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2章 夜の友
7-4
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7-4
「……アニ、もう大丈夫だ」
俺は目をぎゅっと閉じると、目の前の景色を振り払うように首を振った。目を開くと、俺は林の中に戻ってきていた。
「桜下さん。あの、それでどうなったんです?その人影は?」
ウィルが身を乗り出してせっつく。俺は興奮するウィルを押しもど……せはしないか、幽霊だから。代わりに首を横に振る。
「ウィル。あそこにきみの体はなかったよ」
「え……」
「あそこにいたのは、あの名前も知らない女の人だった。それだけだ」
「で、でも。どうして……」
「どうして、か……その理由はまだわからないけど、一つはっきりしたことがある」
「え。なんですか、それって?」
ウィルが大きく瞳を見開く。俺はさっきの光景を見て、一つのことを確信した。
「あのルーガルーは、死人を甦らそうとなんてしていないよ」
「ええ!そんな、いまさらですよ!だって、現にあのオオカミは、死体を集めてるじゃないですか。桜下さんも見たんでしょう、あの女性の死体を!」
「うん。それに、ほかの仲間のオオカミのものもあった。俺も最初は、怪しい儀式の準備なのかと思ったよ。けどさ、そのあとにあいつの姿を見たら、絶対そうじゃないって思ったんだ」
「あいつって……いったい、何を見たっていうんですか?」
「あいつ、生き残ったルーガルーは、洞窟の一番奥にいた。そして自分の周りに、オオカミたちの死骸を集めていた。その中でもある二体の死体だけは、自分のすぐ近くに置いていたんだ」
「……その、二体って」
「うん。前のリーダーだったルーガルーの死体と、あの女のものだよ。まるで互いに寄り添いあって眠っているみたいだった」
ルーガルーは、二体の遺体の間に埋もれるように寝そべっていた。俺はこれを見て、はっと気づいたのだ。だけどウィルはまだ呑み込めていないらしい。
「それは……どういうことでしょう。まるで死者を名残惜しんでいるようですが……」
「いや、その通りだよウィル。きっとあいつは、家族を惜しんでいたんだ」
「は?いやいやいや、今はあの獰猛なオオカミ、ルーガルーの話をしているんですよ」
「わかってるよ。オオカミだって、死者を悼む気持ちくらいあるだろ?」
「相手はモンスターですよ?」
「モンスターである前に、生き物だろ。アニ、間違ってないよな?」
俺は自分の首に下がるガラスの鈴を見下ろした。この世界のことは、アニに聞くのが一番正確だ。
『生物、という点では間違っていません。ライカンスロープでしたら、アンデッドに含むべきだという意見もありますが』
「え。アンデッドなの?」
『特性が似ているというだけです。実際に死んではいないので、冥界の精気で操ることはできません』
「なんだ、そうなのか」
話が脱線してしまった。ウィルがいらいらした様子で割り込んでくる。
「そんなことはどうでもいいです!それより、モンスターが自愛の心を持っていて、それゆえに家族の遺体を集めたなんて言う、馬鹿げた話のほうを……」
「そうか?だって、そう考えるほうが自然じゃないか。マーシャだって言ってたんだろ。あのオオカミたちには、家族愛みたいなのがあったって」
「それは……」
「それに正直、俺も半信半疑だったんだよな。ルーガルーが死者蘇生のために、怪しい儀式を企んでるってのはさ。だって、もう人間も信じてないような迷信だぜ?どうしてそれをルーガルーが知ってて、しかもそれを信じて実行しようとするんだろう」
ウィルははっと目を見開くと、すぐに目を細めて俺をにらんだ。
「まさか……最初から、そう思ってたんですか?無駄だと分かっていて、今まで黙っていたと?」
「おっと、違うぞ。あえて黙ってたとかじゃなくて、俺にも何が正しいかわからなかったんだよ。本当に儀式をしようとしてたかもしれないし。けど、ルーガルーの様子を見て、すくなくともそれは違うとわかった。ウィルの体もなかったしな」
「……けど、あなたとフランさんだって言ってたじゃないですか。死体を集めて家族ごっこなんて、正気の沙汰じゃないって」
「ああ。だってきっと、正気じゃないだろうしな」
「え?」
「突然家族が皆殺しにされたんだ。正気でいられないだろうさ。別れの時間も十分にはなかったろうし」
俺たちが巣になだれ込んで、ルーガルーの群れは瞬く間に壊滅した。あの時の、あの女の取り乱した様子を思い出す。もしルーガルーも同じ心境だったとしたら、それはまともなものではないだろう。
「あいつらの感情が、どこまで人間と似ているのかはわからない。けど仲間が死んで悲しいとか、そういうのはきっとそんなに変わらないだろ。国や文化はちがくても、心はおんなじだって、よくいうじゃないか。でもだからこそ、人間の文化、死者蘇生の迷信をオオカミに当てはめたのは間違いだったんだ」
「でも……だったら、また手掛かりゼロになっちゃうじゃないですか。いったい、私はどこに……」
ウィルは絶望的な表情でつぶやいた。確かに、これじゃ振出しに戻ったも同然だ。するとフランが、妙に落ち着き払った様子で口を開いた。
「ここじゃないとするなら、もう可能性は一つしかない。ルーガルーが出たっていう、あの墓場だ」
「……あそこは、もう全部探したでしょう!見落としがあったなんてありえません!」
ウィルはいら立ちを隠そうともせずフランに食い掛かる。だがフランは平然としていた。いや、というよりも……何かを、察している?フランは息巻くウィルを見ようともせず、黙って俺の目を見つめてきた。まるで俺にも、自分の考えを察せというように。
「フラン……?」
フランの真紅の目は、何を語っているのだろうか。あの赤い瞳を見ていると、フランに最初に出会った時のことを思い出す。あの時は暗闇に浮かぶ眼光が猛獣のそれに見えて、本当に怖かったっけ……暗い森を必死に走る恐怖をまだ覚えている。今となっては、それなりに貴重な体験だったけど……
「……ん?」
そのとき、俺の頭に稲妻のような閃光が走った。バラバラと散らばっていたピースが、一本につながる。まさか、そういうことなのか?けど、それだと……その時になって、俺ははっと、フランの瞳の意味するところを悟った。俺が問いかけるようにフランを見つめ返すと、フランはそれと分からないくらい小さく、わずかにうなずいた。
「……ウィル。きみの体のありか、分かったかもしれない」
「え!?桜下さん、本当ですか!」
ウィルが瞳を輝かせて俺を振り向いた。しかし、俺は気まずくて、その瞳をまっすぐ見つめられなかった。
「なら、早く行きましょう!桜下さん、案内してください!」
「……ああ」
息まくウィルと一緒に、俺たちは歩き出した。けどこの先に待っているのは、あまりうれしい結果じゃないかもしれない。俺の足取りはウィルとは対照的に重かった。
つづく
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7/31 誤字を修正しました。ご報告感謝です!
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「……アニ、もう大丈夫だ」
俺は目をぎゅっと閉じると、目の前の景色を振り払うように首を振った。目を開くと、俺は林の中に戻ってきていた。
「桜下さん。あの、それでどうなったんです?その人影は?」
ウィルが身を乗り出してせっつく。俺は興奮するウィルを押しもど……せはしないか、幽霊だから。代わりに首を横に振る。
「ウィル。あそこにきみの体はなかったよ」
「え……」
「あそこにいたのは、あの名前も知らない女の人だった。それだけだ」
「で、でも。どうして……」
「どうして、か……その理由はまだわからないけど、一つはっきりしたことがある」
「え。なんですか、それって?」
ウィルが大きく瞳を見開く。俺はさっきの光景を見て、一つのことを確信した。
「あのルーガルーは、死人を甦らそうとなんてしていないよ」
「ええ!そんな、いまさらですよ!だって、現にあのオオカミは、死体を集めてるじゃないですか。桜下さんも見たんでしょう、あの女性の死体を!」
「うん。それに、ほかの仲間のオオカミのものもあった。俺も最初は、怪しい儀式の準備なのかと思ったよ。けどさ、そのあとにあいつの姿を見たら、絶対そうじゃないって思ったんだ」
「あいつって……いったい、何を見たっていうんですか?」
「あいつ、生き残ったルーガルーは、洞窟の一番奥にいた。そして自分の周りに、オオカミたちの死骸を集めていた。その中でもある二体の死体だけは、自分のすぐ近くに置いていたんだ」
「……その、二体って」
「うん。前のリーダーだったルーガルーの死体と、あの女のものだよ。まるで互いに寄り添いあって眠っているみたいだった」
ルーガルーは、二体の遺体の間に埋もれるように寝そべっていた。俺はこれを見て、はっと気づいたのだ。だけどウィルはまだ呑み込めていないらしい。
「それは……どういうことでしょう。まるで死者を名残惜しんでいるようですが……」
「いや、その通りだよウィル。きっとあいつは、家族を惜しんでいたんだ」
「は?いやいやいや、今はあの獰猛なオオカミ、ルーガルーの話をしているんですよ」
「わかってるよ。オオカミだって、死者を悼む気持ちくらいあるだろ?」
「相手はモンスターですよ?」
「モンスターである前に、生き物だろ。アニ、間違ってないよな?」
俺は自分の首に下がるガラスの鈴を見下ろした。この世界のことは、アニに聞くのが一番正確だ。
『生物、という点では間違っていません。ライカンスロープでしたら、アンデッドに含むべきだという意見もありますが』
「え。アンデッドなの?」
『特性が似ているというだけです。実際に死んではいないので、冥界の精気で操ることはできません』
「なんだ、そうなのか」
話が脱線してしまった。ウィルがいらいらした様子で割り込んでくる。
「そんなことはどうでもいいです!それより、モンスターが自愛の心を持っていて、それゆえに家族の遺体を集めたなんて言う、馬鹿げた話のほうを……」
「そうか?だって、そう考えるほうが自然じゃないか。マーシャだって言ってたんだろ。あのオオカミたちには、家族愛みたいなのがあったって」
「それは……」
「それに正直、俺も半信半疑だったんだよな。ルーガルーが死者蘇生のために、怪しい儀式を企んでるってのはさ。だって、もう人間も信じてないような迷信だぜ?どうしてそれをルーガルーが知ってて、しかもそれを信じて実行しようとするんだろう」
ウィルははっと目を見開くと、すぐに目を細めて俺をにらんだ。
「まさか……最初から、そう思ってたんですか?無駄だと分かっていて、今まで黙っていたと?」
「おっと、違うぞ。あえて黙ってたとかじゃなくて、俺にも何が正しいかわからなかったんだよ。本当に儀式をしようとしてたかもしれないし。けど、ルーガルーの様子を見て、すくなくともそれは違うとわかった。ウィルの体もなかったしな」
「……けど、あなたとフランさんだって言ってたじゃないですか。死体を集めて家族ごっこなんて、正気の沙汰じゃないって」
「ああ。だってきっと、正気じゃないだろうしな」
「え?」
「突然家族が皆殺しにされたんだ。正気でいられないだろうさ。別れの時間も十分にはなかったろうし」
俺たちが巣になだれ込んで、ルーガルーの群れは瞬く間に壊滅した。あの時の、あの女の取り乱した様子を思い出す。もしルーガルーも同じ心境だったとしたら、それはまともなものではないだろう。
「あいつらの感情が、どこまで人間と似ているのかはわからない。けど仲間が死んで悲しいとか、そういうのはきっとそんなに変わらないだろ。国や文化はちがくても、心はおんなじだって、よくいうじゃないか。でもだからこそ、人間の文化、死者蘇生の迷信をオオカミに当てはめたのは間違いだったんだ」
「でも……だったら、また手掛かりゼロになっちゃうじゃないですか。いったい、私はどこに……」
ウィルは絶望的な表情でつぶやいた。確かに、これじゃ振出しに戻ったも同然だ。するとフランが、妙に落ち着き払った様子で口を開いた。
「ここじゃないとするなら、もう可能性は一つしかない。ルーガルーが出たっていう、あの墓場だ」
「……あそこは、もう全部探したでしょう!見落としがあったなんてありえません!」
ウィルはいら立ちを隠そうともせずフランに食い掛かる。だがフランは平然としていた。いや、というよりも……何かを、察している?フランは息巻くウィルを見ようともせず、黙って俺の目を見つめてきた。まるで俺にも、自分の考えを察せというように。
「フラン……?」
フランの真紅の目は、何を語っているのだろうか。あの赤い瞳を見ていると、フランに最初に出会った時のことを思い出す。あの時は暗闇に浮かぶ眼光が猛獣のそれに見えて、本当に怖かったっけ……暗い森を必死に走る恐怖をまだ覚えている。今となっては、それなりに貴重な体験だったけど……
「……ん?」
そのとき、俺の頭に稲妻のような閃光が走った。バラバラと散らばっていたピースが、一本につながる。まさか、そういうことなのか?けど、それだと……その時になって、俺ははっと、フランの瞳の意味するところを悟った。俺が問いかけるようにフランを見つめ返すと、フランはそれと分からないくらい小さく、わずかにうなずいた。
「……ウィル。きみの体のありか、分かったかもしれない」
「え!?桜下さん、本当ですか!」
ウィルが瞳を輝かせて俺を振り向いた。しかし、俺は気まずくて、その瞳をまっすぐ見つめられなかった。
「なら、早く行きましょう!桜下さん、案内してください!」
「……ああ」
息まくウィルと一緒に、俺たちは歩き出した。けどこの先に待っているのは、あまりうれしい結果じゃないかもしれない。俺の足取りはウィルとは対照的に重かった。
つづく
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