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1章 月の平原
2-1 呪われた森
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2-1 呪われた森
『で、どうするつもりなんですか?』
リィンと鈴を鳴らして、ひさびさにアニが話しかけてきた。
「お前、ずいぶん久々にしゃべったな」
『私がしゃべったら一発で勇者だってばれるじゃないですか』
「ああ、そりゃそうか」
『それよりも。まさか本当に森だけ見て帰るわけじゃありませんよね』
「そりゃそうさ。ここまで来たら中まで拝むよ」
『ですか。まあいずれにしても、あの村の方々が言っていることが正しいと思いますけどね』
「んー。けどさ、なんか引っかかるんだよな」
『はあ。何がです?』
「まずあの村さ。体が悪い人すごい多くない?ばあちゃんは足、ジェスも足。最初に会ったおばさんは腰、すっとぼけたじいさんは耳」
『そうですか?人間歳を取ればガタの一つや二つ出てくるものでは』
「だったらジェスはおかしいだろ?それにこれは推測だけど、あいつは足を悪くしたばっかりなんじゃないかな」
『それはまた、何を根拠に』
「杖を使い慣れてない感じだった。の割に足腰はしっかりしてたし、背筋もしゃんとしてた。割と最近杖を使い始めたんだよ、きっと」
『はぁ。しかし、だからなんだというのです?たまたまあなたが会った人がそうだっただけでは』
「そうだな。けどさ、時期まで重なるとちょっとおかしくないか」
『時期?』
「そ。この三年以内に集中してただろ。村人の不調が出だしたのって」
『三年……火災があったというのも、三年前でしたね』
「そして、女の子がいなくなったのもな。まだわかんないけど、この繋がりは意味がある気がするんだ」
『推測の域は出ませんが』
「ま、それもそうだ。後は自分の目で確かめよう」
そこから例の森が見えてくるのに、それほど時間はかからなかった。なだらかな平野に突然、ぱっくりと口を開けた渓谷が現れたのだ。崖の淵に立って見下ろせば、鬱蒼とした木々がこんもりとドームのように茂っている。どれくらい深いのか見当もつかない。
「森というか、樹海って感じだな……」
時折風が吹けば、木々を揺らして風鳴りがする。それが渓谷の壁にこだまして、まるで唸り声みたいな音がするんだ。ザザザザザ。ウオオォォォ……俺は思わず、身震いした。
『この気配は……』
「アニ?どうかしたのか?」
『……いいえ。このあたりの地面はだいぶ脆いようです。足元に気を付けていきましょう』
「わかった……ばあちゃんとの約束だもんな。行こう」
俺は脆く崩れやすい崖をそろそろと下り始めた。下に進めば進むほど、森は深くなっていく。だんだん霞が辺りに立ち込め始め、気のせいか空気も淀んでいるみたいだ。幽霊の出る森と言ったら、まさにこういうところを言うんだろう。
「なあアニ、なんか笑い話でも知らないか?下に着く頃には気持ちまで沈み切っちまいそうだよ」
『……』
「アニ?無視はやめろよ……へこむよ……」
『……あなた、この空気をなんとも感じないんですか?』
「だからなんか話してくれって言ったろ。辛気臭くってかなわない」
『そうではなく。この濃さの精気の中にいて、なんともないのかと言っているのです』
「精気?空気は悪いなって思うけど」
『この森にはおぞましいほどの冥界の精気が立ち込めています。私ですら息が詰まりそうです』
「お前って息してんの?」
『……物の例えですよ。それより、常人であればとっくに気に当てられて、発狂しているレベルなんですが』
「え」
『むしろ、あなたは正常なんですか?いつおかしくなってもおかしくないのですが?』
「だからぁ!なんでそんな大事なことを先に言わないの!」
『聞かれなかったので。字引は聞かれない事には答えられません』
「ホントかよお前……とりあえず、今の俺はまともだよ。まともだよな?」
『客観的に見れば、そうですね。やはり能力が関係しているのでしょうか』
「能力って、ネクロマンスが?」
『ネクロマンスは、辺獄の魂……つまりは、冥府の精気を帯びたものを操る能力ですから。あなたがこの精気に当てられないのは当然かもしれません』
ふーん。フグは自分の毒じゃ死なないって事だろうか。
「……おい、ちょっと待てよ。だったら、ここに来たっていう女の子、ヤバくないか?その精気っての、要は毒ガスみたいなもんなんだろ!?」
『確実にヤバイでしょう。あなたのような特殊な能力を有している以外に、生き残っている可能性はないでしょうね。そうでなくても絶望的だったとは思いますが』
「そんな……」
『あの老婆もそれを分かっていたのではないですか?けど確かめるまでは納得できない。だからあなたを使いに出した』
「……そう、なのかな」
『さあ。結局は私の推論です。真意は老婆に直接聞くまで分かりません』
アニはあくまで淡々という。けど……アニの言う通りだ。ばあちゃんが何を思ってたかなんて、ここで考えてもわからない。ばあちゃんに事実を伝えるためにも、まずは俺が見て、納得すべきだ。
「決めた。やっぱり女の子を探そう。どっちにしたって、本人がここにいるはずだ」
『そうですね。彼女が本当にここに来ていたのなら、遺体くらい残っているかもしれません』
「俺はまだ生きてるのを信じるぞ。諦めてないからな!」
『そうですか』
よっし!そうと決まれば、行動あるのみだ。俺は気合を入れ直すと、いつの間にか丸まっていた背中をシャキッと伸ばした。
「よーし!いっくぞー!」
『あ、気をつけてください。足を滑らせま』
ずるぅ!
「うわあああぁぁぁ!」
つづく
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読了ありがとうございました。
『で、どうするつもりなんですか?』
リィンと鈴を鳴らして、ひさびさにアニが話しかけてきた。
「お前、ずいぶん久々にしゃべったな」
『私がしゃべったら一発で勇者だってばれるじゃないですか』
「ああ、そりゃそうか」
『それよりも。まさか本当に森だけ見て帰るわけじゃありませんよね』
「そりゃそうさ。ここまで来たら中まで拝むよ」
『ですか。まあいずれにしても、あの村の方々が言っていることが正しいと思いますけどね』
「んー。けどさ、なんか引っかかるんだよな」
『はあ。何がです?』
「まずあの村さ。体が悪い人すごい多くない?ばあちゃんは足、ジェスも足。最初に会ったおばさんは腰、すっとぼけたじいさんは耳」
『そうですか?人間歳を取ればガタの一つや二つ出てくるものでは』
「だったらジェスはおかしいだろ?それにこれは推測だけど、あいつは足を悪くしたばっかりなんじゃないかな」
『それはまた、何を根拠に』
「杖を使い慣れてない感じだった。の割に足腰はしっかりしてたし、背筋もしゃんとしてた。割と最近杖を使い始めたんだよ、きっと」
『はぁ。しかし、だからなんだというのです?たまたまあなたが会った人がそうだっただけでは』
「そうだな。けどさ、時期まで重なるとちょっとおかしくないか」
『時期?』
「そ。この三年以内に集中してただろ。村人の不調が出だしたのって」
『三年……火災があったというのも、三年前でしたね』
「そして、女の子がいなくなったのもな。まだわかんないけど、この繋がりは意味がある気がするんだ」
『推測の域は出ませんが』
「ま、それもそうだ。後は自分の目で確かめよう」
そこから例の森が見えてくるのに、それほど時間はかからなかった。なだらかな平野に突然、ぱっくりと口を開けた渓谷が現れたのだ。崖の淵に立って見下ろせば、鬱蒼とした木々がこんもりとドームのように茂っている。どれくらい深いのか見当もつかない。
「森というか、樹海って感じだな……」
時折風が吹けば、木々を揺らして風鳴りがする。それが渓谷の壁にこだまして、まるで唸り声みたいな音がするんだ。ザザザザザ。ウオオォォォ……俺は思わず、身震いした。
『この気配は……』
「アニ?どうかしたのか?」
『……いいえ。このあたりの地面はだいぶ脆いようです。足元に気を付けていきましょう』
「わかった……ばあちゃんとの約束だもんな。行こう」
俺は脆く崩れやすい崖をそろそろと下り始めた。下に進めば進むほど、森は深くなっていく。だんだん霞が辺りに立ち込め始め、気のせいか空気も淀んでいるみたいだ。幽霊の出る森と言ったら、まさにこういうところを言うんだろう。
「なあアニ、なんか笑い話でも知らないか?下に着く頃には気持ちまで沈み切っちまいそうだよ」
『……』
「アニ?無視はやめろよ……へこむよ……」
『……あなた、この空気をなんとも感じないんですか?』
「だからなんか話してくれって言ったろ。辛気臭くってかなわない」
『そうではなく。この濃さの精気の中にいて、なんともないのかと言っているのです』
「精気?空気は悪いなって思うけど」
『この森にはおぞましいほどの冥界の精気が立ち込めています。私ですら息が詰まりそうです』
「お前って息してんの?」
『……物の例えですよ。それより、常人であればとっくに気に当てられて、発狂しているレベルなんですが』
「え」
『むしろ、あなたは正常なんですか?いつおかしくなってもおかしくないのですが?』
「だからぁ!なんでそんな大事なことを先に言わないの!」
『聞かれなかったので。字引は聞かれない事には答えられません』
「ホントかよお前……とりあえず、今の俺はまともだよ。まともだよな?」
『客観的に見れば、そうですね。やはり能力が関係しているのでしょうか』
「能力って、ネクロマンスが?」
『ネクロマンスは、辺獄の魂……つまりは、冥府の精気を帯びたものを操る能力ですから。あなたがこの精気に当てられないのは当然かもしれません』
ふーん。フグは自分の毒じゃ死なないって事だろうか。
「……おい、ちょっと待てよ。だったら、ここに来たっていう女の子、ヤバくないか?その精気っての、要は毒ガスみたいなもんなんだろ!?」
『確実にヤバイでしょう。あなたのような特殊な能力を有している以外に、生き残っている可能性はないでしょうね。そうでなくても絶望的だったとは思いますが』
「そんな……」
『あの老婆もそれを分かっていたのではないですか?けど確かめるまでは納得できない。だからあなたを使いに出した』
「……そう、なのかな」
『さあ。結局は私の推論です。真意は老婆に直接聞くまで分かりません』
アニはあくまで淡々という。けど……アニの言う通りだ。ばあちゃんが何を思ってたかなんて、ここで考えてもわからない。ばあちゃんに事実を伝えるためにも、まずは俺が見て、納得すべきだ。
「決めた。やっぱり女の子を探そう。どっちにしたって、本人がここにいるはずだ」
『そうですね。彼女が本当にここに来ていたのなら、遺体くらい残っているかもしれません』
「俺はまだ生きてるのを信じるぞ。諦めてないからな!」
『そうですか』
よっし!そうと決まれば、行動あるのみだ。俺は気合を入れ直すと、いつの間にか丸まっていた背中をシャキッと伸ばした。
「よーし!いっくぞー!」
『あ、気をつけてください。足を滑らせま』
ずるぅ!
「うわあああぁぁぁ!」
つづく
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