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黄泉蜻蛉⑩
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睨み合いが続く。
達人同士の先の読み合い、というものなのだろうか、しかし、弦之助から変わらずに打ち付けるような剣気が放たれ、近くに立っているだけで足が震え、気力が削られる。
だというのに、それを気にした素振りも見せぬ帯刀の姿は異常に映る。
ここに至り、帯刀はいまだ刀を抜いていない。ならば『黄泉蜻蛉』とは居合の技なのか。
左右対称に刺した刀を交互に振るうのだろうか、それとも一振りを投じて牽制し、もう一振りでとどめを刺すのだろうか。
才は無いと言っていたが、黄泉蜻蛉を使えば勝てるという確信を持っているからこそ、凡人であってなおあの剣気に耐えうるのだろう。
ともすれば、黄泉蜻蛉とは相手に先を取らせ、それに合わせた後の先を取る技なのだろうか。
息の詰まる緊張感の中、固まる身体に反して流れ続ける思考に、これまでにないほど頭が回っているのを感じた。
だからだろうか次の瞬間の出来事を、私は時がゆっくりと流れるように見ることができた。
切っ掛けは私が唾を飲み下した音だった。
無意識に出したそんな小さな音が、命を削り合う死合の合図になったのだ。
先を取ったのは弦之助。間合いを一息に詰める。
それを迎える帯刀は未だ刀を鞘に納めたまま、柄に手を添えている。弦之助が迫る中、その顔にはうっすらと笑みが浮かんでいた。
さらに詰まる間合い。いざ剣を振らんと弦之助が握る柄にじっとりと力を込めたその時、ついに帯刀が動いた。
半歩斜めに踏み込む。その足取りは力強いものではなく、まるで散歩をするかのようで、この非日常の中にあり、その異様さが浮き彫りになっていた。
さらに腰を深く沈め、添えていた手に閉じて柄を握る。弦之助から身を守るように背を曲げ半身になる構えの中、顔だけが不自然に正面から弦之助の方を向き、それはまるで……。
ついに互いに刀の間合いに入った。弦之助の刀が流れるように動き、帯刀の刀は未だ鞘中にあった。
闇夜に月あかりを反射して、光が一筋煌めいた。
「え?」
それはどちらから出た言葉だったろうか。
私か、それとも。
どさり……と、何か重いものが落ちた音が遅れて耳に届いた。
目の前には残心もなく、油断なく振りぬいた刀を戻した弦之助と、姿勢を変えず顔だけが消えた帯刀の姿。
ああ、落ちたのは帯刀の頭なのか。
私はどこか平坦に目の前のことを認識した。
勝てるとは何だったのか、秘剣とは何だったのか、動くこともできず頭を無くし、なお倒れず構えたままの帯刀の身体を見ても、まるで幻を見ているように思え、実感がわかなかった。
だが、理解が追いつくと、凄惨な人斬りの現場を目撃したはずなのに、恐ろしさよりも先に怒りが込み上げてきた。
黄泉蜻蛉など存在しなかったのかと。
無性に叫んで転げまわってしまいたい気持ちを感じつつ、残った理性が自分と同じく取り残されたもう一人に視線を向けた。
私と同じく実感がないのだろう。勝利の喜びも、友を斬った無念さも、なにもなくただ立ち尽くしている弦之助。
それでも終わったことはわかったのか、ゆっくりと構えを解き、力なく腕をだらりと下げた。
しかし、まさか、この瞬間を狙っていた者がいたなんて思いもしなかっただろう。
その時、私は黄泉蜻蛉を目にしたのだ。
達人同士の先の読み合い、というものなのだろうか、しかし、弦之助から変わらずに打ち付けるような剣気が放たれ、近くに立っているだけで足が震え、気力が削られる。
だというのに、それを気にした素振りも見せぬ帯刀の姿は異常に映る。
ここに至り、帯刀はいまだ刀を抜いていない。ならば『黄泉蜻蛉』とは居合の技なのか。
左右対称に刺した刀を交互に振るうのだろうか、それとも一振りを投じて牽制し、もう一振りでとどめを刺すのだろうか。
才は無いと言っていたが、黄泉蜻蛉を使えば勝てるという確信を持っているからこそ、凡人であってなおあの剣気に耐えうるのだろう。
ともすれば、黄泉蜻蛉とは相手に先を取らせ、それに合わせた後の先を取る技なのだろうか。
息の詰まる緊張感の中、固まる身体に反して流れ続ける思考に、これまでにないほど頭が回っているのを感じた。
だからだろうか次の瞬間の出来事を、私は時がゆっくりと流れるように見ることができた。
切っ掛けは私が唾を飲み下した音だった。
無意識に出したそんな小さな音が、命を削り合う死合の合図になったのだ。
先を取ったのは弦之助。間合いを一息に詰める。
それを迎える帯刀は未だ刀を鞘に納めたまま、柄に手を添えている。弦之助が迫る中、その顔にはうっすらと笑みが浮かんでいた。
さらに詰まる間合い。いざ剣を振らんと弦之助が握る柄にじっとりと力を込めたその時、ついに帯刀が動いた。
半歩斜めに踏み込む。その足取りは力強いものではなく、まるで散歩をするかのようで、この非日常の中にあり、その異様さが浮き彫りになっていた。
さらに腰を深く沈め、添えていた手に閉じて柄を握る。弦之助から身を守るように背を曲げ半身になる構えの中、顔だけが不自然に正面から弦之助の方を向き、それはまるで……。
ついに互いに刀の間合いに入った。弦之助の刀が流れるように動き、帯刀の刀は未だ鞘中にあった。
闇夜に月あかりを反射して、光が一筋煌めいた。
「え?」
それはどちらから出た言葉だったろうか。
私か、それとも。
どさり……と、何か重いものが落ちた音が遅れて耳に届いた。
目の前には残心もなく、油断なく振りぬいた刀を戻した弦之助と、姿勢を変えず顔だけが消えた帯刀の姿。
ああ、落ちたのは帯刀の頭なのか。
私はどこか平坦に目の前のことを認識した。
勝てるとは何だったのか、秘剣とは何だったのか、動くこともできず頭を無くし、なお倒れず構えたままの帯刀の身体を見ても、まるで幻を見ているように思え、実感がわかなかった。
だが、理解が追いつくと、凄惨な人斬りの現場を目撃したはずなのに、恐ろしさよりも先に怒りが込み上げてきた。
黄泉蜻蛉など存在しなかったのかと。
無性に叫んで転げまわってしまいたい気持ちを感じつつ、残った理性が自分と同じく取り残されたもう一人に視線を向けた。
私と同じく実感がないのだろう。勝利の喜びも、友を斬った無念さも、なにもなくただ立ち尽くしている弦之助。
それでも終わったことはわかったのか、ゆっくりと構えを解き、力なく腕をだらりと下げた。
しかし、まさか、この瞬間を狙っていた者がいたなんて思いもしなかっただろう。
その時、私は黄泉蜻蛉を目にしたのだ。
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