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犠牲
しおりを挟む平たい顔の賢者が苦い表情になる。
「……儂の想像と違う力じゃと?」
――そう……これは……全てを無に返す力……。暴走なんかじゃない。
ギルを想う気持ちを……恋心を……全ての世界の記憶を……解き放つ。
賢者は地に倒れ伏せていた。
カインの方を見ると、若干身体の色が薄まっているような気が……。
召喚者達は悶え苦しんでいた。
「……クリス姉さま……ありがとう……私を……消してくれて……」
プリムは泣きながら手を胸に合わせていた。
その姿からは敵意も邪悪さも感じられない。
子供の頃、私の後ろに付いてきたプリムであった。
私はプリムにほほえみかけた。
プリムは嬉しそうな顔で……儚く消えてなくなってしまった……。
「……さよなら、プリム」
「くそ!! このままではカインの繰り返しが発動してしまうのじゃ……、駄目だ……儂は……クリスの力とこの世界全てを犠牲にして異世界の次元をこじ開けるのじゃ!!」
賢者は私の力の前で一歩も動けないでいた。
「大丈夫よ。カインの力も消えてなくなっているわ。……ねえ、私は何者なの? あのカインは何? ……最後に教えて?」
声がかすれてきた。
賢者は観念したのか、地面に寝っ転がってしまい、そのまま私に語り始めた。
「……二千年は長いんじゃよ……。儂はこの世界に召喚された異邦人じゃ。……仲間と共に……数多の冒険を繰り広げ……力を手にし、不老不死の実を喰らい、神と名乗る外敵と戦ったのじゃ」
召喚者達の叫び声も消えてなくなり、精霊の森には静寂しか無かった。
カインは意識が戻ったのか、私達のやり取りを注意深く見ていた。私と一緒で……存在が薄れていた。
「ふぉふぉ、いくら時間が過ぎようが、儂は日本に帰りたかったのじゃ。家族に……恋人に……仲間に……会いたかったのじゃ!!」
「だから儂は世界中を旅をしたのじゃ。色々な実験をしてみたのじゃ。……その中で儂は帰還出来る装置を作る事が出来たのじゃ……」
賢者が私とカインをゆっくりと交互に見た……。
……そうね……おかしいと思っていたのよ……。
「お主ら二人は、儂が作った装置なのじゃ。……すまん」
カインの身体が震えている。
「……はぁ~。マジかよ……。自分がおかしいと思っていたけど……作られた存在とはね……。じゃあ俺の記憶は?」
「それは儂が埋め込んだ記憶じゃ……お主は本当は……身寄りがない孤児じゃった。儂が二人の幼い孤児を引き取り……数々の秘宝と魔術実験により、元の人格は無いのじゃ」
「……とんだ外道だな」
「ふぉ、お主はクリスが失敗した時のただの保険。一回しか使えないクリスの力を再び使えるようにするために、時間を巻き戻す力を備えた特殊な装置(カイン)なのじゃ。……じゃが……貴様はギルバードと出会ってバグが起きてしまったのじゃ!!」
――ギル……あなたの事を思うと……胸が痛むわ……。こんな所で私達を救ってくれていたのね……。
ごめんなさい……私は長くこの世界にいられない。
カインが自分の身体を抱きしめていた。
「バグ……だと? ――俺はギルのおかげで繰り返しの力を得たのか?」
「うむ、殺せば任意の時間に戻れる。いつでも殺せると高をくくっていたのじゃ……。まさか、ギルバードとの接触で変化していたなんて思わなんだ……」
賢者の姿が徐々に変わって行く。緩やかではあるが、どんどん年老いた姿に変貌する。
「ふぉふぉ、不老不死の力も無くなってきたのじゃ。……クリスは特別な宝玉を心臓に埋め込んだ史上最強の力を持つ兵器なのじゃ! 死を感じた時、絶望を感じた時、クリスは暴走するのじゃ。力が育つまでは公爵家の子供として育てていたのじゃ……。その力を利用して、儂の力でも出来なかった異世界移動を試みる……はずじゃったのじゃ……」
「……だけど、カインが死ぬと繰り返しが起こってしまうのね? だから私の力を使っても、この世界が繰り返すからやり直しするはめになる、ということ?」
「ふぉふぉ、今回、帝国の女の占いによって、ようやくこの世界が繰り返している事に気がついたのじゃ……もう繰り返すのは嫌なのじゃ……だからカインを封印して、クリスを暴走させて……」
私達の間に沈黙が降りた。
賢者はカインの繰り返しを無くして、私の力で自分の世界に帰りたい。
カインは初めて出会ったギルを救いたい。
私は……この世界のギルを救いたい。
ねえ、これは私達のわがままでしょ?
……うん、私はギルと出会えて幸せだった。既視感があったのは何度も会っていたからだったんだね?
優しいギルは私の宝物。いつも無愛想な顔には優しさが見え隠れする。こんな私を愛してくれた大切なギル。本当にありがとう。
「賢者……様。ギルを殺さなくても、あなたはニホン? っていう国に帰れればいいんでしょ? カインは一番初めの世界に戻って、ギルを救いたいんだよね?」
「……ふぉふぉ、出来れば何も犠牲にせず帰りたいがのう、二千年無理じゃったからな」
「クリスちゃん? ねえ……止めて……君はこの世界のギルと幸せになるんだろ!!」
私はカインの言葉を無視した。
「……なら諦めないで!! あなたは私達にひどい事をしたかもしれない……世界を壊そうとしたかも知れない! だけど、あなたにだって大切な人がいるんでしょ!!!」
――この世界の私は、今までの私を犠牲にして、最高の可能性を掴んだ世界。
私は力を賢者に向けて収束し始めた。
「こ、この力は……暴走せずにじゃと……これならば…」
賢者の身体が急速に若返っていく、そしてブツブツと何かの呪文を唱え始めた。
その顔は涙で歪んでいた。
「……すまなかったクリス……儂がもっと可能性を信じれば……お主達が消えない世界を……」
賢者の身体が徐々に薄れていく。
そして身体から発生した光に包まれて、賢者はあっけなくこの世界から消えて無くなってしまった。
私はカインと向かい合う。
力なく倒れ付しているカインは叫んだ。
「やめるんだクリスちゃん! 僕は……クリスちゃんが横にいるギルが好きなんだ!! だから君が消えて無くなったら意味がないよ!!」
「……ありがとうカイン。……いいのよ、私はギルが生きてくれるなら……それで……」
「嘘言うなよ! じゃあなんで泣いてるの!!!」
――私の頬に涙が伝う感触があった。
「……初めの世界のギルを救ってね。……もしも私とあったら私も救ってね。ついでに賢者様の陰謀も阻止してね」
「……はは、荷が重いよ」
カインが力なく笑う。
その時精霊の森がざわめいた。
――もう精霊の力は無いはずなのに精霊達が蘇る?
駄目。
来ちゃ駄目。
魔獣の咆哮が森に響く。
「――わふーん!! がるるぅわふんわふうん!!!」
森をかき分けて飛び込んできたのは、騎獣に乗ったギルであった。
「な、なんでここに……」
私の決意が揺らいでしまいそうになる……
「――クリスーー!!!」
ただ私の名前を叫ぶ。
騎獣から飛び降りて少しでも早く私の元へ近づこうとするギル……。
焦った表情はつらそうで悲しそうで……見ていられなかった。
カインがギルに叫んだ!!
「ギル……お願い、クリスちゃんを止めて!! 俺はこのまま消えてしまっても構わない!! だから……」
「カイン!? ――ふん、わかった」
カインを見た瞬間、ギルはまるで今までの事が無かったかのような態度を取る。
二人が親友だという証ね。
ちょっと嫉妬しちゃうわ。
でもね、私は、もう、駄目、なの。
私の存在が消える。この世界にいた痕跡をなくして、私は消える。
大丈夫よ。カインが初めの世界を救ってくれるわ。
カインの身体の中にある、時を操る宝玉を感じ取る。
それを私の力で上書きをする。
カインがたまらず叫んだ。
「クリスちゃん!! はぁはぁ……わかったよ……。だけどね……僕は諦めないよ……こんなエンディングは絶対認めない!! くっ! 身体が……」
「カイン!? どういうことだ!」
「はは……最後にこの世界のギルに会えて良かったよ……。僕の大切な……親友……今までありがとう……」
ギルがカインに駆け寄り、身体を支えようとした、が、ギルの両腕はカインの身体を通過してしまった。
「カイン……やっと会えたのに」
「……ふふ、僕の事はどうでもいいから……クリス……ちゃんを……よろし……く」
カインは淡い光に包まれてこの世界から旅立って行った。
「――――――――っ!!!!」
ギルは涙をこらえて声にならない咆哮をあげた。
――次は私の番。もう、私に力は残っていないわ……
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