婚約破棄の無能令嬢 魔力至上主義の王国を追い出されて……

うさこ

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ギルバードの本気

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「クリス? なぜ身体が透けている?」

 触れば壊れる。そんな物を扱うようにギルは恐る恐る私に喋りかける。

「……これでいいの……今までが良い夢を見れたの……」

「……なんだそれは、俺は納得しないぞ!! 聖女を封印して、これから結婚式準備に入って……俺達は幸せになるんじゃなかったのか!!」

「ギルは死んじゃうはずだったの……こうするしか方法は無かったのよ……。ギルごめんなさい……私はこの世界から完全に消えてしまうわ……」

「どうすればいい!! 俺はクリスがいなければ……クリス……消えないでくれ……」

 ギルの手を私の頬を優しく撫でようとした。
 その手は私を通過して空間を掴むだけであった。

「なんで俺の精霊力が使えない……なんでクリスを抱きしめられない……俺はクリスを助けられないのか?」

 ギルの瞳からは自然と涙が流れていた。

「……ギル……」

 私は言葉さえ上手く発する事が出来なかった。
 意識が薄れていく……。

 ギルの存在だけが感じ取れる……。



「ギルバード様ーー!! 諦めないでくだしゃい!!!」
「――占いは外れたほうがいいのよ。ギルバード、抗って!」
「ちょっと! クリス消えかけてるじゃん!! そんなのいやだよ!? ギルがどうにかしなさいよ!!」

「お前ら……」

 ――みんな……最後に会えて良かった……みんなに会えたから私は幸せだったの……。


 ――バイバイ。


 最後の力を振り絞って私はみんなに笑いかける。

 そして、

 私は力とともに存在が消えて無くなってしまった……。





 ********





 俺たちは精霊の森の中で佇んでいた。
 胸にポッカリと穴が空いた喪失感。
 だが、何が原因かわからない。

「……なぜ俺は泣いている……」

 俺の従者のテッドも涙を流していた。
 友人のアリッサとミザリーもこの場にいて、ひどく悲しそうに佇んでいた。

「――わからないわ。……なんかもう占い出来ないかも……何も見えないの」

「なんでここにいたんだろ? ねえ、そろそろギルの誕生祭が開催されるよね? その準備……だっけ?」

「ギルバード様……ひどく悲しい出来事があった気がしましゅ……でもわからないでしゅ……」

 俺はあたりを見渡した。
 いつも通り心地よい静寂の精霊の森。……いつもより精霊の声が聞こえない?

 どういうことだ?


「……ここで悩んでいても仕方ない。帰るぞ……ん?」


 俺の足元には一本の短剣が落ちていた。
 短剣というにはみすぼらしい……これはペーパーナイフか?

 なぜか俺はそれに興味を引かれ、いつのまにか懐にしまい込んだ。

 そして俺達は帝国城下町に帰る事にした。




 この世界は平和だった。
 暴君だった王国を制圧して、共和国の独立を支援して、隣国との関係も順調にいっていた。
 親父は俺が真面目に学園に行って勉強したり、俺が兄貴の手伝いをすると嬉しそうに豪快に笑う。

 ――何かが足りない。

 従者のテッドは休みを取る機会が多くなっていた。
 ……テッドは探しものをしているみたいだ。変な話しだが、本人もそれが何かわからない。

 もうすぐ俺の誕生祭が行われる。
 その時、東の国のお姫様が来て、俺とお見合いをする予定であった。

 ――俺は誰とも結婚をするつもりはない。

 ……元々女性に興味は無かったが、ここ最近は全くといいほど心が揺れ動かなかった。

「……生涯独身になりそうだな。跡継ぎは兄貴の子供でいいしな」

 俺は自分の部屋で一人喋っていた。

「そういえば、テッドから言われたが、俺が昔よりもよく喋るようになったらしいな? ……ふん、雰囲気も柔らかくなったと言われたが、そんなのわからん」

 手慰みに机の上に置いてあったペーパーナイフを弄ぶ。

 ――この刻印は王国の物か。……精霊の森は帝国民しか入れない場所だぞ? ……しかし、なぜだ? これを持つと心が落ち着く……懐かしくて……胸が痛くなる……。

 俺は気分を変えるため、帝国学園服に着替えて、町を散策することにした。

 王国に襲われた傷跡はすっかりと癒え、町は活気を取り戻していた。

 町を歩くと、みんな俺に話しかけてくれる。

「皇子! 祭り楽しみだな!」
「ほらよ! 採れたてのアップル持ってけ!」
「ギルバード様だ! わーい、遊ぼ!!」
「わんわんわんわん!」
「こら、そこでおしっこしないの!!」

 町にいると俺は幸せな気分になる。
 みんなで守った城下町。
 王国の魔法陣から放たれる魔法を帝国のバリアが止めて、転移して来る貴族兵をテッド達と打ち取る。

(――思い出せ)

 そして、悪の権現の国王とナイツ公爵が乗り込んできて……?
 俺の精霊剣が……?

(――いい加減にしろ。お前は誰だ?)

 俺か? 俺はギルバードだ。ギュスターブ家の第二皇子だ。

(――消えた場所に行け)

 場所? どこの事を言っている? というかこの声はなんだ?


(――あいつが言っただろ? この世界の理不尽さを思い出せって、な)



 俺はしばらく立ち止まっていたのだろうか?

「あ、あのギルバード様? いかがされましたか?」

 町の人が心配して声をかけてくれた。その手にはポーションが握られている。

「……ああ、少し考え事をしていただけだ。……ふん、それはポーションか?」

「は、はい、もしかしたら祭りの準備でお疲れかと思いまして……」

 俺は男が持っていたポーションを手にとって、一気に飲み干した。
 その味はまるでモンスターが腹で暴れるような錯覚に陥る。身体のエナジーが溢れてくるのがわかる。

 俺は男にポーション代金を渡して、町を出ることにした。







 精霊の森に入り、俺のお気に入りの泉へと向かう事にした。

 森を歩くと、奥から妙な気配を感じる……。
 ……精霊力か? 魔力か?

 俺は走った。がむしゃらに走った。
 なぜだかわからない。ここ最近の俺の胸の空洞を埋めてくれる物かも知れない。

 草木をかき分け俺は前に進む。

 この程度の運動で息が上がるはずが無いのに、鼓動が早くなってきた。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 俺は何に期待しているんだ? 俺は最高の友達に囲まれて、最高の家族がいて、最高の帝国民達に見守られている。

 そんな俺に足りないものはなんだ?

 恋人? そんなものいらん。
 俺に必要なものは……

「――――だ!!!」

 俺は何を叫んだ? 自分でも理解出来なかった。

 そして、俺は妙な気配がある泉にたどり着いた。



 そこは泉があるだけで……何も無かった……。

 ――確かに何かを感じた……。
 俺の全細胞が告げる。ここが俺の正念場だ。……俺の本気を出せ。

(――ふん、貴様は俺だ)
(――貴様は最強だろ?)
(――いつも死んでばかりで迷惑かけ過ぎだ、このバカ)
(――貴様がしっかり手を握らないからだ、俺にかわれ)

 俺は懐に入れていたペーパーナイフを手に持った。

 何も無いはずの空間をじっと見つめる。

 空間が次第に女性の形の輪郭を持ち始める。
 やがて、半透明な裸体の女性が浮かび上がった。

 ――精霊? ……違う……もっと神性があるなにかだ……。

 女性は目をカッと開いた。

「――私は聖女。罪を償うために万の地獄をめぐり、女神様の恩赦をいただきこの場に一時的に復活することができました」

 違う。こいつじゃない。
 俺の心の穴を埋めるものは。

「……そう落胆しないで下さい。私の目的とあなたの目的は同じです」

 俺の目的? 俺でさえ理解していないんだぞ? 胡散臭い女だな……

「……あなたからは姉様の気配を感じます。……そのナイフから」

 女は泉の上を歩く。
 水面は大きな波紋が重なり合い、美しい模様を描いていた。


「――――あとは繰り返しを乗り越えたあの男の力ね」

 そう言うと、泉からなにかが浮かび上がってきた。
 ゆっくりと浮上するそれは……大きな槍であった。

 身の丈を超えるその槍は竜の形をしており、神々しさを感じられた。

 その槍が水面を飛び跳ね、俺の目の前の地面に突き刺さった。
 槍から叱咤の声が伝わる。

『――ギル! 俺は元気でやってるよ!! こっちが一段落したから力を貸すよ!! ――そっちの世界のギルも愛してるよ!!!』

 誰だかわからない声。
 ひどく懐かしくて……心を揺さぶる……。

「……ふん……感謝……する」

 俺は右手で槍を掴んだ。
 左手でナイフを持つ。

 泉の上に立っている聖女が俺を真っ直ぐ見据えた。


「さあ、準備は万端よ。……長かったわ、でも私の罪はこれで消えるわけじゃない……私も姉様にいつか謝罪を……」

 聖女の身体が光り輝く。
 泉の水面が暴れ始めた。
 聖女を中心に凄まじい精霊力が収束していく。


 ――思い出せ……これはただの作業じゃない。俺の感情が必要だ。


 俺は目を瞑る。
 槍とナイフに意識を集中させる。

『お願いします! 私に戦うすべを教えて下さい!』
『……ありがとう、学園まで来てくれて』
『え!? どうするか決めてない!』
『ふふ、帝国って素敵な場所ね……』
『残念ね……私は仮面婚約者だったのね』
『嬉しいわ……本当に嬉しい……』
『大丈夫! だってギルの親友でしょ? きっと何か理由があるのよ』
『うん、これで聖女を倒せたね……え、結婚式!? きゅぅ……』
『私は……ギルを……愛している』



 俺は刮目した。

 ナイフと槍から流れる力で俺の記憶が補完される。
 俺の精霊力が膨れ上がる。






「クリスーーーーーーーーーーーーッ!!!」





 ただその名を叫んだ!

 聖女が薄っすらと笑みを浮かべる。
 そして俺に頷いてきた。

 俺は精霊力を全開で槍を聖女めがけて投げつけた。

 槍が聖女の腹に突き刺さる。
 聖女の腹が形を無くし、闇の空間だけが広がっていた。

 その闇を槍が光を照らし出す。

 俺は水面を走り、聖女の胸にナイフを突き刺した。

「……ありがとう。……これで鍵は開けられたわ。……私は女神様の裁きに戻ります……姉様を救って下さい……。――え、め、女神様? ……はい……ええ……しかし……わ、わかりました……」

 聖女はなにやらブツブツ言いながら消え去った。
 そして槍とナイフが突き刺さった空間だけが残された。



 俺は躊躇無く空間に手を突っ込んだ。
 凄まじい圧力が俺の腕に襲いかかる。腕がいつちぎれてもおかしくない。

 ――うるさい。

 それでも俺は……

「クリス!!! 俺の手をつかめ!!!」

 俺は必死になって空間の中ヘ手を伸ばす。
 全身に激痛が走る。その痛みは即死してもおかしくないほど。

 ――関係ない。

 指先に何かが触れた。
 俺の手を掴めそうでつかめない。もどかしい。

 俺は更に身体を空間の中に押し込んだ。
 顔の半分が焼けるような感覚に陥った。

 ――片目が見えればいい。生きていればいい。


 か細い手が俺の腕を掴んだ。
 その手を大事に……しっかりと握りしめる。


 ――意識をなくすな。


 闇が絡みつくように俺の手を奥へ持ってこうとする。
 身体がピクリとも動かない。
 そんな中、握りあった手の温かさが俺を勇気づけてくれた。


(――貴様は一人じゃない)
(――ふん、今までこの世界を経験した俺たちもいるぞ?)
(――今、一つになる時が来た)


 ああ、死んでいった貴様らは忘れない。俺の糧になれ!!

 俺は最後の力を振り絞った。
 握りあった手はどんな事があっても離れない。

 それは闇を切り裂き、前へ進む。

 俺の手が闇の力を凌駕する。少しずつ……俺の身体が動き始めた。




 そして……握りあう手が……闇を超える。






 俺のこんな顔は誰にも見せられないだろう……。
 ふん、お前以外にはな……。




「クリス……おかえり……」




 闇は自分を喰らい尽くすように収束していった。
 そして女神のような存在が水面に立っていた。



「……ただいま、ギル」




 美しいクリスの顔は涙でボロボロだ。
 俺も人のこと言えないがな……。


 俺たちはお互い力が抜けてしまった。


「ひゃ!?」
「うお!?」


 二人、抱きしめ合いながら精霊の泉に落ちてしまった

 そして俺たちは水中で顔を見合わせる。
 クリスの笑顔がたしかに存在していた。


 俺はクリスを強く抱きしめた。
 抱き合いながら俺たちは水辺にたどり着く。


 そして俺達は再び見つめ合った。


「……まさか帰ってこれるとは思わなかったよ……まだ実感が無いよ……」


「ふん……これでも実感がわかないか?」



 俺はクリスに顔を近づけ、キスをした。
 存在を確かめるように、俺達は長い長いキスをした……。





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