操部に入っていた。運動神経はかなりいい方だ。おまけに明るくて誰にでも積極的に話しかけるタイプなので、友人だって多い。校則を守った上でお洒落にも気を遣っている。男女問わず人気者なんだ。
そんなアカネは、俺に対してとくに話しかけてくる頻度が多い。中学のときは周りから「付き合ってるの?」と揶揄われたことがあったな。
特定の二人がちょっと親しくしただけで、周囲の人間は他人の関係を勝手に妄想したり勘違いしたりする。なんでだろうと今でも疑問に思うんだ。
アカネは気の置けない相手だ。今さら友だち以上の関係になることは決してない。
駐輪場へ立ち寄り、自転車を停め、アカネと他愛ない話をしながら一年の昇降口へ向かう。
すると──そこには、数人の風紀委員と生活指導の男性教師が立っていた。
あれ……これは、もしかして。
「抜き打ちの身だしなみチェックの日?」
隣で、アカネが呟いた。
「そうみたいだな」
入学時に聞いたぞ。村高では、一年に何度か風紀委員による身だしなみチェックが行われると。いつその活動があるのかは、事前には知らされない。
制服の乱れはもちろん、化粧はしていないか、余計なアクセサリーをつけていないか、マニキュアもしていないかなどなど、校則違反の有無を見られる。もちろん、髪を染めていないかも確認されるそうだ。
昇降口を通る前、俺はさりげなくブレザーのボタンを全て留めた。ネクタイも曲がっていないか要チェック。それほど着崩しているわけじゃないから、別に目をつけられることもないだろう。
「……大丈夫だよね?」
アカネが不安そうな顔をして俺の方を向く。
「アカネはなんの問題もないだろ?」
「うん……あたしじゃなくて。その、イヴァンくんは……」
と、途中でアカネは口を閉ざす。気まずそうに目を逸らした。
ああ、なるほどな。
アカネの言いたいことはわかる。俺のこの、赤毛が気になるのだろう。
俺は首を振った。
「心配はいらない」
「……え?」
「ちゃんと地毛証明を出したから」
「そうなの?」
たちまち、アカネの顔が明るくなった。
入学時、俺は地毛証明書を学校に提出した。親のサインと共に、この赤色の髪は生まれつきであると記入をしてもらったんだ。
もし風紀委員になにか言われたとしても証明書があると言えば大丈夫だ。
「じゃ、行こっか!」
安心したように、アカネは歩き出す。
俺も、堂々としていればいい。
風紀委員は五人ほどいて、次々に登校してくる生徒の姿を目で追っていた。
その隣に立つ、生活指導担当の強面男性教師も同じだった。……なぜか目をかっ開いて、無駄に眉間にしわを寄せているのが気になるが。
「おはようございまーす」
軽く挨拶をしながら、俺たちは彼らの真横を通り過ぎようとした。そのときだった。
「……ん? おい、お前!」
突如として、耳元で怒号が響き渡った。驚きのあまり、体がビクッとする。
な、なんだ。何事?
「止まれ、そこの赤髪!」
……えっ。ええ。赤髪って? どこの赤髪ですか?
周りを見回してみた。だが、この場にいる人間で赤い髪を靡かせているのは、当然の如く俺しかいない。みんな、綺麗な黒髪だ。
嘘だろ、まさか。
恐る恐る、振り向いた。すると、ものすごい目力でこちらを睨みつける生活指導の先生がいた。パンチパーマの効いた角刈りと、筋肉質の両腕をTシャツから露出させていて、ただでさえ強面なのにより一層恐怖心を煽る外見をしている。
生徒たちの間では密かに「ガチ鬼」と呼ばれるほど恐れられて(うざがられて)いるようだ。
俺は内心ビクビクしながらも、ガチ鬼と向き合った。
「な、なんですか」
俺とほぼ目線の位置は同じはずなのに、顔を合わせるだけで威圧感がとんでもない。
「とぼけるんじゃないぞ! この髪はなんだ! 明日までに黒に戻してこい!」
ガチ鬼の怒号が、俺の鼓膜を刺激する。
周囲にいた生徒たちも驚いたらしく、その場はしんと静まり返った。さっきまでおしゃべりに夢中だったアカネまで、口を閉ざしている。
最悪だ……。どうしてくれるんだよ、この状況。連休明け早々、ついていない。
でも、理不尽に怒られるのは受け入れられないからな。ここはしっかり説明をしなければ。
「あの、先生。これには訳があって」
「なんだ? 言い訳をする気か?」
「そういうことじゃないんです。話を聞いてくれませんか」
「黙れ! 四の五の言わずに明日までに髪色を直してこい! 言うことを聞かないのなら指導対象にするからな!!」
「疲れがたまってるのかもな。連休中はバイト三昧だったから」
「あれ? いつの間にアルバイトはじめたんだね。どこで?」
「マニーカフェだよ」
「へぇ、意外~! いらっしゃいませ、とか言ってフラッペ作ってるの?」
「そ、そうだけど。なんか文句あるか?」
「全然! むしろ接客してるところ見てみたいなぁ。今度遊びに行くね」
あたしが来たらマニーフラッペ奢ってね、なんて冗談っぽく言うアカネはなんだか楽しそうだ。
「いいなあ、アルバイトしてるなんて!」
肩をすくめ、アカネはポツリと呟いた。
その言葉に俺は首を傾げる。
「アカネもどこかで働いてみたらいいんじゃないのか?」
「そうしたいんだけどねー。でもあたし、チア部に入ったから。結構ガチな部活なの。バイトする時間なんてないかも。連休中もずーっと練習があったからさ」
不満げに話すアカネだったが、最終的には「楽しいから頑張るけどね!」と前向きな発言をして笑顔を見せた。
アカネは中学の頃は体操部に入っていた。運動神経はかなりいい方だ。おまけに明るくて誰にでも積極的に話しかけるタイプなので、友人だって多い。校則を守った上でお洒落にも気を遣っている。男女問わず人気者なんだ。
そんなアカネは、俺に対してとくに話しかけてくる頻度が多い。中学のときは周りから「付き合ってるの?」と揶揄われたことがあったな。
特定の二人がちょっと親しくしただけで、周囲の人間は他人の関係を勝手に妄想したり勘違いしたりする。なんでだろうと今でも疑問に思うんだ。
アカネは気の置けない相手だ。今さら友だち以上の関係になることは決してない。
駐輪場へ立ち寄り、自転車を停め、アカネと他愛ない話をしながら一年の昇降口へ向かう。
すると──そこには、数人の風紀委員と生活指導の男性教師が立っていた。
あれ……これは、もしかして。
「抜き打ちの身だしなみチェックの日?」
隣で、アカネが呟いた。
「そうみたいだな」
入学時に聞いたぞ。村高では、一年に何度か風紀委員による身だしなみチェックが行われると。いつその活動があるのかは、事前には知らされない。
制服の乱れはもちろん、化粧はしていないか、余計なアクセサリーをつけていないか、マニキュアもしていないかなどなど、校則違反の有無を見られる。もちろん、髪を染めていないかも確認されるそうだ。
昇降口を通る前、俺はさりげなくブレザーのボタンを全て留めた。ネクタイも曲がっていないか要チェック。それほど着崩しているわけじゃないから、別に目をつけられることもないだろう。
「……大丈夫だよね?」
アカネが不安そうな顔をして俺の方を向く。
「アカネはなんの問題もないだろ?」
「うん……あたしじゃなくて。その、イヴァンくんは……」
と、途中でアカネは口を閉ざす。気まずそうに目を逸らした。
ああ、なるほどな。
アカネの言いたいことはわかる。俺のこの、赤毛が気になるのだろう。
俺は首を振った。
「心配はいらない」
「……え?」
「ちゃんと地毛証明を出したから」
「そうなの?」
たちまち、アカネの顔が明るくなった。
入学時、俺は地毛証明書を学校に提出した。親のサインと共に、この赤色の髪は生まれつきであると記入をしてもらったんだ。
もし風紀委員になにか言われたとしても証明書があると言えば大丈夫だ。
「じゃ、行こっか!」
安心したように、アカネは歩き出す。
俺も、堂々としていればいい。
風紀委員は五人ほどいて、次々に登校してくる生徒の姿を目で追っていた。
その隣に立つ、生活指導担当の強面男性教師も同じだった。……なぜか目をかっ開いて、無駄に眉間にしわを寄せているのが気になるが。
「おはようございまーす」
軽く挨拶をしながら、俺たちは彼らの真横を通り過ぎようとした。そのときだった。
「……ん? おい、お前!」
突如として、耳元で怒号が響き渡った。驚きのあまり、体がビクッとする。
な、なんだ。何事?
「止まれ、そこの赤髪!」
……えっ。ええ。赤髪って? どこの赤髪ですか?
周りを見回してみた。だが、この場にいる人間で赤い髪を靡かせているのは、当然の如く俺しかいない。みんな、綺麗な黒髪だ。
嘘だろ、まさか。
恐る恐る、振り向いた。すると、ものすごい目力でこちらを睨みつける生活指導の先生がいた。パンチパーマの効いた角刈りと、筋肉質の両腕をTシャツから露出させていて、ただでさえ強面なのにより一層恐怖心を煽る外見をしている。
生徒たちの間では密かに「ガチ鬼」と呼ばれるほど恐れられて(うざがられて)いるようだ。
俺は内心ビクビクしながらも、ガチ鬼と向き合った。
「な、なんですか」
俺とほぼ目線の位置は同じはずなのに、顔を合わせるだけで威圧感がとんでもない。
「とぼけるんじゃないぞ! この髪はなんだ! 明日までに黒に戻してこい!」
ガチ鬼の怒号が、俺の鼓膜を刺激する。
周囲にいた生徒たちも驚いたらしく、その場はしんと静まり返った。さっきまでおしゃべりに夢中だったアカネまで、口を閉ざしている。
最悪だ……。どうしてくれるんだよ、この状況。連休明け早々、ついていない。
でも、理不尽に怒られるのは受け入れられないからな。ここはしっかり説明をしなければ。
「あの、先生。これには訳があって」
「なんだ? 言い訳をする気か?」
「そういうことじゃないんです。話を聞いてくれませんか」
「黙れ! 四の五の言わずに明日までに髪色を直してこい! 言うことを聞かないのなら指導対象にするからな!!」
応援ありがとうございます!
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