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第五章
雨色の帰り道
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胸のドキドキが、どうにも収まらない。生まれて初めて経験したキスの味は、甘く感じた。実際はなんの味もしなかったはずなのに。唇全体を溶かしてくれるような、不思議な感触がして、体の奥まで熱くなった。
帰り道。二人で一緒に学校を出た後、彼女はずいぶんと優しい顔になっていた。
彼女は傘を持っていない。だから俺のビニール傘の下へ彼女を誘った。今度は遠慮することなく、隣に並んでくれたんだ。
彼女がそばにいるだけで、俺の心臓は破裂してしまうんじゃないかと思うほど鼓動が激しくなる。
「家まで送るよ」
俺がそう言うと、彼女はにこりと頷いた。いつもなら無表情で断る彼女が、素直に俺の善意を受け止めてくれた。
お互いに照れているのか、緊張しているのか、気を遣っているのかよくわからないが、極端に会話が減った。
止むことも知らない雨は、二人の歩む道をいたずらに濡らしていく。
でも、寂しくなんかない。むしろ、俺にとってそれら全てが居心地のいい空間だった。
本当はまだ帰りたくない。どこか寄り道でもして、少しでも長く彼女と一緒にいたい。だけど、今はあいにくのテスト期間中だ。すぐにでも帰って、明日に備えるため復習をした方がいい。
試験が終われば、また二人でどこかに出掛けよう。ランチをして、彼女が好きなところへ連れて行って、のんびりと散歩する。二人の時間を過ごすことで、更に彼女との仲を深められるだろう。
まだ次のデートも決まっていないのに、俺の勝手な妄想は止まらない。
横浜駅が近づいてくる。普段なら駅周辺は多くの人がひしめいているのだが、雨のおかげで人の数はまばらだった。
まるで、彼女と二人きりの世界にいるみたいだ。そう錯覚してしまいそうになるくらい、今の俺は浮かれている。
駅構内へ足を踏み入れ、びしょ濡れになった傘を畳んだ。なんの変哲もないこのビニール傘は、二度も彼女を雨から守ってくれた。俺の中で、ちょっとだけ思い入れ深いものになっている。
「今日もありがとう」と言いながら、彼女はなおも俺の隣に立つ。
すると──彼女の手が俺の手に、僅かに触れた。
また、俺の心臓の鼓動が激しくなっていく。
彼女の手を、握りしめたい。指先を絡み合わせて、肩を並べて歩きたい。けれど、緊張のせいで、俺の手はなかなか勇気を出せないんだ。
さっき、彼女にキスをしたくせに。今さらこんなことで躊躇うなんて不甲斐ないにもほどがある。
まだまだ青い自分自身に対してため息を吐き出した。──そんなさなかだ。
不意に、ズボンのポケットから通知音が鳴り響く。誰かからのメッセージを受信したようだ。
足を止めたついでに、送り主をさっと確認した。
相手の名前を見て、俺は目を見張る。
「……アカネ?」
数週間ぶりの、アカネからのメッセージ。突然、どうしたんだろう。
彼女に少し待ってもらい、俺はとりあえずメッセージの内容を開いてみた。
《イヴァンくん。テスト期間中なのにごめん。やっぱり、この前のことちゃんと謝りたいの。イヴァンくんと気まずいままで、ずっとモヤモヤしちゃって、勉強にも集中できない。自分勝手でごめんなさい。今、イヴァンくんのバイト先に来てて、そこで勉強してる。もし許してくれるなら、今から会えないかな?》
いつもなら顔文字や絵文字をたくさん使うアカネが、こんなにも真面目な文章を送ってくるなんて。
謝りたい、か……。
俺だってアカネとこのまま距離を置いたままなのは嫌だ。友だちなら、腹を割ってしっかり話すべきだ。
「サエさん」
「うん?」
「サエさんの家って、俺のバ先から近いんだっけ」
「ええ、そうよ。歩いて十分もしないくらい」
「わかった」
先に彼女を家に送ってからアカネと落ち合おう。そうして、俺の考えもきちんと伝えよう。アカネなら、きっとわかってくれるはず。
ひとつずつ、心のわだかまりを解消するんだ。まだまだ高校生活は始まったばかり。色んなことで悩みすぎたけれど、笑いながら青春を過ごしていきたい。
期待を胸に抱き、俺は彼女と共に歩いた。大好きな人が隣にいるだけで、俺はすぐに前向きになれる。雨が降っていても、心は快晴なんだ。単純だって、自分でも思うよ。
──だが、マニーカフェ付近まで行き着いたとき、俺の晴れやかだった心は、一気に崩れ落ちてしまうことになる。
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