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黄泉蜻蛉③
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奇しくも同じ日に生まれた秋津と守谷の倅同士が、三田藩主九鬼隆尚の御前で試合をすることとなった。
同じ藩主に代々仕えているが、功を競い合う秋津と守谷。当然のように生まれた子同士も、幼少の折から競い合うように育てられていたのだ。
帯刀は、震える手足を武者震いだと言い聞かせるように鎮め、深く息を吐きだして木刀を上段に構えた。向かい合う男を見据えると、そこには幼少の頃から勝てと言われ続けた相手、守屋弦之助が中段の構えのまま微動だにせず立っていた。
秋津と守谷の対立に頭を痛めた隆尚と家老の狭間弥兵衛が、御前試合に勝った方の家を重用すると宣言し、いがみ合う親同士の因縁を、子である帯刀と弦之助がつけることとなったのだ。
帯刀は背中越しにも伝わってくる、父の鋭い視線の重圧に耐えながら、開始の合図を待つ。
「はじめっ!」という弥兵衛の声とともに、帯刀は弦之助に向かって行った。
帯刀の振り下ろした木刀は、弦之助の振り上げた木刀に容易く巻き上げられる。痺れるような痛みとともに手から木刀が抜け飛んでいく。
帯刀は何も持たない手を滑稽に振り上げたまま、自分の木刀が地面に落ちる音を背に、眼前に突き付けられた木刀をただ憎々しげに睨むしかなかった。
そして、その日から守屋の家が重用されることが決まった。
三田城下に住まう多くの藩主が通う道場に、まだ日も昇らぬ早朝から通いつめ、木刀を振るいつつ思う。
なぜ真剣ではなかったのか。
あの日の試合を帯刀はただただ後悔していた。真剣であったなら、死ねたものをと。
お家の名誉のため死ねるのならば本望であった。しかし、中途半端に生かされてしまったが故に、こうして人目を避けて稽古をする羽目になっていた。
あの日から、それまで期待をかけてくれた父は帯刀を冷遇するようになり、母は仕方のないことと言いつつも、周囲の侮蔑の視線や噂に辟易し、帯刀を屋敷に隠し押し込めるよう使用人に言って回った。
才能が違うというのはわかっていたことだ。親がいがみ合いつつも、弦之助とは同じ道場で肩を並べ、剣を振るった仲なのだ。片や道場のみならず、藩内でも屈指の実力者に数えられる猛者へ成長し、片や道場内ではそれなりの強さだが所詮それまで止まり。
はじめから格が違ったのだ。
一合もまともに打ち合うことができなかったらしい。
無様に剣を弾き飛ばされたらしい。
弦之助は優秀で帯刀は落ちこぼれ。
同じ日に生まれたのになぜこんなに差がついたのか。
何処へ行ってもそんな噂がついて回った。同じ道場の門下でさえ、帯刀を蔑むように見てくるようになった。
やはり才能か。
そんなことは帯刀も解っていた。
それでも。という思いを捨てきれず、家の者の目を盗み、人の居ない早朝から道場赴いては、剣をひたすらに振るっていた。
帯刀が両親の死と秋津家の取り潰しの話を聞いたのは、久々のお上の指示で、隣藩への使いを終えて帰ってきた時であった。
文句ひとつ言わず、それでも腐らず過ごしたのを認めてくださったのだろうか。そんな甘い考えを真っ向から否定するかのように、両親の死は上意によるものだった。だが、上意が下されたことを、帯刀はそれほど不思議には思わなかった。
あの野心家の父が、あのままおとなしくしているとは思っていなかったからだ。恐らくあの試合すら、父に対する牽制であったのだろうと帯刀はみていた。
弥兵衛の話によれば、帯刀の父は藩中の幾つかの家に働きかけて、秋津家の地位向上を謀ろうとしていたらしい。
最悪守谷家を亡き者にしたとしても。
落ち目の秋津に与するものは少なく、謀が漏れたのもそこからだという。そして隆尚の指示により、上意討ちが決まったそうだった。母はそれに巻き込まれたのだろう。
実行したのは弦之助だったという。帯刀の父もそれなりに遣う。万全を期して選ばれたのが弦之助だった。
なぜ帯刀だけが見逃されたのか。それは弦之助が隆尚に同じ道場で切磋琢磨した友は斬れないと直訴したからだという。
突然与えられた仕事はそういう訳だったのだ。
弥兵衛はすべてを聞いたうえで、藩主と守谷家への恨みを抱かずにいられるのなら、いち藩士としてそのまま仕えることを許すという。
「格別のお心遣い痛み入ります。お許しいただけるのなら、父に代わり九鬼家にお仕えします」
そう言って恭しく頭を下げ、帯刀はそれを承諾した。
同じ藩主に代々仕えているが、功を競い合う秋津と守谷。当然のように生まれた子同士も、幼少の折から競い合うように育てられていたのだ。
帯刀は、震える手足を武者震いだと言い聞かせるように鎮め、深く息を吐きだして木刀を上段に構えた。向かい合う男を見据えると、そこには幼少の頃から勝てと言われ続けた相手、守屋弦之助が中段の構えのまま微動だにせず立っていた。
秋津と守谷の対立に頭を痛めた隆尚と家老の狭間弥兵衛が、御前試合に勝った方の家を重用すると宣言し、いがみ合う親同士の因縁を、子である帯刀と弦之助がつけることとなったのだ。
帯刀は背中越しにも伝わってくる、父の鋭い視線の重圧に耐えながら、開始の合図を待つ。
「はじめっ!」という弥兵衛の声とともに、帯刀は弦之助に向かって行った。
帯刀の振り下ろした木刀は、弦之助の振り上げた木刀に容易く巻き上げられる。痺れるような痛みとともに手から木刀が抜け飛んでいく。
帯刀は何も持たない手を滑稽に振り上げたまま、自分の木刀が地面に落ちる音を背に、眼前に突き付けられた木刀をただ憎々しげに睨むしかなかった。
そして、その日から守屋の家が重用されることが決まった。
三田城下に住まう多くの藩主が通う道場に、まだ日も昇らぬ早朝から通いつめ、木刀を振るいつつ思う。
なぜ真剣ではなかったのか。
あの日の試合を帯刀はただただ後悔していた。真剣であったなら、死ねたものをと。
お家の名誉のため死ねるのならば本望であった。しかし、中途半端に生かされてしまったが故に、こうして人目を避けて稽古をする羽目になっていた。
あの日から、それまで期待をかけてくれた父は帯刀を冷遇するようになり、母は仕方のないことと言いつつも、周囲の侮蔑の視線や噂に辟易し、帯刀を屋敷に隠し押し込めるよう使用人に言って回った。
才能が違うというのはわかっていたことだ。親がいがみ合いつつも、弦之助とは同じ道場で肩を並べ、剣を振るった仲なのだ。片や道場のみならず、藩内でも屈指の実力者に数えられる猛者へ成長し、片や道場内ではそれなりの強さだが所詮それまで止まり。
はじめから格が違ったのだ。
一合もまともに打ち合うことができなかったらしい。
無様に剣を弾き飛ばされたらしい。
弦之助は優秀で帯刀は落ちこぼれ。
同じ日に生まれたのになぜこんなに差がついたのか。
何処へ行ってもそんな噂がついて回った。同じ道場の門下でさえ、帯刀を蔑むように見てくるようになった。
やはり才能か。
そんなことは帯刀も解っていた。
それでも。という思いを捨てきれず、家の者の目を盗み、人の居ない早朝から道場赴いては、剣をひたすらに振るっていた。
帯刀が両親の死と秋津家の取り潰しの話を聞いたのは、久々のお上の指示で、隣藩への使いを終えて帰ってきた時であった。
文句ひとつ言わず、それでも腐らず過ごしたのを認めてくださったのだろうか。そんな甘い考えを真っ向から否定するかのように、両親の死は上意によるものだった。だが、上意が下されたことを、帯刀はそれほど不思議には思わなかった。
あの野心家の父が、あのままおとなしくしているとは思っていなかったからだ。恐らくあの試合すら、父に対する牽制であったのだろうと帯刀はみていた。
弥兵衛の話によれば、帯刀の父は藩中の幾つかの家に働きかけて、秋津家の地位向上を謀ろうとしていたらしい。
最悪守谷家を亡き者にしたとしても。
落ち目の秋津に与するものは少なく、謀が漏れたのもそこからだという。そして隆尚の指示により、上意討ちが決まったそうだった。母はそれに巻き込まれたのだろう。
実行したのは弦之助だったという。帯刀の父もそれなりに遣う。万全を期して選ばれたのが弦之助だった。
なぜ帯刀だけが見逃されたのか。それは弦之助が隆尚に同じ道場で切磋琢磨した友は斬れないと直訴したからだという。
突然与えられた仕事はそういう訳だったのだ。
弥兵衛はすべてを聞いたうえで、藩主と守谷家への恨みを抱かずにいられるのなら、いち藩士としてそのまま仕えることを許すという。
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