じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

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5章 幸せの形

2-2

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罠?落とし穴でも掘る気か?しかしアニは、魔法のスコップを出すでもなく、ただ先に進むよう指示した。

『もう少し、道幅が狭まるところまで行きましょう。確実に罠にかかるように』

言われるがままに、さらに川沿いを進む。なだらかな砂地を抜けると、平らですべすべした岩でできた川岸に出た。足もとの岩には切れ目がないから、たぶん巨大な一枚岩の上を歩いているんだろう。川の流れは、その岩を少しずつ削り取ってできたもののようだ。すぐ隣の川の中を覗き込むと、水が流れているとは思えないほど、静かに凪いでいる。だがその奥は深い碧色で、底は見えなかった。相当深いらしいぞ……
すると、どこからかトプン、と水面が波立つ音が聞こえてきた。

「桜下さん、見てください……」

ウィルがか細い声で指をさす。その先には、黄色く熟した木の実を付けた一本の枝が、川の上に大きくせり出していた。その実が川に落ちていたらしい。大きな黄と茶のまだら模様の実が、また枝から離れて川に落ちた。トプン。
音が聞こえた次には、黄色の木の実は強風に吹き飛ばされたかのように、一瞬で急流に揉みくちゃにされ、見えなくなってしまった。黄色が水面に浮かんでくることは、その後二度となかった。

「……ここに落っこちたら、一生水の底で過ごすことになるかもな」

そのくせ、つるりとした岩場を流れているせいか、波はほとんど立たない。あまりに静かに流れる水流は、底の知れない不気味さを感じさせた。俺は足を滑らせて二度ほど川に落っこちそうになり、その度にフランは俺の腰に飛びつき、ウィルは顔面を蒼白にした。

『主様。ここで止まって下さい』

アニが胸の上でチリンと揺れた。ここは相変わらずつるりとした岩場で、ところどころにぽこぽこと、マンホールくらいの穴が開いていた。中は水で満たされているか、砂で埋まって潮だまりのようになっている。

「ここが、どうかしたのか?」

『罠を仕掛けるには、ここがよいかと思いまして。周囲の穴のおかげで、横の動きが制限されますから』

「はぁ、なるほど……?でもアニ、ここの足元はカチカチの岩だぜ。落とし穴なんか掘れそうにないけど」

『そんなもの掘るわけないでしょう。仕掛けるのは、魔法のブービートラップです』

ブービートラップ?俺がそれはなにかたずねようとすると、アニはいつものようにぶつぶつと呪文の詠唱に入ってしまった。しかし、今回の詠唱はいつもよりもぐんと長い。それだけ複雑な魔法なのだろうか?
アニは数分ほどの長い詠唱を終えると、立て続けに唱えた。

『ラムスリープ!ローカストディセプション!ビーナストラップ・オン・ヒューマン!』

パパパパ!湿った岩の上に青色の火花が飛び散ったかと思うと、岩の上に幾何学的な焦げ目が浮かび上がった。

『その模様を踏んづけないで下さいよ。仕掛けた魔法が発動してしまいます』

「え、これが……いわゆる、地雷みたいなやつか?」

『そうです。うまくいけば、追ってくる兵士をしばらく足止めすることができるでしょう。後は葉っぱか何かで適当に隠しておいてもらえますか?』

ふーむ。魔法の地雷とは、なかなかシャレてるじゃないか。もうあと十個くらい仕掛けておけば、追っ手を根こそぎ退散させられるんじゃないか?無理かな。

「くふふ。あとは仕掛けをごろうじろ、だな」

俺は岩の上にへばりついていた枯葉を地雷の上にかけながら、そっとほくそ笑んだ。慌てふためく兵士の顔が目に浮かぶ……

「みぃちゃった」

へ?慌てて振り返ると、きょとんとした顔のウィルがいた。

「ウィル、なんだよ。変な冗談よせよ」

「え?なんのことですか?私、なにも言ってませんよ」

「え、だって、さっき声が……」

「ぼくだよ。こっちだよ、こっち」

うわ、まただ!聞き間違いじゃないぞ。独特な響きをしているが、女の声だ。

「ど、どこだ!用があるなら、出て来いよ!」

「どこ見てんのさ。こっちだってば」

ちゃぽん。水の音?音がしたほうを向くと、岩にぽこぽこ空いた水たまり穴の一つから、緑色の髪をした女が顔だけ出して、こちらを見ていた。

「うわ。びっくりした、人がいたのか」

「ちょ、桜下さん!どうみても普通の人じゃありませんってば!」

「うん、そうだね。その幽霊ちゃんの言うとおりだ」

緑の髪の女はにぃと目を細めると、ちゃぽんと水の中に姿を消した。幽霊ちゃんってことは、ウィルが見えてるのか……?次の瞬間、女は水の中から音もなくぬるりと飛び出し、俺の目の前にぴちゃっと着地した。俺があっけにとられていると、フランが俺をぐいと後ろに引っ張り、代わりにエラゼムが女との間に躍り出た。

「痴れ者が、退がれ!」

「一歩でも動いたら、八つ裂きにしてやるから!」

フランがガントレットから爪を抜いてすごむ。それを受けた緑の髪の女は、手を振ってへらへらと笑った。

「ああ、そんなに怖い顔しないで。何かしようってわけじゃないんだからさ。かわいい顔が台無しだよ?」

「うるさい!何が目的なの!」

「ま、まぁまぁフラン。とりあえず話を聞くだけ聞いてみようぜ?」

俺はフランをなだめると、改めて女の姿をみた。え?うひゃ、なんだこいつ、素っ裸じゃないか。女は服を一切身に着けず、冷え冷えとした真っ白な肌をさらしている。けど、なんだか違和感のある白さだ……この女、全身白一色だぞ?唇も、つんと張った胸の先端も、指の爪先も……本来なら色の濃淡があるところが、ペンキをぶちまけたみたいに真っ白だ。唯一色があるのは、髪。まるで水草のような碧色の髪は、腰くらいまでの長さで、女の白い肌に絡みついていた。そして頭には、なぜか楕円形の皿のようなものを乗っけている。



「もののけの類か……」

エラゼムが低い声でうなる。女は素直にうなずいた。

「そうだよ。そして、きみたちと一緒だ。さて、ぼくの正体がわかる人~?」

女はおどけた調子で手を上げる。この女、ほんとに人間じゃないようだな。女の正体を看破したのは、アニだった。

『熟達した泳ぎ、透けるような白い体色、頭部の皿状鱗……カッパ、ですか』

「ご名答」

女は、にぃーと薄く笑った。


つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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