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5章 幸せの形

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カッパ?あの、キュウリが好きな、カッパかよ?

「ぼくは、ハクっていうんだ。この姿になってから、もう五年かな。ほら、ちょうどこの川で溺れ死んだんだよ」

は?溺れ死んだって、じゃあ目の前のこいつは一体……困惑していると、アニが説明してくれた。

『川の近くで溺れたり死にかけたりすると、その者はカッパになると言われています。この者もそうしてカッパになったのでしょう』

はぁ、なるほど……じゃあこの女・ハクも、もとは人間だったってことかな。

「で、そのカッパさんが、いったい何の用だよ?」

俺はエラゼムの肩越しにたずねた。

「うん。なんだか珍しい人がいるなぁって思ったからさ。思わず声を掛けちゃった。きみは?なんていうの?」

ハクは親しげにたずねる。いちおう、危害を加えようって感じじゃあないよな?

「……桜下、だけど」

「オウカか。ねぇ、きみたちは魔物のむれってやつなの?とっても奇抜な面々みたいだけど」

「あー、まぁ、そうかもな」

なんせ俺以外は、全員アンデッドだ。これで普通とはいえまい。ハクはうなずくと、俺の方へ指をピシッと突きつけた。フランの肩がぴくりと揺れる。

「でも、きみは人間だよね。ちょっと普通とは違うけど、ほかの三人と比べたら明らかに人間臭いよ。きみは、どうして魔物と一緒にいるのかな?」

「……それは」

どうしよう、俺がネクロマンサーだって正直に言うか?相手はカッパだし、隠さなくてもいい気もするが……しかし、フランが俺とハクの会話を遮った。

「なんでもいいでしょ。わたしたちはそれぞれの目的のために一緒にいるの。それがあなたに何の関係があるの?」

「へえ。じゃあきみたちは、旅の仲間ってやつなんだ。ふぅん、モンスターと一緒に旅をする人間がいるなんてねぇ」

へぇーほぉーと、ハクはしきりにうなずいている。フランは目を細めて、胡散臭いとでも言いたげにぎりりと睨みつけていた。

「ねぇ、じゃあ旅の宿を探してるんじゃないかな?ぼく、いいところを知ってるんだけど」

宿?とつぜんなんだろう、なにか裏があんのか……?

「……おたくのお宅ってんなら、願い下げだぜ。俺たちは魚じゃないからな、水の中には行けないよ」

「あはは、うまいこと言うね。けど違うよ、ぼくのねぐらは陸上だ……って、そうじゃなくてさ。このそばに、一つ村があるんだよ」

ハクは森の向こう、山の方角を指さした。

「森を抜けて、街道から山の方に逸れたところに、サイレンっていう田舎町があるんだ。さみしい炭鉱街だけど、宿くらいならきちんとしたものがあるよ。今日泊まるところのあてがないなら、そこに行ってみなよ」

「へえ。野宿よりは、そこのほうがいいかなぁ」

「でしょでしょ?ついてきなよ、街道までならぼくが……」

手招きするハクにつられて歩き出しそうになったが、それをエラゼムが腕でやんわりと制した。エラゼムはゆっくり首を振る。

「桜下殿。今しばらく、かの娘の真意を探らせていただきたい……ハクとやら、お主は何を企んでいる?」

ハクは手招くのをやめて、にこにこしながらエラゼムを見つめた。

「何って、親切だよ。きみたちとぼくは、まぁ言ってみれば、遠い親戚みたいなもんじゃないか。同じモンスターのよしみで、ちょっとお得な情報を教えてあげようと思ったのさ」

「ほう。それが本当なら見上げた心掛けだろうが、ちと虫が良すぎるな。なにをさせたいのかは知らぬが、もう少し腹の底を見せなければ、吾輩たちも素直に従うことはできぬぞ」

エラゼムは頑として譲らない。ハクは、顔から笑みをスッと消した。

「おじさん、疑ってばっかりだね。いい性格とはいえないよ?」

「なにぶん、こんな性分なのでな。同じモンスターならば、わかるであろう?」

「……ぷはは!ちがいないね。わかった、降参だよ」

ハクはくしゃっと笑うと、両手をひらひらと振った。……本当のことを言う気になったのか?

「ぼくはさ、きみたちを見込んで、村の様子を見てきてほしかったんだよ」

「村の様子?」

「そ。あの村は、ぼくが人間だったころに住んでいたところでね。生まれ故郷ってやつかな」

ハクは森の向こうを見つめて、スッと目を細めた。俺はその横顔に問いかける。

「様子をみるって、家族でも残しているのか?それともふるさとのことが心配で?」

「いいや、どちらでもない。ぼく自身は、あの村になーんの思い入れもないんだよ。ただあそこに生まれた、それだけさ」

あん?じゃあいったい、なんだって言うんだ。

「だけどね、ぼくにはたった一人だけ友達がいたんだ。その子のことだけが、今でも気がかりでね……その子のことを、見てきてほしいんだよ」

「ともだち?」

カッパの友達って……カワウソか何かか?いや、人間だったころの話か。

「その子のことを見て、どうするんだ?」

「元気にしていればそれでいい。様子をぼくに聞かせてくれたらうれしいな。きみたちが村を出る時にでも、またこの川の近くに寄っておくれよ」

「だったら、自分の目で確かめればいいじゃないか」

「カッパに山をのぼれと?そうじゃなくとも、モンスターが人里に現れたらどうなるか、想像しなくとも分かるだろ?」

「あ、そうか……」

うーん。話を聞く限り、そんなに面倒なことでもなさそうだ。村に寄ったついでに、その友人とやらを訪ねればいい。ハクも理性的だし……

「……じゃあ、頼まれてやるか」

「よろしいので?」

エラゼムが顔だけ振り向く。フランは未だに敵意むき出しでハクを睨んでいるが……俺は肩をすくめた。

「別に、そこまで大変じゃないしな。あまり悠長にはしていられないけど、それくらいの余裕はあるだろ。アニのトラップもあるしな、なあアニ?」

『ええ、まあ』

「だってさ」

「それでしたら、吾輩から言うことはありません」

エラゼムは警戒態勢を解いて、俺が話しやすいように一歩脇によけた。フランはあいかわらずだが、とりあえず爪は引っ込めたようだ。ハクがにこりと笑う。

「ありがとう。きみたちに頼んでよかった」

「まあ、それくらいならな。ところで、その友達のこと、もう少し詳しく教えてくれよ」

「うん。まず断っておくけど、その友達は人間だからね。五年前、ぼくが十歳だったころに仲が良かった、赤い髪の女の子だ。名前はライラ」

ライラ……十の時の友達なら、歳も同じくらいだろうか。いまなら十五歳だ。俺より一つ年上だな。

「それで、その子の家とか、苗字とかは?」

「家は村はずれのひどく傷んだあばら家に住んでいたけど、まだ残っているか微妙だなぁ……当時ですら、風が吹くたびにギィギィ傾いていたからね。うじはわからない」

「わからない?」

「うん。聞かなかったんだ。それに、むこうも名乗らなかった。たぶん、自分の姓を知らなかったんじゃないかな……」

「知らない?そんなことあるかよ。だって普通に生まれれば……」

俺はそこで、はたと言葉を区切った。普通なら、自分の姓を知らないはずはない。なら、その逆だったとしたら?俺たちの仲間にも、普通じゃない生い立ちのやつがいるじゃないか。ウィルは孤児で、今名乗っている姓は世話になった教会のシスターにもらったものだという。なら、彼女も……?

「うん。きみの言う通り、たぶん彼女は普通の生まれじゃない。当時のぼくはそれをそれほど疑問に思わなかったし、今でも詳しく聞こうとは思わないけど。そういうわけで、苗字は知らないんだ。けど小さな村だし、ライラという女の子が二人も三人もいることはないと思うよ」

「まあ、その条件に見合う女の子があんまりたくさんいちゃな……」

「違いないね。それと、彼女は三人家族だったよ。母親と、兄と、ライラ。……ぼくが知っているのは、それくらいかな」

なるほど……一応、母親はいるんだな。じゃあ孤児ということはないらしい。それで十五歳くらいの、赤毛の女の子(今ならお姉さんかな?)、名はライラ。それだけ分かれば十分だろう。

「わかった。たぶん俺たちは、明日かそこいらには村を出ると思うけど。そしたらまたこの川に来ればいいか?」

「うん。きみたちが川に近づけばわかると思うから、わざわざ探さなくても大丈夫だよ」

「ん、了解」

俺がうなずくと、ハクはくるりと振り向いてぺたぺた歩き出した。

「じゃあ、森を抜けるところまで案内するよ。ついて……」

『いえ、案内は結構です』

アニにせき止められ、ハクは豆鉄砲を食らった顔をした。

「んえ?」

『サイレン村の座標は記憶しています。あなたには案内よりも、やってもらいたいことがあるのです』

「やってもらいたいこと?」

アニから内容を聞いて、ハクは目を丸くした……


つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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