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バージンロード!
しおりを挟む私は賢者様の邸宅にいまだ住んでいた。
あれだけの所業をした賢者様だけど……彼がいたから私はギルと出会えたのかもしれない……。
賢者様に引き取られなかったら、私とカインはスラムで死んでいたかも知れない。もしかしたら違う幸せを送っていたからも知れない。だけど、私の一番の幸せはギルと一緒にいること。
八歳以前の記憶は思い出せない。だけど……いつも公爵家に遊びに来ていた賢者様。
兵器としての私の様子を見ていただけかも知れないけど、あの優しい顔は本当だったのかもね……。
――元の世界に帰れているといいわね。
机の上に転がっているペーパーナイフを見つめる。
……ギルは素性が知れないこんな私を愛してくれると言ってくれた。
テッドもアリッサもミザリーも、みんなみんな私を思い出してくれた。
ありがとう……私は本当に幸せになってもいいのね……。
私は闇の中を彷徨っていた。
そのまま闇に飲まれて消えるハズだったのに、突然、光が差し込んで来て……そこを目指してもがいていたら……温かい何かに触れることができた。
すぐにわかった。これはギルの手だって……。
だから私は必死にもがいた。……一度は捨てたこの命。
――奇跡なんて信じられない。だけど奇跡は起こせるのよ。
「ク、クリス様! そろそろ時間でしゅ!!」
緊張気味のテッドが私の部屋をノックした。
「ええ、今行くわ」
大半の力を失った私は、また無能令嬢となってしまったが、それでも構わない。
だって、私には大切な仲間がいる。
私は部屋のドアを開け放った。
そこには綺麗なタキシードを着たテッドがソワソワと直立不動していた。
「あらテッド、素敵なお洋服ね……今日はよろしくね」
「ひゃい!? こ、転ばないように頑張りましゅ……」
「ふふ」
私はテッドの手を掴んで帝国城へと向かった。
今日のテッドは私のエスコート役。
私の家族は誰もいない。……テッドが家族みたいなものよ。
だからテッドは私の手を引いて帝国城までエスコートしてくれるの。
帝国中から集まった民達が私を熱く歓迎している。
「クリスちゃんーー!!」
「また冒険者ギルドに来てね!! 永遠のSランク冒険者だよ!」
「うわぁ……まだドレス着てないのにすごく綺麗」
「う、ぐぅ……ぐすっ……やっとクリスちゃんが幸せに……」
「ばか! もうクリスちゃんなんて呼べねえよ! クリス様だろうが!」
「テッド君ーー!! きゃーー!! 可愛い!!」
今日は道路も馬車が通らない。特別なイベントの日。
私とギルとの……結婚式……兼ギルの生誕祭。
「ふふ、二人で歩くと王国の日々を思い出すわね……」
「……苦しい日々でした……だけど、僕に優しくしてくれた賢者様やタナカ君の事はわすれましぇん。……クリス様の結婚式を間近に見れて僕は光栄でしゅ」
カチコチに緊張しているテッドを見たらおかしくなってきた。
「ふふ、テッドは私の家族よ。……あなたもそろそろ結婚してもいいんじゃない?」
「ひゃい!? ぼ、ぼ、僕は……」
「ほら来たわよ」
前からアリッサとミザリーが走ってきた。
「おーい! クリス! ……なんだまだドレス着てないじゃない! もう、早く見ようと急いで着たのに!」
どこからともなく執事のセバスがアリッサの横に現れた。
……相変わらずね……神出鬼没だわ……。
「……お嬢様は今日の結婚式が楽しみ過ぎて夜も寝られなかったです。……おかげでお嬢様が寝るまで話し相手をしてやったから寝不足でございます」
心なしか目元にクマができている二人。
私はちょっと意地悪をした。
「……あれ? 二人はそんなに仲良しな関係だっけ?」
アリッサの顔がサファイアレッドみたいに真っ赤になってしまった!
「むきーーっ!? わ、私はセ、セバスの事なんて……う、ううぅ……だってセバスとのお喋りが楽しかったんだもん」
セバスも恥ずかしかったのか、一瞬だけ顔を赤らめて、また消えてしまった。
「……はは、仲が良いね」
ミザリーが赤い顔のアリッサの頭を撫でている。
「……クリスさん、こいつらの事は放っておいて。どうせセバスは趣味で執事をやっているだけだから。実は帝国の超大物だから」
「本当?」
「ふふ、意外とお似合いな二人。――テッド君……私はいつまでも待ってるからね?」
セクシーな胸を強調してテッドに迫るミザリー。
テッドはタジタジであった
「ひゃ!? ……ぼ、僕はクリス様の従者で……」
「テッド」
テッドは真剣な顔になった。
「はい。……僕がもっと立派に成長したら……その時は……」
「はう!?」
え、ミザリーの声? ミザリーは鼻血を吹き出して道の真ん中に倒れてしまった!
「ちょっと、ミザリー!? もう、これから式なんだからしっかりしなさい! ――クリスは先に行ってて! 私達もすぐに行くから!!」
「うん! ……アリッサ、友達になってくれてありがとね!!」
「~~~~っ!?」
私とテッドは二人を道の真ん中に置いて先に進む事にした。
帝国城に入ると控室に案内される。
私はそこで結婚式のドレスに着替えることになっていた。
椅子に座り、専門の美容係が私に化粧を施す。
――本当はみんな揃って結婚式を上げたかったけどね……それは不可能な事。
この世界の人はカインの記憶が無い。
誰も彼の事を覚えていない。
カインはきっと初めの世界に戻れたんだろうね。上手く行ったのかな? うん、上手く行ったから私の手助けができたんだろうね。
でもちょっと嫉妬しちゃうわ。だって初めの世界のギルとラブラブなんでしょ? ぷすーーっ!
「ク、クリス様、動かないで下さい……」
「あ、はい!」
なんにせよ、カインも幸せになってほしいわ。……ただの装置だなんて悲しすぎるわよ。
あのバカでチャラチャラした男で、私のギルに色目を使って、世界を何度も繰り返す羽目になって、私を殺そうとしたり、私達を裏切って不安にさせたり……
あれ、やっぱりなんかムカつくわ!!
……ふん、私だけはたまに思い出してあげるわ。
そんな事を考えているとお化粧は終わったらしく、私はドレスの袖を通した。
今日はとても天気が良い。快晴である。
だから今日の結婚式は、帝国城の庭園で行う事になったわ。
この国というか、この世界の文化には賢者様が残した物が沢山あった。
王国で出土する変な馬車とか、スマート水晶とか、結婚式も賢者様のいた世界の物がベースとなっているらしい。
帝国には宗教なんて存在しない。あるのは精霊に対する慈しみだけ。
当事者たちが誓いを立てて、その後はみんなで飲んで騒いで過ごす事になる。
広い庭園は樹木に囲まれて、テーブルごとに区切られていた。
旧王国からの出席者……レオンとその側近たち。……あれはテッドが言っていた地味顔のタナカ君もいるわね。ふふ、テッドが喜ぶわ。
レオンはどうでもいいかしら……でもまあ真面目に旧王国を治めているらしいから、後で一声かけようかしら。
共和国の人間や、隣国の獣人族たち、遠方の東の国の人たちは着物と呼ばれている綺麗なドレスを着ていた。
――なんだろう……すごく……顔がひらたい……絶対賢者様が関わっている国でしょ!?
東の国の人達がみんな賢者様に見えてきた……。
もう、本当にしょうがない人ね。
あ! 賢者様と一緒に魔法省から来た研究者の人達もいるわ!
すごくキョロキョロして大興奮している……肉を素手で食べてるわ……。
ちょ、止めて! そんな所で魔法実験しないで!?
……ふぅ……ミザリーが取り押さえてくれてよかったわ……
テーブルは東と西に分かれていて、間に大きな真っ白な絨毯が引かれている。みんな注意して底を踏まないようにしていた。
うぅ……私、あそこを歩くんだ……テッドじゃないけど緊張してきたわ……。
帝国の重鎮も勢揃い。
ギルのお父様なんて、もうお酒を飲んでお義兄様のアルベルト様に絡んでいるわ……。
あ、騎士団長と宰相に止められている……。
ふふ、なんだか微笑ましい気持ちになってくるわ。
――さて、そろそろかしら……
私はテッドと合流して式の準備に入った。
「皆様、お静かにして下さい!! ほら、そこ! 酒飲んでるんじゃねーよ! ――ごほん、それでは司会兼、この国の宰相をやっているホークが司会をする!! あー、もう騒ぎすぎだ!! 俺はいつもいつもギュスのわがままに苦労して……ギル坊の後始末を子供の頃からして……まともなのはアルベルトだけだ!! くそっ、俺にも酒もってこい!!!」
周りからは歓声が湧く。静かになるどころか、ますます会場はヒートアップしてしまった。
というか宰相さん……ホークって名前なのね。もっと知的な人かと思ったら……やっぱりギルのお父さんの宰相ね。
ま、まあ、これで始まりでいいのよね?
会場のドンちゃん騒ぎをかき消す声が響いた。
「――黙れ」
バージンロードにギルが現れた!
ギルはこの長いバージンロードの丁度真ん中あたり仁王立ちをした。
その姿に会場のお客さんが口を開けたまま呆けてしまった。
そして数秒後、お客さんは大喜びで歓声が更にヒートアップしてしまった!?
ちょっと!!
真っ白で豪華なタキシードに負けないギルの堂々とした立ち振る舞い。
端正な顔は困難を乗り越え、以前よりも更にカリスマ性があり、見てて……眩しい。
無愛想な顔はいつも通りだけど、少しだけ口角が上がっているのがここからでもわかった。
私の胸がドキンと跳ね上がる。
……涙が出そうになるけど、まだ駄目。
「テッド、行くわよ」
「はいでしゅ!!」
テッドは隠蔽術式を解き放った。
私たちはバージンロードの末端に突然現れた。
騒いでいた会場に静寂が訪れた。
私は純白のバージンロードの歩きだす。
「はぁ……ため息しかでないわ」
「綺麗……」
「のう、わらわと同レベルの美しさを初めてみたのじゃ」
「クリス……良かった……本当に良かった……俺を許してくれてありがとう」
「テッド君、立派になって……ぐすっ……僕も頑張るよ……」
私は今日、真っ白なドレスを選んだ。不完全な私だけど、これからギルの記憶で埋めて欲しいという想いから……。
ゆっくりとギルに近づく。
ギルは前を見据えていた。
私はギルの背中を見つめる。
そんな私をテッドが支えてくれる。
ドレスの両端をアリッサとミザリーが持ち上げてくれている。
会場は私とギルに釘付けになってしまった。
テッドが頭を下げて後ろへ下がった。
そして私はギルの横に並んだ。
私達は前を見ている。
「……ふふ、初めの出会いは険悪だったのにね」
「ふん、あれはクリスが突っかかってて来たんだろう?」
私達は自然と手を繋いだ。
そして一度だけ見つめ合う。
「……すごく……綺麗だ」
「ギルもかっこいいよ……」
ゆっくりとバージンロードの先にある壇上へと向かった。
ギルと二人で歩くバージンロード。
私はギルと出会ってからの事を思い出すと、涙が溢れそうになる。
ギルは手を強く握りしめてくれた。
――大丈夫。そんな言葉が伝わる。
そう、私達は何度も繰り返した世界から、ギルが死ぬという運命に打ち勝つ事ができた。
一歩歩くごとに幸せを感じる。
そして、バージンロードの終点、精霊の森からつんできた草木が飾られている壇上に私達は上がった。
私達は会場の来賓と向き直った。
ギルは会場を見渡す。
そして私と手を握ったまま喋り始めた。
「……ふん、堅苦しい挨拶など俺はしない。……俺はここに宣言をする」
会場が固唾をのんで見守る。
ギルは大きく息を吸った。
そしてよく通る声で簡潔に宣言をした!
「俺はクリスを愛している!! もう二度と離さない!!」
ギルは潤んだ瞳で私を見つめた。
私の答えを待ってる。
「ギルバード! 愛してるわ! 私は二度と消えて無くならない……私達の愛は永遠よ!!」
私はそっと目を閉じた。
ギルが私の優しく抱きしめてくる。
そして、私に口づけを交わした……。
会場が爆発したかのような歓声が巻き起こった!!
「おめでとう!!!」
「良かった、本当に良かった……」
「よし、飲もうぜ!!! 今日はお祝いだ!!!」
「ひっく、ひっく……」
ギルの顔が私から離れる。
片耳が真っ赤になっていた。
だけど私から手を離そうとしない……。
その時会場から悲鳴が聞こえてきた。
「うぉ!? な、なんだありゃ!?」
「槍が振ってきたぞ!!」
訝しむギルだけど……ふふ、私だけはわかるわ。
空から振って来た竜の形をした槍は会場のど真ん中に刺さった。
そして槍から力の波動が波打つ。
その力によって、会場にあった精霊の森の草木が花が咲き開いた!
力は会場を超えて、帝国中に行き渡り、私達を祝福するように沢山の花が咲き開いた。
ギルが呟いた。
「……これは……なんだ、声が聞こえる」
『結婚おめでとう! 朴念仁のギルが結婚できて嬉しいよ! これで僕も一安心だよ……じゃあ、またいつか会おうね!!』
声は会場に響き渡った。
そして槍は消えて、花だけが残った。
私達の近くにいたテッドが泣きながら呟いた。
「ひっくっ……思い出せないでしゅ……だけど……すごく温かい気持ちに……嬉しい気持ちに……」
私はテッドの頭を優しく撫でてあげた。
そしてギルの顔から涙が伝っていた。
「ふん、お前らしいな。……カイン、俺が忘れるわけないだろ!! いつか帰って来いよ!! その時は俺達の子供を見せてやる!!」
ギルは涙を拭いて私に笑いかけてくれた。その笑顔は初めて見る表情であった。
はにかんで、優しくて、心からの笑顔……。
私は思わずドキッとして、ギルに抱きついた!
「もう、ずるいよ! 私の知らないそんな顔するなんて!! ……これからも私の知らないギルを教えてね」
ギルは私を優しく撫でる。
「ああ、もちろんだ。これからもずっと、ずっと一緒だ……」
私は無能令嬢だった。世界の全ての力を消し去る事が出来る力。
でも、そんな力はもう要らない。
私は新しい一歩を今踏み出すことができた。
これから歩むギルとの世界。
最高の可能性をもたらす世界。
何が起ころうと、私は進む。
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