夢想剣 黄泉蜻蛉

白鯨

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黄泉蜻蛉⑥

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 山を下りてから河川敷に座り、童達の遊ぶ声を遠くに聞きながら、「何故、そんなにも弦之助を斬りたいのか」と流れる川に映る己の顔に、帯刀は問う。
「父が好きだった、母が好きだった。だから敵を討つのか?」再び問うた言葉に、水面の帯刀が失笑する。

 そんな訳があるか……と。

 帯刀は、己の無念や執念を帯刀に背負わせ、いざ使えぬとみると早々に見切りをつけた父も、己の名誉や家の格のため、汚点を押し込めようとした母も、そういう人間だと知っていたからこそ、嫌いではないが、好いてもいなかった。
 そして同時に理解した。どうしようもないほど、自分は秋津家の人間なのだと。
 その時、帯刀の近くの川瀬に石が投げ込まれ、一瞬生まれた波紋が、水面に映った帯刀の顔を歪めた。その顔は、驚いているようにも、怪しく嗤っているかのようにもみえた。
 どうやら石は、いつの間にか側で遊んでいた童達が、水切りをして投げ損なった物が飛んできたらしい。

 帯刀がしゃがみ込んでおり、遊びに夢中で気が付かなかったらしく、二本差しに気が付き、顔を青ざめさせて必死に頭を下げている。
 気にするな。と小さく震える童達に言うと、童達は安堵した表情を見せ、帯刀から離れたところで別の遊びを始める。懲りたのか、水切りは終わったらしい。

 そんな童達を見て、帯刀はなるほどと一人納得する。
 虚を突くとはこれか。
 確かに意識の外にあった石の投擲に、水面を乱すまで気が付かなかった。
 意識の外。思いもがけない所からの奇襲。夜道の暗がりに潜むだけでは足りない。
 本当の虚を突くことができれば、あの弦之助を斬れるかもしれない。
 ふと帯刀が気が付くと、もう日が傾き、空が紅に染まっていた。
 童達が今度は蜻蛉釣りをして遊んでいる
 幼き頃。数えるほどしかなかったが、近場の童同士で遊んだことがあったなと、帯刀は思い出す。
 あの時は弦之助とも仲良く、色々な遊びをしていた。中でも蜻蛉釣りだけは、弦之助よりも幾分か上手かった憶えがある。
 蜻蛉釣りをしている時、弦之助はよく泣いていた。
 なぜ泣いていたのだったか。
 帯刀がそれを思い出そうと瞼を閉じたその時、ある秘剣が脳裏をよぎり、確かに帯刀の瞼の裏に瞬いた。

 なんということを思いつくのか。
 その悍ましき秘剣の産声に、帯刀は一人静かに背筋を震わせた。

 生まれたからには名づけよう。そして、生んだからには振るおう。
 秋津家の人間らしく、ただ己の為に仇討ちをしよう。
 秋の夕焼けより、なお赤く染まるあの日の蜻蛉になぞらえた。

 この『黄泉蜻蛉』で。
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