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4章 それぞれの明日
2-2
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「ウィル、大丈夫か?とりあえずここなら誰もいないから、なんかあったら言えよ?」
ウィルはこくんとうなずくと、そのままずるずるとうずくまってしまった。
「な、なんかしたほうがいいか?水……は飲めないし、ええと……」
ウィルは弱弱しく首を左右に揺らした。うぅ~、俺は居てもたってもいられず、ウィルの横にしゃがむと、その丸めた背中をさすった。
「どうしたんだろう、突然……どこか悪くしたんじゃ……」
おろおろする俺に、フランが落ち着いた様子で言う。
「そんなに心配しなくていいと思う。たぶん、少し休めばよくなるよ」
「え、フランは原因がわかるのか?なんの病気なんだよ?」
「病気というか……たぶん、人ごみにあてられて、酔ったんだと思う」
「へ?つまり……人酔い、か?」
「うん。この子、いままで村から出たことなかったんでしょ。それがいきなりこんな賑やかなところに出てきたから、目を回したんだよ」
「あ……」
そうか。元の世界で見慣れた俺ならともかく、ウィルは生まれて初めての大都会だったんだ。それも幽霊になってから、だもんな。ただでさえ緊張するだろうに、勝手の違う体だ。疲れるのも無理はない。
「ウィル……ごめんな。俺がはしゃいだから。ウィルのこと、気づいてやれなかった」
俺が背中をさすりながら謝ると、ウィルはまたゆるゆると首を振った。
「桜下さんのせいじゃ……私も、驚きました……フランさんに言われて、理由がわかったくらいですから……」
「それでも。市場にいたとき、ウィル、全然口きかなかったもんな。周りが見えてなかったよ。今はとりあえず、ゆっくり休もう」
「はい……すみません……」
「気にすんなって」
ん?あ、そういえば。もう一つ気づいたぞ。
「フラン、お前は平気なのか?フランの故郷も、人は多くないだろ?」
フランの生まれたモンロービルの村も、たいがい田舎だったはずだが。
「わたしは、平気」
「そうなのか。前に街に出たことがあるとか?」
「ううん、これが初めて。けどコツをつかめば、人混みもそんなに疲れない」
「コツ?」
「わたし、ずっとこのひとの後ろにくっついてたから」
そういってフランは、エラゼムの背中を指さした。
「あ、だから俺たちの後ろを歩いてたのか」
「む、そう言われれば、普段よりフラン嬢との距離が近かったですな」
なるほどな。全身鎧姿でのしのし歩くエラゼムを、人除けの盾にしてたわけだ。
「きっとこの子も、慣れればなんてことなくなるよ。今はゆっくり休んで、それから移動すればいい」
「うん、そうだな」
それから十五分くらいで、ウィルは元気を取り戻した。
「すみません、ご心配をおかけしました。もう大丈夫です」
「ほんとか?もう少しゆっくりしてもいいんじゃないか。顔色も悪いし……」
「それはもとからですよ、もう」
ふふふ、とウィルは小さく笑った。よかった、笑える程度に余裕があるみたいだな。
「ほんとうに大丈夫です。もう日も落ちてきましたし、そろそろ宿も探さないとでしょう?」
「そうだな。早いとこ宿を見つけて、今日はもう休もう。買い出しは明日すれば十分だ」
「あ、そういう意味では……なんだったら、私は置いて行ってもらっても」
「うんにゃ、俺もくたびれてきたところだから。午前中はずっと移動だったしな」
ということで、俺たちは市場を抜けて、今日の宿を探すことにした。さすが、人と物が行きかう町だ。旅人用の宿もわんさとのきを連ねていた。
「別にどこでもいいけど、そんなに高いとこには泊まれないしなぁ。エラゼム、いい宿の選び方とかってある?」
「いえ、吾輩も旅慣れているとはとても言えたものでは……む?もしや、あれは……」
エラゼムは、一軒の宿屋の前ではたと足を止めた。こぢんまりとして、かつ古ぼけた宿だ。あまりきれいとは言い難いけど……
「エラゼム、ここがどうした?」
「いやはや、驚きました。ここは、吾輩が当時よく使っていた宿でございます。まさかまだ残っているとは」
「へぇー!じゃあ、創業百年以上か!すごいなぁ」
「ええ。決して上等な宿とは言えませんが、料金の割には居心地のいい場所です。確か、ミートパイが美味かった記憶がありますな」
「じゃあ、ここにしようか」
これが初めての宿だからな。全然知らないところに泊まるよりか、いくばくか安心だ。俺はその宿の、色ガラスのはまった扉に手をかけると、ギィっと押した。カランカラーン。扉に取り付けられたベルが、和音のメロディを奏でる。
「い、いらっしゃいませ!」
鈴のなるような声を発して、エプロン姿の小柄な女の子が駆け寄ってきた。掃除でもしていたのか、モップを抱えたままで、それに気づいて慌ててわきに立てかけている。えぇ、ちょっと待て。こんなに小さな子が従業員なのか?
「お、お泊りのお客さまですか?ようこそ、“アンブレラ”へ!」
「あ、う、うん。えっと、君は……?」
「へ、わたしですか?クリスと申しますが……?」
「いや、君がお店の人なのか、って意味だったんだけど……」
「へ、あ、ご、ごめんなさい!わたしったら、勘違いを……!」
クリスとかいう女の子は、顔を耳まで真っ赤にしてわたわたと後ろに下がった。ちょうどそのとき、さっき壁に立てかけていたモップが、ぐらりとバランスを失った。
「あ、あぶな……」
「へ?きゃあ~~!」
どっしーん!俺が最後まで言い終わる前に、クリスは足元に倒れてきたモップにつまずき、見事なしりもちをついた。う~む、なんというか……フランがぼそりとつぶやく。
「ドジ……」
「言ってやるなって……」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「ウィル、大丈夫か?とりあえずここなら誰もいないから、なんかあったら言えよ?」
ウィルはこくんとうなずくと、そのままずるずるとうずくまってしまった。
「な、なんかしたほうがいいか?水……は飲めないし、ええと……」
ウィルは弱弱しく首を左右に揺らした。うぅ~、俺は居てもたってもいられず、ウィルの横にしゃがむと、その丸めた背中をさすった。
「どうしたんだろう、突然……どこか悪くしたんじゃ……」
おろおろする俺に、フランが落ち着いた様子で言う。
「そんなに心配しなくていいと思う。たぶん、少し休めばよくなるよ」
「え、フランは原因がわかるのか?なんの病気なんだよ?」
「病気というか……たぶん、人ごみにあてられて、酔ったんだと思う」
「へ?つまり……人酔い、か?」
「うん。この子、いままで村から出たことなかったんでしょ。それがいきなりこんな賑やかなところに出てきたから、目を回したんだよ」
「あ……」
そうか。元の世界で見慣れた俺ならともかく、ウィルは生まれて初めての大都会だったんだ。それも幽霊になってから、だもんな。ただでさえ緊張するだろうに、勝手の違う体だ。疲れるのも無理はない。
「ウィル……ごめんな。俺がはしゃいだから。ウィルのこと、気づいてやれなかった」
俺が背中をさすりながら謝ると、ウィルはまたゆるゆると首を振った。
「桜下さんのせいじゃ……私も、驚きました……フランさんに言われて、理由がわかったくらいですから……」
「それでも。市場にいたとき、ウィル、全然口きかなかったもんな。周りが見えてなかったよ。今はとりあえず、ゆっくり休もう」
「はい……すみません……」
「気にすんなって」
ん?あ、そういえば。もう一つ気づいたぞ。
「フラン、お前は平気なのか?フランの故郷も、人は多くないだろ?」
フランの生まれたモンロービルの村も、たいがい田舎だったはずだが。
「わたしは、平気」
「そうなのか。前に街に出たことがあるとか?」
「ううん、これが初めて。けどコツをつかめば、人混みもそんなに疲れない」
「コツ?」
「わたし、ずっとこのひとの後ろにくっついてたから」
そういってフランは、エラゼムの背中を指さした。
「あ、だから俺たちの後ろを歩いてたのか」
「む、そう言われれば、普段よりフラン嬢との距離が近かったですな」
なるほどな。全身鎧姿でのしのし歩くエラゼムを、人除けの盾にしてたわけだ。
「きっとこの子も、慣れればなんてことなくなるよ。今はゆっくり休んで、それから移動すればいい」
「うん、そうだな」
それから十五分くらいで、ウィルは元気を取り戻した。
「すみません、ご心配をおかけしました。もう大丈夫です」
「ほんとか?もう少しゆっくりしてもいいんじゃないか。顔色も悪いし……」
「それはもとからですよ、もう」
ふふふ、とウィルは小さく笑った。よかった、笑える程度に余裕があるみたいだな。
「ほんとうに大丈夫です。もう日も落ちてきましたし、そろそろ宿も探さないとでしょう?」
「そうだな。早いとこ宿を見つけて、今日はもう休もう。買い出しは明日すれば十分だ」
「あ、そういう意味では……なんだったら、私は置いて行ってもらっても」
「うんにゃ、俺もくたびれてきたところだから。午前中はずっと移動だったしな」
ということで、俺たちは市場を抜けて、今日の宿を探すことにした。さすが、人と物が行きかう町だ。旅人用の宿もわんさとのきを連ねていた。
「別にどこでもいいけど、そんなに高いとこには泊まれないしなぁ。エラゼム、いい宿の選び方とかってある?」
「いえ、吾輩も旅慣れているとはとても言えたものでは……む?もしや、あれは……」
エラゼムは、一軒の宿屋の前ではたと足を止めた。こぢんまりとして、かつ古ぼけた宿だ。あまりきれいとは言い難いけど……
「エラゼム、ここがどうした?」
「いやはや、驚きました。ここは、吾輩が当時よく使っていた宿でございます。まさかまだ残っているとは」
「へぇー!じゃあ、創業百年以上か!すごいなぁ」
「ええ。決して上等な宿とは言えませんが、料金の割には居心地のいい場所です。確か、ミートパイが美味かった記憶がありますな」
「じゃあ、ここにしようか」
これが初めての宿だからな。全然知らないところに泊まるよりか、いくばくか安心だ。俺はその宿の、色ガラスのはまった扉に手をかけると、ギィっと押した。カランカラーン。扉に取り付けられたベルが、和音のメロディを奏でる。
「い、いらっしゃいませ!」
鈴のなるような声を発して、エプロン姿の小柄な女の子が駆け寄ってきた。掃除でもしていたのか、モップを抱えたままで、それに気づいて慌ててわきに立てかけている。えぇ、ちょっと待て。こんなに小さな子が従業員なのか?
「お、お泊りのお客さまですか?ようこそ、“アンブレラ”へ!」
「あ、う、うん。えっと、君は……?」
「へ、わたしですか?クリスと申しますが……?」
「いや、君がお店の人なのか、って意味だったんだけど……」
「へ、あ、ご、ごめんなさい!わたしったら、勘違いを……!」
クリスとかいう女の子は、顔を耳まで真っ赤にしてわたわたと後ろに下がった。ちょうどそのとき、さっき壁に立てかけていたモップが、ぐらりとバランスを失った。
「あ、あぶな……」
「へ?きゃあ~~!」
どっしーん!俺が最後まで言い終わる前に、クリスは足元に倒れてきたモップにつまずき、見事なしりもちをついた。う~む、なんというか……フランがぼそりとつぶやく。
「ドジ……」
「言ってやるなって……」
つづく
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