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4章 それぞれの明日

2-1 昔馴染みの宿

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2-1 昔馴染みの宿

門をくぐると、そこは広場になっていた。小さな噴水が設けられ、きっと市民の憩いの場所として設計されたのだろう、が……

「うっわー……すごいな。これ、ぜんぶ店かよ?」

そこに立ち並ぶのは、色とりどりのテントと、ひしめき合うように並べられた品、品、品……広場も、そこから続く大通りも、ぜーんぶみっちり露店で埋め尽くされている。そこを行きかう人の量もはんぱじゃなかった。ここは、交易都市っつってたっけ?なるほど、納得の光景だ。

「こんなににぎやかなところ、こっちに来てから初めて見たぜ。いかにもマーケットって感じの……ウィル?」

「は、はい?なんですか?」

「いや、それはこっちのセリフだけど。口をぽかーんて開けてさ」

「やだ、開いてました?なんていうか、驚きというか……これ、ぜんぶ人なんですよね?信じられません……だって、コマース村の羊の数より多いですよ……」

あ、そっか。ウィルは田舎の生まれだから、こんな人ごみを見たことないのか。そら、こんなリアクションにもなるよな。

「お、そういえば、田舎育ちがもう一人。フランはどうだ?この景色を見て」

「……別に。人が多くて、臭そう」

「お前なぁ。もうちょっと情緒ってもんを……」

がっくりと肩を落とした俺を見て、エラゼムはクククっと笑った。

「どうやらフラン嬢には、人の活気は合わないようですな」

「みたいだな。そういやエラゼムは、前もここ来たことあるんだっけ?」

「ええ。しかし、当時と今では別の町のように様変わりしました。ここは人も店も移り変わりが激しい町ですから……申し訳ありません、道案内もできず」

「いいって。せっかく来たんだ、どうせなら観光していこうぜ。その辺ぶらぶら歩いてみようよ」

俺はわくわくと、大通りへ歩き出した。後ろからエラゼムとウィルと、少し遅れてフランもついてくる。
通りには、本当に様々な店が広がっていた。中にはパッと見では何なのかわからないものを扱っている露店もある。けど一番多いのは、食べ物屋だ。

「さあさあ!ワンパン市でこの春一番にとれた小麦を使ったパンだよ!ハチミツが混ぜてあるからとろけるみたいな甘さだよ!」

「ほいほい、そこのアナタ、バジリコックの串焼きはいかが?これを食べたら、もう普通の鶏なんか食べれなくなっちゃうよ!」

「今日だけ!なんと今日だけは、オニオンスープ一杯にもれなくスタージュの半熟卵を乗っけちゃうよ!今日食べていかないとぜったい損だよ!寄ってきな!」

うーん、どれもおいしそうだ。お金に余裕があれば、買い食いができたのに……俺は様々な露店の店先だけを眺めながら、ストリートを進んで行った。食いもの屋以外では、不思議な形の骨董品や、銀細工の美しいアクセサリーの店。キラキラ輝く鉱物の塊を売っている店もあった。宝石なら分かるけど、ありゃ原石そのままだぜ?鉱物コレクターにでも売る気なのかな。

「んん?なんだあれ。なんで紙束なんて売ってるんだ?」

怪しげなテントを広げた露店には、木箱へ雑に突っ込まれた巻物ばかりが並べられていた。読み物にしては短いし、絵でも描いてあるのかな。

「ああ、あれはスクロールですな」

エラゼムがその巻物の正体を教えてくれた。

「スクロールと言いますのは、魔術の詰まった呪文書です。半活性状態の魔術回路が閉じ込められておりまして、封を解くと瞬時に魔法の効力が発動するのです」

「えぇ、すごいな!それがあれば、だれでも魔法使いになれるじゃないか!」

「そうですな。しかし、一つ一つが恐ろしく高価な上に、効果は一度きりの使い切りなのです。魔法使いを自称するほどの量を買い込もうとするならば、一国が興せるくらいの金額になりましょう」

「なぁんだ……ちぇ、誰がそんなもの買うんだ?」

「ははは。まぁ、何かと便利なものではありますよ。旅先で火をたいたり、洞窟内に日の光を差し込ませたり……しかし、我々には無用の長物ですな。ラクーンは魔術大国の三の国が近いですから、だからこその品物でしょう。先ほどからちらほらと魔法の触媒も目にします」

「魔法かぁ……なあ、ここは確か、二の国っていうんだよな?三の国ってのは、魔法使いがいっぱいいる所なのか?」

「いっぱいと言うとどうかもわかりませんが、少なくともこの国より多いことは確かです。三の国・アアルマートは魔道に力を入れる魔法の国ですが、それは国土が貧しいせいで魔法くらいしか食い扶持がないからとも言われております。みな必然的に魔術師にならざるを得なかった結果かもしれませんな」

「へー……じゃあ、この国は?」

「この国ですか?ここ二の国・ギネンベルナは自然資源に恵まれた国です。豊かな山々と海原を持ちますからな。それがこうして市に集うわけです」

「ほうほう。三、二ときたら、一の国もあるんだよな?」

「ええ。この大陸にはそれら三国が存在します。一の国・ライカニールは平原の国です。広く肥沃な国土を持ちますが、かの国は魔王の領土・ゲヘナと境が面しておるせいで、様々な不易をこうむってきた歴史がございます……そのせいか、魔王への憎しみは並々ならぬものがある印象です。軍備に最も力を入れているのも一の国ですな」

「なるほどなぁ」

この世界のことについて、初めてまともに話を聞いた気がする。バタバタしてそれどころじゃない事が多かったからな。

「あ、ならほかの国にも勇者がいるんだよな?」

「む、そうなのですか?吾輩は存じ上げませぬが……」

エラゼムは首をかしげた。あ、そうか。百年前は勇者召喚ってなかったんだっけ。

「あちゃ、そうだった。ついアニに話してる感覚で聞いちゃったよ」

『呼びましたか、主様?』

服の下にしまわれていたアニが、唐突にリンと鳴った。俺はドキリとして、あたりに目を配る。

「お、おい、大丈夫か?もしお前の声を聞かれたら……」

『これだけ雑踏がいるのですから、大声を上げなければまず聞こえませんよ。それとも黙っていたほうがよろしいですか?』

「ふむ……一理あるな。じゃあいっか。アニ、教えてくれよ」

『かしこまりました。以前も話したかと思いますが、他の国にも勇者は存在します。現在は一の国に一人、三の国に一人。主様を含めれば計三名の勇者がいることになりますね』

「へぇ。なあ、そいつらはどんな勇者なんだ?」

『さて、どうなんでしょう。実は詳細は私も知らないのです。旅を続けていればいずれどこかで会えるかもしれませんね。一人は男性、一人は女性ということは聞いていますが』

「うわ、女の子の勇者もいんのか!?ああでもそうか、男しかなれないと決まったわけじゃないか……」

『ええ。勇者の能力があれば体格差は無視できますからね。過去にも強力な力を持った女性が……ああ、そういえばもう一人。一の国には“聖女”がいました』

「聖女?」

『勇者召喚の初期のころに呼び出された、一人の女性勇者です。その能力から聖女と呼ばれ、一の国の月の宮殿チャンドラ・マハルにて、今も皆を癒しているとか』

「ほほー。なんか、その名前、前にウィルから聞いたことがある気がするな」

確か、ウィルがへべれけになったときに、そんなことを口走っていたような……俺はウィルへ振り返った。

「なあ、ウィル……ウィル?」

なんだ。ウィルの様子がおかしい。うつむいて、視線がおぼついていない。杖をぎゅっと握って、まるで縋り付いて立っているみたいだ。

「ど、どうしたウィル?おなかでも痛いのか?」

「……すみません……ちょっと、気分が……」

「気持ち悪いのか?ど、どうしよう。何かの病気か?幽霊って病気になるのか!?」

焦って目をぐるぐるさせるばかりの俺の手を、フランがぎゅっと握った。

「落ち着いて!とりあえず、どこか休めるところに行こう。ここじゃ人が多すぎる」

「あ、う、うん。そうだな。ウィル、動けるか?もうちょっと頑張ってくれ」

俺はウィルの背中をさすると、なるべく大慌てで、けれど極力ウィルを気遣いながら、人込みをかき分け進んだ。

「桜下殿、あちらに!」

エラゼムが露店の隙間に、ひっそりとした裏路地へ抜ける道を見つけた。俺は夢中でそこに飛び込む。短い路地を抜けると、そこは表と打って変わって静かで、人の気配はさっぱりなかった。よかった、ここなら一息つけそうだ。俺はウィルをそっと建物の壁に寄りかからせた。


つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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